ただ、一途な心

第Ⅱ章─目覚めよ、勇気の剣─

────ハリオンとヘリオンが王座の間に着くと、そこには先客がいた。
ヘリオンよりも年下であろう二人のブルースピリットに、ハリオンと同じくらいの年齢のレッドスピリットだ。

「(こんな小さな子も戦争に行くなんて・・・)」
「みなさん、おはようございます~」
ヘリオンが二人に気を取られていると、ハリオンはのんびりと挨拶をする。
すると、その三人も挨拶を返してきた。

「おはよっ!」
「・・・・・・おはよう~」
「おはようございます、お二方」
はっきりと性格の出ている挨拶だった。ヘリオンもそれにならう。

「は、はじめまして!【失望】のヘリオンって言います!」
「【大樹】のハリオンです~」
ぎこちなく自己紹介開始。すると、最初にレッドスピリットの方が返事をしてくる。

「【赤光】のヒミカです。今後とも、よろしく」
ヒミカと名乗るスピリットは、礼儀正しく、はきはきした性格のようだ。
その一方、どうも堅い人、というイメージもあるが、その笑顔は、お姉さん的なイメージも醸し出す。
ハリオンとは馬が合いそう。それがヘリオンのヒミカに対する第一印象だった。

続けて、幼いブルースピリットの二人も自己紹介をする。
「【静寂】のネリーだよっ!くーるによろしくね。ヘリオン」
「私、シアー。【孤独】のシアー」
ネリーは元気いっぱいに自己紹介してくる。が、対照的にシアーはおとなしい。
トラブルメーカーな姉とそれに引っ張られっぱなしの、自己主張が苦手な妹の双子。
プラスとマイナスが相まってちょうど良くなる、そんな感じのイメージだった。
年下の相手である分、自分とは付き合いやすいかもしれないと、ヘリオンはそう思った。

自己紹介をして談笑していると、奥からレスティーナが姿を現した。
ハリオンとヒミカは反射的に敬礼をする。一歩遅れてヘリオン、ネリー、シアーも敬礼。

「良く来てくれました。まずは、ラキオス王国スピリット隊へ、ようこそ」
レスティーナは柔らかい笑顔で歓迎の言葉を送った。
「あなたたちには、これから戦いにおいて存分に働いてもらうことになります。
 その上で、色々と言っておくことがあるので、聞き逃さないよう、楽にして聞くが良い」

レスティーナがそう言うと、全員が一斉に肩の力を抜く。
こういった堅い会合の場で肩の力を抜けるのは、正直ありがたい。

数十分後、レスティーナは、スピリット隊に所属する上で必要なことを言い終えた。
「以上である。もし解らないことがあれば、隊長のユート、もしくは副隊長のエスペリアに聞くように」

「「「「「はい!」」」」」
と、全員で一斉に敬礼。
「それでは、各々は第二詰所で指示があるまで待機せよ。解散してよろしい」

────少しして、五人は第二詰所に来ていた。
その詰所は最近できたばかりらしく、そこらじゅうから新しい木の匂いが立ち込めてくる。
「わぁ~、なんか新しいって感じがするね~、シアー」
「そうだね~、ネリー」
ネリーとシアーは大喜び。この間まではどんなところに居たんだろうか。
ひょっとしてとんでもない所で生活していたんじゃないだろうか、ヘリオンの中で勝手に想像が広がる。

「新しいってのは、いいことですね~。すうぅ~」
「はい、そうですね!」
喜んでいたのはハリオンもだった。両腕を広げて、空気をすーっと吸い込んでいる。
妙なことを考えているヘリオンもまた、新築の匂いを満喫していた。

新鮮なものに大喜びする4人に対し、ヒミカは忙しそうにしていた。
「とりあえずやることは、5人分の部屋割りと、食糧の買出し、え~っとそれから・・・」

「あ!ネリーはシアーと一緒の部屋がいい!」
「シアーも、ネリーと一緒がいいな」
「そう?じゃあ4人分ね」
詰所の見取り図を見ながら、ヒミカはてきぱきと部屋割りを済ませる。
「みんな、こんなもんでいい?」
一斉に見取り図に目を通す。
「はい!それでいいです」
「問題ありませんよ~」
「シアーと一緒なら、ネリーはどこでもいいんだけどね」
「そうだよね、ネリー」

「じゃあ、次は食糧とかの買出しに・・・ハリオン、付き合ってくれる?」
「はいは~い」
二つ返事で了解するハリオン。やはり年が近いだけに、馴染みやすいのだろうか。

「あなたたちは留守番しててね。何しててもいいから」
「ではヒミカ、行きましょう~」
ヒミカとハリオンは買い物に出て行った。さてさて、残された3人は・・・

「シアー、ヘリオン、いろんな所行ってみよう!」
詰所の中を探検する気満々のネリー。どうせ暇だからと、ヘリオンとシアーは顔を見合わせて、
ネリーの探検に付き合うことにした。

食卓、台所、自分たちの部屋・・・・・・色々なところを見て回る。
どこも、豪華ではないが、質素すぎもしないデザイン。
住めば都とはよく言うが、ここはその言い回し以上に過ごしやすい環境だった。

一通り探検を終えたところで、ヒミカとハリオンが帰ってきた。
二人は、買って来た食材を保存庫に詰め込むと、一つの包みを取り出す。

「あ、それ、いい匂いがする~」
「お菓子の匂い~」
こういうことには敏感な年少組の鼻。速攻で反応されたが・・・

「だめよ。これは第一詰所へのご挨拶のお菓子詰めなんだから」
「私も食べたいんですけど~、我慢してくださいね~♪」
「はうぅ・・・そうなんですか」
「なんだ~つまんないの」
「つまんな~い」

そういってヒミカが釘を刺すと、その包みをヘリオンに渡してきた。
「・・・へ?」
「悪いんだけど、それを挨拶がてら届けてきてくれない?」
「・・・・・・は、はい!わかりました!」
ヘリオンは内心小躍りしていた。
第一詰所・・・そこにはここにいないスピリット隊のメンバー。すなわち、ユートもいるはずだからだ。
訓練所ではろくに挨拶してなかったから、ちゃんとしておきたいと思っていたのだ。

「で、では!いってきますっ!」
ヒミカから包みを受け取ると、ヘリオンは第一詰所に向かってすっとんでいった。

「・・・・・・なにかあったのかな?」
「シアー、わからないよ~」
「(ふふふ~、がんばってくださいね~、ヘリオン♪)」
首をかしげる双子に対し、ハリオンはヘリオンの心を見抜いているかのような表情をしていた。

ぽんぽん
少し和んでいると、ヒミカが難しい顔をしてハリオンの肩を叩く。
「ハリオン、ちょっといい?」
「? なんですか~?」

二人は双子の目の届かないところに移動すると、ヒミカは眉をしかめて話しかけてきた。
「ネリーに、シアーに、ヘリオン・・・あの子達随分若いけど、実戦経験はあるの?」
「・・・少なくとも、ヘリオンにはありませんね~」
「それに、実力も見劣りしている感じだし・・・」
「そうですね~」

ヒミカは心配していた。あんなに幼いスピリットまで実戦投入するほど切羽詰まった状況。
幼いからこそ、若いからこそ、スピリットとはいえまだ未来がある。
それを、戦争なんかで犬死にさせて、未来を閉ざせるわけには行かなかった。

