ただ、一途な心

第Ⅳ章─私だけの愛のカタチ 第1話─

──────ヘリオンとハリオンの家で、突然の眠気に襲われて意識を失ってしまった三人。
気が付くとそこは全く別の場所・・・・・・悠人のいた世界、ハイペリアだった。

「な、なんでこんなことに・・・いや、それより・・・」
自分は目覚めたというのに、ヘリオンとハリオンはまだこの寒空で眠ったままだ。
さっさと起こさないと、風邪を引いてしまう。
「おい!起きてくれ、ヘリオン、ハリオン!」
大声で呼びかけるが、返事は無い。どうやら完全に夢の世界にいるようだ。
「ったく、ハリオン!起きろっ!」
悠人はそう叫んで、ハリオンの体を大きく揺さぶる。大きく揺れる胸とともに僅かに反応があった。
「んん~♪ユート様ぁ~、もう食べられません~♪」
「おいっ!寝ぼけるな、さっさと、起きろ~~~っ!!」
「う・・・ん、んん~、もう、なんですか~?」
夢の世界から無理矢理に呼び戻されたハリオンは、不機嫌そうに体を起こし、瞼をこする。
ハリオンが目を覚ましたのを確認すると、悠人は次にヘリオンの元に駆け寄る。
「ヘリオン!おい、ヘリオン!起きろっ!」
ハリオンと同じように、ヘリオンの体を大きく揺さぶる。
「う・・・ん、う~ん、ゆ、ユート様が、わ、私にあ、あんなことや、そんなことを・・・」
「どんな夢見てんだよっ!!起きろっつ~~~の~~~!!!」
「はうっ!」
地をも揺るがすような大声がヘリオンの鼓膜を貫く。
これまた夢の世界から無理矢理に呼び戻されたヘリオンは、びくん、と跳ねるように目を覚ました。

ようやく意識を取り戻したヘリオンとハリオンは、きょろきょろと辺りを見回す。
さっきまで自分たちがいた、埃まみれのヘリオンとハリオンの家は影も形もなくなって、
代わりに今まで見たことも無い光景が目の前には広がっていた。
「あ、あらあら~?ここは、どこですか~?」
「・・・・・・へ?こ、ここ、どこですか?わ、私たちの家は?」
なにがなんだかわからずにおろおろしている二人に、悠人はなだめるように話しかける。
「ヘリオン、ハリオン・・・信じられないかもしれないけど、落ち着いて聞いてくれ。
 ここは・・・・・・いや、この世界は・・・俺や、佳織、光陰、今日子のいた世界なんだ」
「・・・・・・はい~?」
「・・・・・・え?」
やっぱり信じられない顔をする二人。
まあ、突然眠くなって、起きたら別の世界にいますって言われてあっさり信じる奴はいない。
・・・だが、悠人の世界に来ていることが現実である以上、信じてもらうしかなかった。

「ここが、ユート様の世界ですか~?」
「ゆ、ユート様の世界・・・・・・ということは、も、もしかして、ハイペリアですか!?」
「そういうことになる・・・かな。とにかく、俺たちはハイペリアに来ちゃったんだよ!」
どういう解釈でもいい。とにかく、自分たちがファンタズマゴリアとは違うところにいることを解って欲しかった。
「ユート様~?どうしてこんなことになったんですか~?」
「そ、そうです!ゆ、ユート様・・・説明してくださいっ!」
「俺が知りたいよ!!」
偽らざる本音。この場には、どうしてこんなことになったのかを説明できる者はいなかった。
それは、ハイペリアからファンタズマゴリアに飛んできた悠人ですら例外ではない。

ひゅうぅっ
なにがなんだかわからない三人を急かすように、冬の北風がその場を吹き抜けた。
その寒風は、悠人はともかく、半袖姿のヘリオンとハリオンの体を急速に冷やす。
「はうぅっ!さ、寒いです~!!」
「そうですね~。この間までは暑いところだったのに、これじゃ風邪引いちゃいます~」
「確かに、ここで燻っててもしょうがないな。ヘリオン、ハリオン。行こうぜ」
「行くって、何処へですか~?」
「・・・・・・決まってるだろ。俺の家に、だよ」
「ゆ、ゆゆ、ユート様の家に!?い、行きましょう!今すぐにっ!」
なんだか凄く嬉しそうなヘリオン。悠人は今にもすっとんでいきそうなヘリオンと、
寒そうに上腕をさするハリオンと一緒に自宅へと向かうのだった。

三人は夜の住宅街を歩く。
ところどころにある街灯のお陰で明かりに困ることは無かった。大分久しぶりに歩いた、いつもの帰り道。
ご無沙汰していても、道を忘れる、ということはなく、どんどん自宅に近づいていく。
その道中、Y字路に差し掛かったところで、自宅の方向からコツ、コツと足音が聞こえてくる。
「誰か・・・来る!?おい、ヘリオン、ハリオン!隠れるぞ!」
悠人は小声で二人に指示する。
それに呆気にとられる二人だったが、悠人に引っ張られて傍にあった自動販売機の陰に隠れる。
当然、何か喋りださないように、両手で同時に二人の口を塞いだ状態で。
「むぐ、ん、ん~~~んん~!」
「んふ、ひゅーほはふぁ、ふふひいえふ!」
口をふさがれた二人はじたばたと抵抗するが、悠人は逃がさないようにしっかりと腕で押さえる。
悠人がちらり、と覗くと、OLらしい女性が歩いていくのが見えた。
幸いにも、こちらのほうの道に来るということも、こちらに気付くことも無く、女性は去っていった。

「ふ~、危ない危ない・・・」
悠人は二人の口を塞いでいた手を離す。
「はふぅ、危ない危ない・・・じゃないですよぅ~、何するんですか~?」
「はぁ、はぁ・・・そ、そうですよ!突然隠れて、口塞いできて・・・苦しいじゃないですか!」
全く状況が飲み込めていないヘリオンとハリオン。悠人は謝りながら説明しだした。
「悪い悪い・・・でもさ、俺はともかく、ヘリオンやハリオンはこの世界の人じゃないんだ。
 ・・・特に、そんな格好はこの世界にはないから、見た目だけだと凄く怪しいんだよ。わかるよな?」
ヘリオンとハリオンが着ているラキオスのスピリット隊の制服。
この世界でこの類の服を着るのはどこぞのコスプレ趣味のあるような奴だけだ。
あまつさえハリオンは槍持ってるし、ヘリオンは刀ぶら下げてる。これで怪しくないわけなかった。
「ああ~、だから隠れたんですね~」
「そうだったんですか・・・ご、ごめんなさい!ユート様!」
「いや、わかってくれればいいんだ・・・だから、なるべく誰にも見つからないように・・・急ごう」
「はいはい~」
「は、はい!行きましょう!」
・・・よくよく考えたら、今喋ってる言葉も日本語とは全く別の言語。どんなに忍んでも喋られたらアウトだろう。
まあ、喋りそうになったら注意すればいいだろうと悠人は思い、先を急ぐのだった。

