ただ、一途な心

第Ⅳ章─私だけの愛のカタチ 第2話─

──────デパートのパスタ屋で昼食を済ませた三人は、別のフロアを歩いていた。
そこは主に食品が集まるフロア。惣菜屋やお菓子屋も多々存在している。
「色々な食べ物があるんですね!でも、向こうとあまり変わらないものもあるような・・・」
「そうだな。俺も向こうで似たようなのを見たときは驚いたよ。ラナハナとかネネの実とか・・・」
「近いものがあるのはいいことですよぅ~。料理するとき困りませんから~」
「でも、見た目が近くても味が天と地の差だったりするからな・・・」
悠人はたくさん並んでいる野菜の中から、一つの緑色の拳大の野菜を取り出す。
「あ~、それ、リクェムですよね~。子供たちには不評のお野菜です~」
「そう。こっちではピーマンって言うんだけどな。リクェムのほうが、風味が強いんだ」
「そ、そうなんですか?見かけは一緒なのに・・・」
悠人はすぐにピーマンを戻す。
エスペリアの尽力あって食べられるようになったとはいえ、あまり長くは触っていたくは無かった。

それから三人がそのフロアの奥に進むと、方々からいい匂いが漂ってくる。
どうやら、お菓子屋の並ぶ場所に出てきたらしい。
「ああ、いい匂いがしますぅ~♪これは、食べておかないと損ですね~♪」
甘い匂いにつられてトリップするハリオン。
きっと、ほっといたらこのフロア中のお菓子を買ってくれと言わんばかりだ。
「・・・少しだったら買ってやるぞ」
「本当ですか~?ふふ、ユート様~、ありがとうございます~♪」
ぎゅむ。
大喜びのハリオンは、その勢いに任せて悠人に正面から抱きついてくる。
悠人の厚い胸板が、弾力のあるマシュマロを受け止めたような感覚に襲われた。
「わぁっ!ハリオン!離れろ・・・ヘリオンが、人が見てるぞ!」
「ふふふ、はいはい~♪」
ハリオンはパッと離れた。抱きついてくるのは嬉しさの表現のつもりなんだろうが、
ハリオンの抱擁はボディーランゲージとか、スキンシップとかとは別格の破壊力を誇る。
すぐに離れてくれたから事なきを得たが、あと10秒遅かったらどうなるかわかったもんじゃない。

「ゆ、ユート様・・・気をつけてくださいね。ハリオンさんにおごると、お財布が空になっちゃいますから・・・」
ごんっ。
「い、いったあぁ~い!!う、うぅ・・・」
気が付くと、ハリオンは笑顔のまま拳をヘリオンの頭頂部に振り下ろしていた。
本来は神剣の力を使って めっ となるところを拳骨で済んだのだから儲け物な気がする。
それでも、ハリオンのせっかんの対象になるのはごめんこうむりたい悠人だった。
うっかり失言してしまい、痛そうに頭をさするヘリオンを尻目に、ハリオンはお菓子を物色し始める。
「あ~、あれがいいです~」
ハリオンの指差す先にあったのは・・・
みんなの人気者ヨフアル・・・じゃなくて、今度こそ正真正銘のワッフル。
どうやらハリオンはさっきのパスタ屋で懲りたわけではないらしい。
「いいのか?また似たような味かも知れないぞ?」
「いいんですよ~。こういうのは、比べておいたほうがいいんです~♪」
「そういうもんなのかね・・・」
こういうことにあまり拘りの無い悠人は、お菓子に拘りの深いハリオンには敵わない。
悠人はさっそく、ワッフル屋の店員に話しかける。
「ワッフル、6つください」
悠人がそう言うと、店員はガラスケースの中から手馴れた様子でワッフルを紙袋に詰めていく。
「はい、630円です。・・・・・・ありがとうございました~」
悠人はお金を払ってそれを受け取り、二人のもとへと戻る。
「ここじゃなんだからさ、どっか落ち着いて座れる場所で食べようぜ」
「そうですね~。冷めないうちに探しましょう~♪」
「ハイペリアのヨフアルはどんな味がするんでしょうか・・・ちょっと楽しみです!」
「・・・・・・ヨフアルじゃなくて、ワッフルって言うんだけどな」
「そうなんですか?あんまり変わりませんね!」
悠人はいつだったかレムリアに突っ込まれたことを今度は逆にして二人に突っ込む。
どうでもいいことでも、知識を教えられるというのは気持ちのいいことだ。
「(レムリア、か。あいつがこれを見たら、なんて言うかな)」
ハイペリアにワッフルというお菓子が実在することを知って、驚く顔が目に浮かぶ。
あの気丈なレムリアがそんな顔をするところを想像して、悠人は思わず吹き出してしまう。

