ただ、一途な心

第Ⅲ章─大事な人 後編─

あのようなものがあっては、これ以上マロリガンに戦いを挑むわけには行かない。
最低限の防衛部隊をランサに残し、悠人たちはラキオスに帰還していた。
ヨーティアが言うには、あのオーロラは『マナ障壁』といい、半永久稼動できる超広域防衛兵器だという。
そのマナ障壁を打ち破るため、ヨーティアが様々な対策を練っているというので、
それまでの間、ランサの防衛と訓練と休息の日々を送ることになるのだった。
その過程で、負傷したウルカを保護するなど、色々なことが起こっていた。

──────第二詰所にて、今日はヘリオンとハリオンも帰還しており、僅かな時間の休息をとっていた。
・・・だが、その場には、ヘリオンにとってはあまり嬉しくない会話が飛び交っていた。

「・・・・・・それ、本当ですか?敵の部隊の中に、ユート様の幼馴染がいるって・・・」
「それが、本当なんですよぅ~、私もはっきりとこの目で見て、この耳で話を聞いてきましたから~」
そう、話の内容はマロリガンの誇る精鋭、稲妻部隊に悠人の幼馴染にしてエトランジェ、今日子と光陰がいるということ。
元の世界にいる間、ずっと一緒に生きてきた親友たちと戦わなければならない、殺しあわなければいけない。
そんな現実を前にして悠人がすっかり塞ぎこんでしまっているというのだ。
悠人と一緒にその二人のエトランジェに遭遇したハリオンは事細かに見聞きしたことをヘリオンに伝える。
「そんなの・・・そんなのって、酷すぎます!」
「はい~・・・私たちに何かできればいいんですけど、そのうちの片方、
 キョウコ様は、もう既に意識が完全に神剣に飲み込まれているそうなんです~・・・」
「そんな・・・もう、手遅れなんですか・・・?ユート様は、大事な人を殺さなきゃいけないんですか・・・?」
「それは・・・ユート様次第だと思います~。私たちには、何もできません~」
「・・・私、ユート様に会ってきます!」
ヘリオンはがたり、と勢いよく席を立ち、玄関に向かって走っていった。
「ヘリオン・・・」
あの二人に会ったときに悠人を励ますも元気付けられなかったハリオンは、それをただ見ているしかできなかった。
悠人の問題は悠人が解決するしかない。それがハリオンには解っていたから。

「今日子・・・光陰・・・なんでだよ。なんで戦わなきゃいけないんだよ・・・」
悠人は自分の部屋で、ベッドに腰掛けて窓の外に向かって愚痴をこぼしていた。
時折、【空虚】と【因果】を砕けと、【求め】の執拗な干渉音が頭の中に強く響く。
悠人にとって【空虚】や【因果】なんてどうでも良かった。ただ今日子と光陰を助けたいだけ。
だが、それらの神剣は既に二人を持ち主として選んでおり、神剣を砕くことは、十中八九死につながる。
特に、今日子は神剣に飲み込まれている。【空虚】の死は、今日子の死だった。
ベッドの傍に立てかけてある【求め】を見る。
「こんなもんで・・・こんなもんで、殺しあえって言うのかよ・・・そんなこと、できるわけないだろ・・・」
ただ、我儘だった。生き残りたい、助けたい。でも、それは不可能に近い。
どんなに頼れる仲間がいても、どんなに戦いに慣れて強くなっても、できることとできないことがある。
悠人はその事実の前に押しつぶされそうだった。

こんこん。
部屋のドアが遠慮しがちに叩かれる。
「ユート様・・・入っていいですか?」
「・・・ヘリオンか?・・・・・・いいよ」
悠人が許可を出すと、失礼します、という具合にヘリオンが入ってきた。
「・・・・・・どうしたんだ、ヘリオン」
「ゆ、ユート様が元気が無いって聞いたので・・・その、励ましに来たんです」
ヘリオンがそうして訪ねてきたということは、スピリット隊のメンバーに悠人の苛つきがばれているということ。
悠人は、みんなに迷惑をかけてしまったと、罪悪感が積もる。・・・だが、尋ねてくれたのは、嬉しいことだった。
「そうか・・・ありがとう、ヘリオン」
「あの、その・・・辛いかもしれませんけど、負けないでください!」
ヘリオンの言葉で、悠人はふと、ウルカからの佳織の伝言を思い出す。
『自分は負けないから、ユート殿も負けるな』
その言葉は、こんな時に思い出すものなのかもしれない。
辛い事実に押しつぶされて、戦場で散るようなことになれば、それこそ佳織やみんなを悲しませることになる。
そんなの嫌だった。その言葉を思い出させたヘリオンの言葉は、悠人にとって重いものになっていた。
「ヘリオン・・・こっちに来ないか?立ったままじゃ辛いだろ、ベッドにでも腰掛けてくれ」
「へ?・・・あ、は、はいっ!」

悠人に促され、ヘリオンはベッドの上、悠人の隣にちょこんと座る。
「あのさ・・・もし、ヘリオンだったら、こんなときどうする?幼馴染と殺しあわなきゃいけない、そんな時・・・」
「わ、私、ですか?・・・・・・私だったら、その幼馴染を助けます!」
「もし、どうやっても助けられないってわかっていたら?」
「そ、それでも助けます!だって、幼馴染を、大事な人を見捨てるなんて、私にはできません!」
「!!」
悠人は、もうだめだってわかると、諦めかけていた。でも、ヘリオンは違っていた。
どんなに絶望的な状況でも希望に向かっている、そんな芯の強さをその言葉から悠人は感じ取っていた。
「そっか・・・強いんだな、ヘリオンって」
「そ、そんなことないです・・・私、単純なだけです」
ヘリオンは顔を真っ赤にして否定しようとする。それは隠しきれるものじゃないって気づかずに。
「そうだよな・・・まだ駄目だって決まったわけじゃないんだよな・・・諦めたらそこで終わりなんだよな」
そう言って悠人は天を仰ぐ。何か、詰まったものが取れたようなすっきりした表情で。

「なあ、ヘリオン」
「は、はい!何でしょう」
「俺と一緒に、戦ってくれ。今日子と、光陰を助け出すために・・・ヘリオンの力を貸してくれ」
「ゆ、ユート様・・・・・・は、はい!喜んで!」
絶望感に打ちひしがれていた悠人の心に再び光を取り戻させてくれたヘリオン。
悠人は、ヘリオンと一緒なら、希望に満ちたこの少女と一緒なら、絶望を覆せるんじゃないかと思っていた。
今日子や光陰を助け出せるような気がしてきた。
なんとかなるって、なんとかしてみせるって信じる心、その心が、今の悠人にはあった。

─────それから、夕日が景色を染めるまで、悠人とヘリオンは一緒にいた。
あの日と同じ、黄金色の光が部屋の中を照らし、暖かさとともにどことなく寂しさもそこにあった。