・・・・・・
「おい、君たち何をしているんだ?」
「や、やばい!警官だ!逃げろおおぉーーっ!」
「はううっ!なんだかわかんないけど、あの人怖いです~っ!!」
「お、おい君たち、待ちなさい!」
どっぴゅ~ん!
悠人たちは脱兎のごとく逃げ出す。
「は、速い・・・・・・もう見えなくなってしまった。なんだったんだ、今の?」
・・・・・・
「い~しや~きいも~、や~きいも~、や~きたて~♪」
「こっちもダメだぁっ!!」
「・・・でも、なんだか美味しそうなにおいがします~♪」
「今度買ってやるから!今はダメ!」
「はぁ、ざんねんです~・・・」

──────30分後、悠人たちはようやくあるマンションの一室のドアの前に来ていた。
人目を避け、警官から逃げ、ダンボール箱をかぶって右往左往しているうちに、時間がかかってしまった。
「はー、はー・・・・・・やっとついた・・・ったく、どうして夜中だってのにこんなに人が・・・」
「ここが、ユート様の家なんですか~?」
ヘリオンとハリオンは目の前のドアを見つめる。
マンションやアパートは向こうには無かったから、こういう家だったとは思わなかっただろう。
表札には『高嶺』と書かれていたが、当然、二人にはそれを読むことはできなかった。
早速、悠人は鍵を取り出して鍵を開け、ドアを開けた。
「さ、入ってくれ」
「は、はい!では、お邪魔しますっ!」
悠人に促され、ヘリオンとハリオンは部屋の中へと入っていった。

夜中で誰もいないということもあって、部屋の中は真っ暗。慣れた場所にある電灯のスイッチを入れる。
ぱちんっ
「ひゃあっ!」
突然明るくなる室内に、ヘリオンは飛び跳ねるように驚く。
「あらあら~、ここだけお昼みたいですね~♪」
その蛍光灯の明るさは、向こうのエーテル灯の明るさとは段違いだった。
白色の光によって照らし出されたリビングは、あのときのまま。いつもとなんら変わりない空間だった。
違うのは、佳織がいないことと、ヘリオンとハリオンがそこにいること。
悠人はちらり、と壁にかかった時計を見る。12月9日、10:30・・・道理で暗いわけだ。
そんなことよりも、あの時から日付が変わっていないことに驚く。

「・・・さて、これからどうしようか・・・」
「私、ちょっと疲れちゃって・・・眠いんですけど~」
「そ、そうですね、私も眠いです・・・ふぁ~あ・・・」
ヘリオンは大きくあくびをする。ついさっき起きたばかりなのに、どういうわけか眠い。
それは悠人も同じだった。
「そうだな・・・じゃあ寝るとするか。こっちに来てくれ」
悠人は二人を自分の部屋のほうに案内する。
「向かって左側が俺の部屋・・・右側が佳織の部屋だから。ヘリオンとハリオンは、佳織の部屋で寝てくれ」
「あらあら~、そんなこと言わずに~、一緒に寝ましょうよ~ユート様~♪」
「は、ハリオンさんっ!そ、そそそんなのだめですよっ!」
どうしてこうなのか、先日の風呂のときに続いて悠人と一緒にいたがるハリオン。
ヘリオンはそんなハリオンを見るなり、大慌てでそれを止めようとする。
・・・が、ヘリオンの制止はハリオンに対しては効果が無い。結局は悠人が判定を下すのだった。
「はは・・・悪いけど、一人にしてくれ。頼む」
「ほ、ほら!ユート様もこう言ってますから!ハリオンさん!こっちに来てください!」
「はいはい~。ではユート様、おやすみなさい~」
なんだか必死なヘリオンに引きずられ、ハリオンは佳織の部屋へと入っていく。
「やれやれ・・・」
悠人は一言そう言うと、自分の部屋へと入っていった。

悠人は【求め】を立てかけ、疲れきった顔で、大分久しぶりに自分のベッドに寝っころがる。
冬の気候で冷え切った布団は、どこか気持ちよかった。
「なんでこんなことになったんだろう・・・」
考えていたのは、どうしてこんなことになったのか、どうして帰ってきてしまったのか。
二つの世界を、二度も行き来した自分。
ファンタズマゴリアに行ったときは、佳織や、今日子、光陰も一緒に飛ばされた。
今度はこっち、ハイペリアに戻ってきたときには、ヘリオンとハリオンが一緒。

ふと、【求め】に言われたことを思い出す。
佳織の両親が死んだのも、佳織たちが一緒にファンタズマゴリアに飛ばされたのも、自分に巻き込まれたから。
今回のこともそうなのだろうか?ヘリオンやハリオンも自分に巻き込まれたのだろうか?
「俺のせい、なのかな・・・」
疫病神。よく瞬に言われてたその単語が瞬時にして悠人の頭の中を駆け巡る。
佳織たちにとっても、ヘリオンやハリオンにとっても、自分の世界の方がいいに決まってる。
「俺に巻き込まれたのか・・・俺は、みんなのことを邪魔して、こんな目にあわせて・・・」
罪悪感が積もる。
フルートに情熱をかける佳織、一生懸命に自分を励まして、突っ込んでくれていた親友の今日子に光陰。
自分たちに残された、かけがえのない家族を、大事な人を守るために戦うヘリオンとハリオン。
例えそれがどんな形であれ、ちゃんとみんな生きる目標みたいなものを持っていた。
悠人には、それを自分の都合で巻き込んで、邪魔してしまった。・・・そんな自責の念がのしかかる。
「くそっ・・・!俺は、俺は・・・・・・!!」
情けない。情けなさすぎる。勝手に巻き込んでおいて、いざって時に何もできないなんて。
原因も何もわからない。どうやって世界の境界線を越えればいいのかわからない。
情けなさと悔しさで思わず涙が出てくる。ごろんと寝返りを打って、掛け布団をぎゅっと握り締めていた。

こんこん。
突然、部屋のドアが叩かれる。この遠慮しがちなノックは、ヘリオンのものだった。
「・・・どうした?」
悠人は布団で涙を拭い、ドア越しに話しかける。
「あ、あの~、ゆ、ユート様、ちょっと来て欲しいんですけど・・・」
「・・・?」