「~? ユート様~、どうしたんですか~?置いてっちゃいますよ~?」
「ん。ああ、悪い悪い。今行くよ」
二人に促され、ワッフルの入った紙袋をぶら下げて、悠人はデパートの中をうろつくのだった。

しばらく歩いていると、デパートの中にアナウンスが響き渡る。
『中庭にて、午後4時から劇が始まります!席は早い者勝ちですので、座りたい方はお早めに・・・』
悠人は反射的に腕時計を見る。14:00・・・あと2時間もあった。
「ユート様~、今の声はなんですか~?」
「ああ、あれはお知らせみたいなもんだな。2時間後に中庭で劇をやるんだって」
「劇、ですか?面白そうですね!行ってみましょう、ユート様!」
「そうだな。そこでなら落ち着いてワッフルを食べられそうだしな。行ってみようぜ」
さっそく悠人たちは、劇が行われるという中庭へと向かうのだった。

一行が中庭に着くと、そこには既に数組のお客さんがパイプ椅子に座っていた。
悠人たちは、劇が良く見えるようにと、最前列の席に腰掛け、紙袋を開ける。
「じゃあ、食べてみようぜ」
「はい~、いただきます~、はむっ」
まだ温かいワッフルを頬張ると、悠人の両側の二人は幸せそうな顔になった。
「わぁ~、おいし~い」
「そうですね~、ヨフアルとはまた違ったおいしさです~。これは、覚えておかないと~」
「(・・・・・・やっぱりあんまり変わらないな)」
世にも幸せそうな二人を尻目に、悠人は向こうと変わらないおいしさに舌鼓を打つ。
やっぱり似たような料理は似たような味。それでも、おいしいものはおいしいものだ。

三人が一個目のワッフルを食べ終わり、二個目にかかる。
口の中に広がる甘い世界に浸っていると、一人のヒゲ男が息を切らして声をかけてきた。
「ああ、君たち君たち」
「ん・・・?俺たちのことか?」
「そう、君たちのことだ。君たち、劇に出てみる気はないかね?」

「・・・・・・は?」
「だから、あと1時間半とちょっとでここで行われる劇に出てみないか、と言っているのだ」
藪から棒になにを言い出してくるのやらこのヒゲ男は。
とにかく、普通ではない様子なのでどういうことかを聞いてみることにした。
「どういうことなんだ?大根役者もいいところの素人をスカウトするなんて普通じゃないぞ」
「うむ・・・実は、主役の三人が病気で倒れてしまったのだ。だからこうして、代役を探していたのだ」
「よりによって主役・・・・・・三人って・・・こいつらも?」
「そうだ。君たち三人で、我が劇団のデビューを飾って欲しいっ!!」
「デビュー上演だったのかよ。ますますとんでもないな。大体あんた誰なんだよ」
「申し遅れた。私はこの劇団の団長を務めている者です。便宜上、団長とお呼びください」
「はぁ・・・」
「それで、どうですか?有名になるチャンスですよ?」
そんなの自分で言うことか、と悠人は突っ込みたかったが、こいつが困っていることも事実。
とりあえず、悠人は二人の意見を聞いてみることにした。
「ヘリオン、ハリオン・・・どうする?このおっさん、劇に出てみないか、とか言ってるんだけど」
「劇って、この劇ですか~?ふふ、おもしろそうです~♪ユート様、やりましょう~」
「げ、劇に出られるんですか!?そ、それなら、ぜひやらせてください!」
「(マジかよ・・・)」
劇に出られると思った瞬間、やる気満々になる二人。
「おやおや?聞きなれない言葉ですが・・・このお嬢さんたちは日本人じゃないんですか?」
「そうだよ。だから、劇の出演は無理だな」
やる気の二人には悪かったが、悠人はこんな胡散臭い話に乗る気は無かった。
「いえいえいえ!台本通りにやってくれれば結構ですから!それに、あなたは言葉が解るんでしょう?
 ちゃんとお二人にご指導してくださればいいんです!お願いしますよ~」
「ユート様~、やりましょうよ~♪」
「そ、そうですよ!こんな機会滅多にありません!」
日本語と聖ヨト語の駄々をダブル・・・もといトリプルパンチで食らう悠人。
団長はともかく、ヘリオンとハリオンがやる気になっている以上、断るわけにはいかなくなった。