「このこと、ユート様も承知して下さるでしょうけど・・・」
「私たちが、守ってあげないといけませんね~」
「・・・そうね」

こうして、ヒミカとハリオンは、まだ幼い命を守るために、力をあわせることを決意したのだった。

少しして、挨拶を済ませたであろうヘリオンが戻ってきた。
どういうわけなのだろうか、すっころんだらしい。顔が真っ赤だ。
・・・・・・特に、ドジなヘリオンの事を重視して守ってあげなくては。ハリオンは決意を新たにした。

─────5人が新たにスピリット隊に入ってから、数日が過ぎた頃、
バーンライトを攻めるため、スピリット隊のメンバーは全員、第一詰所に集合がかかった。

「・・・・・・というわけで、俺たちはバーンライトを落とすため、リーザリオに侵攻する。
 これから、チーム分けをするから、よく聞いておいてくれ」
悠人が後ろに手を組んで色々と説明をする。
メンバー割りが書いてあるであろう紙を取り出すと、ちらちらとこちらを見ながらチームを発表する。

「まず第一部隊は、俺と、アセリア、エスペリア。
 第二部隊は、ヒミカ、ハリオン、ネリー。最後に第三部隊は、オルファ、ヘリオン、シアーだ。
 ・・・・・・何か意見はあるか?」
「はい、ユート様」
びし、とヒミカが挙手する。その顔はやや強張っていた。

「どうしたんだ?えと、ヒミカ」
「聞いた限り、戦力が偏っているようです。もっと経験などを視野に入れ、バランス良くすべきだと思いますが」
確かに偏っていた。
第一、第二部隊に熟練者が集中している。これでは、第三部隊があっと言う間に瓦解してしまう。
どの部隊にも熟練者が居たほうが、まとまりやすい。それがヒミカの考えだった。

「そうか・・・え~と、じゃあ、エスペリアはヘリオンと交代。それでいいか?」
「(ええ!?)」
「はい、ユート様。それなら問題ないかと思います」
これならいい、と表情に出しているヒミカに対し、ヘリオンは驚きで固まっていた。
まさか、いきなり悠人と同じ部隊に入れるとは思っていなかったのだ。・・・至極当然のことだが。

「よし、次に侵攻陣形を説明する。
 第一、第二部隊は同じペースで侵攻。第三部隊は背後を警戒しながら、一歩遅れて侵攻してくれ」
第一と第二が同じ・・・それはつまり、すぐ傍に悠人だけでなく、ハリオンもいるということだ。
後ろで悠人や姉貴分のハリオンに見られていると思うと、ヘリオンの緊張はさらに強くなった。

「・・・これで説明を終わる。明日の朝、またここに集合してくれ。それまでは、体調を整えておくように」

「はい!」と、全員が一斉に敬礼。
その中で唯一人、ヘリオンだけは石化していた。
「・・・・・・どうした?ヘリオン。さっきから固まってるようだけど・・・?」
カチンコチンになっているヘリオン。当然返事ができるわけも無し。
「すいません~、この子、緊張しやすいんです~」
ヘリオンの後ろから、ハリオンがフォローを入れる。
そして、ハリオンはヘリオンを担いで、みんな解散したのだった。

「・・・ヘリオン!しっかりして頂戴。実戦でそんな風に固まったら、死ぬだけよ」
「は、はいぃ!す、すいませんでした!」
解散の後、ヘリオンは第二詰所の食卓でヒミカにお叱りを受けていた。
「明日までにイメージトレーニングでもして、緊張を取っておくように!」
びしっと命令すると、ぷんぷんと怒りを露にしながら、ヒミカは去っていった。

「はあぁ・・・緊張しちゃって、だめです・・・」
ため息をついて落ち込んでいると、後ろからハリオンが声をかけてきた。
「大丈夫ですか~?」
「大丈夫じゃないですよぅー」
「じゃあ、イメージトレーニングしてみたらどうですか~?」
言われたとおり、ヘリオンはイメージトレーニングを始める。
・・・が、案の定、考えれば考えるほど緊張するだけ。
いいところを見せないと、悠人やハリオンに呆れられてしまう。そんなの嫌だった。
何より、ヘリオンは実戦に出るのは初めて。緊張するのも無理は無かった。

「うぅ、やっぱり駄目です・・・」
「・・・まあ、無理しないで、ちょっとずつ慣れていけばいいですから~」
ハリオンはにっこりと笑顔をヘリオンに送る。
それを見て、ヘリオンは笑顔を返した。・・・緊張したぎこちない笑顔を。

「でもヘリオン、ヒミカがああいう事言うのは、ヘリオンを心配しているからだって、覚えておいてくださいね」
「は、はい・・・」
ハリオンは難しい顔で言う。そんなこと解っていた。でも、それに応えられない。
どんなに訓練しても、そればっかりは慣れるしかなかった。

・・・・・・結局、ヘリオンの緊張は拭えないまま、次の日の朝を迎えるのだった。

────戦いの日がやってきた。ヘリオンたちの初陣。
大事な人を守るため生死の境に立つ、そのために様々な訓練をこなしてきた。
ついに、力を発揮するときが来たのだ。
「・・・・・・準備はいいですか~?」
「はい!だ、大丈夫です!」
「では、行きましょう~」


第一詰所に着くと、すでにハリオンとヘリオン以外の全員がそろっていた。
「よし、来たな」
悠人は全員の顔を見渡す。ヘリオンが緊張しているのを含め、昨日の通りだった。
「これから、俺たちはバーンライトのリーザリオに向かって進軍する。やり方は昨日話した通り。
 いいか、決して無理はするなよ。危なくなったら後退するんだ。
  それじゃあ、昨日のとおりにチームを組んで、行動開始だ!」
悠人が檄を飛ばすと、メンバーの士気が高まった。・・・ただ一人を除いては。
まあ、歩いている途中にでも話しかけて、緊張をほぐしてやろうと、悠人はそう思っていた。

とりあえず前線の拠点にするため、悠人たちはラキオス領の東端、エルスサーオの町に向かい、
街道を東に向けて進んでいる。悠人を含めた6人が今ここに居て、後の3人は遥か後方に居る。
年長組であろうヒミカとハリオンは堂々と歩き、ネリーはぶらぶらと歩き、アセリアはいつ飛んでいくか・・・
・・・で、問題のヘリオンはというと、ガチガチに固まった表情で、悠人の後ろについてきている。

「・・・なあヘリオン、本当に大丈夫か?」
「はうっ!は、はい!大丈夫です!」
全然大丈夫そうには見えない。
いざ戦闘になると、足手まといになってしまいそうで不安だった。

「(足手まとい、か・・・最初は、俺も・・・)」
悠人は少し前のことを思い出す。
エスペリアたちが命を張って戦っているのに、自分は何もできなかった時のことを。
やっと神剣の力を扱えるようになっても、それでもまだ足手まといだったこと。
まともに戦えるようになったのは、魔竜サードガラハムを屠ってから。
戦えるようになったこと、それは本来は喜ぶべきことではないのかもしれない。
でも、佳織のために戦わなきゃいけないなら、エスペリアたちの助けになるなら、戦う。
それが悠人の決意だった。