悠人は体を起こし、ベッドから降りるとドアに近づき、ドアをがちゃり、と開ける。
すると、そこには頬を赤らめてなんだかもじもじしているヘリオンが立っていた。
「どうしたんだ、ヘリオン。眠れないのか?」
「い、いえ、そうじゃなくて・・・あ、でも、確かに眠れませんけど・・・はうぅ・・・」
「なんだよ、はっきりしろって」
「えっと、その~・・・おトイレ、どこですか?」
ヘリオンがそういった瞬間、全身の力ががくっ、と抜ける。
何か精神的なもので眠れないのかと思いきや、トイレに行きたくて眠れなかったのだ。
悠人は拍子抜けして、思わずずっこけそうになった。
「な、なんだ、そんなことかよ。トイレだったらあのドアだよ」
悠人はそう言って、玄関口の傍にあるドアを指差す。が、ヘリオンはどうにもこうにも動けないようだ。
「あ、あの・・・ゆ、ユート様、一緒に来てください!」
「な、なな、なんでだよ!俺は女の子と一緒にトイレに入る趣味は無いぞ!」
「えと、あの、そういうわけじゃなくて・・・・・・その、私、夜中のおトイレは一人じゃダメなんですよぅ・・・」
「あのなぁ・・・ヘリオン、お前一体幾つになったんだよ。そんな子供みたいな・・・」
「い、幾つになってもダメなものはダメなんです~!と、とにかく来てください~!」
「ハリオンに頼めばいいだろ?わざわざ俺が行かなくたって・・・」
「ハリオンさんならもう寝ちゃいましたよぅ~。無理矢理起こすとここが戦場になっちゃいます~!」
「げ・・・もう寝たのか。は、早い・・・」
余程眠かったのか、それとも寝つきはいいほうなのか。どこぞのマンガの昼寝少年並みの早さだった。
いつだったかハリオンのせっかんを受けたときのことがフラッシュバックする。・・・あんなことはもう勘弁だった。
「は、はやく一緒に来てください~・・・も、漏れちゃいますよぅ~・・・」
そう言われてヘリオンを見ると、股間を押さえ、真っ赤な顔で我慢、さっきにも増してもじもじしている。
「わ、わかったよ。行けばいいんだろ、行けば・・・」
「あ、ありがとうございます~・・・」
悠人は、極端な内股でちょこちょこと歩くヘリオンの手を引いて、トイレまで付き合うことにしたのだった。

トイレのところまで来ると、ヘリオンはそのドアを開けて、勢いよく飛び込んでドアを閉めた。
「は、はあぁぁ~~・・・・・・助かりましたぁ」
ドア越しにちょろちょろという水音がする。
悠人は妙な想像を膨らまさないようにして、トイレの横の壁に寄りかかっていた。
トイレの基本的な形は一緒だったから、ハイペリア式洋風便器をヘリオンでも扱うことができたのだろう。
「ゆ、ユート様、ちゃんといますよね!?」
「はいはい、俺はここにいますよ・・・」
本当に子供っぽかった。小さいころ何かあったんだろうか、よっぽど深夜のトイレは怖いらしい。
「(・・・ま、その辺は余計に詮索しないことにしよう。ヘリオンだって、自分のこと探られたら嫌だろうし)」

「えっと・・・これ、何でしょう・・・」
「(ん・・・?)」
ピッ
「ひゃああうぅっ!!」
「な、なんだ!?どうしたヘリオン!!」
突然奇声を張り上げるヘリオン。直前のピッという音から、何が起こったのかは大体想像が付いた。
「ゆ、ユート様!な、なんだか急におしりにお湯がぁ~!!と、止めてください~!!」
思ったとおり、ヘリオンはウォッシュレットのスイッチを押してしまったらしい。
止めてくださいと、悠人はその声に思わずトイレに突入しそうになるが、ここは抑えて声で指示する。
「ヘリオン!落ち着け!右側の赤い印を押すんだ!」
「あ、あか・・・・・・赤い印~・・・これですね!」
ピッ
「あ・・・・・・」
「止まったか?」
「あの・・・間違えて、ピンク色のを押しちゃったんですけど・・・」
ピンク色のスイッチはなんだっただろうか、悠人は普段は使わないので急には思い出せなかった。
「き、きゃあああぁぁぁあああ~~!!こ、今度は前にお湯がぁ~!!」
ようやく思い出した。ピンク色のスイッチ、それは女性の前のほうを洗う装置だったこと。
「お、落ち着け!落ち着いて止めろ~!」

「あ、あふ・・・くぅ、ちょ、ちょっと気持ちいいかも~、は、はうぅ・・・・・・」
人肌程度の温度で吹き出すお湯で秘部を刺激され、息を切らして悶絶するヘリオン。
なるほどそういう使い方もあったか、などと感心している場合ではなかった。
「ヘリオン!さっさと止めるんだ!そうしないと精神がイケナイ方向に~!!」
「はぁ、はあぁ・・・わ、わかりました~・・・ふ、あふぅ・・・」
ピッ
何も起こらない。どうやら今度はちゃんと止められたらしい。
「だ、大丈夫か、ヘリオン・・・?」
「は、はいぃ・・・ユート様、すぐ出ますね」
コロコロコロ・・・・・・
「え、えっと、ユート様。流すにはどうすれば・・・」
「左側の銀色のレバーだよ」
「あ、これですね!」
くいっ。じゃばばばば~・・・がちゃ。
「はあぁ・・・・・・すっきりしましたぁ♪」
ヘリオンは満足そうに笑顔を向けてくる。悠人は赤面したまま、そんなヘリオンを見つめていた。
よーく見ると、服のスリットの部分が濡れている。どういう惨事が起こったのか想像は難しく無かった。
「あの、ゆ、ユート様・・・?どうしたんですか?」
どうしたもこうしたもない。あんなものを聞かされた後では、こうならざるを得なかった。
「いや・・・ヘリオンってさ・・・・・・敏感なんだな。すごく」
「はうぅっ!そ、それを言わないでください~!!は、ハリオンさんには黙っててくださいね!」
「当たり前だ。こんなことハリオンに知られたら・・・俺たちは二人まとめて めっ だぞ。あんなのはもう御免だ」
「は、はい!その通りです!・・・って、ユート様、やられたことあるんですか?」
「ま、色々あってね・・・・・・じゃあもう寝ようぜ」
「は、はい!おやすみなさい、ユート様!」
ヘリオンはそう言うと、自分の寝床、佳織の部屋へと戻っていった。
「(・・・・・・それにしても、ちょっとラッキーだったかな?)」
悠人はその心の中に不純なものを抱えて、寝るために自分の部屋へと戻っていくのだった。