「わ、わかったよ。やればいいんだろ、やれば・・・」
「やってくれますか!あ、ありがとうございます~!!」
団長はおいおいと泣きながら礼を言う。よっぽどこの劇に命をかけているらしい。
悠人たちは、団長に連れられて楽屋へと入っていった。

楽屋に入った悠人は団長から台本を受け取り、ざっと内容に目を通す。
主役となる三人の役どころは、お姫様、騎士隊の隊長、それとその隊長の一番弟子。
おおまかなストーリーは、悪のドラゴンにさらわれたお姫様を、隊長とその弟子が救い出すというお話。
どこかで聞いたような、恐ろしく月並みな設定。劇というより学芸会だ。
そもそも、こんなにヒネリの無い劇にこの団長は命を懸けていたのか、少し怪しくなってくる。
その内容を二人に話すと、心なしか目がきらきらと光ったような・・・気がした。
「・・・・・・で?誰がどれをやればいいの?」
「そうですねえ、まずはあなたが騎士隊長をやってもらいましょう」
「お、俺が!?それって、ぶっちゃけ主人公なんじゃ・・・」
「そうですよ?ぴったりだと思いますがね。・・・お姫様は、そちらの緑の髪の方にお願いしましょう」
「ハリオンはお姫様だってさ」
「そうですか~、がんばりますよ~♪」
「で、そっちのちっちゃい子にはお弟子さんをやってもらいましょう」
「・・・ヘリオンは俺の弟子だって」
「はうぅ・・・やっぱりそうなっちゃいますか・・・で、でも!やらせていただきます!」
適材適所とはよくいったものだ。
確かに、この組み合わせ以外のキャスティングは似合わないだろう。
「おほん、ではみなさん、これより練習に入りましょう」

──────1時間半後。
「いやいや、みなさん、板についてきましたぞ」
「そうは言うけどなあ・・・セリフとはいえ日本語を叩き込むのには苦労したぞ」
「ユート様ぁ~おたすけください~・・・こんな感じですか~?」
「私のこの剣にかけて!隊長と共に姫様をお助けします!・・・・・・ど、どうですか?」
スローモーな姫様に、真面目な一番弟子。・・・・・・はまり役だった。
が、悠人の演じる騎士隊長は、文字通り騎士道精神に溢れる好漢らしく、
団長はどっちかというと優男な悠人には難しいのではないかと思っている。
「う~ん、でもまあ、今回は時間がありませんので、仕方ありませんね」
「自分でスカウトしといてそりゃないだろ」
「ははは。まあ、本番ではしっかりしてくださいね。では、衣装に着替えてください」
団長はそう言うと、そばにあるハンガーから劇用の衣装を取り出す。
ヘリオンとハリオンはカーテンの向こうで着替え、悠人もその場で衣装に着替えた。
「こ、これはまた、騎士らしい衣装で・・・」
その衣装は、細身の剣をぶら下げる姿が良く似合う、中世ヨーロッパの将校のような衣装だった。
ちょうど、『ベルサイユの○ら』の主人公のような格好だ。
そんなことを考えていると、カーテンの向こうからヘリオンとハリオンも姿を現す。
「(ありゃりゃりゃ・・・)」
ヘリオンの衣装は、騎士隊長の弟子というだけあって、悠人の衣装とほぼ同じ。
二周りほどサイズの小さい衣装に、子供っぽい黒髪のツインテール。ますます文化祭か学芸会だ。
一方、ハリオンの衣装は、お姫様ということで、純白のドレスに、宝石の散りばめられたティアラ。
さすがにドレスに合わないと思ったのか、眼鏡といつもの髪留めは外している。
このままレスティーナと張れるのではないか、本物のお姫様のようだ。という具合に似合っていた。
「は、ハリオンさん・・・すごいですね・・・」
「あ、ああ・・・・・・こんなお姫様がいたら、そりゃさらいたくもなるな」
「そうですか~?もしよかったら、さらってもいいんですよ?ユート様~♪」
「・・・やめとく」
「・・・賢明ですね」

