ただ、一途な心

第Ⅲ章─大事な人 前編─

─────北方五国が統一された、その次の日の午前中。

「え!?それ、本当ですか?」
「はい~、本当みたいですよ?」
今、第二詰所ではある報せが飛び交っていた。
それは、悠人の妹、佳織が人質から解放されたということだった。
思いもよらぬ吉報に、ヘリオンはお茶を飲む手を止め、ハリオンはにこにこしていた。

「これは、お祝いしなくてはいけませんね~」
「そ、そうですね!すぐ行きましょう!」
「あ、でも、ちょっと待っててくださいね~?」
今にもすっ飛んでいきそうなヘリオンをハリオンは制止すると、台所に入り棚を前にしてしゃがみこむ。
そして棚を開け、奥まで手を突っ込んだかと思うと、一つの包みを取り出してきた。

「そ、それ・・・何ですか?」
「ふふふ、こんなこともあろうかと隠しておいた、秘蔵のお菓子ですよ~
 このお菓子は、冷やしておくと、お茶に良くあっておいしいんです~」
「い、いつの間にそんなところに・・・・・・じゃなくて!そ、それ、大丈夫なんですか??」
「大丈夫ですよ?だって、最近買ったばかりですから~」
本当にいつの間に買ったんだろう?
ラキオスに居る間は殆どの時間ヘリオンと一緒に過ごしていただけに、全く覚えが無かった。
・・・・・・やっぱり侮れない。
それはそうと、どうやらハリオンはそのお菓子を手土産にするらしい。
第一詰所で悠人や佳織と一緒にお茶を飲みながら食べようという目論見があるのはヘリオンにもわかったが、
そのお茶会に自分も参加できると思うと、ヘリオンにそれを否定する理由は無かった。

「では、行きましょう~」
ハリオンはそのお菓子包みと、そのお菓子に最もあうであろうお茶葉の入った瓶を手に持つと、
第一詰所に向かおうとヘリオンに促す。
「は、はい!・・・・・・でも、大丈夫かなぁ・・・はうぅ」
悠人と一緒に居られることに喜びを感じるヘリオンだったが、その一方、お菓子が痛んでいないか、
果たしてそれが悠人の口に合うのだろうか。・・・など、ハリオンにとっては杞憂の思考が駆け巡るのだった。

─────ここは第一詰所の食卓。
そこでは、エトランジェの兄妹とオルファが平和そうに談笑していた。
佳織が人質から解放されたことを心から喜んでいるのは悠人だけではない。
佳織が寂しくないようにと、話役として遣わされていたオルファもまた、佳織が傍に居ることに幸せを感じていた。
悠人は一口、エスペリア特製のブレンドティーを啜る。この空間は本当に平和だった。

「ふ~」
「でね、でね、その時パパが転んで洗濯物ばら撒いちゃってね、エスペリアお姉ちゃんがすんごい顔して怒って・・・」
「あはははは、おっかし~。お兄ちゃん、そういうところ抜けてるからね」
「大きなお世話だ。慣れないことはするもんじゃないって思い知らされたよ」
「お兄ちゃん。そんなんじゃ一人暮らしできないよ?お兄ちゃんだらしないから、部屋がゴミ箱になっちゃうよ?」
「ねえねえカオリ、パパのお部屋って、ゴミ箱なの?」
「うん。すっごく散らかってるんだから。いつも私がお掃除してあげてるの。大変なんだよ?」
「あはは、パパだらしなぁ~い」
「うぐぐ・・・」
悠人はふと思い出す。元の世界の自分の部屋がどういう状況かを。
確かに常に散らかっている上、佳織が掃除しても、2、3日で元に戻る。
おまけに佳織が重箱の隅を突付くかのように細かい掃除をするので、妙なものは隠せない。
自業自得なのだが、プライバシーもくそも無かった。

「でも今のお部屋は綺麗だよね。パパ」
「まあ、エスペリアが良く掃除してくれるし、持ち込むような私物もそんなに無いからな」
「・・・・・・やっぱりこっちでもだらしないんだね」
はあ、と佳織は呆れたようにため息をつき、オルファは天使のように笑う。
こういったくだらない話も平和な空間の中では笑い話になるのだから不思議なものだ。

こんこん。
玄関の方から扉を叩く音が聞こえる。
「あれ、誰か来たのかな」
「お客様だね。オルファが出てくるから、パパとカオリはここに居てね♪」
そう言うと、オルファはぴょこんと椅子から降り、とことこと玄関に向かった。
一体誰が来たのだろうか、あまり心当たりの無い悠人は佳織と目を合わせて首をかしげる。

少しして、オルファがその来客を連れて食卓へと姿を現した。
「えへへ、パパ。ハリオンお姉ちゃんと、ヘリオンが来たよ」
「おはようございますぅ~、ユート様♪」
「お、おはようございますっ!」
いつもの調子で挨拶をする二人。
特にヘリオンに関しては、あの荒療治の後遺症みたいなものも見られず、元気な顔をしていた。

「どうしたんだ?二人がこっちに来るなんて珍しいな」
「えっとですね~、カオリ様がユート様の元に戻られたと聞きましたので、お祝いでもと思いまして~」
「そ、そうなんです!ユート様、おめでとうございますっ!」
「そうか。ありがとうな、ヘリオン、ハリオン」
「ははは、よかったね、お兄ちゃん」

「・・・・・・それで、その包みと瓶は一体何?」
ハリオンが持っている妙な包みと、お茶葉のようなものが詰まった瓶。
さっきからこれ見よがしに持っているので、悠人が尋ねると、ハリオンは待ってましたとばかりに話す。
「ふふふ、一緒にお茶会でもしようと思いまして~、この包みは、おいしいお菓子なんです~」
「お菓子!?オルファそれ食べたい!」
「オ、オルファ・・・」
お菓子という言葉に反射的に反応するオルファ。まるでパブロフの犬だ。
察するに、瓶の中身は思ったとおりお茶葉らしい。
「はいはい~、みんなで食べましょう。ユート様、お台所お借りしますね~」
悠人の返事を聞くまでも無く、ハリオンはお茶を淹れるために台所へと入っていった。

「あの、ゆ、ユート様、ここに座っていいですか?」
「え?ああ、別にいいけど」
「で、では。失礼しますっ」
ヘリオンは遠慮がちに尋ね、そして悠人の左手側の椅子(食事のときのアセリアの席)に腰掛ける。
ちなみに、悠人とオルファはいつもの席、佳織はオルファの右隣の椅子に座っていた。
そのまま少し談笑していると、ハリオンがお茶とお菓子を持ってやってきた。

「ユート様、お待たせしました~」
ハリオンはお盆からお菓子の乗った皿をテーブルの中心に置き、続いてお茶をそれぞれの目の前へと置く。
悠人はそのおいしいお菓子とやらを見る。
みんなの人気者ヨフアルとは違い、このお菓子は饅頭のようなもの。見るからにお茶にあいそうだった。
ハリオンがヘリオンの隣に腰掛けると、一口お茶を啜る。
それを合図に、そのテーブルの者全員がお茶とお菓子に手をつけ始めるのだった。

「お兄ちゃん、これおいしいね♪」
「ああ、そうだな」
「本当に、お茶にあいます!」
そのお菓子を口に含み、お茶を少しだけ飲むと、うまいことお菓子がお茶でほぐれて一層おいしさを増す。
何よりも、さっきの心配が取り越し苦労だったことにヘリオンは喜んでいた。

「そっかあ、このお菓子ってこうやって食べるとおいしくなるんだ。オルファ知らなかったよ」
「あれ、オルファってこのお菓子食べたことあるのか?」
悠人が尋ねると、オルファは幸せそうな顔で話しはじめる。
それが後に大惨事を生むことになろうとは、仏様はもちろんこの世界の神様でもわからなかっただろう。

「うん。この間ね、ネリーたちが持ってきてくれたんだよ♪」
「へぇ~そうなんだ」
「なんかね、第二詰所の台所の棚の奥に入ってたんだって」

ビシイィッ!
オルファがそういった瞬間、ヘリオンの表情が凍りついた。続いて状況を察したのか悠人と佳織も仲良く凍りつく。
手に持っていたお菓子をぽろり、と落とすほどに固まっていた。
・・・・・・そのお菓子を持ってきたハリオンはというと・・・いつもどおりのニコニコ顔。
表情の凍りついた三人がちらりとハリオンを見ると、まるで化け物を目の当たりにしたかのように震えだす。
未だに状況のつかめないオルファは、それを不思議そうに眺めていた。