「(な、なんだ・・・?この感じ・・・)」
黄昏の光の中で、悠人はふと横を見る。
そこには、さっき自分に希望を与えてくれた少女が、黒髪のツインテールをゆらゆらと揺らして、笑顔で腰掛けている。
「(な、なんか・・・綺麗だ)」
「あ、あの、どうしたんですか、ユート様?な、なんかぼーっとしちゃって・・・」
「え、あ、いや・・・なんでもない・・・」
なんでもないわけなかった。どうしてこうどぎまぎするのか、悠人は状況を整理してみる。
「(えっと、俺が落ち込んでたから、ヘリオンが励ましに来てくれて・・・それで、元気付けられて・・・今に至る)」
・・・どう考えてもそれが直接の原因とは思えなかった。もっと別の要素を考えてみる・・・
「(俺は、休息のためにランサから戻ってきて・・・で、一緒にヘリオンとハリオンも戻ってきて・・・他には誰も・・・ッ!!)」
悠人のなかでとんでもない考えがまとまった。
「(俺とヘリオンがここにいて、ハリオンは多分第二詰所にいるから・・・!!)」
そう、今はこの部屋、いやこの館、もとい一つ屋根の下には悠人とヘリオンだけ。・・・二人っきりだった。
こんな感覚、感じたことは無かった。
初めてファンタズマゴリアに来たとき、館には自分とエスペリアしかいなかったが、こんな感覚を覚えたことはない。
「(も・・・もしかして、俺、惚れちゃった・・・??ヘリオンに・・・??)」
頭が爆発しそうだった。
いつだったか佳織が言っていた。ヘリオンは悠人のこと大好きなんじゃないかって。
思えば今までも自分はヘリオンに何度も助けられてきた。ヘリオンを何度も助けてきた。
その過程を経て、悠人までヘリオンのことを好きになっていたら、恐るべき、相思相愛という公式が成り立つ。
「(い、いやいやいいや!んなわけない!それにいくら好きだからって、年が離れすぎて◎♂♪£∈♀~!)」
考えれば考えるほど混乱を極める悠人の思考。
「あ・・・そうです」
混沌の淵に沈んだ悠人の思考を掘り起こすかのごとく、ヘリオンが何かを悠人に提案してくる。

「あの・・・ゆ、ユート様・・・」
「な、なななんだ?ヘリオン?」
とんでもないことを考えたせいでぎこちない口調になる。これじゃいつもの逆だ。
「えっと、その・・・マロリガンとの戦いが終わったら、ゆ、ユート様に一緒に来て欲しいところがあるんです・・・」
「え・・・、どこ?それ・・・」
「い、今はまだいえませんけど・・・あの、駄目ですか?」
否定する理由も、肯定する理由も無かった。デートだとか、そんなことを考えなければ平常心でいられるだろう。
「あ、ああ・・・いいよ」
悠人は二つ返事で ぐっ と親指を立ててOKサインを出す。

「~~~~~!!!」
その途端、ヘリオンの顔が一気に紅潮する。
なんだか物凄く恥ずかしいものを見たような、物凄く嬉しいものを見たような、複雑な表情になっていた。
「あ、あああ、ああのあのあああのゆ、ゆゆゆ、ユート様ぁ・・・そ、それ、それれれそれは・・・」
悠人はそんなヘリオンと、サインを出した右手を見る。
「(なんだか前にもこんなことがあったような・・・・・・ああ゙ッ!)」
悠人は、ファンタズマゴリアに来て間もない、まだ聖ヨト語も喋れなかったとき、
窓の外のエスペリアにうっかり同じようなことをして激しく赤面させたことを思い出していた。
「(そういえば、このサインってどういう意味なんだろ・・・)」
隣のヘリオンはその意味を知っているようだが、この異様な慌てぶりから、聞いてはいけないような気がする。
だが、悠人にそれを知りたいという思考があることもまた真実なのだった。
「なあ、ヘリオ・・・」
「う、う~ん」
気がつくと、ヘリオンはうんうん唸って半端なバンザイのような格好でベッドに倒れこんでいた。
なんだかよくわからないが、状況から察するに気絶してしまったらしい。
「お、おい!ヘリオン!大丈夫か!?」
悠人は両腕をベッドに突いて、ヘリオンの顔の真上から呼びかける。
・・・が、当然、その呼びかけに答える声は無かった。

こんこん。
部屋のドアが叩かれる。
「ユート様~?ヘリオン見ませんでしたか~?」
聞き覚えのあるのんびりした声がドアの向こうからした瞬間、がちゃりとドアが開かれる───

「あ゙・・・・・・」
「あらあら~?何をなさってるんですか~?」
・・・ベッドに仰向けで倒れこんだヘリオン、ベッドに両手を立てて、ヘリオンの真上にいる悠人。
誰がどう見ても、誤解という誤解を招く光景だった。
「ユート様~?ヘリオンを押し倒して、何をなさってるんですか~?」
「い、いや、これは・・・その」
「ああ~、なるほど~、そういうことだったんですね~」
「何がそういうことだ!違う、ハリオン!これは、そう、誤解だ!」
「ここは二階ですよ~?それより、ヘリオンを襲うような人は、私が めっ てしちゃいます~♪」
やっぱりそういう誤解をされていた。・・・それよりも、
今の悠人にあったのは、ヘリオンが何よりも恐れるハリオンのせっかんの矛先が自分に向いたことによる恐怖だった。
「では、ユート様、こちらへ~♪」
つかつかと接近してきたハリオンに腕をぎゅっと捕まれると、悠人はずるずると引きずられて退室したのだった。
「だから違う!誤解なんだってばぁ~・・・!」

15分後・・・

 ど っ ご ~ ん
「うわああああぁぁぁあああ~~~!!」

その日、大規模な爆発音と、エトランジェの悲鳴がシンクロし、ラキオス中にそれが轟き渡ったという・・・。

「う、う~ん・・・・・・あ、あれ?ユート様は・・・?」
りーりー、と虫の鳴くその日の夜、ヘリオンが目を覚ますと、当然そこには悠人の姿は無かった。
激しい興奮の末に気絶したせいで、どうにもこうにも記憶がおぼろげだった。
「ゆ、ユート様があんな・・・い、いえ!そんなことするわけないです!あれはきっと夢です!」
自分の中で必死に事実を否定しようとするヘリオン。
「そうです!あれは夢です!きっとあの時、ユート様の部屋でうっかり寝ちゃって・・・あ、あんなはしたない夢を~~!!」
・・・こうして、悠人が謎のサインを出したことが事実だったことを知るのは、悠人だけになったのだった。
次の日、ランサに再び向かおうと集合したとき、悠人がオンボロだったのは言うまでも無いことなのだった。

──────数日後、スピリット隊のメンバーはランサで奇妙なものを見せられていた。
ちょっと見ただけでは何に使うのかさっぱり解らない不恰好な物体。・・・・・・しかもかなりでかい。

「・・・・・・これが、そうなのか??」
「そう!そのとおり!これがあのむかつくマナ障壁を解除できる切り札さ!」
スレギトで出し抜かれたのがよっぽど頭にきたのか、対処法が出来上がるとやたらご機嫌なヨーティア。
どうやらこの機械であのマナ障壁を解除させるつもりらしい。
「・・・大丈夫なのか?その、本当に効くのか、ってあたりで」
「おいボンクラ、それをこれからやってもらうんじゃないか~、ま、理論上は効く筈だからさ、がんばれよ」
そう言ってヨーティアは悠人の肩をぽんぽんと叩く。
俺は実験台じゃない!!と叫びたかったが、それ以上反論すると何を言われるかわかったもんじゃない。
「わかったよ、これをスレギトで起動すればいいんだな?」
「そうそう。じゃ、私はラキオスに戻って研究の続きをするからね。がんばんな~」
ヨーティアはさっさとエーテルジャンプの端末へと走っていった。・・・・・・物凄く不安だ。
「ユート殿・・・ここはヨーティア殿を信じるべきでしょうか・・・?」
つい最近メンバーに加わったウルカが心配そうに横から声をかけてくる。
「どうもこうも・・・やるしかないんだよな・・・はぁ・・・」