正直、ハリオン姫をさらったら毎日が めっ の日々だろう。そんなのは嫌だった。マジで。
「さあさあ、みなさん!もう時間ですよ!大丈夫。残りのスタッフもサポートしますので、頑張ってください!」
「よし、じゃあ行こうぜ」
「はいはい~。がんばりましょうね~♪」
「で、では、いざ、しゅちゅじん!・・・あれ?しゅつじんでしたっけ?」
「・・・・・・不安だ」
こうして、悠人たちの晴れ舞台(?)が幕を開けるのだった・・・・・・


カッ!ゴロゴロゴロ・・・・・・
稲妻が暗闇に轟き、その光によって映し出されるのは竜の棲家。
『エルドラド暦355年・・・ネープル王国には、それはそれは美しい姫がいた。その名を、ハリナ姫という。
 その姫によって長く続いた平和な時は、悪のドラゴンの出現によって、闇の中へと消えていった・・・・・・
  ドラゴンはハリナ姫をさらい、ネープル王国を絶望のどん底へと引き込んでしまったのです・・・』
「ふふふ・・・姫よ。たった一つの希望であるお前がいなくては、平和な時間は続くまいて・・・」
「・・・それはどうでしょうか?私は信じています。もう一つの希望が現れ、きっと平和を取り戻してくれると・・・」
「はっはっはっはっは・・・・・・気丈なことだ。ならば、その希望とやらも、打ち砕いてやろうではないか・・・」
ドラゴンの高笑いが轟音と共に響き渡る。

『さて、ハリナ姫のいなくなってしまったネープル王国では、姫の言うとおり、一つの希望が姿を現しました。
 それは、ネープル王国の勇敢な騎士隊長ユーティアスでした。武勇で彼の右に出るものはいません』
「この私が悪のドラゴンを討ち取り、ハリナ姫を取り戻し、この国に再び光を・・・!!」
ユーティアスが剣を掲げると、あちこちから おおーーっ という声が響いてくる。
姫の側近の老魔法使いが、ユーティアスに助言をしてきた。
「おお、ユーティアスよ。お主とて一人では辛かろうて。頼りになる仲間を連れて行きなされ」
『魔法使いが助言をすると、魔法使いの後ろからぴょこん、と飛び出したのは、
 少女でありながら騎士隊長ユーティアスの一番弟子となった、国で一、二を争う剣の使い手、ヘリュアでした』
「ユーティアス様!私も一緒に戦います!」
「おお、ヘリュアよ。私は嬉しいぞ!ともに戦い、ハリナ姫を救い出そうぞ!」
ユーティアスとヘリュアが共に剣を掲げ、切っ先をかちり、とあわせる。
「では・・・いざ、出陣!」
『こうして、ハリナ姫救出のために輝きを増す希望の光は、ドラゴンの棲家へと旅立つのでした・・・』

「噂では、ドラゴンの棲家はあの山の頂上にあるという・・・急ぐぞ、ヘリュア!」
「はい、ユーティアス様!」
街道を進む二人が見上げる先にあるのは、リング状の雲がかかった火山。
それを見つめながら走っていると、一つの影が火山から飛び出し、二人の前に降り立った。
その大きな腕には、ネープル王国のハリナ姫が抱えられていた。
「ぐわっはっはっはっはっは・・・・・・その必要は無い。こちらから出向いてやったぞ」
『なんと、悪のドラゴンは早めに希望の光を消したいがために、自分からやってきたのです!』
「貴様がドラゴンか!ハリナ姫を返してもらおう!!」
「ああ~、ユーティアス様~、おたすけください~~」
「私のこの剣にかけて!ユーティアス様と共に姫様をお助けします!」
「はっはっはっはっは・・・我を倒せたら、姫を返してやろう」