「あ、あれ?パパ、カオリ、ヘリオン、どうしたの?何か怖いものでも見たの?」
全くもってその通り。
「・・・・・・オルファ。それ、本当なのか?」
「うん、それがどうかしたの?・・・・・・あ゙」
ようやくオルファにもわかったらしい。
さっきからハリオンの周りに僅かではあるが殺気のこもったマナが集まり始めている。
「私の知らない間にそんなことになっていたんですね~。あの子たちには、
 めっ、てしてあげないといけませんね~。すいません、ユート様。私、お先に失礼させていただきますぅ~」
ハリオンは席をすっと立つと、ずっしりとした足取りで食卓から去っていった。

「ヘ、ヘリオンさん。と、止めなくていいんですか?」
「ハ、ハリオンさんがああなったら、だ、誰にも止められません!ハリオンさんが怒ると、すっごく怖いんですっ!!」
ヘリオンの目は本気だった。以前ハリオンを怒らせたことがあるからこそだった。
「マジか・・・ネリー、シアー・・・逃げてくれよ」
四人は成す術も無く、椅子に縛り付けられたかのように固まっていた。
次の瞬間・・・

ガチャ。と、玄関の扉が開き、どこかで聞いた声が響き渡る。
「オ・ル・ファ~あっそぼ~!!」
「あ~そ~ぼ~♪」
!タイミング、悪─────

 ず ど ご ー ん !!
「きゃあああぁぁぁ~!!」
「やあぁぁぁ~んっ!!」

認識したときにはすでに遅かった。
殺意のこもった緑マナの爆発は完全にあの双子を捕らえていただろう。・・・おそらく無事では済まない。
勇気を振り絞って、オルファが玄関のほうを覗くと、そこにはすでにハリオンやネリー、シアーの姿は無かった。
爆発の物凄さを語る砂埃と、粉々になった玄関の扉だけがそこにあった。

「あ、あれ?誰もいないよ?」
「は、ハリオンさんが連れて行っちゃったんですよぅ~」
「なんてこった・・・ヘリオン、あのさ、ハリオンの怒りを買うと、あの後どうなるんだ?」
「ハリオンさんのせっかんは・・・あの後、その・・・お、思い出すだけでも恐ろしいですっ!」
「ネリー、シアー・・・生きてたらいいね」
「うう、そ、そんなぁ・・・」

悠人たちはお茶とお菓子をさっさと片付け、お茶会をお開きにした。
その後、第二詰所に戻ったヘリオンがボロボロ+涙目になった双子を見たのは言うまでも無い話なのだった。

─────それから、どれくらいの平和な日々を過ごしてきただろうか。
佳織と町に出かけたり、オルファが風呂場で突進してきたりと、落ち着かない日々。
疲れているのは確かだが、平和である限り笑顔でいられる。佳織が傍にいるから。

「これから、どうなるんだろうな・・・」
悠人が考えていたのは、そのまんまこれからのこと。
今まで、佳織が人質にとられて、そのためにバカ剣【求め】を手にとって、佳織のために戦ってきた。
だが、もう戦う理由は無い。佳織を助けられたから。どうにかして逃げ出して、元の世界に帰りたかった。

「でも、俺が逃げ出したりしたら、みんなどうなるんだろう・・・」
それなのに、アセリアたちスピリット隊のメンバーのことを考えると、踏みとどまってしまう。
もう、一人一人に情が移ってしまっている。
今まで世話になったのに、今まで命懸けで一緒に戦ってきたのに、自分はもう戦わなくていいからって、
大事な人たちを置いて逃げるなんて、悠人にはできない。できるはずも無い。

「・・・・・・考えててもしょうがないか。お茶でも飲もう・・・」
とりあえず、お茶でも飲んで気を紛らわそうと、悠人は食卓へ向かうのだった。


悠人が食卓に降りてくると、そこには先客がいた。
「あ、お兄ちゃん」
「よお、佳織」
テーブルにちょこんと座っている佳織。その目の前にはティーポットが置いてあった。
一人で、夕焼けに染まる景色を見ながらティータイムでも楽しんでいたのだろう。
「お兄ちゃんも、お茶飲む?」
「ああ、ちょうど飲もうと思ってたところだし、もらおうかな」
「は~い」
悠人がそう言うと、佳織はもう一つのティーカップに、七分方ポットのお茶を注ぎ込む。
「お兄ちゃん、はい、どうぞ」
「お、サンキュ」
悠人はそのお茶を啜る。
いつもとは少し違うルクゥテとクールハテのブレンドのお茶の香りが、暖かさと共に体中を駆け巡る。

「ふぅ~」
落ち着いた空気が食卓を支配すると、何を思ったか佳織が質問してくる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?どうしたんだ、佳織」
「お兄ちゃんは、元の世界に帰りたい?」
「え・・・・・・そりゃあ、帰りたいに決まってるだろ。将来のこともあるしさ」
「うそ」
「え?」
「うそでしょ?本当は、エスペリアさんたちのことが心配なんじゃない?」
「それは・・・」
さすがは我が義妹。あっさりと見抜かれてしまった。
確かに悠人は今、帰りたいという欲求と、みんなのことが心配だという心が、葛藤を生じさせている。
もっとも、今は帰る方法がわからないから、みんなと一緒にはいられるけど。

「私ね、帰らなくてもいいんだよ」
「なんで」
「だって、幸せなんだもん。お兄ちゃんがいるし、エスペリアさんたちは優しいし・・・」
「それ以上に、大好きなファンタジーの世界だから面白い・・・とか思ってないか?」
「あ~!ひど~い!私真面目なんだよ?」
佳織はぷぅ~っと頬を膨らませて反論してくる。
「それに、私お兄ちゃんのことが心配なんだよ?」
「俺のことが心配?なんでだよ」
「だってお兄ちゃん、このままだとエスペリアさんたちの誰かをお嫁さんにしちゃいそうなんだもん」
「ぶっ!!げほげほげほ」
悠人は思わず咳込む。
この間のオルファの質問に続いてお茶を吹き出す羽目になろうとは。

「な、なんでそうなるんだ!?」
「お兄ちゃん、のんびり屋さんだし、ねぼすけだし、料理以外の家事は苦手だし・・・」
「うぐぐぐ・・・」
佳織の指摘がどすどすと、アイアンメイデンの如く心に突き刺さる。
「でもね、私本当はそっちのほうが安心するんだ」
「え?」
「お兄ちゃん、あちこち抜けてるから。誰かが一緒にいてくれたほうが安心するの」
「なるほどね。まあ・・・そうかもな」
「それでお兄ちゃん、もしお嫁さんにするなら、誰がいいと思う?」
「お嫁さんにするなら、か・・・」
もしも、の話なのだろうが、佳織は時々冗談なのか本気なのかわからなくなることがある。
まあ、女の子はこういう話が好きなのだろう。悠人は乗ってやることにした。

「う~ん、いないねぇ・・・」
「え~?本当にいないの?」
悠人はみんなが自分のお嫁さんになった時のことを想像してみるが、どうもパッとしない。
アセリアはイメージ的にパッとしない上、あの料理を食べさせられるかと思うと恐ろしいし、
エスペリアはお嫁さんというよりはご主人様とメイドさんだし、
オルファは年が離れすぎていて、お嫁さんにすると犯罪者になりかねない。

「いないというか、どうもパッとしないんだよな」
「そうかな~?」
「そういう佳織は、俺に合うお嫁さんだったら、誰がいいと思うんだよ」
「私は、お兄ちゃんにはエスペリアさんみたいなしっかりした女の人が合うと思うな」
「エスペリアか・・・まあ、そのへんだろうな。もしも、の話だけど」
おそらく一番マシだろう。尻にしかれそうな雰囲気はあるが・・・

「でもね、実はもう一人、気になる人がいるの」
「それ、誰?」
「うん、ヘリオンさんがちょっと怪しいかなって思ってるの」
「・・・・・・は?」
「お兄ちゃん、気づいてた?この間のお茶会のとき、ヘリオンさん、ほっぺ赤くしてたんだよ?
 それに、座ってもいいかってお兄ちゃんに聞いた時の態度、怪しいと思うけどな~」
「ヘリオンはいつもあんな調子だよ。緊張してて、ぎこちなくて・・・」
「・・・やっぱりね」
「え?」
佳織は何かに感づいているようだった。まるで悠人をカマにかけたようにうんうんと頷く。