スピリット隊のメンバーたちは一抹の不安を抱えながら、マロリガン攻略戦を再開するのだった。

──────それから二日後、うまいことマナ障壁を解除することができた悠人たちは、
マロリガンとの最終決戦に向けてスレギトで作戦会議を行っていた。
首都に侵攻するルートは三つ。どこから攻めるかによって戦略も変わってくる。
悠人とエスペリアとヒミカ、それからセリアは、マロリガン周辺の地図を広げて、悩んでいた。

「ミエーユ経由のルートは、恐らく最も防衛線が厚く、苦戦を強いられるでしょう・・・」
「かといって、デオドガン方面も辛いわね・・・」
「じゃあ、時間かかってもいいから北から回り込んで・・・」
とまあ、こんな調子。どのルートにも一長一短があるので、はっきり言って決めかねている。
「ユート様は、どのルートがいいと思いますか?」
と、エスペリア。そんな重要なことを一任されるわけにもいかないが、悠人は参考までに答える。
「そうだな・・・バーンライトやサルドバルトを陥としたときと同じでいいんじゃないかな?」
「ユート様、それは一体?」
あのときのことを忘れたのか、ヒミカは興味津々だ。
「・・・部隊を4つに分けて、1部隊を北のルートへ、残り2部隊でミエーユのルートにそれぞれ侵攻。
 残りはスレギトで防衛。敵を正面にひきつけて、その隙に北から攻め込むってのはどうだ?」
「なるほどね・・・まあ、単純な戦法ほど効果があるっていうしね・・・」
以前自分が提案した戦略を焼き直されて頷くセリア。
「それで、ユート様・・・部隊編成はどうしましょう?」
「北の第一部隊は、速さを重視しなきゃいけない。だから、俺を筆頭に、ウルカとヘリオンを連れて行く。
 ミエーユ方面の部隊はバランスを重視して、第二部隊はエスペリア、アセリア、オルファ。
  第三部隊はヒミカ、ハリオン、ネリー。スレギト防衛の第四部隊はファーレーン、ニム、セリアだ」
「そうですね・・・なるべく被害を抑えるには、そのような組み合わせが有効でしょう」
「ユート様、最近妙に冴えてるのね。即行で組み合わせをいえるなんて、そうはできないわ」
「では、それで行きましょう。私たちに、マナの導きがあるよう・・・」

──────いよいよ、侵攻開始。
作戦通りに、悠人はウルカとヘリオンを連れて、マロリガン北の荒野を走っていた。
「急げ!ヨーティアの情報どおりだと、クェド・ギンはエーテル変換施設を暴走させようとしている!」
「はい、急ぎましょう、ユート殿」
「あ・・・!ユート様っ!また敵ですっ!」
「くそっ!邪魔をするなぁーっ!」
敵は三人、ブラック、ブルー、レッドが一人づつ。攻撃力重視の部隊だ。
「雷炎よ、彼の者達を焼きつく・・・」
「そうは、させぬっ!・・・・・・星火燎原の太刀ッ!!」
敵のレッドスピリットが詠唱を終える前に、ウルカは神速の踏み込みで敵を一打ちにし、強引に詠唱を止めた。
目にも留まらぬスピードで無数の傷を負ったスピリットは一瞬でマナの霧と化す。
「す、すごい・・・」
「ヘリオン!ボーっとするな!速いのがそっちに行ったぞ!」
ウルカの動きに見惚れていたヘリオンに敵のブラックスピリットの凶刃が迫る。
「遅い・・・あまりにも遅すぎる!」
「・・・遅いのはそっちですっ!そこ!」
・・・が、速攻で反応したヘリオンは、その敵とのすれ違いざまに【失望】で敵の腹を貫き、マナの霧に帰す。
「あの、これは私が悪いんじゃないんですよ?戦争なんですから・・・エトランジェさん、死んでください!」
続いて悠人のところには、よく見られる弱気なブルースピリットが神剣に力を集中させて切りかかる。
「・・・させるかあぁっ!」
強力なオーラフォトンで敵のヘヴンズスウォードを受け止めた悠人は、
大きく弾かれた敵を薙ぎ払い、さらにオーラフォトンを纏った【求め】を叩きつけ、敵の姿をマナの霧へと変えた。
「(・・・・・・すまない。本当は戦いたくなかっただろうに・・・)」
心の中で悠人は死んでいった敵のスピリットたちに謝罪する。
それが罪滅ぼしにならないってわかってはいるけど、そうせずにはいられなかった。
「ユート殿、大丈夫ですか?・・・む!」
「ああ、大丈夫だ・・・それより、急ぐぞ・・・・・・!?」
「ゆ、ユート様!こ、これって・・・!」
悠人がそう言ったとき、マロリガン首都の方向から強力な神剣の気配が接近するのを三人は感じた。
・・・・・・この力強さは第五位の強さ。それが意味するものとは・・・。

向こうからやってくる人影。長身のがっちりした体型に、金短髪、青い制服の上にオレンジ色のコート。
それは、悠人の良く知っている男。そいつが、一人のグリーンスピリットとともに近づいてきた。

「よお」
「光陰・・・!」
「ここまで来ちまったか・・・悠人、どうやらお前と俺は戦う運命にあるらしいな」
「ふざけるな・・・そんな運命は要らない。それに、俺は光陰と戦うつもりは無いんだ!そこをどけっ!」
「望むとも望まずとも、戦うしかないんだよ。お前は。・・・いや、俺たちは」
「クェド・ギンがなにをしようとしているのか解っているのか!もうすぐここ一帯はマナ消失で吹き飛ぶぞ!」
「わかってるよ。でも、俺には、今日子しかいないんだ。こうするしかないんだよ。悠人・・・!」
何か思いつめたような、覚悟を決めたような光陰の目。
それは、百の言葉でも決して覆せるものではなかった。・・・あの時のヘリオンの瞳のように。
「それにな、俺は一度お前と全力で戦ってみたかったんだ。・・・ここを通りたかったら、俺を倒せ!!」
「くっ・・・」

「ゆ、ユート様・・・」
「ユート殿・・・」
「二人とも、先に行っててくれないか?俺は、光陰との決着をつける」
悠人が光陰のほうへと目を向けると、光陰の後ろのグリーンスピリットが口を開く。
「逃がしはしません。そこのお二方は私、稲妻部隊副隊長クォーリンと以下三名がお相手いたします」
クォーリンと名乗るスピリットがぱちん、と指を鳴らすと、砂丘の陰から敵の増援が姿を現す。
稲妻部隊でも手馴れの者たちなのだろう。さっきのスピリットとは力の具合が違っていた。