「ドラゴン・・・・・・覚悟おおぉぉーーーっ!」
痺れを切らしたヘリュアは、単身ドラゴンに切りかかっていく。
「ふん・・・小娘が!貴様などが我に勝てると思うか!!」
「ヘリュアっ!!」
「!!」
ドラゴンがヘリュアに巨大な腕を振り下ろすと、その爪で体を切り裂かれ、吹き飛ばされてしまう。
「きゃああああぁぁぁぁぁーー・・・」
「ヘリュア!!ヘリュアぁーーー!!貴様・・・姫に続いて、ヘリュアまでも!!許さん!!」
「だからなんだというのだ。所詮人間などこの程度よ!!・・・む!?」
「うおおおおぉぉぉぉおおお!!」
『怒りに燃えるユーティアスが剣を掲げると、突然辺りが真っ暗になり、雷が光りだしました。
 するとどうでしょう!その雷がユーティアスの剣に落ち、力が宿ったではありませんか!』
「な、なにぃ!!」
「終わりにしてやるぞっ!ドラゴンッ!!」
その力の篭った剣を、思いっきり叩きつけるユーティアス。
「ぬ、ぬおおおおおおぉぉぉぉおおお・・・!!」
その力は凄まじく、ドラゴンの体を粉々に吹き飛ばした。
そして、ユーティアスの慈しみの力に包まれて、ハリナ姫がユーティアスの元に飛び込んでくる。
「ああ、ユーティアス!信じていました~・・・」
「はい。これで終わったのです・・・しかし、そのためには、大きすぎる犠牲でした・・・」
二人は地に臥すヘリュアの方をみやる。
「彼女は、しっかりと葬ってあげなくてはいけませんね・・・」
「はい・・・帰りましょう。ハリナ姫・・・」

『こうして、見事ハリナ姫を救い出したユーティアスは、儚く散ってしまったヘリュアを手厚く葬りました。
 その後、彼はハリナ姫と結ばれ、それから生きる限り、ネープル王国の平和を支え続けたそうです・・・』

──────劇が終わった舞台裏。観客席のほうからは歓声と口笛が響いてくる。
「いやー!みなさん、お疲れ様でした!」
「ほ、本当に疲れたぞ・・・でもさ、あんなに単純でいいのか?デビュー上演なんだろ?」
「あれ?まだ気づいてなかったんですか?これはアトラクションですよ」
「あ、アトラクション・・・?もしかして、俺たちをスカウトした時から・・・?」
「当たり前ですよ!本気だったらあんなことしませんよ~。しかし、本当に名演技でしたね~」
どうやら、客を捕まえて劇に出演させるというアトラクションだったらしい。
デパートでやることじゃないだろ。と言いたかったが、もう遅かった。
「ユート様~。楽しかったですね~♪」
「わ、私やられ役でしたけど・・・面白かったです!」
拍子抜けする悠人とは対照的に、ヘリオンとハリオンは本当に楽しかったようだ。
「そりゃよかったな・・・。じゃあ、さっさと着替えて、行こうぜ」
「ああ、お待ちください。せっかくですから、そのままの格好で記念写真などいかがですか?」
団長はそう言うと、ポケットから小型のデジカメを取り出す。
「記念写真、ね・・・」
悠人はちらり、と二人のほうを見る。まだ衣装を脱いでいるわけじゃなく、メイクもそのままだ。
まあハイペリアで劇に出演した、っていう思い出は写真でも残していいだろう。悠人はそう思った。
「じゃあ、頼もうかな」
「はいはいはい!ではみなさん、そこにお並びください!」
「あ、あの・・・ユート様?これから何をするんですか?」
デジカメを構える団長に、ヘリオンは何をされるのかと少し物怖じしている。
「大丈夫。ちょっとまぶしいけど・・・二人とも、俺のそばによって、あのおっさんの持ってるものを見るんだ」
「はいはい~」
悠人に促され、寄ってくる二人。悠人の左側にはヘリオンが、右側ではハリオンが立つ。
そんな三人をファインダーの中に収めると、団長は決まり文句を発してくる。
「では行きますよ~。はい、チーズ!」

パシャッ!
「ひゃあうっ!!」
強烈なフラッシュをまともに喰らい、驚きに顔を染めるヘリオン。
そのせいで妙なことなっていないだろうか、悠人は少し心配だった。
「おお、よく撮れています!では、プリントアウトしますので、少々お待ちを・・・」
団長は楽屋の隅にあるノートパソコンにデジカメを接続し、プリントアウトの準備をする。
小型のプリンターのセッティングをすると、小さな紙がプリンターへと吸い込まれていく。
少しすると、通常のサイズの写真がプリントアウトされた。
「はい!記念写真をどうぞ!」
悠人はその写真を受け取り、二人にも見せる。
「ほら、見てみろよ。よく写ってるぞ」
「わぁ~!私たちが絵になっちゃいました!すごい、さすがハイペリアです!」
「あらあら~、これは、いい記念になりますね~」
ひょんなことから撮ることになった記念写真。それは、ハイペリアに行ったという証拠写真にもなるのだった。
さすがに、こんな格好してたらどういう状況なのかはわからないだろうけど。
「もういいだろ?着替えて、さっさと行こうぜ?」
文字通りさっさと着替えた悠人たちは、劇団アトラクションを後にした。
せっかくの記念写真を無くさないように、悠人はポケットに写真を入れるのだった。