・・・・・・心なしか、そんなヘリオンがこの間までの自分と重なっているように思える。
もし自分と同じなら、ちゃんと戦いに慣れるまでサポートしてやらなくてはならない。
そうでなくては、死ぬだけ。そんなの、嫌だった。誰かが自分の元を離れるのは、もう味わいたくなかった。
たとえ、それがつい最近会ったばかりの仲間でも。

道中、なんの妨害も無く、一行はエルスサーオに到着した。少し遅れて、第三部隊も到着する。
「よし、今日はここまでだ。エスペリア、宿の確保をしてくれ」
「はい、只今」
エスペリアは近くの宿屋に入り、店主と交渉を始める。

「ユート様、お部屋が取れました」
「OK、じゃあ明日まで休憩にしよう。まず見張りは俺たちがする、2時間ごとに交代だ。
 常に部隊単位で行動するように」
「はい!」と、第二、第三部隊のメンバーは了解する。


第一部隊のメンバー・・・悠人、アセリア、ヘリオンは南東の門の外まで行き、警戒態勢を整える。

「敵が来ないといいんだけどな・・・」
「そ、そうですね~」
「・・・・・・来た」

「「へ?」」
アセリアがそう言うと、悠人とヘリオンは同時に間抜けな反応をする。
アセリアの目線の先に、黒いハイロゥを展開した3人のスピリットがいた。
猛然とこちらに向かってくる。戦闘は避けられない。

「3人だけか・・・俺たちで食い止めるぞ!」
「ん、行く!」
「は、はいぃ!」
こちらもオーラフォトンとハイロゥを展開し、同時に悠人は士気のオーラを広げる。
「インスパイアッ!」
その直後、アセリアは単騎特攻を開始。それが高じてか、それぞれが一対一で戦うことができた。

アセリアには後方のレッドスピリットが、悠人には前衛のブルースピリットが、
そして、ヘリオンの元には防御に長けたグリーンスピリットが立ちはだかる。

「!! あ、ああ・・・」
ドクン。
ヘリオンの中で鼓動が早くなる。
それは、初陣に出る者特有の緊張が生み出すものではない。

ヘリオンは、目の前の敵と戦うことができなかった。そのグリーンスピリットは、ハリオンに良く似ていたから。
敵だって、敵だってわかっている。
だが、柔らかく綺麗な緑色の髪、透き通るような深緑の瞳、顔の横にある二つの髪留め。
何をとってもハリオンのイメージと重なってしまう。

がたがたと体が震える。死にたくない、でも体が動かない、戦えない・・・!
「・・・・・・どうしたんですか?来ないなら、こちらから行きます!」
「ひっ・・・!」

スピリットは、その大きな槍で眼前を薙ぎ払う。
ヘリオンは反射のバックステップで、紙一重にそれをかわす。

「よくかわしましたね・・・」
その柔らかい、のんびりした口調までそっくりだった。
汗がだらだらと垂れてくる。【失望】を持つ手から力が抜けていく。
こんなスピリットを殺さなきゃいけないのか、初陣には最悪の相手だった。


「・・・!! ヘリオン!しっかりしろっ!」
「余所見するとは余裕だな、エトランジェ!」
「くっ!」
ヘリオンを助けようと、悠人は動こうとするが、眼前の敵に阻まれてしまう。
素早さと洗練された剣術がウリのブルースピリットが相手だけに悠人は苦戦していた。

「だめ・・・だめです・・・」
ヘリオンはすっかり戦意喪失していた。つかつかと、敵のスピリットが迫ってくる。
「よくわかりませんが・・・すいません、あなたの命、貰い受けます」
ヘリオンに止めを刺そうと、スピリットが神剣を振り上げたそのときだった。

りいいいぃぃぃん・・・!
いつもより一層強い干渉音がヘリオンを襲う。
『あなたをここで死なせるわけにはいきません!少し、体を借ります!』
切羽詰った【失望】の声。体を借りる。その意味が、ヘリオンには解らなかった。
次の瞬間・・・

「!!」
ふっ と、スピリットの視界からヘリオンの姿が消える。
背後に回られた、そう感じたときにはもう遅かった。
ドシュッ・・・
ヘリオンはその高速のステップで、背後ではなく、懐に飛び込む。
直後、瞬時に抜いたであろう【失望】が、スピリットの腹部を刺し貫いていた。
───そして、ヘリオンは我に返る。

「え・・・?」
何が起こったのだろうか、一瞬の時間を意識が飛び越えると、目の前には信じられない光景があった。
眼前まで迫った敵、血まみれの【失望】を握った自分、それを通して伝わってくるスピリットの体重。
だが、スピリットがマナの霧になった時、それは泡沫の出来事になった。

「そん・・・な、そんなぁ・・・」
茫然自失にして、金色のマナの霧に包まれるヘリオン。
そこにあったのは、自分がハリオンに似たスピリットを殺したという事実。
本当は殺せなかった、殺したくなかった。
殺してしまったら、自分からハリオンが離れていってしまう気がしたから。
・・・・・・ヘリオンは、その紫紺の瞳に涙を浮かべながら、ただ立ち尽くしているしかなかった。

少しして、敵を倒した悠人が駆け寄ってきた。
「ヘリオン!大丈夫か!?」
呼びかけても、返事は無かった。
まるで人形になったかのように全身は固まり、一筋の涙が頬を伝う。

『契約者よ・・・この妖精は心が壊れかけている。助けたいのなら、すぐに宿に運べ』
「なんだって!?どういうことだよ、それ!」
『助けたいなら急げ。手遅れになっても良いのか?』
「!!」
何をすればいいのかまるでわかっているかのように、【求め】が呼びかけてくる。
仲間を失いたくなかった悠人は、その言葉に従うしかなかった。

「よいしょ・・・っと、アセリア!退くぞ!」
悠人はヘリオンの全身を抱き上げ、遥か先に居るアセリアに呼びかける。
アセリアが僅かに頷いたのを確認すると、悠人は宿屋に急いだ。


ばんっ!
勢いよく宿屋の扉が開かれる。それと同時に、仲間たちが目に入ってきた。

「! ユート様、それは!?」
「エスペリア!ヘリオンが・・・・・・!」
「すぐに部屋へ!」
エスペリアに促され、悠人は客室に飛び込む。
エスペリアがベッドの上の掛け布団をさっと取ると、そこにヘリオンを寝かす。

「一体、何があったんですか?」
「ああ、さっき敵襲があったんだ。それで・・・・・・」

悠人は自分の見て解ったことを説明した。
とはいっても、解っているのは、敵のグリーンスピリットを目にした瞬間から、混乱したということだけ。
何がなんだかさっぱりだった。

「そうですか・・・」
エスペリアは何か知っていそうだった。だが、なぜか言い出しにくそうだった。
「・・・・・・何か知っているのか?」
「いいえ・・・それより、ユート様」
「え?」