──────翌日の朝。懐かしい種類の日の光が窓から差し込む。
・・・が、冬というだけあって、朝はとても寒く、布団から出るのが億劫になるものだ。

ゆさゆさ。
「・・・・・・ト・・・ま!・・・ートさま!」
どこかで聞いた声と共に揺さぶられる体。こんな寒い朝に悠人をたたき起こしてくる人物は・・・
ゆさゆさ。
「ユート様!ユート様!起きてください!」「(お兄ちゃん!お兄ちゃん!起きてよ!遅刻しちゃうよ!)」
夢見心地の頭の中で、自分を起こそうとする声が勝手に翻訳されて聞こえる。
自分の部屋の中という空間で寝ているせいか、いつもの光景が自動で脳内再生されていく。
「う、うう~ん。か、佳織・・・あと5分寝かせて・・・」

「はぁ・・・だめです。ユート様、完全に寝ぼけてます」
「しょうがないですね~、ふふ、私におまかせを~♪」
なんだか楽しそうな声が聞こえる。悠人をたたき起こすのを楽しみにしている奴は一人だけ。
ぐらぐら。
さっきよりも強い力で揺さぶられる体。いつものパターンだと、どんどん掴むところが上がっていき、
最終的には首根っこをつかんで揺さぶられ、生命活動レベルで危険に陥る。
だが、そこまでわかっていても、悠人の精神は睡魔には勝てないのだった。
ぐらぐらぐら。
「(ああ、この痛いくらいの振動が気持ちいい・・・さらなる夢の世界へ・・・ゴー・・・)」
ぴたっ。
激しい振動が止まる。諦めてくれたのだろうか、ありがたいことだった。
「だ、だめみたいですよ・・・」
「こうなったら、最後の手段です~。ヘリオン、この方法は知っていて損は無いですから、見ててくださいね~」
何をする気なのか、おぼろげな意識の中でそう思っていると・・・

ちゅっ。
なにか暖かいものが唇に当たる。
「(ん・・・んん?なんだ?これ・・・・・・!い、息ができない!)」
みるみるうちに酸素不足になっていく体内。唇に当たった何かによって、呼吸を止められていた。
その苦しさあってか、悠人の意識は現実世界へと引き戻される。
悠人が思い瞼をこじ開けると、目の前にいたのは・・・
「!!!!!!」
・・・目の前にいたのは、緑色の髪の女性。静かに目を瞑って、悠人に口づけをしていた。
徐々に自由を奪われる体。悠人は最後の力を振り絞って、目の前の女性を引き剥がす。
まさかこんな方法を使ってくるとは、お釈迦様でも想像できなかっただろう。
「ぶあ、はぁ、はぁ・・・・・・は、ハリオン!?お、俺を殺す気か!!」
「だって~、ユート様が早く起きないからいけないんですよ~?」
「だ、だからってこんな・・・・・・二重の意味で死に掛けた・・・」
悠人はその死にかけの意識をはっきりとさせ、ベッドから跳ね起きる。
「ハリオン・・・頼むから、今度からこの起こし方は止めてくれ。はっきりいって心臓に悪い」
「そうですか~?でも、効果覿面じゃないですか~♪」
確かに起床効果は高い。相手によっては死者をも甦らせる勢いだろう。
ふと、悠人がハリオンの後ろを見ると、半端な格好で倒れているヘリオンがいた。
「・・・・・・で、なんでヘリオンはこんなところで寝てるんだ?」
「あらあら?さっきまで起きてたんですけどねぇ~?」
・・・・・・結局、ヘリオンが気絶しているということに悠人たちが気付くことは無かったという。

「(そっか・・・俺、ヘリオンやハリオンと一緒に、この世界に戻ってきちゃったんだっけ)」
悠人は朝のコーヒーを淹れながら、自分の目の前にある現実を思い出す。

「ユート様~?それなんですか~?」
「ん、ああ。これはコーヒーって言う飲み物だ。・・・・・飲むか?」
「では、いただきます~」
「あ、わ、私も・・・」
悠人はコーヒーメーカーを手馴れた様子で操作し、すぐに3人分のコーヒーを淹れる。
それをコーヒーカップに移すと、ヘリオンとハリオンの前に置いた。
「はい、どうぞ」
悠人の合図と共に、二人は同時にコーヒーに口をつける。すると、片方の顔が瞬時に強張った。
「ゆ、ユート様ぁ・・・こ、これ・・・に、にが、苦いです・・・」
「そうですね~。でも、なんだかお菓子に合いそうな飲み物です~」
苦さに顔が引きつるヘリオンとは対照的に、ハリオンは平気な顔をして飲んでいる。
「(さすがに口に合わなかったか・・・)」
向こうでの飲み物はお茶が主流だっただけに、コーヒーは奇特な飲み物なのだろうか。
「まあ、コーヒーは大人の飲み物って言うしな。ヘリオンにはまだ早いかもな」
「そ、そんなことないです!に、苦くたって、せっかくユート様が淹れてくれたんですから、飲まないと・・・」
「無理するなよ。これ入れれば誰でも飲めるからさ」
悠人はそういって、砂糖の入ったポットとコーヒーミルクの入ったキャップを差し出す。
ヘリオンはコーヒーに砂糖を小さじ2,3杯入れると、もう一口、おそるおそるコーヒーを啜る。
「あ・・・・・・甘くなりましたぁ」
ヘリオンの表情が柔らかくなる。甘いという言葉に反応したのか、ハリオンも同じようなことをする。
「そうですねぇ~・・・でも、何も入れないほうがお菓子に合うかもしれませんね~」
ハリオンのこういった飲み物の旨い不味いの判断基準はお菓子に合うかどうか、らしい。
確かに、コーヒーはケーキなどの甘いお菓子と一緒に出て来ることが多いけど。

「さて、朝ごはんを作らないとな・・・」
悠人は冷蔵庫の中をチェックする。
佳織がしっかりしていたお陰で、中は食材で一杯だった。
「よしよし、これだけあれば・・・」

悠人はその中から、5、6個の卵と人数分のベーコン、マーガリン、ケチャップを取り出す。
さらに、その近くにある食パンを取りだし、テーブルの上にあるトースターに放り込んでレバーを捻る。
流し台の下の棚からフライパンを取り出して油を引き、かちり、とコンロに火を入れる。
そこからさっさと卵とベーコンを放り込み、スクランブルエッグを作る。
ヘリオンとハリオンは、普段は絶対に見られない悠人の調理の手際を、じっと眺めていた。