「ヘリオンさん、きっとお兄ちゃんのこと大好きなんだよ」
「な、なんだってぇー!?そ、そんなことないだろ」
「ううん、私にはわかるよ?好きな人を前にして、緊張しちゃってるんだよ」
何をどういう風に解釈したらそうなるのか。悠人には理解できない佳織ワールドが広がっているらしい。

「おいおい、いくらなんでもそれは虫が良すぎるだろ」
「もう!お兄ちゃんの鈍感!お兄ちゃんはヘリオンさんのことどう思ってるの?」
「ど、鈍感って・・・そりゃ、俺にとってヘリオンは、大事な仲間だし・・・頼りないところもあるけど、頑張りやだし」
「そこまで見てれば、大したものだと思うよ?・・・何かあったんでしょ」
「うぐ・・・」
今日の佳織は妙に冴えている。こうなってしまっては否定するだけ無駄だろう。

悠人は思い出す。今まで自分はヘリオンとどう出会ってきたのかを。
訓練所で倒れていたときに始めて会って、そのあと自分の部屋にまでわざわざ挨拶に来て・・・
思えば、ヘリオンがぎこちなかったのはその頃からだった。
そして、自分と同じ部隊に入って、初陣で心を失いかけて戦えなくなったけど、それでも健気に頑張って、
神剣を元に戻してやったこともあったっけ。
・・・・・・で、今に至るわけだが。
「そういえば、いろいろあったな・・・かくかくしかじか」
悠人は今まで何があったのかを話した。

「ほほ~、じゃあヘリオンさんにとってお兄ちゃんは恩人なんだね」
「・・・そうなるか、なぁ」
「ふふふ、お兄ちゃんがどうするのか私には解らないけど、女の人の想いには応えてあげなきゃだめだよ?」
「まあ、それは遥か先の話として置いておくとしようか」
「お兄ちゃん!誤魔化しちゃだめ~」
悠人は話をはぐらかして、もう一杯ポットのお茶をカップに注ぐ。
こういう話で動揺してしまった心を落ち着けるには、お茶を飲むのが一番だった。
佳織ももう一杯お茶を飲むと、再び食卓には静寂が訪れる。
窓の外から聞こえてくる、サラサラという木の葉が風で擦れあう音が、風流で気持ちいい。

「(でも・・・もしあのヘリオンのぎこちなさの訳が、佳織の言うとおりだったとしたら?)」
悠人は静寂の中で、ふとそんなことを考える。
ヘリオンがぎこちなくて、ドジを露呈するようになったのは、悠人の記憶上は部屋に挨拶に来てから。
訓練所で声をかけてもらったときには、まだそんなぎこちなさや緊張は見られなかった。
「(俺はあの時、何をした?何を言った?)」
大分前のおぼろげな記憶を掘り起こそうとする。思い出せたのは・・・


「あの、どうして、そうなってまで戦っているんですか?」

「ああ・・・守りたい人がいるからかな」
「守りたい人・・・?」
「うん、俺の大事な人。その人がいるから、がんばろうって思えるんだ」

「大事な人・・・そうですよね!はい、よくわかります!」

「(戦う理由・・・大事な人?ヘリオンも、大事な人のために戦っている?だから、俺に同調した?)」
それならなんとなく解る。
同じ理由で戦っているなら、他人とは思えないかもしれない。
スピリットだから戦っている、というわけではない。しっかりと自分の意思をもって戦場に出ている。
エルスサーオに向かう途中に感じた、足手まといのヘリオンに自分を重ねたときの感情を思い出す。
「(・・・・・・似ている?俺と、ヘリオンが・・・?ヘリオンも、そう思ってる?)」

様々な思い当たる節を駆け巡らせる。確かにそういう可能性もあった。
だが、それはまだ悠人にとっては可能性であるだけで、確定ではない。
「(ま、本当のところは本人しかわからないからな・・・余計な詮索はしないでおこう)」

「・・・・・・お兄ちゃん?」
「ん、ああ、佳織?どうした?」
「それはこっちの台詞だよ。遠い目をしてぼーっとしてるんだもん」
ぼーっとしてたのは確かだろう。考え事していたんだし。
しかし、ここでヘタに反応するとまた佳織に考えを見抜かれてしまう。
「な~に考えてたの?」
「別に、何も・・・」
「お兄ちゃん、なにか大事なこと考えてたでしょ。私にはわかるよ?
 お兄ちゃんが大事なこと考えるときは、いつもぼーっとして、黄昏ながら考えるんだもん」
確かに考え事はしていたが・・・果たしてそれは大事なことに当たるのだろうか。
もし佳織の仮説が当たっているなら、悠人にとってもヘリオンにとっても大事なことだろうけど。
今はまだ、大事なことだと胸を張って言えるようなことではなかった。

「いや、本当になにも考えてなかった」
「ほんとう?なんか怪しいな~。大体お兄ちゃんって・・・・・・」
佳織がまた悠人の欠点を指摘しようとした、その瞬間・・・

カーン!カーン!カーン!

どこからともなく、大きな鐘の音が響き渡る。
それは本来は鳴ってはいけない音、敵襲などの警報を知らせる鐘の音だった。
「・・・まさか、敵か!?」
「お、お兄ちゃん!」
二人は同時にがたり、と音を立てて席を立つ。
悠人は反射的に腰の【求め】を握ると、神剣の気配を探り始めた。
「1・・・2・・・3・・・・・・くっ!10人以上はいるな・・・・・・城に向かってる!?」
「お兄ちゃん、戦いに行くの?」
「ああ・・・佳織、地下室に入ってろ。ここにいるよりは安全だ」
「う、うん・・・お兄ちゃん、絶対に帰ってきてね。お願いだから・・・」
「大丈夫・・・みんなと合流すれば、そうそう遅れはとらないさ。約束するよ、絶対に帰ってくるって」
「うん、約束だよ」

神剣の力・・・オーラフォトンを展開し、悠人は敵に向かって走り出した。
佳織や、レスティーナ王女、そして、スピリット隊のみんなと生き延びるために。
「(たのむ・・・持ちこたえてくれ!)」


───── 一方、そのころ・・・・・・第二詰所にて。

カーン!カーン!カーン!
けたたましく警鐘が響く。その音は、ここでも展開されていた夕焼けのティータイムを強制終了させた。
「て、てて、敵ですか!?」
「あらあら、そうみたいですね~。全然気づきませんでした~」
「ってハリオンさん!そんなのんきにしている場合じゃないです!はは、早く救援に行かないと!」
「・・・・・・慌てすぎるのも良くないんですけどね~」
のんびりとお茶を飲んでいたヘリオンとハリオンは、壁に立てかけてあったそれぞれの神剣を手に取る。

食卓から飛び出すと、2階から慌てて降りてきたヒミカに目が合った。
「二人とも!敵襲みたいよ。準備はいい?」
「も、問題ありません!」
「大丈夫です~」
「そう?それじゃ、いくわよっ!」
そう言うと、三人は神剣の力を使って全速力で走り出す。
だが、今のヘリオンには敵のスピリットよりもハリオンのほうが恐ろしかった。
なぜなら、さっきのティータイムはまだ始めたばかり。お茶はまだ温かく、お菓子も出したばかりだったのだ。
自分の趣味(の一つ)を邪魔されたハリオンは、おそらくあのせっかんに匹敵する八つ当たりをしてくれる。
その巻き添えになるのが、ヘリオンにとっては恐怖なのだった。

「(はうぅ・・・ハリオンさん、手加減してくれるといいんですけど・・・)」
「(ふふふ、私の邪魔をする人はぁ、み~んな めっ てしてあげるんですから~♪)」
「(大丈夫かな・・・ハリオン、さっきから妙に笑顔だけど・・・何かあったのかしら?)」
それぞれの想い(思惑)を胸に、三人は敵のいるほうへと急ぐのであった。