「みんな・・・行くぞ!!」
悠人の声を合図に、ウルカとヘリオンは砂丘に立つ敵の増援へと飛び込んでいった。

「悠人・・・うおおおぉぉぉおお!!」
光陰がオーラフォトンを展開し、こちらに向かってくる。
巨大なダブルセイバー型の神剣の攻撃は、一撃を受けるだけでもダメージは大きいだろう。
悠人は防御のオーラを全力で展開する。
かろうじてその攻撃を受け止めることができるも、旋風のような連撃に、オーラの盾は徐々に削れていった。
「くっ・・・光陰・・・!」
「その程度か・・・お前の覚悟はその程度なのかよ、悠人ぉっ!!」
「う・・・うおおぉぁああああ!」
悠人は【求め】を振り返すが、その攻撃は光陰の頬を掠める程度にとどまった。
光陰の反射のバックステップでかわされたのだ。
「へ・・・そうこなくっちゃな」
「くっそお・・・」
まだ親友と戦うことに僅かな躊躇を残しているこちらに対し、光陰は遠慮なく攻撃してくる。
「(光陰は本気だ・・・本気で俺を殺そうとして・・・ッ!)」
光陰はちらり、と後ろを見る。
そこでは、早くも二人の敵を屠ったウルカとヘリオンが縦横無尽に飛び交っていた。
その動きには一切の迷いは無い。
「悠人・・・お前はあいつらを見ても何も思わないのか?」
「何・・・!?」
「あいつらだって苦しいはずじゃないのか?同族を殺してまで、お前のために戦ってくれてるんだぞ?
 それなのに、肝心のお前が眼前の敵を殺すことに躊躇して・・・そんなので良く生き残ってきたな」
「馬鹿野郎ッ!どうして俺が光陰を敵にしなきゃいけないんだ!」
「もういい、お前がそういうならそれでいい。だがな悠人、お前が死んだら、次に死ぬのは、あいつらだ」
「!!」

ドクン。
目の前にいるヘリオンやウルカ、スピリット隊のみんなの顔が、死の瞬間が脳裏によぎる。
ヘリオンや佳織との約束も果たせなくなる。例えそれが私情に駆られた物だったとしても。
そんなの嫌だ。そんなの見たくない。誰も殺させない!!
「・・・・・・おいバカ剣。全開で行くぞ。次の一太刀で決める」
『フ、そうでなくてはな。だが契約者よ、この後には【空虚】が待ち構えていることを忘れるな』
「ああ、わかってる・・・・・・行くぞ光陰ッ!!」
「おうっ!かかって来い悠人ッ!!」
【求め】に白色のオーラフォトンが集中する。これでいい。もうこちらも手加減なし、だ。
「うわあああああぁぁぁあぁあああ!!」
「おおおぉぉおおおおあああぁぁ!!」
悠人と光陰は、同時に砂の大地を蹴り、光を放ちながら衝突する───。

ドシュッ・・・

────手ごたえは、あった。恐らくそれは光陰も同じだろう。
だが、決定的に違うのは、光陰は【因果】が悠人に当たる直前、刃を返していたこと。
このときはじめて解った。光陰も悠人を殺すことに躊躇していたんだって事。
強烈なみねうちのダメージを受けた悠人、脇腹を真一文字に切り裂かれた光陰。
二人はそのまま、砂の上に膝をついた・・・

「・・・!! コウイン様ッ!!」
「逃がさぬぞ!!クォーリン!」
「やめろウルカ!!」
光陰が膝を突くと共に、それに気づいたクォーリンは光陰に駆け寄ろうとする。
ウルカがそこに追撃をかけようとしたが、悠人のとっさの呼びかけにより、それを阻止することができた。
「ゆ、ユート様ぁっ!だ、大丈夫ですか!?」
こちらにはヘリオンが心配そうに駆け寄ってくる。
ふと見ると、周りにはクォーリン以外の敵のスピリットは一人も見当たらなかった。
「ああ、俺は大丈夫。思ったより傷は浅い・・・それより、光陰ッ!」
悠人たちは傷の痛みに動かない体に鞭打って光陰に駆け寄る。
クォーリンが回復魔法をかけてくれているとはいえ、その傷は浅くはなかった。
「光陰!大丈夫か!?」
悠人がそう問いかけると、光陰はいつもの、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて答える。
「結局、お前には敵わずじまい、か・・・ちぇ、ここまでかっこつけたけど、ろくなこと無かったぜ」
「もういい、後は俺たちにまかせて、休んでろ。今日子は、俺が何とかしてやる!」
「そうか・・・悠人。今なら、お前を信じられるな。今日子のこと、頼んだぞ・・・
 なんてったって・・・俺たちの、じゃじゃ馬姫様なんだからな・・・・・・・・・」
がくり、と光陰は首を横たえる。まさか・・・!!
「こ、光陰ッ!!?」
「大丈夫、コウイン様は気絶なされただけです。それよりも・・・」
「ああ、わかってる」
「はい。コウイン様は私にお任せを。あなた方はキョウコ様を、マロリガンを・・・お願いします。急いで!」
クォーリンはそう言うと、回復のマナを放つ手を悠人に向けてくる。
僅かな傷を拭い去った悠人たちは力強く頷き、マロリガン首都に向かって走り出した。
「(だれも・・・死なせるものかッ!)」

──────悠人たちは荒野をひたすら走る。
マロリガンの首都が目と鼻の先まで迫ったとき、見覚えのある人影が仁王立ちしていた。
「今日子ーッ!!」
「やっと来たか・・・遅かったな。【求め】の主よ」
その声は今日子のものだったが、その口調は別人の・・・おそらくは【空虚】の人格の表れ。
本当にもう、完全に飲み込まれてしまったのだろうか・・・
「今日子ッ!俺の声が聞こえるか?返事をしてくれ!」
「無駄だ・・・【求め】の主よ、もう今日子という存在はない。ここにあるのは我、【空虚】だけだ」
「くっそおっ!」
『契約者よ、【空虚】の言うことは本当だ。・・・砕け。【空虚】を砕くのだ!!』
「そうはさせるか、バカ剣。俺は今日子を助け出すって誓ったんだ!何とかしてみせるッ!」
「ほう・・・面白い。かかってくるがいい。【求め】の主よ!」
今日子・・・いや、【空虚】は稲妻を帯びたオーラフォトンを展開する。
その見るだけでびりびりと伝わってくる殺気は、完全に悠人に向けられていた。
「行くぞ!【空虚】おおぉぉっ!」

ガキイイィィン!
【求め】と【空虚】がぶつかり合う。その瞬間、悠人の目には意外な顔をしたやつが映っていた。
「な、なに・・・?なぜ、【求め】がこれほどの・・・!!」
「なんとかしてみせるって・・・言っただろ?俺は、力に支配されたお前とは違うんだッ!」
「ぐうう・・・!!」
「うおおおおぉぉぉおおっ!!」
悠人は【求め】を振り上げ、オーラフォトンを全身に纏うと、一気にそれを【空虚】にぶつける。
その爆発は、【空虚】の断末魔と共に、今日子の体を吹っ飛ばした。
「ぬ、ぐ、ぬぐぁ・・・!」
どさり、と今日子の体が地に着く。
「はぁ、はぁ・・・やったか?!」
『契約者よ、どうやらこの娘、斬られる直前に【空虚】の意識を切り離したようだ。
 まったく、人間というものは時によっては神剣の力をも凌駕するものなのだな』
「・・・ってことは、今日子は助かったのか?そうなんだな!?」
とはいえ、今日子の体は傷ついている。すぐに治療しなくては危険だった。