ちーん。
「よし、ちょうど良く出来上がったぞ」
トースターが焼き上がりを意味する音を鳴らすと同時に、悠人は料理を皿の上に盛り付ける。
さらに別の皿にトーストを乗せると、おのおのの前へと持っていく。
「できたぞ~。じゃあ食べようぜ。いっただきま~す」
「あ、はいはい~。いただきます~」
「え、あ、は、はい!いただきます!」
悠人の調理の様子に呆気に取られていたヘリオンとハリオンは、悠人の言葉で目を覚ます。
悠人がそれを食べ始めると、二人もつられて食べ始める。
「あ~、おいしいですね~♪」
「そうですね、とってもおいしいです!・・・でも意外です、ユート様がお料理できるなんて・・・」
「料理ってほどじゃないよ。こんなの誰でもできるさ」
「それでも、人に出せる料理を作れるのは立派なことですよ~?」
ハリオンがそう言った時、心なしかヘリオンの表情が暗くなった・・・ような気がした。
当然、今の悠人にはその意味を理解することはできなかった。
「(はうぅ・・・私の料理なんて、まだまだ未熟で、ユート様に食べてもらえるような物じゃないです・・・)」
自分を過小評価してしまい、萎縮してしまうヘリオン。
そのせいで、自分の料理を悠人に食べてもらえる日がどんどん遠ざかっていくのだった。
「ごちそうさま~」
三人が食べ終わると、悠人はせっせと後片付けを始める。
6枚の皿と、フライパンを洗って籠に入れるだけの作業は、ほんの数分で終わった。

「さて・・・これからどうしようか」
悠人はヘリオンとハリオンに目配せする。
その視線の意味するものは、これからこの世界でどう生きようか、ということ。
帰る方法がわからない以上、この世界で生きていくしかない。
「あの~、ユート様。せっかくですから、ハイペリアの町を案内していただけませんか~?」
何を思ったのか、ハリオンがそう提案してくる。
「あ、それいいですね!私もユート様が住んでいる町を見てみたいです!」
その提案にヘリオンは賛成する。
別の世界に飛ばされたというのに、この二人の危機感の無さは一体なんなのだろう。
悠人は向こうに飛ばされたとき、危機感で一杯だったって言うのに。
だが、うだうだと悩んでいても帰れるわけじゃない。悠人はそれに乗ることにした。
「町に・・・か。まあ、いいかな」
「やったぁ!」
そんなに街を見たかったのか、ヘリオンは大喜び。
「・・・でも、昨日も言ったけどその格好は目立つから、着替えてくれよ」
「代えの服なんて、あるんですか~?」
「ヘリオンは佳織の服に着替えてくれ。ハリオンは・・・ちょっと待ってて。サイズの合うの探してくる」
ヘリオンは小柄な体型だから、佳織の服はきっとぴったりだろう。
・・・が、ハリオンは完全に大人体型の上にあの豊満ボディーだ。果たして合うのがあるかどうか。
悠人は席を立って、家中のタンスやクローゼットを漁ることにした。

──────15分後。
「ふう・・・とりあえずこれだけだな。サイズが合いそうなのって」
佳織の両親の服、悠人の私服・・・・・・あるものはなるべく佳織の部屋にかき集めた。
「じゃあ、二人とも、佳織の部屋で着替えてきてくれ。ヘリオンの服は佳織の部屋にあるから」
「はいはい~、じゃあまた後で~♪」
「どんな服があるんでしょう・・・ちょっとワクワクします!」
どんな世界でも女の子はファッションとかは気にするものなのだろう。二人は楽しそうに部屋に入っていった。

──────さらに30分後。
「・・・・・・随分時間がかかってるな」
コーディネイトに時間がかかるのは、女の子たる所以。
悠人は平日はバイト漬けで、殆ど制服しか着ない。休日でも私服の選択にはそれほど時間はかけない。
それだけに、女の子の服選びと長話にはうんざりさせるものを感じる。
「・・・あの二人のことだ。きっとヘリオンはハリオンに振り回されているんだろうな・・・」
こんなことはいけないって解ってるけど、面白そうなので悠人は聞き耳を立てることにした。

「・・・・・・これなんかいいと思いますけど」
「そうですか~?ちょっと大人っぽくて似合いませんよ~」
「はうぅ・・・子供扱いですか」
「扱いも何も・・・ちゃんと似合うものを選ばないといけませんから~・・・あ、これなんてよさそうです~」
「あ!それ、カオリ様が着てたのと同じですっ!」
「あらあら、そうですね~。じゃあ早速着てみましょう~」
「ひ、一人で着れますから!どさくさにまぎれて変なところ触らないでください!」
「はいはい~♪」
ガサゴソガサゴソ・・・・・・
「あらあら~、かわいいですね~。よく似合ってますよ~♪」
「はうぅ・・・でもちょっと足が寒いです・・・」
「これ履けばいいですよぅ~。じゃあ、ヘリオンはこれで決まりですね♪」
「ええ!?もうちょっと選ばせてください!」
「ふふ、いいじゃないですか~。カオリ様と同じ格好なら、きっとユート様の気を引けますよ~♪」
「はううっ!!・・・そ、それなら、これでいいです」
「私はどれにしましょうか~・・・ちょっと迷いますぅ・・・・・・これなんかよさそうですね~」
ガサゴソガサゴソ・・・・・・
「・・・・・・どうですか~?」
「わぁ・・・ハリオンさん、とっても似合ってます!・・・でも、ちょっときつくないですか?その、胸の辺りが・・・」
「大丈夫ですよ~。じゃあ、これでいいですね~♪」
「(あ・・・終わった!出てくるっ!)」
ササササササッ!

がちゃ。
「ユート様~、お待たせしました~♪」
「!!!!」
悠人は我が目を疑った。目の前に出てきた二人の姿は・・・・・・!
「(・・・・・・に、似合う・・・似合いすぎるっ!!)」
ヘリオンの姿。それはおおよそ聞いたとおりの服装。佳織の制服に、いつものニーソックス。
紺をベースにしたセーラー服に、黒髪のツインテールがよく似合っている。
かなりきわどい位置にあるスカートの端、そこから見えるすらりと細長い足。
寒くないようにとニーソックスを履いているが、それでも脚線美は衰えない。
この世界にこれほどの美少女がいたのだろうか、そう思えるほどかわいかった。

片やハリオンの格好は、白と黒のチェック柄のロングスカートに、白い靴下。
上には、茶色に少し黒がかかったような色の、少し胸元がきつそうなセーター。
アクセサリーとしてなのか、シルバーロザリオのペンダントに、佳織の予備のトンボ眼鏡。
どことなく、絵に描いたような『お母さん』を連想させる格好だった。
この上にエプロンをつければ、とてつもない破壊力を生み出す格好になる。