─────三人が謁見の間に飛び込むと、そこではすでに戦闘が行われていた。
エスペリアとオルファが、2対3で明らかに物量で押され、苦戦している。
「一気に、飛び込みます!」
ヘリオンはハイロゥを展開して全力で高速移動し、敵のうちの一人に斬りかかる。
虚を突かれた敵は思わず振り向くが、ヘリオンのスピードには追いつくことができず、一撃で体を二つに分けた。
「うふふ、そぉ~れ~!」
ハリオンは【大樹】で全力の刺突を連続で繰り出す。
その攻撃が敵の腹に突き刺さると、そのまま敵ごと【大樹】を振り回し、敵を壁まで投げ飛ばしたのだった。
・・・当然、その瞬間にマナの霧と化す。
「・・・もらった!ファイアーボールッ!」
残りの一人に、ヒミカが焼殺魔法を叩き込む。
対象が魔法に弱いグリーンスピリットだっただけに、一瞬で消し炭と化した。
「はぁ、はぁ・・・助かりました」
「オルファ助かっちゃったよ。ありがとう、ヘリオン、ハリオンお姉ちゃん、ヒミカお姉ちゃん♪」

少し遅れて、謁見の間に悠人とアセリアが入ってきた。
「こっちは片付いたのか?」
「はい、彼女たちのお陰で、この場はなんとか・・・」
エスペリアはそう言うと、ついさっき入ってきた三人に目配せする。
すると、自分をアピールするチャンスとばかりに、ヘリオンが声を挙げた。
「はい!ゆ、ユート様、私たち、頑張りました!」
「そうか、よく持ちこたえてくれたな。みんな」
本当はものの一瞬で片がついたのだが、オルファを含め誰も突っ込みをいれようとはしなかった。

「それより、敵はこれだけなんですか~?」
「はい・・・襲撃にしては、小規模すぎます。何か他に目的があったのでしょうか・・・?」
ハリオンとヒミカは難しい顔をしている。それはエスペリアや悠人も同じだった。
敵は、その服装からサーギオス帝国の手の者。帝国が絡んで被害が小さくて済むはずが無かった。

「もしかして、オルファたちじゃなくて、王様たちをねらってたりして♪」
「!!」
オルファ以外の全員が感付く。
敵の狙いは、スピリットを狙ってラキオスの戦力を削ぐことではなく、頭を直接狙ってきたと。
確かに、手馴れ揃いのラキオススピリット隊を相手にするには、少なからずかなりのリスクを伴う。
つまり、それをまとめる者を討ち、瓦解させようとする作戦だということだ。
・・・・・・もしそうならば、ラキオス王やレスティーナが危ない!
「みんな、王たちが危ない!急ぐぞ!!」
オルファ以外の全員が一斉に頷き、王族の寝室に向かう悠人に続いて走り出す。
「え、え?ど、どうしたの?」
あの時と同じく、未だに状況がつかめないオルファ。
何がなんだかわからないが、オルファも悠人たちの後を追うのだった。

悠人たちが王族の寝室のある廊下にたどり着くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
死屍累々と並ぶ兵士たちの死体。その傷は、全てが全て、鋭い刃物による致命傷。
それが指し示すものは、兵士を殺害したのがスピリットであることだった。
「な、なんだこれは・・・」
悠人は今まで、スピリットは人を殺めることができないものだと思っていた。
・・・だが、それは違った。
スピリットは人間に従順。すなわち、人を殺すように訓練されたスピリットなら、人を殺すことができる。
なんの躊躇も無く人間を手に掛けることのできるスピリット。
そんなのがこれからの相手だと思うとゾッとする。それは何よりも恐ろしい殺人兵器だからだ。

「ぐ、ううう・・・」
兵士の死体の山から、僅かに呻き声が聞こえてくる。
悠人はその声を辿ると、腹に深々と刺突による傷を負った死に掛けの兵士がいた。
「大丈夫か!?」
「きさま・・・か、エトランジェ・・・」
「すぐ助けてやる!エスペリア、ハリオン!回復魔法を・・・」
「無駄だ・・・スピリットの、癒しは・・・人間には、効かない・・・」
「くそっ!」
「陛下は・・・すでに、スピリットに、やられた・・・殿下は、スピリットの館に向かって逃げている・・・」
「なんだって・・・!お前は・・・」
「俺はもうだめだ・・・それより、エトランジェ・・・お前、ハリオン・・・って、言った、よな」
「何?ハリオンがどうかしたのか?」
兵士は、血反吐を吐きながら、無理矢理に声を発しようとする。

「そこにいるのか?・・・ヘリオン・・・も、一緒か?」
「え?私ならいますけど・・・どうして、私たちのことを??」
「あなたは、一体なんなのですか~?」
本来は人間がスピリットなどに興味を持つことは無い。だから、名前を覚えられることも多くは無かった。
そんな世界の中で、悠人やレスティーナ以外の人間に名前を呼ばれることは、
ヘリオンやハリオンにとって、いや、全てのスピリットにとっては珍しいことだった。

「ハリオン・・・ヘリオン・・・お前たちに、謝っておきたかった・・・」
「あ、謝って?な、何言ってるんですか?」
「お前たちの施設の責任者・・・あの女は、何年か前に死んだそうだな・・・」
「お姉ちゃんのこと、ですか~?」
「そうだ・・・よく聞け・・・
 ・・・あの日、施設の物を破壊して、あの女を、殴って、犯して、廃人同様にしたのは・・・・・・俺だ」

「・・・へ?」
「え・・・?」
二人とも、信じられないといった表情だった。当然だろう。
ヘリオンとハリオンの、一生忘れられないであろう悲劇。その張本人が目の前にいるというのだから。
二人の中で、あの日の、あの時の出来事がフラッシュバックする。・・・自然と、涙が溢れ出す。

「思えば・・・お前たちを戦いに赴かせたのも、あの時の出来事なんだろう・・・
 俺は・・・・・・焦っていたんだ。戦えないスピリットを目覚めさせなくては、俺の立場が危うくなる。
  俺は、そのために、あの女を廃人にし、ヘリオンを目覚めさせようとした・・・その結果、うまくいったよ。
  だが、あの時俺の中には悪魔がいたんだ・・・他にも方法があったはずなのに、乱暴しかできなかった。
   だから・・・お前たちに、ちゃんと謝っておきたかった。それが罪滅ぼしにはならないって、解ってはいるがな・・・」
「うそ・・・うそですよね?あなたが、あの時の兵士さんで、お姉ちゃんを・・・殺したって・・・」
「そんなことって、ないです。そんなこと、あっちゃいけないんですよ?」
ショックのあまり、ヘリオンとハリオンは片言になる。
いろんなことがぐるぐると頭の中を走馬灯のように駆け巡って、何も考えられなくなった。

「・・・何を言っても、許しては、もらえないだろう、が・・・・・・言わせてくれ・・・・・・すまな・・・い・・・ぐ、ふ・・・」
より一層血反吐を吐き出し、その首をごとり、と横たえる。・・・その兵士は息を引き取った。
ヘリオンと、ハリオンに対して、何もしないまま。罪を償うことも無いまま。
「あ、ああ、あぁ・・・そんな・・・そんなああぁぁあぁあ・・・」
「お姉、ちゃん・・・・・・お姉ちゃん・・・」
二人はがくり、と膝をつく。涙しか流れ出ないその瞳からは、光が失われかけていた。

『ヘリオン!しっかりしてください!ヘリオン・・・!』
『ああ、ハリオン!気をしっかりと持ってください!心の闇に飲み込まれてはいけません~!』
二人のもっている神剣、【失望】と【大樹】がそれぞれの主に呼びかける。
あの悲劇の日、二人に誓いを持たせた時のように。
・・・・・・しかし、たった一人の『お姉ちゃん』を失ったときの悲しみは、
いくら時が経っても、どんなに頼れる仲間<パートナー>がいても、決して簡単に拭い取れる物ではなかった。
なによりも、罪を償ってもらえなかった。それによるやるせなさが二人を支配していた。

「ヘリオン!ハリオン!しっかりしろっ!!」
大声と共に、体をぐらぐらとゆすぶられ、二人ははっと我に帰る。
その涙という闇に溺れた瞳に光を取り戻したのは、エトランジェだった。
「あ・・・ゆ、ユート様ぁ・・・」
「ユート様、私、どうしたんですか~?」
無二のパートナーである神剣。それの声ですら治せなかった深い深い心の傷。
それなのに、悠人の声が心奥深くまで響き、その深い傷を拭う。
どうしてだろう。悠人自身の言葉はそれほどまでに癒しを持つ物ではないのに。
二人の心が、悠人の言葉を聞いたとき、悠人の顔を見たとき、不思議に癒されていく。