 

 
「誰か、誰か回復できる奴はいないのか!?」
悠人はまわりを見渡すが、そこにいるのはウルカとヘリオン、それから緑スピリットを除く稲妻部隊。
「くそっ!このままじゃ・・・!」
「悠人ーーーッ!!」
今日子を治療できないことに僅かに絶望感を抱いた瞬間、後ろから男の声が響く。
「光陰!?」
その光陰の横には、グリーンスピリットのクォーリンもいる。
「大丈夫か、悠人。今日子はどうなった!?」
「ああ、神剣の意識は切り離した。あとは体の治療をすれば・・・」
「では、私にお任せを・・・!」
クォーリンは神剣を構え、今日子に癒しの魔法をかける。
次の瞬間、マロリガンの首都の方の空が虹色に染まりあがった。
「・・・あ、あれは・・・!?ユート様っ!」
「ユート殿、時間が在りません!急ぎましょう!!」
ヘリオンとウルカが急かす。それは悠人も同じだったが、今日子を置いていくわけにはいかなかった。
「悠人、何を考えてる!ここはクォーリンに任せて、急ぐぞ!」
クォーリンは魔法をかけながらこくり、と頷く。
さっきとまるで一緒の状況。二人の命を助けてくれたクォーリンには感謝するべきだが、
なによりも今は時間が無い。
「わかった。光陰、ヘリオン、ウルカ、行くぞ!!」
決意を新たにすると、悠人たちは光陰とともに、マロリガンの首都へと乗り込むのだった。

──────それからすぐに、ミエーユを経由した部隊が合流しマロリガン首都に総攻撃。
中枢のエーテル変換施設にて変わり果てた大統領クェド・ギンと対峙し、これを撃破。
ヨーティアの教えてくれたパスワードを入力して、変換施設の暴走を止めることに成功した。

マロリガンからでてすぐに、悠人と光陰は丘の上に沈みかける陽を背に立つ人影を見る。
それは紛れも無く、悠人と光陰の幼馴染にしてじゃじゃ馬姫。今日子の元気そうな姿だった。
その後、彼らは轟く雷鳴と何かがぷすぷすと焦げるような匂いとともに、感動の再会を果たしたという。

──────マロリガン制圧戦が終結し、ラキオスに帰還した悠人たち。
頼りになる仲間を得たスピリット隊は、各々の館に戻り、休息のひとときを得ていた。
その日の夕方、第二詰所にて・・・

「・・・・・・で、直らないんですか~?」
「無理ね。私たちはこういうことには詳しくないもの。ヨーティア様に頼むしかないわね」
第二詰所の裏手で四苦八苦するハリオンとセリア。
何が起こったのかというと、第二詰所のエーテル湯沸かし機が故障してしまい、風呂に入れないのだ。
砂だらけの戦場からやっと帰って来れたのに、風呂に入れないというのは重大なことだった。
「じゃあ、私はヨーティア様に頼んでくるわ。それまでは直るまで我慢するか、第一詰所で入れてもらったら?」
「では、そうします~」
ハリオンはそう言うと、裏口から館の中へと入っていった。

「・・・・・・というわけで、今から第一詰所に向かいますよ。ヘリオン」
「そんなことしていいんですか?それに、あの・・・第一詰所にはユート様やコウイン様がいますし・・・」
「ちゃんと許可を取れば大丈夫ですよ~。ほらほら、早く~♪」
「はうぅ・・・わかりました」
なんだか第一詰所の風呂に入ることが楽しそうで、嬉しそうなハリオン。こうなっては誰も逆らえない。
強引に着替えを持たされたヘリオンは、ハリオンに付き合うことにしたのだった。
ヘリオンの心配事はハリオンにとっては蚊帳の外。・・・というよりも、ハリオンは何も心配してはいない。
さっさと戦いでついた汚れを落としたい。ハリオンが考えていたのはそれだけだった。

「・・・・・・というわけで、ここのお風呂に入れていただきたいんですけど~」
「わかりました。そういうことなら仕方ありませんね」
第一詰所につくなり、ハリオンはエスペリアを捕まえて交渉をする。
困ってる人に頼まれたら断れない性格のエスペリアが、拒否しないわけが無かった。
「ですが、あまり長く入っていると、・・・その、邪魔が入るかもしれませんので、お早めにお願いします」
「はいはい~」
「(え、エスペリアさん・・・ハリオンさんが早めに済ませられるわけ無いじゃないですか・・・)」
ヘリオンはそう突っ込みたかったが、ハリオンの報復を恐れて言葉を飲み込む。
そののんびりした性格の通り、ハリオンの入浴時間もかなり長い。
最低でも一時間は入っている。毎度毎度それにつき合わされてるヘリオンは、今日は覚悟を決めたのだった。

二人は更衣室でさっさと服を脱いでタオルを巻き、まだ誰もいない風呂場へと入る。
ついさっき沸き上がったばかりなのだろうか、風呂場には湯煙が立ち込めていた。
さっそく、浴槽へと足を踏み入れる・・・

ちゃぽん。

爪先から足の裏、踝から膝、そこからしゃがみこんで、ゆっくりと肩までお湯に浸かる。
その沸きたての風呂は、体中の汚れはもとより、心身の疲れをも癒していった。
「はあぁ~、気持ちいいですぅ~」
「そ、そうですね!・・・ちょっと熱いですけど」
初めて入る第一詰所の風呂。
その湯加減は、年少組の多い第二詰所と違って、少し大人向けの熱めのお湯だった。
「今回の戦いで、お肌がカサカサになっちゃいましたからね~、しっかりと潤さないと~」
ハリオンはぱしゃぱしゃとお湯を手ですくって顔につける。
「♪~~」
幸せそうな顔で目を細め、浴槽の端に寄りかかるその姿は、『いつもの』ハリオンの姿だった。

「(はうぅ・・・こうなってからが長いんですよぅ・・・一人で上がろうとするとまた めっ てされちゃうし・・・うぅ)」
天にも昇る気持ちでのんびりくつろぐハリオンだったが、昔から一緒に入っているせいか、
すぐ近くでヘリオンが一緒に入っていないと落ち着かないらしい。
おまけに、ハリオンが満足のいくまで入っていないといけなかった。
対照的にヘリオンはあまり長く入っていられるほうではない。時折体を冷やさないと、のぼせてしまう。
そんなもんだから、ヘリオンはハリオンと一緒に風呂に入るのはあまり好きじゃなかった。
・・・・・・本当はもう一つ理由があったが。