突然、エスペリアの顔が強張る。それは、出陣前に見た、エスペリアの冷たい顔だった。
「ヘリオンに関しては、最低限の治療はします・・・ですが、それでも再起不能になるなら、彼女はそこまでです」
「な、なんだよそれ・・・そんなの、酷くないか?」
「ユート様、私たちスピリットは戦いの道具です。必要以上に情を込めないでください。
 それは、時によっては致命傷になりかねますので・・・・・・では、私はこれで失礼します」
「お、おい!エスペリア!?」
エスペリアは無言のまま、部屋を出て行った。

「くっ・・・」
悠人は隣のベッドに腰掛け、さっきから少しも動かないヘリオンを見ていた。
ヘリオンに外傷は見当たらない。原因は明らかに精神的な問題。
だが、悠人は他人の心を読めるわけではない。ヘリオンが応えてくれない以上、その場で見ているしかなかった。

こんこん。
部屋のドアが叩かれる。直後に入ってきたのは、神剣をしっかりを握り締めたハリオンだった。

「ハリオンか。どうした・・・?」
「ヘリオンを治してあげようと思いまして~」
「え・・・」
悠人は自分の耳を疑った。だが、治ってくれるなら、それ以上望むものは無かった。
「私に、任せてください~」
「大丈夫なのか?」
「心の傷には、心で治してあげるんですよ~」
いや、そりゃそうだけど・・・声すら耳に届かないヘリオンにどうやって治療をするつもりなのか。
まさか、ハリオンが心を読めるわけでもないし。

「・・・・・・では、いきます~」
ハリオンは【大樹】の刃先をヘリオンの体に押し当て、精神を統一する。
その姿は、いつもののんびりした様子からは感じられない荘厳なものだった。
ごくり、と悠人が固唾を飲んだその時・・・

ぼんやりと【大樹】が光り輝き、やがてその光は二人を包んだ。

─────いつとも、どこともわからない真っ暗な空間。
・・・そこにヘリオン、正確にはヘリオンの心が何をするでもなく、凪のようにたゆたっていた。

どうしてあんなことしてしまったんだろう。
どうしてころしあわなきゃいけないんだろう。
どうしてたたかわなきゃいけないんだろう。

あのスピリットを殺したのが、自分じゃなくて【失望】の強制力だってわかっている。
だが、自分と共に生まれでた自分だけの神剣。それはもはや『もう一人の自分』だった。
それだけに、【失望】がしたことは自分がしたこと、自分がしたことは【失望】がしたこと。
そういった公式が無意識のうちにできあがっているのだった。

考えても考えても、答えは見つからない。
単純であるかのようで実は難しい、疑問という闇の迷路の中で、ヘリオンは答えを模索する。
満足のいく答えが見つからないと、もう戦えない。ハリオンや悠人の助けにもなれない。

嫌だった。でも、答えは見つからなかった。葛藤の中で、無常にも時間は過ぎていく。


────どれくらいの時を過ごしたんだろうか。
もう疲れた。いっそ楽になってしまいたい。そういった極楽を求める欲求がヘリオンの心を支配する。
家族を、ハリオンを守りたい。一緒の理由で戦う悠人を助けたい。
『家』を離れたときに誓った決意は、闇の中に溶け込んでいた。
このまま心を閉ざせば、再生の剣に還る。戦わなくていいだけ、そっちのほうがいい。
そんなことを考えた、その時・・・

ぼんやりと、目の前に光が現れる。なんだか暖かそうな、緑色の光。
そんなもの見たこと無かった。でも、どうしてか懐かしかった。
そして、その光の中から現れたのは・・・

「ヘリオン~!」
その人は、長いこと自分の傍に居た人。
暖かくて、優しくて、柔らかくて・・・なにより、自分のことを一番に考えてくれる人。
その人が、懐かしい、一番良く聞いた言葉を投げかけてくる。

「ハリオンさん?」
「帰りますよ~?こんなところに居ちゃいけません!」
・・・・・・この暗闇はヘリオンのもの。そこにいて何がいけないというのか。

それよりも、帰る?
自分が一番信じているこの人は、自分をまた血に染めるというのか。
戦争という泥沼の中にまた放り込まれるというのか。
・・・また、大事な人が死ぬ瞬間の記憶<こと>を蘇させるというのか。

「い、いやですっ!」
「どうしてですか~?」
「私、戦争をするってことが、あんなことだなんて思わなかったんです!
 私と同じ、ハリオンさんと同じ人を殺すことなんて、私にはできません!」
「・・・でも、そうしなきゃ、死んじゃうんですよ?」

「それでもいいですっ!私はもう戦いたくありません!」

ぱしいいぃぃん・・・
乾いた音が暗闇の中に響き渡る。
想いのこもったハリオンの平手打ちがヘリオンの心を目覚めさせる。
精神体であるはずなのに、その痛みはしっかりと伝わってきた。

「え・・・?」
「ヘリオン・・・あなたが今まで生きてきたのは何のためなんですか?
 どうして、戦いたくもないのに戦場に出るために訓練してきたんですか?」
「それは・・・」
「・・・お姉ちゃんのあの姿を、忘れたんですか?」
「!!」

本当なら思い出したくなかった。あんな光景二度と脳裏に浮かべたくなかった。
だが、ハリオンの一言で、あの時の事が鮮明に蘇ってくる。

「あの時・・・私たちは誓ったはずです。もう家族を失わせないって」
「そうです・・・私、決めたんです・・・ハリオンさんを助けるって・・・」

「「もう二度と、あんなことが起こらないように・・・」」

二人の言霊が同調する。その瞬間、目の前が明るくなったような気がした。
「ヘリオン、忘れないでくださいね。
 あなたは一人じゃないんですから。あなたの苦しみは、私も背負いますから・・・・・・」


闇が、晴れていく─────

─────二人を包んでいた光は、【大樹】へと戻っていった。
治療が終わったのだろうか、ハリオンは神剣をヘリオンから離し、その目をあける。

「・・・・・・終わったのか?ハリオン」
「はい、説得完了です~」
「う、ん・・・う~ん」
動くどころか、呻き声すら出すことが無かったヘリオンの声が聞こえる。
そして、光の戻ったその瞳には、ヘリオンの良く知っている二人が映った。

「・・・ハリオンさん、ユート様・・・」
「大丈夫か?」
「私たちを心配させるなんて、めっめっですよ~?」

「ごめんなさい・・・ごめんなさいぃぃ・・・ふ、ふええぇぇ~ん!」
ヘリオンは大泣きしながら必死に謝りだす。
ハリオンが、ヘリオンの心に何をしたのかは悠人にはわからなかったが、
その謝罪の念と、大粒の涙は、深い本心から来ているものだとわかる。

本気で泣きじゃくるヘリオンと、それをよしよしとなだめるハリオン。
悠人は、ヘリオンが泣き止むまで、ずっとそれを眺めていた。

─────翌日。悠人はヘリオンとハリオンの部屋を訪れていた。

「・・・で、無理そうなの?」
「は、はい・・・神剣の声が聞こえなくなっちゃったんです・・・」
ヘリオンは困惑していた。せっかく戦う意思を取り戻したのに、戦えなくなってしまった。
今までは毎日のように聞こえていた。聞こえなくなったことなんて無かったのに。
あの戦いの時の声を最後に全く聞こえなくなり、ハイロゥや力も一切使えなくなっていた。