「二人とも、何があったのか俺にはわからない。俺にはヘリオンやハリオンの気持ちは理解できないかもしれない。
 でも、今ここで立ち止まるわけには行かないんだ。だから、まだいなくならないでくれ」
悠人の今の素直な気持ち、大事な仲間を失いたくは無い。
特にヘリオンについては前例がある。また心を失った人形なんかになって欲しくなかった。

「・・・・・・すみません、ユート様・・・少し、ヘリオンと二人にしてくれませんか~?」
「は、ハリオンさん・・・」
「え?ああ・・・大丈夫なのか?ハリオン・・・」
「はい。大丈夫です~。ですから、ユート様たちは王女様を追ってください~」
「あ、ああ、わかった。でも、無理はするなよ・・・・・・行くぞ、みんな」
悠人がそう言うと、アセリアやエスペリアやオルファ、続いてヒミカが心配そうな顔をして、その場を去っていった。

廊下に誰もいなくなったことを確認すると、ハリオンは疲れきった顔で壁を背に寄りかかる。
普段の、何もかもを許してくれそうな優しい顔は、今はどこか遥か彼方を見ていた。
ヘリオンは、その場にへたり、と座り込んで、何か思いつめたような表情をしていた。
「ヘリオン・・・お姉ちゃんは、幸せだったのでしょうか~」
「そんなの・・・わかりません。お姉ちゃんしか・・・わかりません」
本当だった。
確かに『お姉ちゃん』はあの兵士に殺された。でも、その兵士がやってきたのだって、
ヘリオンがいたから。ヘリオンがまだ戦えなかったから、あんなことをされたのだ。
だから、ヘリオンさえいなければ、あの嵐の夜、ヘリオンを助けなければ、
『お姉ちゃん』はもっと生きられたのかもしれない。
「ハリオンさん・・・私、こんな風にのうのうと生きてていいんですか・・・?
 私がいたから、私がお姉ちゃんの所に来たから、あんなことになって、お姉ちゃんは・・・」
ヘリオンを再び自責の念が襲う。元を辿れば、自分のせいだって、それしか考えられなかった。
「私は、ヘリオンがいてくれて、幸せでしたよ?」
「どうしてですか?ハリオンさんだって、お姉ちゃんがいなくなって悲しいんじゃないんですか?」
「私、嬉しかったんです~、ヘリオンが来てくれて・・・まるで、かわいい妹ができたみたいでした~・・・
 確かに、お姉ちゃんが死んじゃったのは悲しいことですけど・・・お姉ちゃんは、後悔はしてないと思います~
  ヘリオンがまだ喋れないときに、お姉ちゃん、言ってました。私やヘリオンと一緒にいると、暖かいって・・・」
「やっぱり、お姉ちゃんは幸せだったんですね・・・でも、私がいたから、その幸せは・・・」
その幸せは、なくなってしまった。ヘリオンがそう言いかけたとき、ハリオンの人差し指がヘリオンの唇に当たる。
「それは違います~。ヘリオンがいたから、お姉ちゃんも幸せになれたんですよ?
 それが、例え短い間だったとしても、お姉ちゃんは、幸せだったと思うんです~
  ですから、私たちはお姉ちゃんの分まで生きなきゃいけないんですよ・・・?」

りいいいぃぃん・・・
ハリオンの言葉に同調するかのように、【失望】が干渉音を響かせる。
『そうです・・・ですから、そんなに自分を責めないでください。ヘリオン・・・
 私は、あなたに死んでほしくはありませんから。あなたと一緒に生き延びたいのです』
「はい・・・」
ハリオンと【失望】に優しく諭されるヘリオン。
まだ心の靄は完全に晴れたわけではなかったが、それでも、ある一筋の希望を見出すことができた。

「なんでもかんでも自分のせいにしないでくださいね。そんな子は、めっ てしちゃうんですからね」
「はうっ!そ、それだけは勘弁してください~」
どうやらいつもの調子に戻ったらしい。
そんな姉妹の様子を見て、二本の神剣は思わず笑いをこぼす。
『ふふ、それでこそヘリオンです』
『あらあら、めっ は最後の手段ですよ?ハリオン』

「さ、ヘリオン。ユート様のところへ急ぎましょう~」
「は、はいっ!ユート様、どうかご無事でいてください!」
ヘリオンとハリオンはしっかりと立ち、悠人の去っていったほうへと走る。
同じ理由の、大事な人を守るために戦う人を助けるために、今まで自分たちを助けてくれた悠人を助けるために。


─────ただひたすら、館に向かって走る。
ヘリオンとハリオンの視線の先には、暗闇の中轟々と燃え盛る火の手に包まれたスピリットの館。
悠人たちは無事なのだろうか、唯それだけが二人の脳裏をよぎる。
そのうち、炎の中から一つの黒い影が飛び出し、空中で停止する様が見えた。

「は、ハリオンさん!あれって・・・なんですか!?」
「あの銀髪、黒いハイロゥ・・・見たことがあります~。あれは、帝国遊撃隊最強のスピリット、ウルカですね」
炎の光によって、そのウルカの姿形、なにからなにまで・・・そう、ウルカが抱えているものもはっきりと見えていた。
「あ!あれ・・・もしかして、カオリ様!?」
遠目でもはっきりと見えた、佳織のかぶっている不気味な帽子。
それは間違いなく、ウルカが抱えているものが佳織だということだった。
「助けなくてはいけませんね~。ヘリオン、頼めますか?私は、ユート様たちに合流しますので~」
「はい!任せてください!相手が帝国最強だからって・・・退くわけには行きません!」
ヘリオンは思いっきりウィングハイロゥを展開し、地面が抉れるかのように踏み切って、大きく羽ばたいた。
【失望】に手を掛け、猛然と目標に向かって突進するのだった。

「ユート様の大事な人を・・・渡すわけにはいきません!」


「シュン殿の言葉、確かに伝えた。・・・また会いましょう。ユート殿」
「待てええぇぇっ!ウルカァァー!」
ウルカがその漆黒の翼をはためかせ、南へと向いたその瞬間のことだった。
「む・・・!?」
ウルカ自身にも匹敵するスピードで、一つの光の翼が、ウルカへと迫っていった。
その翼の主は、一気にウルカに接近したかと思うと、佳織を抱いたままのウルカと、腰の刀で切りすさぶ。
あれほどのスピードの出せる味方。それは、悠人の知る限り一人しかいなかった。
「・・・・・・ヘリオン!?」
間違いなかった。ハイロゥの光によって映し出されたツインテールの少女の顔。
さっきまで戦うこともままならなかったであろう少女が、佳織を助けるために戦っていた。

ガキイィン!キイィン!
神剣のぶつかり合う音が、ハイロゥと炎の光によって染め上げられた闇夜に響き渡る。
佳織を抱えているせいで、ウルカは満足に動くことができない。
それが幸いして、ヘリオンでも互角にわたり会えているのだ。
「やああぁぁぁぁーっ!!」
「クッ・・・!手前の邪魔をするな・・・!」
「ヘリオンさん!やめて、やめてええぇぇ!」
佳織の叫びは、悠人のために戦うヘリオンには届かなかった。
ウルカは右手だけで神剣を巧みに操り、ヘリオンの連撃をしのぐ。
これほどのスピードで戦うことのできる相手を前にしては、ヘタに逃げることもできない。
ウルカには、ヘリオンを倒すこと以外に選択肢は無かった。
「隙あり・・・そこですっ!」
「・・・!かかったな!」
ガッキイイイン・・・
二人の神剣がぶつかった瞬間、ヘリオンの動きが止まる。
神剣の攻撃を受け流すと同時に突き出した右膝が、ヘリオンの腹部に食い込んでいた。
「あ・・・く、ううぅ・・・」
「終わりだ・・・堕ちろ!!」
ウルカは神剣を振り上げ、ばっさりとヘリオンのハイロゥを切り裂く。
「え、あ・・・きゃああああぁぁぁー・・・」
無数の光の羽が飛び散り、飛ぶ力を失ったヘリオンは、ぐらり、と傾いて闇の森の中へと落ちていった。
「く・・・またあのような猛者に出会うとは・・・」
「ヘ、ヘリオンさん・・・そんな・・・」
「あの者はヘリオン殿と申すのか・・・その名、覚えておこう」
そう言うと、ウルカは神剣を鞘に収め、南へと飛び去っていった。