──────ハリオンがのんびりし始めてから、20分ほどたったころ・・・

がらがらがら・・・

風呂場の引き戸が開かれる音が聞こえてきた。
「(あれ?誰か入ってきたみたいです・・・)」
「お、今日も気持ちよさそうだな。エスペリアの湯加減は絶妙だからかな」
どこかで聞いたような、そして良く聞きなれた男の人の声。紛れも無く、あの人──
「ゆ、ゆ、ゆゆゆ、ユート様っ!!!?」
ヘリオンは思わず声に出してしまった。
「な!?その声は・・・ヘリオン!?」
湯煙の向こうから、悠人もまた驚きで声を張り上げる。
「ヘリオンだけじゃありませんよ~?私も一緒ですぅ~」
ただでさえこういう場面に免疫の無い悠人にハリオンは追撃をかける。
風呂に入る前から悠人はのぼせそうなくらい顔を赤くしていた。
「な、なな、何で二人がここにいるんだよ!」
「えっと、向こうのお風呂が壊れちゃいまして~。それで、こっちのお風呂をお借りしてるんです~。
 ユート様ぁ~、ご一緒にどうですか~?気持ちいいですよ~♪」
「は、ハリオンさん!そ、そんなのだめですっ!」
「そ、そうだ!いくらなんでもこれはだめだ!」
悠人とヘリオンは同時に拒否するが、ハリオンは意地の悪い質問をしてくる。

「あらあら~?どうしてですか~?
 ユート様は、私と一緒じゃだめですか~?ヘリオンも、ユート様と一緒に入りたいでしょう~?」
「はううっ!!そ、そそ、それはぁ・・・」
ヘリオンは目を点にしてあわあわしている。もはや平常心ではない。
悠人はヘリオンに抑止力を期待しても無駄だろうと、早くから見抜いていた。だからどうにかなるってわけでもないが。

「お~い悠人~、俺も一緒に入るぞ~・・・・・・って、どうした?」
風呂場の入り口で固まる悠人の後ろからやってくる光陰。
「い、いや・・・実は先客が・・・」
「何!?先客だと!?誰だ!?誰が入っているんだ!悠人!答えろ!」
怒涛のごとく日本語で問い詰めてくる光陰。その迫力を前にしては、答えないわけにはいかなかった。
「へ、ヘリオンとハリオンが・・・」
「ほ、ほうほうほう!ヘリオンちゃんと、ハリオン姉さんがねえ・・・むふふ」
一瞬物凄く怪しげな笑みを浮かべた後、キャラが変わったようにきりっとした視線をこちらに向けてくる。
「悠人よ・・・混浴は男のロマンだ。そう思うだろう!?」
「こ、光陰!お前まさか入る気じゃ・・・」
「 当 た り 前 だ ! それに、ああやって誘われているんだ。入らないでいられるか!」
悠人が風呂場の方をみると、湯煙の向こうからハリオンが手招きをしていた。
余計なことを・・・!といった具合に恨み辛みを心の中で叫ぶが、この光陰の勢いは止められそうも無かった。

「よし、では行くぞ!悠人!」
光陰がコートを脱いで、それを後ろに勢いよく投げると、妙に早くばさり、と音がする。
「あ゙・・・・・・光陰、う、後ろ・・・今日子が・・・」
「・・・・・・はい?」
そこでは、怒りマークを頭上に浮かべた今日子が光陰のコートを受け止めていた。
「話はぜ~んぶ聞かせてもらったわよ?・・・こぉんの最低坊主ーーーッ!!」

スパーン!ズドーン!バリバリバリ・・・

「んぎゃああぁぁぁああああ~~~!!」
今日子のライトニングブラスト付きのハリセンチョップが無防備の光陰に炸裂し、風呂場に轟音が響き渡る。
光陰が黒焦げになったのを確認すると、今度はその殺気の篭った視線を悠人に向けてくる。
風呂に入る準備万端のため、身を包むものは腰のタオル一枚しかない。
さすがにこんな格好で一生を終えたくは無かったが・・・
──────殺される。そう思って覚悟を決めると、今日子は気持ち悪いくらいの笑顔を向けてきた。
「ふふふ、悠?私はこのバカみたいに野暮な真似はしないからね?」
「な、ちょ、ちょっと待て今日子!なんか勘違いしてるぞ!?」
「勘違いなんてしてないわよ?そういうことなんでしょ?じゃ、ごゆっくり~」
「お、おい!」
冗談なのか本気なのか、今日子は光陰をずるずると引きずりながら笑顔で更衣室から出て行った。
どうしたものやら。このまま出て行ったら今日子とハリオンに殺されかねない。冗談抜きで。
ヘリオンには悪いけど入るしかないのか、この天国と地獄の境目に。・・・悠人は覚悟を決めた。

「よ、よし、じゃあお邪魔させてもらおうかな・・・」
「ゆ、ユート様ぁ・・・」
「そうそう、素直が一番ですよ~」
ハリオンのことだ。湯船の中で何をされるのかはわからない。
場合によっては夢見心地のまま昇天・・・なんてことも在り得る。悠人は油断しないようにゆっくりと湯船に浸かる。
その波紋がヘリオンとハリオンに届くと、どういうわけか彼らの間の湯煙が晴れる。
ヘリオンとハリオンの目には半裸の青年が、悠人の目には同じく半裸の少女と大人の女性がはっきり映っていた。

「え・・・」
悠人は思わずヘリオンに視線を移す。
風呂に入っているからか、今はツインテールの髪をほどき、長く自然に垂れ下がっている黒髪。
それはあどけない少女を演出するいつもの髪型とは違って、少し大人っぽくて、艶やかだった。
・・・・・・黒髪美人。素のヘリオンの顔を見た悠人の第一印象は、まさにそれだった。
「ゆ、ゆ、ユート様っ!ど、どうしたんですか?またぼーっとしちゃって・・・」
「え、あ、いや・・・ヘリオンって、髪をほどくと印象が変わるなって・・・」
「そ、そうですか?」
「そうですね~。いつものもいいですけど、髪をほどいてもかわいいですね~」
「は、ハリオンさんまで・・・じゃあ、あの、ゆ、ユート様は、どっちがいいと思いますか?」
真面目で思い込みの激しいヘリオンのことだ。おそらく悠人の選んだほうの髪形にずっとするつもりだろう。
悠人は無難な答えを返した。
「そうだな・・・俺はいつものがいいな。なんていうか、そのほうがヘリオンらしいし」
「や、やっぱり、そうですよね!私、あの髪型、気に入ってますから・・・」

「でも、こんなのもいいんじゃないんですか?」
ハリオンはヘリオンの後ろに回りこむと、長く垂れた髪を持ち上げて一つにまとめた。
それは、ポニーテールの髪型・・・・・・ちょうど、ネリーやセリアの髪型だった。
「ひゃ!ちょ、は、ハリオンさん、や、やめてください~」
「う~ん、ちょっとちがうなぁ」
「じゃあ、こんな風にして~・・・」
ハリオンはうなじのあたりで髪をまとめ、ふたつのおさげを作り出す。
オルファのような、ニムントールのような・・・そんな、幼さを強調させる髪型。
「お、なかなか似合ってるんじゃないか?」
「そうですね~お似合いですよ、ヘリオン♪」
「はうぅ~、ユート様もハリオンさんも、私で遊ばないでください~!」
ヘリオンがふくれっ面でそう叫ぶと、ハリオンはぱっと手を離し、悠人と一緒に笑う。
風呂の中で、半裸で語り合っていることなど忘れるほどの平和なひと時だった。