「おいバカ剣、どうなってるんだ?」
『・・・わからぬな。我も【失望】の気配すら感じることができぬ』
「どういうことだよ、それ・・・」
『わからぬ、と言っているだろう。何かがきっかけでこうなったとしか言えぬ』
「きっかけ、か・・・」
それはおそらく、昨日のあの悪夢のような戦い。
ヘリオンが心を失いかけたときからそうなったとしか言えなかった。

「とにかく、無理なんですね~?」
横からハリオンが困ったような顔で確認する。
「そうだな・・・・・・仕方ない。ハリオン、ヘリオンを連れてラキオスに戻ってくれ」

「そ、そんなぁ!ユート様!」
「だめだ、今戦場に居たら死ぬだけだ。元に戻るまで本国に居たほうが安全だ」
「う、うぅ・・・」
「ヘリオン、我慢してください。逸る気持ちはわかりますけど、今死ぬわけにはいきません!」
「わ、わかりましたぁ・・・」
ヘリオンはしぶしぶ承知してくれた。
流石お姉さん肌のハリオン。しっかりと説得してくれる。正直ありがたい。

こうして、二人は悠人たちに見送られ、エルスサーオの街を後にしたのだった。

─────二日後、二人は一つの通知を受けていた。
どうやら、悠人たちがリーザリオを経由してリモドアを制圧。
バーンライト攻略の足がかりを得たらしい。

「あらあら~、みなさん、がんばってるんですね~」
「はい!よかったです」
「この分なら、今回の戦いはこちらが有利に事を進められそうですね~」
「でも、ユート様たちが頑張っているのに、私・・・」

神剣の声が聞こえなくなり、戦えなくなってから、ヘリオンはそんなことばかり考えていた。
ハリオンや悠人の役に立ちたいって想いは強いのに、役に立てない。
おまけに国に戻ってからは、国王から役立たずの烙印を押される始末。ふんだりけったりだった。

「まあ、そのうち聞こえるようになりますよ~」
ハリオンは慰めてくれるが、一体何処からそんな楽観的な判断ができるのか。
気休めかどうか解らないのがさらに厄介だった。

「さ、今日も訓練しますよ」
「は、はいぃ・・・」
神剣の力は使えないものの、神剣自体は使えるので、
剣術などを学ぶという意味でも、ヘリオンは訓練には参加していた。
戦いに近いところに身をおけば、神剣も応えてくれる。それがハリオンの楽観の根拠だった。

─────訓練所で、二人は訓練を始める。
とはいえ、さすがにヘリオンとハリオンを戦わせるわけにはいかないので、
まずは、二人そろって素振りを始める。

【失望】を鞘から引き抜き、両手で上段に構えて、縦に振り下ろし続ける。
だが、神剣の力が使えない以上、使い慣れた【失望】も、いまはただの重い刀。
本来はいたいけな少女が扱えるはずの無い代物。あっと言う間に息が上がってしまう。

「はぁ・・・はぁ・・・!」
「ヘリオン、大丈夫ですか?」
「はぁ、は、はい・・・」
「少し、休みましょうか~」
「い、いえ!まだがんばります!」
「だめです~!何事も一朝一夕にはなりません。少しずつ頑張るのが大事なんですよ?」
「はうぅ~」

二人はその場で休憩を取る。
少し呼吸が落ち着いてきたとき、ヘリオンの視線の先に二つの人影があった。
「あ、あの人たちは・・・?」
二人の前に現れた人影、それはスピリットのものだった。

一人は、青い髪のポニーテールのブルースピリット。
第一印象としては、ネリーの大人版で、ヒミカよりも堅そう、といったイメージがあった。
もう一人は、長い髪のレッドスピリット。
そちらはあまり多くを語ろうとはせず、付き合いがよさそうにも見えなかった。

見るからに堅そうな二人が話しかけてくる。
「もう、息が上がったの?だらしないのね」
ブルースピリットの方が、眉間に皺を寄せて、喧嘩腰な発言をしてくる。
ワケありとはいえ、さすがにこれにはヘリオンも腹が立った。

「な、何言ってるんですか!私だって、やるときはやるんですよ!?」
「・・・そう?じゃあ、証明して見せなさい」
そのブルースピリットは冷静にそう答えると、腰の鞘からすらり、と神剣を引き抜き、
ちき、と音を鳴らしてこちらに刃先を向けてきた。
・・・・・・その構えには、一分の隙も見出すことができない。
おまけに、今こちらは神剣の力を使えない。
明らかに熟練した相手に、この状態でかかっていくことは自殺行為だった。

「く、ううぅ・・・」
「どうしたの?かかってこないの?それなら、こちらから・・・」
「セリア。やめてください」
痺れを切らしそうになった、セリアというスピリットを止めたのは、後ろに居たレッドスピリットだった。

「彼女は今、神剣の力を使えないようです」
「神剣を使えないですって?それで、さっきから気配を感じなかったのね・・・」
「はい、神剣を使えないスピリットというのは、前代未聞です」
「本当。珍しい子もいたものね・・・」

さっきからヘリオンをバカにしたような発言を繰り返す二人。
黙って一部始終を聞いていたハリオンがすっと立ち上がる。

「もう!さっきからヘリオンをバカにして~!あなたたちは何なんですか!?」
ぷんぷんと怒りに顔を紅潮させるハリオンに対し、二人は至って冷静だった。
「そういえば、自己紹介がまだです」
「・・・そうね、これから付き合うんですものね」

殺伐とした空気の中で、自己紹介が始まった。
「私はセリア・ブルースピリット。【熱病】のセリアよ」
「ナナルゥ・レッドスピリット。【消沈】のナナルゥです」
続いて、ヘリオンとハリオンも自己紹介をした。
察するに、この二人は、最近新しくラキオスのスピリット隊に入ったのだろう。
それにしても、よりによってこんなに付き合い難そうなのが入ってくるとは。
気軽に話しかけられるネリーたちとは大違いだった。

「それより、さっきから何なんですか!?」
「いいえ、あまりにも基本的な訓練をして疲れてるようだから、喝を入れてあげようかと思って」
「こ、これには訳が・・・」
「訳なんてどうでもいいの。それで戦ったら死ぬだけよ?それでもいいの?」
「わ、私だって死にたくありません!ですから、少しずつでも訓練するんです!」
「・・・そう、せいぜい足を引っ張らないように頑張ることね」
「セリア。そろそろ行きましょう」
ナナルゥが声をかけると、セリアは振り向いて頷いた。

「どちらに、向かわれるんですか~?」
「バーンライト軍が山道を越え、ラセリオに向かっているという情報が入りました。
 敵を迎撃するために、補充人員として私たちがスピリット隊に急遽配属することになり、ラセリオに向かうのです」
ナナルゥは事細かに説明する。
その一字一句に、決して舌をかむことが無い様子から、その冷静さは計り知れない。

「ナナルゥ、早く行きましょう。本隊が待ちわびているわ」
「はい。では、私たちはこれで」
二人は踵を返すと、すたすたとその場を去っていった。
ヘリオンとハリオンは戦いには行かない。ただ無抵抗に留守番しているしかなかった。

セリアの言うことは正しい。
おそらく真面目すぎて融通が聞かない性格なのだろうが、あまりにもヘリオンにはきつかった。
神剣が使えない、それはスピリットにとって存在意義をなくしたようなもの。
認めざるを得なかった。だからこそ神剣の声が戻るまで頑張ろうって決めていたのに。