「ヘリオン!」
ヘリオンが落下してくるであろう地点に向かって、悠人は全力で走る。
あれほどの高さから落ちては、いかに神剣を持ったスピリットであろうとも無事ではすまない。
「うおおおおぉぉぉおっ!!」
悠人はオーラフォトンを全力で展開し、一気に地面を蹴り、まもなく着地するヘリオンに向かって飛び込む。
どさっ
────間一髪。滑り込んだ拍子に伸ばした両腕でヘリオンを受け止めることができた。

「い、いてててて・・・ヘリオン、大丈夫か?」
「あ、ゆ、ユート様ぁ・・・」
どうやら無事らしい。腹部の打撲とウルカに斬られて粉々に砕け散ったハイロゥ以外に傷は見当たらなかった。
「なんであんな無茶したんだよ!相手は帝国最強のスピリットだぞ?」
「だって、だって・・・カオリ様が・・・」
「佳織のことは俺だって悔しいけど・・・さらったって事は、危害を加えるつもりは無いってことだ。いつか助けだせる」
「そんな・・・ユート様にとって、カオリ様は大事な人じゃないですか・・・そんなのでいいんですか?」
「ヘリオン・・・それはちょっと違うよ」
「え?」
どういうわけなのだろうか、悠人の大事な人、佳織が帝国にさらわれたって言うのに、
どうしてこうも悠人は冷静なんだろうか、ヘリオンにはわからなかった。
「確かに・・・俺にとって佳織は大事な人だ。でも、俺の大事な人っていうのは、佳織だけじゃないんだ。
アセリアや、エスペリア・・・スピリット隊のみんな。レスティーナ王女。俺を支えてくれるみんなが・・・俺の大事な人なんだ」
「そ、それって・・・私もですか?」
「うん。だからさ、俺は佳織のことも心配だけど・・・みんなのことも心配なんだ。
 さっきのヘリオンみたいに、無茶してさ、勝手に死んじゃったりして、俺のそばからいなくならないでほしいんだ」
「そ、そんなことも知らないで、私・・・ゆ、ユート様、ご、ごめんなさいっ!」
「いや、ありがとうヘリオン。佳織のために戦ってくれてさ。でも、もうあんな無茶はしないでくれよ」
「は、はいっ!」
そう言って悠人はヘリオンの頭をくしゃくしゃと撫でる。
その手の温もりは、あの時とは別の、ヘリオンの生還を喜んでくれてる、そんな暖かさだった。
 
 

「立てるか?」
「えっと・・・はうぅっ!い、いたたた~、む、無理です~」
ヘリオンは立ち上がろうとするが、その瞬間、びきっ と言う具合に顔が強張り、痛そうに腰をさする。
どうやら、着地のショックで腰を痛めたらしい。
「・・・・・・しょうがないな。そのまま楽にしてろよ」
「は、はい・・・」
「よっと」
「!!」
体全体が、ふわりと浮いた。
太腿の裏側と、背中の辺りにある暖かいものの感触。そして、目の前には悠人の顔。
ぶらさがる黒髪のツインテール・・・いわゆるお姫様抱っこの状態になっていた。
「あ、ああ、あああの、ゆ、ゆゆ、ユート様、こ、こっこれはぁ~」
「・・・しょうがないだろ。ヘリオンが動けないって言うんだから・・・」
「そ、そ、そそれはそうですけど・・・は、恥ずかしいですっ!」
ヘリオンは今にも燃え上がりそうなくらい顔を真っ赤にして、心なしか頭から湯気が上がっているようだ。
佳織の言っていたこともまんざら冗談ではないかもしれない。
「大丈夫、ヘリオンを抱くのは初めてじゃないし」
「はうっ!は、初めてじゃないって・・・い、いいいつの間に~!!?」
「ヘリオンが初陣で、心を失いかけたときだな。あの時もこうやって、運んでやったんだぞ」
「そ、そんなぁ・・・はうう、初めての抱っこが無意識のときなんて・・・酷いですぅ」
「確かに・・・でも今回は、ヘリオンの意識があるだけ、みんなに説明するのが難しいかもな・・・
 ヘリオン、みんなの前では、気絶したふりをしたほうがいいかもしれないぞ」
「そ、そうですね~。でも、みんなのところにつくまでは、起きてますから♪」
「ははは、そうしてくれ」
悠人とヘリオンは、そんなことを話しながら森の中を進む。
みんなのところにつくまでの時間は、ヘリオンにとって今まで味わったことの無い種類の幸せな時間なのだった。

10分後、みんなと合流した悠人とヘリオン。
何があったのかをみんなに説明しているときに、ヘリオンの気絶のふりがばれたからさあ大変。
エスペリアに要らぬ嫌疑をかけられた悠人が解放されるのにはかなりの時間を要したという・・・

──────それから、どれくらい経っただろう。
亡き父の後をついでラキオスを統べるべき椅子に座ったレスティーナ。
帝国に攻め込むためにマロリガンに同盟交渉を持ちかけるも失敗、さらにマロリガンとの戦争になる。
マロリガンは今までの弱小国とは相手が違う。広大な土地と、稲妻部隊という精鋭を率いる強敵。
本格的な戦闘状態に入るまでは、スピリット隊のメンバーたちは訓練と休息の日々。
その隊長である悠人は、これからの戦略の要になるという人物を迎えにラキオスを離れているという。

──────悠人がラキオスを離れてから、3日目。
ヘリオンは僅かな休息の時間の中で、自分の部屋の窓から、黄金色に染まる景色を眺めていた。
その光は、ブラックスピリット特有の黒髪ですら照らし、僅かに茶色をかける。
暖かい光と、ツインテールを揺らす少し冷たい北風が相まって、えもいえぬ心地よさを生み出していた。

「はぁ・・・・・・ユート様・・・」
ぼんやりと考えていたのは、エスペリアや来客のスピリットとともに遠出している悠人のこと。
あの日以来、ヘリオンが悠人のことを考えない日は無い。
悠人が自分とは離れたところ、別の場所にいると考えただけで、どうしてか不安になる。
エスペリアや、ここまで一人でやってきたスピリットがついているんだから大丈夫だって解っているのに。
なによりもヘリオンは悠人のことを人一倍信頼しているのに、不安が途切れることは無かった。

こんこん。
部屋のドアが叩かれる音がする。
「ヘリオン~?いますか~?」
どうやらハリオンが来たらしい。ヘリオンは無言のままドアを開け、ハリオンを招き入れる。
ハリオンの手には、二組のティーカップと、お茶が入っているであろうポット、それをお盆の上に載せていた。
「ハリオンさん・・・どうしたんですか?」
「ヘリオン、最近元気が無いみたいなので~、お茶でも一緒に飲もうかと思ったんです~」
「そうですか・・・じゃあ、いただきます」
ハリオンのティータイム。それは半強制的なもので、断りきれたものは今まで一人もいない。
・・・だが、今のヘリオンは、そのティータイムを受け入れたいと思っていた。お茶を飲んで、気分を紛らわしたかった。

ハリオンはお盆を床に置くと、てきぱきとカップにお茶を注いでいく。
ヘリオンはそのカップを受け取ると、そのお茶を啜りながら、紫紺の瞳を再び黄金色の景色に向けた。
「ヘリオン・・・どうしたんですか~?ぼーっとしちゃって・・・」
ベッドに腰掛けてお茶を飲むハリオンが心配そうに声をかける。
「私・・・最近変なんです」
「変・・・ですか~?」
「はい・・・変って言うより、よくわからないんです。ユート様のことを考えると、よくわからなくなるんです。
 なんだか、胸がどきどきして、体がむずむずして、不安になっちゃって・・・この気持ち、よくわからないんです」
ヘリオンが悠人に対して親近感を持っているのは前々からだったが、
この気持ちはそれとは違う、何かもっと別のものであるような気がするのだった。
「・・・・・・ヘリオンも、そうだったんですか~」
「って・・・ハリオンさんも?私みたいに、どきどきして、むずむずするんですか?」
「はい~。というよりも・・・私、ユート様のことを考えると、落ち着かないんです~」
「なんなんでしょう・・・なんだか、とっても大事なことのような気がするんです・・・」
ぼーっとしているように見えて、真剣な面持ちのヘリオン。
結局、二人の間でその変な気持ちの正体がつかめることは無かったけど、
大事なことのような気がする。そのヘリオンの言葉は、後に的を射ることになるのだった・・・・・。