・・・・・・悠人はそんな二人に見惚れていた。
ハイペリアの服がここまで良く似合うとは、夢にも思わなかったのだから。
「ゆ、ユート様!ど、どうですか・・・?」
「え、あ、ああ、よく似合ってるよ、二人とも」
「そうですか~?ふふ、ありがとうございます~」
「そ、それで・・・ユート様はその格好で行くんですか?」
悠人の格好、それはいつもの制服。ファンタズマゴリアで着ていた白い衣を着ていないだけ。
自分の世界を歩く以上は、着慣れた服のほうがいい。悠人はそう思っていた。
「ああ、そのつもりだけど」
「そうですね~。その格好のほうが、ユート様らしいです~」
「言い忘れてたけど、神剣は置いていけよ。この世界では武器は持っているだけで犯罪だからな」
「あ、は、はい!わかりました!」
いつもの癖で神剣を持っていた二人は、【失望】と【大樹】を壁に立てかける。
「じゃあ、行こうか」
悠人は金の入った財布をポケットに入れて、二人と一緒に出かけるのだった。

「それで、どこに行くんですか~?」
町に行きたいと言い出したのは自分のくせに、どこに行くのかと聞いてくるハリオン。
「そうだな・・・とりあえず、学園に行こう」
「ガクエン?ゆ、ユート様、なんですか?それ」
「俺とか佳織とか、今日子や光陰も行ってた、この世界の教育施設だな。みんなそこで勉強するんだ」
「ユート様がお勉強してたところですか~。なんだか楽しみですね~」
どちらにしても、町に行くには学園の傍を通らなくてはいけない。
それに、学園はかなり大きい建物だから、紹介せざるを得ないだろう。
悠人たちはのんびりとハイペリアの朝日を浴びながら歩き、学園のほうへと向かった。

──────15分ほど歩いていると、見慣れた白い建物が見えてきた。
「ほら、あれが学園だ」
悠人はその建物を指差す。
建物の大きさといい、敷地の大きさといい、そのスケールに二人は圧倒されていた。
「わぁ・・・ユート様、こんな綺麗で、大きくて、広いところでお勉強しているんですね」
「たしかに、綺麗な建物ですね~。これなら、お勉強もはかどるんじゃないですか~?」
その言葉に悠人は耳が痛くなった気がした。
悠人の、佳織のためのバイト漬けの日々に、はかどるお勉強などという言葉は存在しない。
バイトの疲れのせいで、学園にきても机に突っ伏して寝ることが殆どの毎日。
なんだかんだ言ってテスト前に今日子や光陰にノートを写させてもらうのが日常茶飯事だった。
「・・・ま、それは人によるかな」
「あらあら~?ユート様、お勉強は苦手なんですか~?」
「・・・悪かったな。勉強苦手で」
「で、でも、ユート様は勉強してるよりも、体を動かしているほうが似合ってると思います!」
微妙にフォローになっていないヘリオンの言葉。
悠人はなんだか前にもエスペリアに同じ事を言われたような気がした。
「・・・・・・さ、もういいだろ?町に行こうぜ」
「え~?もうちょっと見ていたいです~」
「そうですよ!せっかく来たんですから、しっかりと見ておかないと」
学園は見世物ではないのだが、その物珍しさに興味津々なヘリオンとハリオン。

だが、悠人が急かす理由は、もっと別のところにあった。
「(う~ん、あんまりここにいると、知り合いに見つかったりして気まずくなるからな・・・)」
悠人がそんなことを心配していると・・・

「悠人せんぱ~い!!」

ギクリ・・・・・・悪いことは重なるものだ。悠人の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
しかも、よりによって一番性質の悪い奴に見つかるとは。・・・覚悟を決めなくてはいけなかった。
「悠人先輩!おっようござい・・・ま・・・」
悠人に走りよりながら挨拶をするピーチクパーチクマシンガントーク少女、夏 小鳥。
だが、その天にも届くような元気で明るい挨拶は、悠人の傍の人物を見た瞬間に途切れ途切れになる。
「あ・・・あ、あ、あああああ~~~!!!」
「な、なんだ?どうした小鳥!」
「ど、どどど、どうしたじゃありません!悠人先輩!この眼鏡美人のお姉さんは一体誰なんですか!?」
小鳥の視線はハリオンに向いていたらしい。
三人の中では、この世界では最も珍しい顔をしているから当然といえば当然なのだが。
続いて、小鳥の視線は制服姿のヘリオンへと向かう。
「ゆ、悠人先輩!私というものがありながら、こんなかわいい子と一緒にいるなんて~!!
 悠人先輩!この子一体誰なんですか!?近所じゃこんな子見たことありませんよ!!」
どうやら小鳥にはヘリオンがこの世界の、日本人に見えるらしい。黒髪だから、当然だが。
小鳥にばれないということは、ヘリオンは町に出てもなんら問題は無いということだ。
・・・緑の髪と、深緑の瞳が特徴のハリオンは問題がありまくりのようだが。
「悠人先輩!なにぼーっとしてるんですか!ちゃんと紹介してください!」
「え、ああ、紹介して欲しかったの?」
「そうですよ!特に、この子は転校生じゃないんですか~?それなら、なおさらです!」
「わ、わかった・・・えっと、緑色の髪のがハリオンで、制服着てるほうがヘリオン・・・(・・・って、しまった!)」
時既に遅し。おもいっきり紹介してしまった。

その紹介を聞いていた小鳥は、聞きなれない名前を聞いて呆然としている。
その時、後ろから小鳥の迫力に押されていたヘリオンがくいっ、と袖を引っ張り、声をかけてきた。
「あ、あの・・・ユート様?この子、誰ですか?」
「あ・・・バカ!しーっ!しいぃーーっ!喋っちゃダメ!」
おまけに、この世界には存在しない聖ヨト語まで使ってしまった。

「緑色の髪のお姉さん・・・聞かない名前・・・聞いたことが無い言葉・・・・・・悠人先輩!」
「な、なな、なんだ?」
「ふっふっふ・・・悠人先輩。小鳥の目はごまかせません!この二人は、悠人先輩の駆け落ち相手ですね!?」
「はぁ!!?」
「とぼけたってだめですよ~?私の知らないところで、外国の女の子と仲良くなっちゃったりして~!
 勉強のできない悠人先輩が言葉を覚えるくらいです!きっと、深い愛で結ばれているんですね~」
「お、おい!なに前代未聞のトンチンカンな勘違いしてるんだ!」
「じゃあどういうことなんですか?ちゃんと説明してくださいね、悠人先輩!」
完全に小鳥の術中(?)にはまってしまった悠人。
悠人はどういう手を使ってでも誤魔化さなければと思った。そうしないと、開放してもらえそうも無い。
「ヒソヒソ・・・二人とも、少し黙っててくれ。ここは俺に任せてさ。頼む」
「ヒソヒソ・・・よくわかりませんけど~、わかりました~」
「ヒソヒソ・・・は、はい!ユート様にお任せします!」
悠人は小声で二人に指示する。とにかく、なるべく誤解を深くしないようにしないといけなかった。
「なにヒソヒソ話してるんですか~?」