「・・・ヘリオン、気にしちゃあ駄目ですよ~?」
「はい、わかってます・・・」
「さ、訓練を再開しましょう~」
「はい!いつか、あっと言わせてやるんですから!」
「ふふ、その意気です~」

あの時取り戻したヘリオンの心意気は、簡単なことでは折れはしなかった。
・・・・・・が、その一時間後、完全にグロッキーになって館に運び込まれたのは、言うまでもない話なのだった。

─────それからさらに、十日ほどの月日が過ぎた。
未だにヘリオンの神剣は復活する兆しも無く、ただ徒に訓練を続ける日々を送っていた。
戦況はというと、悠人率いるスピリット隊はバーンライトを陥落、続いてその足でダーツィをも陥したという。
トントン拍子で快方に進む戦況。
そんな中で、悠人たちにはさらにイースペリアの救援に向かったという情報が入った。
さすがにそこまで連戦をしては、苦戦を強いられるのではないだろうか。
だが、戦いに赴くことができないハリオンとヘリオンは、指をくわえて見守っているしかなかった。

「はぁ・・・ユート様は大丈夫でしょうか・・・?」
「大丈夫ですよ~、ユート様なら、きっと帰ってきてくれますから~」
「【失望】・・・どうしちゃったんですか?答えてくださいよぅ・・・」
その呼びかけに答える声は無かった。
まるですっぽりと抜け落ちたかのように、心も空っぽになっていく。
今のヘリオンにあるのは、悔しさと、怒りと、寂しさ。
日を重ねるにつれ、寂しさがどんどん積もっていく。今は【失望】の声が懐かしかった。

「さ、ヘリオン。今日も訓練しましょう~」
「あ、はい!」
さてさて、神剣の力が使えず、自分の力だけで訓練しているヘリオン。
本来の力だけを使って訓練していただけに、基礎体力はどんどん上がっていった。
今では、【失望】を振り回しただけでは疲れないまでになっている。

二人が訓練所につくと、そこには先客が居た。
グリーンスピリットの少女と、仮面をつけたブラックスピリットのようだ。
少女のほうはともかく、仮面のスピリットの方は、見るからに手を抜いて訓練していた。
それは、二人の間に、明らかな腕の差があることを意味している。
さっそく、ヘリオンとハリオンはその二人に声をかけてみることにした。

「こ、こんにちは!」
「こんにちは~」
声をかけると、二人は剣を下ろし、こちらに振り向いてきた。
「こんにちは」
「・・・・・・」
仮面のスピリットは艶やかな声で挨拶を返してきたが、少女のほうは黙ったままだった。
「・・・?どうしたんですか~?」
「こら、ニム。だめですよ?ちゃんと挨拶しないと」
「・・・こんにちは」
仮面のスピリットが少女に注意を促すと、少女は蚊の鳴くような声で挨拶を返した。

ヘリオンとハリオンは自己紹介をすると、その二人も自己紹介をする。
「私はファーレーン。【月光】のファーレーンです」
「・・・ニムントール」
「あれ?でもさっきニムって・・・」
ヘリオンが疑問符を頭に浮かべると、ニムントールは顔を真っ赤にして怒り出す。
「ニムって言うな!」
「はうっ!あわわ、わかりました!」
その迫力に押され、思わず承認してしまうヘリオン。その様子を、ハリオンは平和そうに眺めていた。

「あらあら~、恥ずかしがり屋さんなんですね~」
「ちがうっ!お姉ちゃん以外にはニムって呼ばれたくないだけ!」
「お姉ちゃんって、ファーレーンさんですか?」
視線をファーレーンに向けると、その仮面の下の口を動かし始める。
「ええ、そうなんです。私にとってニムは妹みたいなものですし、ニムにとっても私は姉のようなものなのです
 ですから、ニムを守るために、こうして心身を鍛え、戦いに望むのです」
「そ、そうなんですか!」
なんと、このファーレーンが戦っている理由も、自分たちと同じ、大事な人を守るため。
それだけに、ヘリオンとハリオンは妙に親近感を持った。

「ところで、あなたたちは名前が良く似ていますが、もしかして・・・?」
「はい~、育ったところが一緒なんです~。ですから、
 私にとってヘリオンは妹みたいなものですし、ヘリオンにとっても私は姉みたいなものなんです~」

「なんだか私たち、よく似てますね!」
ヘリオンとハリオンは少し嬉しかった。自分たちに良く似た人を見ると嬉しくなるものだが、
ここまで姉妹のような関係や戦う理由が似ていると、まるで親戚のように思えてくる。
・・・が、ただ一人、それを認めようとしなかった。

「バカじゃないの?似てるわけ無いじゃん」
「はううっ!?ば、バカあぁ~~!?」
ヘリオンの頭の中でガーンという音と共に バ カ の二文字が駆け巡る。
「こらっ!ニム、なんてこと言うの!謝りなさい!」
「もういいよ。今日はもう帰ろう、お姉ちゃん。先行ってるから!」
そう言うと、ニムントールは走って去っていってしまった。

「・・・ごめんなさい。普段はあんな子じゃないんですけど・・・」
「だ、大丈夫です、もう、気にしてませんから・・・あはは」
「ふふふ、かわいい妹さんじゃないですか~。やんちゃなのは、いいことですよ~?」
申し訳なさそうな目をして謝るファーレーンをハリオンはフォローする。
さすが、訓練の無いときはヘリオンと街に出て、子供たちを相手にしているだけはある。
こういう素直じゃない子に対しても慣れていた。

「では、ニムが待っていますので、私もこれで失礼します」
「はい!また会いましょう」
軽く会釈すると、ファーレーンは上品な足取りでその場を去っていった。
「じゃあ、私たちも訓練しましょう~」
「は、はい!」

訓練を始める二人。ハリオンは、ヘリオンの剣の上達振りには驚いていた。
それだけ、やる気があるということだ。・・・・・・後の問題は神剣だけ。
そのうち声が戻ることを信じ、今日もヘリオンは【失望】を振り続けるのだった。

─────二日後、イースペリアがエーテル変換施設の暴走によりマナ消失が発生し、壊滅。
その日の夕方、悠人たちが帰ってくるという。
14日ぶりに悠人に会える。ヘリオンとハリオンの心は喜びに染まった。
なによりも、生死の境目である戦場から生還してくれたことが、一番の喜びだった。

ヘリオンとハリオンは町の南端まで行き、悠人たちを待つことにする。
少しして、ニムントールとファーレーンも付き合ってくれるというので、一緒に行くことにした。
ニムントールは面倒くさがっていたが、ファーレーンには逆らえないらしい。しぶしぶと付き合ってくれた。


そして、時は夕方。
地平線の果てに陽が沈みかけるころ、南向きの街道から、沢山の人影が見えてきた。
見間違えるはずも無い、9人の人影。それは悠人たちスピリット隊だった。
悠人目掛けて、ヘリオンは走り出す。喜びと夕日の色に、その顔を染めながら。