──────数日後、賢者ことヨーティア・リカリオンを連れて悠人たちが帰還したことにより、
ラキオス城内の士気が高まった。・・・いよいよ、マロリガンとの戦争が始まる。
悠人にとってまさに試練ともいえる、永遠戦争の歴史の一ページに残るような戦いが・・・

マロリガンとの戦いに備え、悠人たちスピリット隊は、前線拠点ランサに全員集合していた。
マロリガン領への唯一つのルート、ヘリヤの道を越えるために、作戦会議をするためだ。
何せ敵国の領地はマナ消失の激しい砂漠地帯。何の備えも無しに入ればあっというまに全滅する。
しっかりとしたチーム編成と、補給線の維持が何よりも重要なことだった。

「第一部隊は俺と、アセリア、ナナルゥ。第二部隊はヘリオン、ハリオン、セリア。
 第三部隊はエスペリア、オルファ、ファーレーン。第四部隊はネリー、ニム、ヒミカ・・・こんなもんか?」
「そうですね・・・その編成ならバランスが良いと思います。では、次はどう攻めるかですが・・・」
「・・・・・・一気に行く」
「え?」
「第一部隊から第三部隊までで一気に侵攻をかける。長期戦は不利だし。第四部隊は万が一に備えてランサで待機だ」
「なるほど・・・だからこの編成なのですね」
エスペリアはざっと編成表を見る。攻撃力とスピードの高い、前線速攻向きのメンバーだった。
ヘリオンとファーレーンで敵を撹乱し、悠人、アセリア、セリアで敵を切り倒し、ナナルゥとオルファが魔法で攻撃、
エスペリアとハリオンは後方から神剣魔法で支援。それぞれの役割のバランスもよかった。

「じゃあエスペリア、この編成だって事をみんなに伝えてきて」
「はい」
そう言ってエスペリアは宿屋の一室から出て行った。
しかし、悠人は嫌な予感がしていた。何か、薄く纏わりつくような、拭いきれない嫌な予感が・・・
『契約者よ。おそらく今回の戦い、一筋縄では行かぬぞ』
「ああ、わかってる。よくわからないけど、とんでもない予感がするんだ」
・・・・・・そして、近いうちにその予感が的中するのだった。

──────翌日、悠人の戦略どおりに第一部隊から第三部隊までで陣形を組み、ヘリヤの道を進む。
敵部隊との戦闘に関してはほぼ思惑通りで、とんとん拍子に有利に進められたが、
なによりも、砂漠という厳しい環境が悠人をはじめ、スピリットたちを疲弊させていた。

「あ゙、暑い~」
汗がダラダラと流れ、水分が飛んでいく。シャツとズボンがあっというまに汗で濡れ、【求め】を持つ手は汗ばんでいた。
「大丈夫ですか、ユート様」
至って無表情、汗すらかいていないナナルゥが声をかけてくる。
「・・・・・・な、なんでそんなに平気でいられるんだ?ナナルゥ・・・」
「レッドスピリットは、暑さには強いものです。これはヨーティア様の研究結果でも事実が確認され・・・」
「わ、わかった。俺が悪かったから、疲れてるときに説明口調は止めて・・・」
「ユート・・・涼しくしてあげられないのが残念だ」
と、アセリア。おそらくアイスバニッシャーがエトランジェに効かないことを言ってるのだろう。
さらりと怖いことを言われたが、悠人はこの環境なら凍りついてもいい。そう思っていた。

「ううぅぅ~、あ、暑いです~」
「本当ですね~、干からびちゃいますよぅ~」
思った以上の苛酷な環境に文句を言うヘリオンにハリオン。
じりじりと降り注ぐ強烈な光は、ハイロゥの膜を張っているとはいえ、どんどんマナを消費させる。
「うるさいわね・・・文句を言ってる暇があったらさっさと歩いて」
ブルースピリットにとって最も相性の悪い環境でイライラしているセリア。
ヘタに逆鱗に触れれば、本気でアイスバニッシャーをかけてくる。セリアのそれは人一倍強力だから怖い。
「(でもまあ、私が凍らせられることはありませんけどね)」
ブラックスピリットにもアイスバニッシャーは効かない。だからヘリオンが何を言ってもセリアが怒ることはなかった。
「まあ、スレギトまでの辛抱ですから、我慢してくださいね~。セリア」
「わかってるわよ・・・」
それに、ハリオンが抑止力になる。ある意味で最も平和な部隊なのだった。

「ふう、これほどまでに暑いとは思いませんでした・・・」
しんどい行軍にため息をつくエスペリア。この部隊で最も暑さに弱かった。
「エスペリアお姉ちゃん、大丈夫?」
横からオルファが心配そうにエスペリアの顔を覗き込む。
レッドスピリットが暑さに強いという公式が成立しているせいか、オルファはぴんぴんしていた。
「この仮面を被ってきて正解でした。いい日除けになります・・・ふふふ」
役得、役得といった顔をするファーレーン。白地を基本とした仮面は光を跳ね返し、必要以上に熱を持たない。
「ファーレーン・・・その仮面、予備はありますか?」
「すいません・・・予備はランサに置いてきてしまいました・・・ふふふ」
それにあやかりたいといった表情のエスペリアだったが、それが叶うことは無いのだった。


キイイイィィィン・・・!!
全員がその警鐘に感づいた。なにか、強力な神剣の気配が猛スピードでこちらに向かってくる。
悠人には、その気配には覚えがあった。忘れたくても忘れられない、そんな黒い気配。
そして、悠人たちの前にその気配の主が、部下であろうスピリットと共に舞い降りた。

「ウルカァーーッ!」
「・・・・・・再びまみえることになるのも、また縁。いや、三度でしたかな?ユート殿・・・」
帝国遊撃隊最強の名を欲しい侭にする、漆黒の翼ウルカ。
冗談をほのめかす口とは別に、強烈な闘気を放つ赤い瞳は、悠人を捉えていた。
「佳織はどこだっ!」
「・・・・・・わが国へ」
「ふざけるなっ!」
その冷静な口調にペースを崩される悠人。手にもつ【求め】が、誓いの眷属を殺せといわんばかりに光る。

悠人が【求め】を構えると、ウルカはその視線を別の、ツインテールの少女へと向けた。
「手前はまだユート殿と戦うつもりは無い。・・・ヘリオン殿、手前と戦ってもらおう」
「・・・へ?わ、私ですか!!?」
まさか自分が指名されるとは思ってもいなかったのだろう。驚きで表情が固まる。
「ふざけるな・・・ウルカ、おまえは明らかに実力差がある相手に対してその剣を振るうのか?」
ウルカは視線をヘリオンから逸らし、少し考えたように目を瞑ると、すぐに言葉を返してきた。
「・・・あの時のヘリオン殿との戦いの中に、手前は何かが見えたような気がした故。
 もう一度、今度こそははっきりとそれを見たく、手前はヘリオン殿と戦いたい・・・
  それに、いくらなんでも殺すつもりはありませぬ。ユート殿とは、その後で死合をもって決着をつけるとしよう」
そこまで言われたら、逃げるわけには行かない。ヘリオンの瞳が覚悟で固まった。
「わかりました・・・私、ヘリオンがお相手しますっ!」
「感謝いたす・・・ヘリオン殿」
「ヘリオン・・・気をつけろよ・・・」

両者が同時にハイロゥを展開する。一瞬でその場にはぴりぴりした空気が張り詰める。
普通に考えても、神剣の力具合からいってもウルカの方が桁違いに強い。
特に、今回はウルカのほうにはハンディキャップが無い。苦戦が善戦になるのは目に見えていた。
「・・・行きますっ!!」
「ハアッ!」
踏み込みの勢いで砂埃が舞い、二つの影が衝突する。
神剣が幾度もぶつかり合い、火花が飛び散り、その都度、剣圧がこちらにも飛んでくる。
悠人たちは神剣の力を使い、その戦いをただ眺めていた。
戦いが始まって間もなく、ヘリオンのほうに疲れが見えていることを全員が認識できるほどに。