「悪い悪い。察しの通り、ヘリオンとハリオンは外国の人だ。ヘリオンは見ての通り、この学園に留学しに来たんだ」
悠人は大げさにヘリオンのほうに腕を振り、小鳥に解るようにする。
「ほうほう、それで?その・・・は、ハリオンさん?は、どうして来たんですか?生徒じゃないみたいですけど」
「ああ、ハリオンは先生なんだ。その、えっと・・・か、家庭科の先生。新任の、ね」
続いて、ハリオンのほうにも手を振って説明する。
「ふむふむふむ。で、どうしてその二人が悠人先輩と一緒なんですか?」
「それはだな、この二人は外国にいる佳織のおじさんの弟の嫁さんのいとこの連れ合いの知り合いでね。
 ずっと前から日本に興味を持ってたらしくて、最近こっちにやってきてさ、頼まれちゃったんだ。
  ちなみに、ハリオンとヘリオンは姉妹なんだって。あまり似てないのが気になるらしいけどね」
「なるほど!だから名前が似てるんですね!では悠人先輩、最後の質問です!」
「な、何?」
いつの間にか質問コーナーと化している。これだから小鳥節は恐ろしい。
「悠人先輩は、私と、ヘリオンさんと、ハリオンさん!だれが一番好きなんですか?」
「ど、どうしてそうなるっ!?」
悠人は思わず突っ込む。
色恋話が三度の飯よりも好きな小鳥にとって、この二人が恋のライバルにでも見えたのだろうか。
「あ、やっぱり言わなくていいです!」
「・・・ヘ?」
「悠人先輩の気持ちは、悠人先輩が打ち明けてくれるまで、私待ってますから!
 でもでも、こんなに綺麗でかわいい人たちと一緒にいるんです!私乗り遅れちゃうかも~!!
  いえいえ、この二人という障害を乗り越えてこそ、私と悠人先輩の愛は確実なものに~!!キャ~」
自分の世界に浸りきり、激しく暴走する小鳥。こうなっては、悠人に抵抗の術は無い。
とにかく、ようやく質問攻めが終わったことに安心する悠人なのだった。

「それで、悠人先輩。これからご登校ですか?」
「え、ああ・・・いや、今日はこの二人を町に案内するんだ」
「そういえばそうですよね。今日は授業ありませんからね!では、私はフルートの練習がありますので!」
「おう、じゃあな小鳥」
「悠人先輩。ハリオンさんとヘリオンさんに変なことしちゃだめですよ~!」
「だれがするかっ!」
言いたいことを言い終えたのか、小鳥は走って学園へと入っていった。
いつもの通り、悠人は部室のほうへと走ってゆく小鳥を見送る。でないと、また変に誤解されるからだ。

「はぁ・・・・・・やれやれ」
「お疲れ様です~。ユート様、元気いっぱいでかわいい子ですね~」
「な、なんだか、オルファみたいな子ですね。ユート様・・・そういえば、あの子、なんていうんですか?」
そういえば、この二人に紹介するのを忘れていた。
「ああ、あいつは小鳥。夏 小鳥だ。見ての通りパワフルな、佳織の親友だよ」
「カオリ様の親友なんですか~。コトリ様、っていうんですね~」
「コトリ様ですね!」
「・・・・・・あのさあ、ずっと前から気になってたんだけど、二人って、俺たちに対してみんな様付けなんだな」
「そ、それはそうですよ!ユート様は私たちの隊長ですし、カオリ様はその妹さんですし・・・
 キョウコ様もコウイン様も、今のコトリ様だって、ユート様のお知り合いなんでしょう?だったら・・・」
「いや、なんていうか・・・そんなに堅い呼び方はしなくていいと思う。みんな許してくれるよ。
 それにさ、オルファやアセリアなんて会った時から佳織を呼び捨てにしてたんだぜ?もっと柔らかくなれよ」
「い、いいんですっ。私、そのほうがなんというか、落ち着きますので・・・」
「そうですね~。様付けのほうがしっくりきます~」
悠人は少し悲しくなった。思えば、この二人が様付けで呼ばなかった人間は『お姉ちゃん』ぐらいだろう。
どんなにしっかりとした信念を持っていても、スピリットが人間に従順、という公式は変えられない。
佳織も、今日子も、光陰も、みんな優しい。様付けしなかったからといって怒る奴は誰もいない。
その辺はアセリアやオルファ、ニムントールを見習って欲しいと、今日ばかりはそう思ったのだった。

「じゃあユート様、そろそろ行きましょう~」
「早く町を見たいです!」
「ん、ああ、行こうか」
急かすヘリオンとハリオンに促され、悠人は学園を後にしたのだった。


──────10分ほど歩くと、だんだん賑やかになってくる。
悠人たちは、町のショッピングモールに来ていた。
12月ということあって、そこらじゅうがクリスマスムード一色。そのせいで、余計に活気だっていた。
軒並みに電飾に彩られた色々な店が、普段よりも派手に並んでいる。
「わぁ~~。賑やかな町です!素敵です!」
「そうですね~。なんだか楽しくなっちゃいますね~」
学園に続いて、町の賑やかさと派手さに圧倒されて、ちょっと言葉が狂うヘリオン。
「とりあえず、色々歩き回ってみようぜ」
「そうですね~。私たちは、ユート様について回ります~」
「で、では!行きましょう!ユート様!」
町を案内するといったものの、特に目的は無いので、悠人たちは町をぶらぶらすることにした。

ちくちくちく・・・
「(うう・・・やっぱりこうなったか)」
あちこちにある珍しいものを見て楽しみながら、大通りの歩道を歩く一行。
そんな中で悠人の予感は当たり、さっきから通行人の視線がちくちくと刺さってくるのだ。
「お、おい!あの女、随分といい体じゃないか?・・・す、すごい」
「そ、そうだな・・・どこの国のお姉さんなんだ?緑の髪が、すっごく綺麗だ・・・」
「それだけじゃないな。大きな瞳にトンボ眼鏡。ぐっとくるね~」
「ちょっとタクヤ!何処見てんのよっ!!」バシッ
その視線の対象は主にハリオン。
この世界には、赤(紅)い髪や青い髪の人間はいるが、さすがに緑色の髪の人間は見かけない。
おまけに、母性本能を刺激するような格好なので、主に男性からの視線が熱い。
「うわ~、見て見て、あの子、かっわいい~~」
「ほんとだ。あの制服ってさ、近くの学園のだよね。転校生かな?」
対照的に、小柄な体型で学園の制服を着込んだヘリオンは、女性からの視線が多かった。
「聞いたこと無い言葉喋ってるね。あの制服の野郎は通訳なのかな」
「そうだね。お友達になれないかな?」
「(・・・・・・勘弁してくれ)」
二人が日本語ではない言葉を喋る上、ぴったり付いてくるので、悠人が通訳と間違われることもしばしば。