「ユート様ぁ~!!」
「ヘリオン!」
「よ、よかったぁ・・・生きていてくださったんですね!」
「はは、そう簡単には死ねないさ。大事な人を助けるまでは、ね」
悠人はそう言ってヘリオンの頭をくしゃくしゃと撫でる。
その手から伝わってくる温もりは、確かに生きている者の証だった。
「本当に、よかったですね~ユート様♪」
「ユート様、お帰りなさいませ」
「ユート、よく生きてたね」
と、ヘリオンの後ろへハリオンとファーレーン、ニムントールがやってくる。
三人とも、悠人が帰還したことによる喜びを浮かべているのがわかる。ニムントールは微妙だが。

「さ、いつまでもここにいちゃ風邪引くからな、帰ろうぜ?」
「は、はい!帰りましょう!」
こうして、スピリット隊の全員がそろった。
ヘリオンは唯一人コンプレックスを抱えていたが、このときはそれを忘れ、生還を祝ったのだった。

─────翌日、スピリット隊のメンバー全員にある通知が来た。
それは、近日中にサルドバルトとの決戦になるということ。
しかも、元々の情報よりも敵の戦力があるらしく、スピリット隊の強化が必要とされた。
訓練を行って個人個人の強化はもとより、早急にヘリオンを戦線復帰させることが悠人に言い渡された。

・・・・・・そこで、さっそく悠人はヘリオンの元に向かう。
神剣がもし眠っているとするなら、いい方法がある。それを実践しようとしていた。

「で、やっぱりまだ聞こえてないんだな・・・」
「は、はいぃ・・・」
「まあ、それでも訓練はしっかりやってたんだから、偉いとは思うぞ」
「そ、そうですか?でも、戦えなかったら、意味ないです・・・」
「そこでだ、神剣を蘇らせる方法を思いついたんだ」
「へ!?」

神剣が蘇る・・・そうすれば、戦える。ハリオンや悠人の助けになることができる。
それがどんな方法であれ、ヘリオンにとっては願っても無いことだった。

「そ、それって、一体?」
「・・・コイツを使う」
そのコイツとは、悠人の腰にぶら下がっている神剣【求め】。
神剣の問題には、神剣をぶつける。それも、なるべく位の高い神剣を。
第九位の神剣に対して、第四位の神剣。
【求め】の精神が【失望】の中にもぐり、【失望】の精神を探し、たたき起こしてくるという荒療治。
以前アセリアが悠人に対してやったあの方法の応用版だった。

「そ、それ・・・うまくいくんですか?」
「それはわからないけど・・・駄目で元々だ。やらないよりはいいと思うけどな」
やはり不安なのだろう。もしうまくいかなかったら、それこそ二度と【失望】を使えなくなる。
だが、可能性が在るなら、それに賭けなくてはならない。元々ヘリオンに選択肢はなかった。

「わ、わかりました!ユート様・・・お願いします!」

「よし・・・!じゃあ、神剣を構えてくれ」
「は、はい!」
ヘリオンは【失望】をすらりと引き抜き、正眼の構えを取る。
そして、悠人も【求め】を引き抜くと、【失望】にその刃を合わせた。

キイイイィィン・・・!
神剣を通して、ヘリオンの頭の中に干渉音が響き渡る。
だがそれは、未だかつて味わったことの無い強力な神剣の干渉音。
それだけに、かなりの負担がかかっていた。
「はうっ、ううう・・・!」
「(落ち着け!自分の音を、俺に合わせるんだ・・・)」
悠人の心の声が聞こえる。ヘリオンはその声に従い、感覚的に音を近づける・・・

『我は【失望】の中に入った。これから探す。精神を途切れさせるな・・・』
二人の脳裏に、【求め】の声が響く。二人は心でそれに答える。
「(ああ、頼むぞバカ剣)」
「(は、はい!お願いします!)」

『・・・ふむ、【失望】の精神体は見当たらぬな』
【求め】の精神体があたりを見渡す。何よりも今回の干渉は時間が無い。
第九位の神剣に第四位の精神が入っているのだから、あまり長く居ると神剣そのものがもたない。
ヘタをするとその持ち主のヘリオンや、自分の主の悠人にまで影響が出てしまう。急がなくては。

『・・・・・・む?なんだ?あの光は・・・』
果てしなく続く暗闇の中で見つけた一筋の光。
おそらく、その先に【失望】の精神がある。気配がある限りそれは確信に近かった。
【求め】はその光の道を辿る。・・・そして、その先に【失望】がいた。

『汝が【失望】か・・・』
『・・・・・・』
【失望】は黙ったままだった。【求め】は、気配の波長から【失望】が眠っていることを感じ取る。
仕方なく、【求め】は、自分のなけなしのマナを注ぎ込む。
『(全く、何故我がこのようなことを・・・ただでさえマナが足りないというのに)』
『う、ううん・・・』
ぴくり、と【失望】が反応する。
『目覚めたか、【失望】よ・・・』
『あなたは・・・【求め】!?なぜあなたなどが、私のような低位の剣に・・・』
『我が契約者の願いだ。それに、汝が主も、汝の帰りを待っている』
『ヘリオンが?・・・・・・そうでしたか。あの子には、ちゃんと謝っておかないといけませんね・・・』
『力のない神剣の癖に、体を借りるなどと無茶をするからだ。そのせいで、あの妖精も心を失いかけた』
『・・・すみません』
『我に謝っても仕方なかろう。我はもう帰る。たっぷりとあの妖精に叱ってもらうがいい』
『はい、ありがとうございました』
『例には及ばぬ。汝らが居なくては、我と契約者も困るのでな』
そう言って、【求め】は自らの精神を自分の神剣の元に返していった。
・・・・・・そして、【失望】も、自分のあるべきところへ戻っていった。ヘリオンの剣になるために。

キイイイィィン!
干渉音が響いた瞬間、二つの剣は弾かれ、その袂を分けた。
「戻ったか、バカ剣」
『うむ。【失望】は元に戻った。これであの妖精も戦えるはずだ』

りいいぃぃぃん・・・
「あ・・・ああっ・・・!!」
久しぶりに聞いた。もう何年も聞いていないような気になっていた。神剣の、忘れもしない【失望】の干渉音。
そして、安心できるような、もう一人の自分の声が響いてくる。
『お久しぶりです。今まで眠っていてごめんなさい。ヘリオン・・・』
「よ、よかった・・・やっと、戻ってくれました!【失望】・・・おかえりなさい!」
『ふふふ・・・ただいま、ヘリオン』

本当に良かった。
これで自分も戦うことができる。決して役立たずなんかじゃない。
ハリオンや悠人を助けることができる。あの時の誓いを果たすために、戦場に立てる・・・!