ガッキイイィィン・・・
やがて二つの影が形を作り、それぞれの神剣がぎちぎちとこすれあって光を放つ。
鍔迫り合いに持ち込まれては、もはやヘリオンに勝機は無かった。
「はあぁ、う、うううぅぅ・・・」
「一つ、ヘリオン殿に聞いておきたいことがある・・・」
「・・・・・・え?」
息すら切らす様子も無い、余裕綽々のウルカが鍔迫り合いしながら問いかけてくる。
「・・・ヘリオン殿は、何故戦っているのですか?」
「どういう・・・ことですか?」
「ヘリオン殿の強さはユート殿と同じ、何かの目的があって生み出せる力。今一度聞こう。何故戦っているのですか?」
どうしてこんなことを聞いてくるのか。だが、ヘリオンにも、ウルカがただの戦鬼には見えなかった。
何かを求めて彷徨っている、そんな風に見えた。・・・ヘリオンは苦しそうに口を開く。
「・・・私、大事な人を守るために、戦っているんです」
「・・・・・・大事な、人?」
「はい・・・大事な、かけがえの無い人・・・ユート様も同じ、大事な人を守って、助けるために・・・戦っているんです!」
「ユート殿も・・・カオリ殿がそうだというのか・・・」
大事な人を守る。戦う理由を求めていたウルカにとって、それがどんなに立派で、羨ましく思えたか。
佳織と同じく、ヘリオンにも底知れぬ心の強さがある。ウルカはそれを感じ取っていた。
───── 一瞬、ウルカの剣に篭る力が抜けた。
「・・・! 隙ありです!」
「くっ!!」

ザシュッ・・・

ヘリオンの剣は一方的な勢いで迫っていた【拘束】を押し返し、その勢いでウルカの胸から肩口にかけてを切り裂く。
砂埃の中に血が飛び散る。うかつな油断が致命傷となったウルカは、その場にしゃがみこんだ。
「く・・・お見事・・・ヘリオン殿、ありがとうございます」
「ウルカさん・・・・・・」
「ユート殿・・・こちらへきてくださいませぬか?」
ウルカは自分の元へと悠人を誘う。ワナであるかどうか詮索することなく、悠人はウルカに近づいた。
「ユート殿・・・これを」

ウルカは背中のポシェットから何か小さなものを取り出し、悠人に手渡す。
「こ、これは・・・佳織の!?どうして、ウルカが・・・」
「カオリ殿に、次にユート殿に会うことがあればと、言伝と共に頼まれたものです。
 『自分は負けないから、ユート殿も負けるな』・・・カオリ殿はそうおっしゃられていました」
「・・・そうか、ありがとう、ウルカ」
「では、手前はこれで・・・」
ウルカは傷口を押さえ、ハイロゥを広げる。その場を飛び立とうとしたとき・・・
「あ、あの、ウルカさん!」
「・・・・・・何でしょう、ヘリオン殿」
ヘリオンも聞きたかった、ウルカの戦う理由。でも、どうしてか聞けなかった。
ウルカはまだ、その問いに答えられないような気がしたから。答えてくれない気がしたから。
「・・・いえ、なんでもありません!」
「フ・・・また会いましょう」
そう言うと、ウルカは部下たちと共に悠人とヘリオンの前から飛び去っていった。

「う・・・!はぁ、はぁ・・・あ・・・」
ウルカが飛び去って、安心したかと思うと、ヘリオンはがくり、と膝をつく。
さっきの戦いのダメージは見かけ以上に大きいようだ。
「ヘリオン!大丈夫か!?」
「はうぅ・・・ユート様、ちょっと、疲れちゃいました・・・」
「相手はあのウルカだったんだ。無理も無いさ・・・ランサに戻って休んだほうがいい」
「で、でも・・・!」
「でも、じゃない。無茶するなって言っただろ?」
「は、はいぃ・・・」
「よし、決まりだな。おーいセリア、ヘリオンをランサまで連れて行ってくれ。侵攻は残りのメンバーで行う」
「わかったわ・・・(助かった。正直、私もしんどかったものね・・・)」
セリアはウィングハイロゥを展開し、左脇にヘリオンの胴を抱え、その場から飛び立つ。
「はうぅっ!い、痛いですっ!もうちょっと優しく持ってください~」
「つべこべ言わないのっ!叩き落されたいの?」
「うぅ・・・」
セリアたちがランサのほうに飛んでいったのを確認すると、悠人たちはヘリヤの道をさらにすすんでいった。

──────2時間後。セリアとヘリオンはランサの宿屋で寝かされていた。
ヘリオンはもとより、セリアは過酷な砂漠の環境に当てられて、ランサに着いた途端ぶったおれてしまったのだ。
「せ、セリアさん・・・大丈夫ですか~?」
「ヘリオン・・・は、話しかけないで・・・うう、頭が痛い・・・」
セリアは頭を抱えてごろん、と寝返りを打ちヘリオンから視線を逸らす。
症状としては、体内のマナの減少による病気、一種の脱水症状のようなものだったが、
頭が痛いと言って転げまわるその様子は、二日酔いのそれにも良く似ていた。
「セリアが暑さに弱いなんて、知らなかったわ」
と、セリアを茶化すヒミカ。セリアはすっかりグロッキーだった。反論する気も起こらないらしい。
「まあ、ゆっくり休みなさいな。どうせ、また砂漠に行くんだからね」
「うう~、自分にアイスバニッシャーしたい気分だわ・・・」

バッターン!
病室と化した宿屋の一室の扉が勢いよく開く。
そこには、やけに慌てた顔のネリー、シアー、それからニムントールがいた。
「ちょっと三人とも、病人がいるんだから、静かに入ってきて」
「そ、そそそ、それどころじゃないのっ!ヒミカお姉ちゃん!外見て、外!」
「え・・・?」
ネリーに促され、ヒミカと、無理矢理上半身を起こしたヘリオンが窓から外を見る。
すると、そこには信じられないような光景が広がっていた。

「なに・・・あれ」
遥かかなたの空に広がる虹色のカーテン。いわゆるオーロラのようなものが展開されている。
砂漠に発生するものとは思えない光景だった。
「わぁ~、きれいですね~」
「うん、そうだよね、ヘリオン」
「きらきらして、素敵~」
やたらと呑気なネリー、シアーにヘリオン。それに対して、ニムントールとヒミカは嫌な予感がしていた。

「ねえ・・・・・・あっちのほうってさ、ユートたちが行った方向だよね」
「なにかあったのかしら・・・」
「・・・へ?」
もし、あのオーロラがただの自然現象ではないとしたら、もしあれが何かの兵器だったとしたら・・・
ニムントールの背筋が凍りつく。なぜなら、悠人の元にはファーレーンもいるから。

「お、お姉ちゃん!!」
「だめよ、ニムントール!何があるかわからないわ!」
「くっ・・・!!」
部屋から飛び出しそうになったニムントールをヒミカは制止する。
本気でファーレーンのことを心配しているその緑色の瞳には、僅かだが涙が浮かんでいた。
「・・・今は、ユート様たちの帰りを待つのよ・・・ヘタに動いてはいけないわ」
「そ、そんな・・・お姉ちゃん・・・」
「(ハリオンさん・・・ユート様・・・どうか無事でいてください)」
オーロラの元にいるかもれない大事な人の無事を願うヘリオンとニムントール。
ネリーとシアーは何がなんだかわからずに、泣きじゃくるニムントールをただ傍観していた。
・・・ちなみに、セリアの意識がさっきから飛んでいることには、ヒミカが気づくまで誰もわからなかったという・・・

──────それからしばらくして、スレギト制圧に向かったメンバーがぼろぼろになって帰還した。
砂漠の真ん中に突如として現れたオーロラ。あれは強力無比のマナの嵐だという。
危険を察知した悠人によってすぐに部隊は撤退し、事なきを得たが、被害は少なくは無かった。
・・・・・・だれも死ぬことが無かったことが唯一の救いなのだろう。
ニムントールはファーレーンの胸に飛び込んで大泣きし、ヘリオンはハリオンと悠人の生還を喜んだ。
・・・大事な人が、かけがえの無い家族が死ななくて良かった。二人の心はただそれだけに染まった。