「あ、ユート様!あれ!」
ヘリオンの指差す先、洋服屋。そこには淡いピンク色のドレスがウィンドウに飾られていた。
大き目のフリルと、満遍なく散りばめられたラメが、美しさを強調している。
興味津々なヘリオンとハリオンはそれに駆け寄る。

「わぁ・・・素敵・・・」
「きれいですね~。もしかしたら、レスティーナ様のよりもきれいかもしれませんね~」
「そうだな・・・レスティーナが見たら、なんて言うかな・・・ん?」
ふと横を見ると、二人は目を瞑ってなにやらむにゃむにゃと呟いていた。
このドレスを自分が着ているところを妄想していたのだろうか、やけににやにやしている。
「(なんか、嫌な予感がしてきた・・・)」
「あの~、ユート様~?このドレス、買ってくれませんか~?」
「(ほらきた・・・)・・・・・・絶対ダメ」
「な、なんでですか?私たちだって、こういうの着たらきっと凄いですよ?」
悠人はちらり、と下を見る。
「(三十万円・・・・・・俺を殺す気か)・・・ダメダメ。こんなの買うお金ないんだから」
「それは残念です~」
悠人は思っていた。こんなのを買っても使う機会はないし、二人に似合うかって言うと眉唾物だ。
髪を下ろしたヘリオンなら似合うかもしれないが、目に浮かぶのは裾をずるずると引きずる姿だった。
「さ、ここはもういいだろ?歩こうぜ」
「は、はいぃ・・・ちょっと残念です。はぁ・・・」
がくり、と肩を落とすヘリオンとハリオンを連れて、悠人はその場を後にしたのだった。

─────さらに歩いていると、二人の目に、大きな垂れ幕のかかった建物が目に入った。
「あ、ユート様!あの大きな建物はなんですか?」
「あれはデパートっていう建物だ。中でいろんなものが売られているんだ」
「おもしろそうですね~。ユート様、行きましょう~♪」
正直気が引けたが、デパートなら一気に色々説明できるからいいだろうと思い、悠人たちは中に入った。

三人は自動ドアをくぐり、デパートの中へと入るとすぐに、女性用の服やアクセサリを扱う店が目に入る。
やっぱり女の子なのだろう、ヘリオンとハリオンはすぐにそこに飛びついていった。
「・・・・・・おい、見るだけにしろよ。さっきも言ったけど、お金ないんだからな」
「はいはい~、わかりました~。あ、これなんてかわいいです~」
「はい!えっと、これもきれいですよ!」
この二人のことだ。散々見た末に買わされそうな気がする。悠人の中で、そんな類の予感が走った。

────── ヘリオンとハリオンがそのフロアで服を物色し始めてから約2時間後。
「・・・・・・ぐー、ぐー・・・」
あまりの長さに呆れた悠人は、フロアの隅にあるベンチで居眠りをしていた。
佳織や今日子がこういうことを好まないため、悠人にはこういうことに免疫が無かった。
そのため、悠人はすっかり待ち疲れしてしまったのだ。

「ユート様~、起きてください~」
ぐらぐらと揺すぶられる体。朝の二の舞になっては堪らないと、悠人はすぐに目を覚ます。
二人が何かを買わされた様子は無い。さっきと同じ格好で、何も持ってなかった。
言葉が通じないんだから、買わされるはずは無いんだが。
「(ほっ・・・)ああ、終わったの?」
「待たせちゃってごめんなさい・・・・・・あ、あの、ユート様・・・おなか空いちゃったんですけど・・・」
ヘリオンのその言葉に、悠人は反射的に時計を見る。12:30・・・ちょうど昼飯時だった。
「そうだな。なんかおいしいもの食べに行くか」
「ユート様~、せっかくですから、ハイペリアの料理を食べたいです~」
ここで食べる以上は何を食べてもハイペリアの料理なのだが。
つまりは、ファンタズマゴリアの料理とは違う、洋風ではない料理が食べたい、ということだろう。
さっそく、悠人たちはレストランのあるフロアへと移動するのだった。

「(・・・・・・とは言ってもなあ)」
レストランの集合するフロアに来ていた悠人は悩んでいた。
どれを食べさせたらハイペリアらしいと思ってくれるだろうか。
あるのは、ハンバーグ屋、パスタ屋、すし屋、ラーメン屋、定食屋、あとは小洒落たカフェ。
悠人的にはラーメンだが、果たして口に合ってくれるだろうか、そんな不安がよぎる。
・・・・・・が、悩んでいても埒が明かないので、悠人は二人に選ばせることにした。
「そうですね~・・・私はここがいいです~」
「わ、私もここがいいです!」
二人が選んだ店・・・それはパスタ屋。さっきまでハイペリアの料理がいいって言ってたのに。
「ふふふ、ぜひとも、ハイペリア流のハクゥテを食べてみたいですね~」
「(ああ・・・そういう意味だったのか)・・・ちなみにそれはハクゥテじゃなくてパスタだぞ」
「どっちでもいいです!ユート様、さっそく入りましょう!」
「はいはい・・・」
二人に引っ張られて店に入る悠人。
だが、悠人は内心、すし屋に入られなくて良かったと、心底ほっとしていたのだった。

──────1時間後。
「ふ~、食った食った。と」
「こっちのハクゥテもおいしかったですね!」
満足そうな悠人とヘリオンに対し、ハリオンは少し納得のいかない顔をしていた。
「う~ん、向こうのとあまり変わらなかったですね~。ちょっと残念です~」
「・・・・・・まあ、似たような料理は味も似たようなものってことで」
「おいしかったからいいじゃないですか。さあ、どんどん回りましょう!」
「・・・・・・やれやれ」
三人のデパート巡り。それはかなり長引くだろうと、悠人は覚悟を決めたのだった。

───ハイペリアという異世界を堪能するヘリオンとハリオン。その内に様々な危機感を覚える悠人。
      彼らのハイペリアでの生活はまだまだ続くのか、それともファンタズマゴリアに帰るのか。
        いや、そもそも帰ることができるのだろうか・・・・・・とりあえずハイペリア編は続く───