「あ、そういえばさ、ヘリオン」
「な、なんですか?ユート様」
「あの時さ、マロリガンとの戦いが終わったら、一緒に来て欲しいって言ってたことあったろ。あれって、なに?」
「あ、あれは・・・」
「あらあら~?なんですか~?私に内緒のお話ですか~?」
ハリオンはなんらかの種類の疑いの眼差しを悠人たちに向けてくる。
「そうでした。ハリオンさん、実は、私・・・・・・(ひそひそひそ)」
ヘリオンはハリオンに耳打ちする。まるでまだ悠人には知られたくないといった感じで。
「なるほど~、そういうことだったんですね~。それなら、ぜひ一緒に来てもらいましょう~」
「一体なんなんだよ。・・・それに、ハリオンも行くの?」
「はい~。これには、私も必要ですから~。ヘリオンは、私に言うのを忘れてたらしいです~」
「ですから、ゆ、ユート様。明日の朝、ラキオスの城門まで来てください!」
一体何をするつもりなんだろう。そのときの悠人には、この二人の思惑を知ることなどできなかった。

「(それにしても・・・)」
悠人はちらり、と視線を落とし、目を右往左往させる。
その視線の先に何があるのか、ヘリオンとハリオンにはすぐに見破られてしまった。
「ユート様~?どこ見ているんですか~?」
「ゆ、ゆ、ゆユート様!そんなにじろじろ見て、比べたりしないでください~!!」
そう、視線の先にあったものは、胸。
年が離れてるせいなのかそれともヘリオンはあまり成長しないのか、あるいはハリオンが成長しすぎなのか。
あまりの大きさの違いに悠人の視線はそこに向かわざるを得なかった。
それに、この胸の差のことはヘリオンにとっては最大のコンプレックスであり、
ハリオンと並んでいると毎度毎度指摘されるため、一緒に風呂に入りたくないもう一つの理由だった。
「え、いや、その・・・」
「ゆ、ユート様は大きいほうがいいんですね!?そうなんですね!?」
「ふふふ~。ユート様は、大きいほうがお好みと、これは貴重な情報ですよ~?」
「ち、違う!そういうわけじゃ・・・」
「じゃ、じゃあどういうわけなんですか!?ゆ、ユート様、ちゃんと説明してください!」
よっぽど恥ずかしいことなのか、ヘリオンは顔を真っ赤にしている。
「まあまあ、そう焦らず、ちゃんとお試しください~」
「え?」

ハリオンがすっと悠人に近づいたかと思うと、ハリオンは悠人の腕をつかみ、引き寄せると・・・

たゆん。

「~~~~~!!!」
悠人は遅れて気が付いた。呆気にとられているうちに自分の右手がハリオンの胸を掴んでいる事に。
「な、な、なな、なななぁぁぁああああ~~!!?」
その光景を目の当たりにしたヘリオンは、自分には夢のまた夢であろう事態に混乱してしまい、
興奮の真っ只中でその意識を湯煙と共に飛ばしたのだった。
「う、うう~ん・・・・・・ぶくぶくぶく・・・」
「ヘ、ヘリオン!し、しっかりしろ~!」
悠人はヘリオンを起こそうと駆け寄る。その時、自分の身に恐るべき事態が起こっていたことを知らずに。
「!! あらあら~、ユート様、かわいいです~♪」
顔をぽっと赤くして視線を落とすハリオン。それにつられて悠人も視線を落とすと・・・
「◎♂♪£∈♀~!!!」
声なき声の叫び。
駆け寄ったときの衝撃で、腰に巻いていたタオルが外れてしまっていた。
今まで、佳織にすら見られたことは無かったのに。恥という恥で頭が爆発しそうだった。

がらがらがらー

「ヘリオン、ハリオン、いつまで入っているんです・・・か・・・・・・」
エスペリアがいつまで経っても風呂から上がらないヘリオンとハリオンの様子を見ようと、入ってきた。
・・・・・・とんでもなくタイミングが悪い。悠人の姿を見た瞬間、エスペリアの顔がみるみる青ざめていく。
「ゆ、ユート様、ああ、あ、あ、あ、あ・・・・・・き、きゃあああぁぁぁああああ~~~!!!」

─────そのエスペリアの悲鳴がきっかけとなって、第一詰所は戦場と化すのであった・・・・・・

──────次の日の朝。朝食を済ませた悠人は、ヘリオンたちに言われたとおり城門へと向かう。
まだ高くまで昇っていない、淡い陽の光。時折吹く涼しげなそよ風。清清しい朝とはこういう朝を言うのだろう。
そんな朝の情景を体一杯に受け止めて、悠人は歩く。その両頬に赤い手形を残しながら・・・

城門の辺りまで来ると、見慣れた二人の人影が目に入る。
「お~い!」
悠人がそう叫ぶと、それに応えるようにツインテールの少女が手を振る。
「あ、ユート様ぁ~!」
・・・が、緑の髪の女性はなんだか不機嫌そうだった。
「ユート様~?遅いですよ~?」
「悪い悪い、飯食うのと言い訳に時間かかっちゃってさ」
「ゆ、ユート様・・・大丈夫ですか?あの・・・すっごく痛そうなんですけど・・・」
ヘリオンは悠人の顔を見て心配そうに言う。
あの時気絶してたから、ヘリオンはあの後とんでもない大惨事が起こったことを知らない。
「ああ、めちゃくちゃ痛かった。今もひりひりしてるよ」
・・・・・・そう、あの時、エスペリアの出した悲鳴によって第一詰所のメンバーが一気に風呂場に集結。
またもやとんでもない誤解をされたせいで、エスペリアと今日子に思いっきりビンタを左右の頬に叩き込まれ、
調子に乗ったオルファとアセリアにまでその上から叩き込まれる始末。・・・流石にウルカは見ているだけだったが。
で、ハリオンはというと、ヘリオンを担いでその場からさっさと離脱。
ハリオンが弁解しようとすれば余計にややこしくなる。・・・・・・賢明な判断だった。

「・・・・・・で、何処行くんだ?」
「はい~、私たちに、ついてきてください~。こうやって、案内しますから~」
「あ、ハリオンさん!ずるいです!私も・・・で、では、ゆ、ユート様、行きましょう!」
「おいおい・・・」
ヘリオンとハリオンに手を引かれ、悠人はラキオス城を後にしたのだった。
一体どこに連れて行くつもりなのか、期待と不安が入り混じっていた。

どれくらい歩いただろう、悠人たちはラキオスの街を出て、街道を歩いていた。
休みの日とはいえ、あまり城を離れるのは良くないことなのだが、それほどまでに見せたいものでもあるのか。
「・・・なあ、そろそろ何処に向かってるのか教えてくれてもいいんじゃないか?」
「その必要はありませんよ~?だって、ほら~」
「ユート様、あそこです!」
ヘリオンとハリオンの視線の先、そこには、古びた木造の一軒家があった。

三人がはその家の玄関先まで来ると、ハリオンはその家の鍵らしきものを取り出し、手馴れた様子で鍵を開ける。
「お、おい・・・この家、一体何なんだ?なんでハリオンがここの鍵を・・・」
「あらあら~?持ってて当然ですよ~?だって~・・・」
「この家は・・・・・・私たちの家なんですから・・・」
ヘリオンとハリオンは合いの手で説明し、すごく懐かしそうな目で家の玄関の扉を見つめていた。
「じゃあここが、二人がスピリット隊に来る前に住んでいた施設?」
「はい・・・そうなんです。入りましょう、ユート様」
ヘリオンが玄関の扉を開けると、長い間使われていないせいか、所々から黴臭さや埃が舞う。
二人はそんなことを気にも留めず、中へと入っていった。・・・続いて、悠人も中に入る。