「【失望】、もういなくなっちゃったりしないでくださいね!私、寂しかったんですから・・・」
『ええ、本当にごめんなさい。戦えなくて、辛かったでしょう』
「はい・・・はい・・・!」
【失望】との再会。それはヘリオンにとって家族に会うようなもの。
何重もの感情をその小さな胸に秘めて、この日はずっと泣きじゃくるヘリオンだった。

─────数日後、ヘリオンを含む、悠人たちスピリット隊のメンバー全員が、サルドバルト城の外に居た。
サルドバルト軍は精鋭部隊を残し、篭城戦を行うつもりらしい。
この牙城を如何に落とすか、悠人たちはこの戦いにおける最後の作戦会議をしていた。

「・・・そこでだ、みんなの意見を聞きたい。そのほうが作戦を立てやすいからな」
「そうですね・・・レッドスピリットによる火計はどうでしょう?」
と、エスペリア。
戦略上は効果的なのだが、悠人はそれを許さなかった。
「いや、それは妨害される恐れがあるし、なにより関係ない人間を巻き込む。それはだめだ」
「ユート様、質問があります」
「どうした、セリア」
「ユート様は、敵味方共に被害を最小限に抑えて勝利すればいいとお思いですか?」
「まあ、そりゃそうだけど・・・」
「なら、いい方法があります」
なにやらセリアには奇策があるらしい。悠人はそれを聞くことにした。

「まず、なるべく素早くて、ウィングハイロゥを持つ者を三名指名してください」
「それなら・・・アセリア、ヘリオン、ファーレーン・・・・・・かな?」
考え付く限り、最速の組み合わせ。それにはセリアも納得した。
「その三名を別働隊として、南門へ移動させます。残りのメンバーは、北門から侵入して、敵部隊を引きつけます」
「あ、もしかして・・・」
「はい、北に敵を引きつけている間に、南から三名が強襲。サルドバルト王を確保し城内を制圧します」
「なるほど・・・それなら被害は少なくて済むな」
「しかし・・・南の部隊にとってもきつい戦いになるでしょう。大丈夫でしょうか・・・」
エスペリアは心配そうにその三人を見る。
しかし、彼らの目には勝利に向かうことに関してなんの曇りも無かった。
・・・・・・アセリアに関しては、何も考えていないだけなのだが。

「大丈夫だ。エスペリア、ユート、任せろ」
「は、はい!ゆ、ユート様、私、がんばります!」
「この任、必ずや成功させます!」
「よし、北の部隊が攻撃を開始するときにはオルファがファイアボールを打ち上げて合図する。
 南の部隊はその5分後に突入を開始してくれ。行動開始だ!」
こうして、北方五国統一戦の最終戦の火蓋が落とされた。


─────作戦開始。火の玉が空高く上がってから、5分後。
「み、みなさん!時間です!」
「ん、行こう!」
「はい!この戦いに勝利をもたらしましょう」
三人は一斉にウィングハイロゥを展開。最大戦速でサルドバルト城内に突入を開始した。

北の部隊が敵を引きつけているお陰で、城内にはスピリットの敵はほとんどいない。
・・・が、王座の間の前に来たところで、スピリットの近衛部隊に遭遇した。
敵は3人、一対一で戦える相手だったが、速効性の求められる作戦のため、こんなところで時間は食えない。
「!・・・全力で行きます!はあああぁぁぁーっ!!」
ヘリオンは自身の最速で特攻。それにあっけにとられたスピリットの懐にもぐりこみ、
神速の居合い抜きで敵の体を抉り、一瞬でマナの霧に帰した。
それにようやく反応できた残りの敵だったが、それが無限にも等しい隙を作っていた。
「そこ!やあああぁぁ!」
「遅い!はあっ!」
続いてアセリアとファーレーンがそれぞれ斬撃を叩き込み、一撃でマナの霧に敵の姿を変える。
もう、付近に神剣の気配は無い。あとはサルドバルト王を捕らえ、勝鬨を上げるだけだ。

王座の間の扉をアセリアの斬撃で破壊し、突入する。
そこには、怯えた顔のサルドバルト王と、その側近たちが居た。
「ひ、ひいぃ・・・」
「あ、抵抗しないでくださいね。殺しに来たわけじゃありませんから」
「な、何を言うか!あのラキオス王のことだ!捕らえられた私はその後に処刑されるに決まってる!」
「うるさい。黙れ」
「ひいいぃぃっ!」
アセリアがちき、と音を鳴らして【存在】の切っ先をサルドバルト王の鼻っ先に当てる。
「二人とも、ここはよろしくお願いします。私はテラスで勝鬨を上げてきますので」
「あ、はい!」
「ん、頼んだぞ」
ファーレーンはそう言うと、テラスに向かって飛んでいった。
「えっと、とりあえず拘束しておきますね。テラー!」
ヘリオンが魔法を唱えると、サルドバルト王とその側近たちを、無数の影の手が捕らえる。
「・・・もう好きにせい」

・・・・・・数分後、外から歓声が聞こえてきた。紛れも無く、勝利に喜び、士気をあげる自軍の声。
この瞬間、永遠戦争のほんの一部でしかない北方五国統一戦は幕を閉じたのだった。

─────そして、悠人たちスピリット隊は勝利の報せを持ってラキオスに凱旋。
彼らは、龍<ドラゴン>の同盟を一つにまとめた勇者たちとして、今までに無いような歓待を受けた。

ここは第二詰所。
第一詰所のメンバーはラキオス王に報告に行っている。
ここでは、今回の戦いの反省会が行われていた。
「そ、そんなにすごかったですか?」
「ええ、私が今まで見てきたスピリットの中でも抜きん出た早さです」
「今までの訓練が、功を奏したんですね~♪」
ファーレーンは、あの時の戦いのヘリオンの動きについて、ハリオンに報告していた。
あの速さと動きは、並みのブラックスピリットではなかなか成し得ないものだという。
それについてハリオンはそう言うが、その通りだった。
基礎体力を向上させたことにより、神剣の力を使ったときの能力が今までの比ではなくなっていたのだ。

「そうなの?まあ、それなら足手まといにはならないわね」
「ええ、これからも頼りにさせてもらうわ、ヘリオン」
と、セリアとヒミカ。
地道な訓練と、部隊を勝利に導いた功績。それが認められ、信頼を得られたのだった。

「えへへ、ネリーも一緒に頑張るからね、ヘリオン」
「シアーも一緒にがんばる~♪」
「よろしくおねがいします。ヘリオン」
と、ネリーにシアー、それからナナルゥ。
決して諦めなかったヘリオンの姿勢を三人は見習う。さらに強くなって、戦いに勝つために。

仲間たちから褒めに褒められ、ヘリオンは有頂天になっていると、ニムントールがつかつかとやってくる。
「な、なんですか?」
「・・・あのさ、私、ヘリオンなんかに負けないから。追い越すまで、死なないでよ」
「あ・・・はい!追い越す日を待っていますから。ニ・ム」
「くっ・・・ニムって言うな!!」
ニムントールが抗議した瞬間、第二詰所がどっと笑い声に包まれた。新しい家族たちの平和な一時。
これを失わないためにも、ヘリオンは更に強くなろうと決心したのだった。

「ふふふ、よかったですね~、ヘリオン」
「はい!本当に良かったです!」
そう言って、ハリオンはヘリオンの頭を撫でる。
昔からの家族の手は、今日はいつもよりも暖かかった。そんな気がした。
それは、ハリオンの助けになるという目標を、少しでも噛締めることができた証だった。

─────こうして、第二詰所は一瞬でパーティー会場と化すのであった。

しかし、彼らはまだ知らなかった。
  新たなる敵がその頭角を現し始め、徐々に大陸中を巻き込む戦争の刻が迫っていることを。
     悠人、ヘリオン、ハリオン・・・三人の運命の歯車は加速する。巨大な陰謀の影をその歯に巻き込んで───