三人は埃と蜘蛛の巣にまみれた廊下をぎしぎしと音を立てて進む。
幾つも並ぶドアの中で、ヘリオンとハリオンはここだ、といわんばかりに一つのドアの前で立ち止まる。
またヘリオンがドアを開けると、同じように埃が舞ってくる。アレルギーではないが、少々たまらない。
悠人はその部屋を覗き込むと、すたすたと中に入っていったヘリオンが窓を開けていた。
ベッドに棚に小さな椅子、観葉植物(だったもの)があるだけの質素な部屋、どうやら寝室のようだが・・・
「この部屋って・・・」
「ここは、私のお部屋なんです。何もありませんけど・・・私の、思い出のお部屋なんです」
ヘリオンは半分風化した布団のかかったベッドに腰掛ける。
心なしか、その瞳には、懐かしさと、悲しさ、悔しさ・・・様々な感情が込められているように見えた。

「それで・・・一体、ここがどうしたって・・・?」
「ユート様~、これから、ユート様に伝えたいことがあるんです~。ヘリオンの言葉、ちゃんと聞いてくださいね?」
「え・・・俺に、伝えたいこと?」
「はい・・・ユート様に知っておいて欲しいんです・・・私たちが、戦う理由を・・・」
「戦う理由?スピリットだから戦ってるとか、そんなのじゃなくて?」
悠人は少し嬉しかった。
スピリットだから死ぬまで戦う、この二人はそんな呪われた宿命を背負って戦っているわけじゃなかったってこと。
二人の表情はいつにも増して真面目そのもの。悠人は、ヘリオンの話に耳を傾けることにした・・・
「はい。あれは、まだ私が神剣も扱えないほど小さかったころの話です・・・・・・」


────── ヘリオンの口から語られた過去。それは、暖かくて、懐かしくて、悲しくて、凄惨な現実。
たった一人の、ヘリオンとハリオンの心の支えだった『お姉ちゃん』。瞬く間に崩壊した幸せ。
それがきっかけで覚醒し、神剣を使えるようになったヘリオン。二人を戦いへと導いた誓い。

「・・・・・・そうか。そんなことがあったんだな」
「そうなんです~。ですから、もう一人の家族を守るために、私たちは戦っているんです~」
「あの時・・・お姉ちゃんが死んじゃって・・・私に残されたのって、ハリオンさんと、この【失望】だけなんです」
そう言って、ヘリオンは【失望】の鞘を握り締めた。
過去の悲しみを打ち明けたヘリオンに同調するかのように、【失望】がぼんやりと光る。
「でも・・・・・なんでそんなことを俺に?」
「ユート様・・・私と初めて会ったとき言ってましたよね?守りたい人が、大事な人がいるから、戦えるんだって・・・
 私も、私たちも、同じなんです。大事な人を守りたいから、戦っているんです・・・」
「大事な人って・・・ハリオン?」
「さ、最初はそうでした・・・でも、スピリット隊に入ってしばらくしたら、
 なんだかみんなを見ているうちに安心してきて・・・これって家族なんじゃないかって、そう思いまして・・・
  ですから、ハリオンさんも、ユート様も、みんなも、私にとっては大事な人なんです」
「そっか・・・・・・俺と同じなんだな。俺も最初は佳織だけだったけど、今は、今は・・・みんなが、大事なんだ」

悠人はずっと前から思っていた。自分とヘリオンは似ているんじゃないかってこと。
佳織に色々言われたりして、そうなんじゃないかって考えたことはあったが、確信はもてないでいた。
だが、今このとき、それが確信に変わった。同じ理由で戦う少女を前に、親近感を覚えずにはいられなかった。

「なんだか、暗くなっちゃいましたね~。私、お茶でも淹れてきます~」
「え、ああ、頼むよ、ハリオン」
暗い雰囲気を好まないハリオンは場の空気を明るくしようと振舞う。
・・・・・・が、ハリオンが部屋から出て行こうとした、次の瞬間・・・
「あ、あらあ・・・ら・・・?」

どさっ。
どういうわけか倒れこんでしまうハリオン。尋常ではない状況に、悠人とヘリオンは慌てだす。
「は、ハリオン!?どうした!!」
「ハリオンさん!?だ、大丈夫ですか?!」
「すぅ・・・すぅ・・・・・・」
「・・・寝てる?」
倒れこんだハリオンは、幸せそうな顔で寝息を立てていた。
命に別状があるって事は無いようだが、どうして急に寝てしまったのか、首をかしげるのだった。
「ハリオン・・・どうしたんだ?急に寝ちゃって・・・」
「ゆ、ユート、様・・・わ、私も・・・・・・なんだか、眠く、なっ、て・・・・・・」
どさっ。
続いてヘリオンも寝込んでしまう。
「ヘリオン!?・・・・・・くっ、くそ・・・俺も・・・?だ、だめ・・・だ・・・」
どさっ。
悠人たちは成す術なく、眠気に抵抗することもできずに意識を失ってしまうのだった。
『契約者よ・・・我らも力を出せなくなってしまったようだ・・・しばらく、ねむ、る・・・』
『ヘリオン!ヘリオン・・・しっかり、しっかり、し、て・・・・・・』
『ハリオン、起きてください~。ああ、でも、私もなんだか眠くなってぇ~・・・・・・』
神剣たちもまた、その力を失っていく。そして、その意識をも闇へと沈めていくのだった・・・

「(ふふふ、上手くいったようですわ)」
「(首尾は良好、といったところですが・・・本当に、よろしいのですか?)」
「(ええ、あの【求め】の坊やには、もっと良く働いてもらわなくてはいけませんもの)」
「(では、計画通りに)」
「(急いでくださいね。時深さんに気付かれたら水の泡ですもの・・・ふふふ、楽しくなりそうですね)」

「う、うう、う~ん」
目の前に広がる暗闇。背中に感じる冷たくてざらざらしたものの感触。
冷たい風と、この寒さにもかかわらず鳴り響くりー、りーという虫の声が、悠人の意識を掘り起こす。
「こ、ここは・・・?」
重い瞼をこじ開ける。周りを見ると、自分から少しはなれて倒れているヘリオンとハリオンがいた。
空を見ると、雲に隠れてしまいそうな三日月が、怪しい光を放っていた。
ぎしぎしと鳴る体に鞭打って体を起こし、後ろを見ると、そこには古風な建物。

「ああ、ここは・・・あの、いつもの神社か・・・どうりでどっかで見たような光景だと・・・神社!!?」

まさか、まさか、まさか・・・・・・!!悠人は自分の目を疑い、きょろきょろと周りを見渡す。
間違いなかった。石段の上から見える住宅街。悠人と佳織が住んでいたマンション。
いつも水のみ場として利用していた神社。ひんやりとした冬の空気。何もかもが一致している。

「う、嘘だろ・・・俺たち、帰ってきちゃったのか!!?」

念のために頬をぐいっと引っ張るが、その痛みで目の前の光景が変化することは無かった。

─── 一体何が起こってしまったのか、
    悠人の世界、向こうで言えばハイペリアに帰還してしまった三人。
                        悠人、ヘリオン、ハリオン・・・彼らの運命やいかに!?