─────それからどれくらいデパートの中を歩き回っただろう。
悠人が時計を見ると、17:30・・・時間的には夕方だが、冬だからか、すっかり暗くなっていた。
「ユート様~、あとはどこが残っていますか~?」
徒然なるままにデパートを歩き回る一行。突き刺さる興味の視線にももう慣れた。
元々何をするでもなく訪れたデパートなので、とにかく端から端まで案内していたのだった。
悠人はエレベーターの傍にある案内板を見る。
「そうだな・・・・・・あとは屋上ぐらいかな」
「屋上、ですか?何かあるんですか?」
「これは・・・説明するより、行ってみたほうが早いかもしれないな」
「どういうことですか~?」
「行ったほうが早いって言ってるだろ?行こうぜ」
何がなんだかよくわからないヘリオンとハリオンは、そろって首をかしげる。
だが、それは本当に見たほうが早いものだったので、悠人は二人を連れて屋上へと向かうのだった。

チーン。
エレベーターが屋上に着き、分厚い扉が開くと、そこには大きなそれがあった。
「あ、あれは・・・・・・!?」
それは、のんびりと動く大車輪。その輪の上にはゴンドラがついている。そう、観覧車だった。
まだ最近できたばかりらしく、真新しいペンキの独特の色がついている。
「あれは観覧車、っていう乗り物で、あれに乗ると高いところから景色を楽しめるんだ」
「そうなんですか~。じゃあユート様、ヘリオンと一緒に乗ってきてはどうですか~?」
「・・・・・・ヘ?」
「ああ、それもいいかもな・・・って、ハリオンは乗らないの?」
ハイペリアの物にはなんでもかんでも興味を示すハリオンが、珍しく遠慮している。
そんなハリオンを見たヘリオンは、ただ驚きに固まっていた。
「はい~。実は、私高いところは、ちょっと苦手なんですぅ~」
「ここも十分高いけど・・・」
「これくらいなら大丈夫ですけど~、これ以上は無理です~」
普段のんびりしていて、それでいて完全無欠そうに見えるハリオンに弱点があったとは。
悠人は思わずグリーンスピリットでよかったね。と思ってしまった。
もしウィングハイロゥを持っていて高所恐怖症だったら、向こうでは洒落にならなかっただろう。

「私はあそこで待っていますから、二人で乗ってきてください~」
「え、あ、ああ・・・わかった。ヘリオン、行こうぜ」
「あ、は、はい!わ、わかりました・・・」
端のほうにあるベンチに腰掛けるハリオンを置いて、
悠人とヘリオンは、その好意(?)に流されるまま観覧車へと向かうのだった。

「おじさん!二人分ね」
「はいよ!お、兄ちゃん、こんなちっちゃいのとデートかい?羨ましいね~」
係員のオヤジが悠人をどすどすとひじで突いてくる。
「ち、ちがうって!これは俺の・・・その、い、妹だ!」
「はっはっは!まあ楽しんできなよ!これからの時間帯は混むからね」
思わず口から出任せを言ってしまったが、そういう位置づけが恐らく一番無難だろう。
下手に血のつながっていない他人だと思われたら、何を言われるかわかったもんじゃない。
係員のオヤジが観覧車のドアを開け、悠人とヘリオンはそれに乗り込むのだった。


時折、がたがたと音を立てて、二人の乗るゴンドラは上へ、上へと登ってゆく。
ふと、窓の外を見ると、大通りに並ぶ街灯、けたたましく走る自動車のライト、ビルや民家の明かり。
闇の中で瞬く無数の光が、都会の夜景を作り出していた。
「うわぁ・・・・・・きれいですね・・・」
こんなところまで来なければ、ハイペリアにいても滅多には見れないであろう光の奔流。
ましてファンタズマゴリアでは絶対に見ることのできない景色に、ヘリオンは見とれていた。
ゴンドラの中の明かりによって照らし出される、無邪気な少女の横顔。
それは、今まさに天国<ハイペリア>にいるような、世にも幸せそうな笑顔だった。
そんなヘリオンを見て、悠人は思う。

本当に、これでいいのか、と─────。

確かに、ハイペリアに来てからの二人は、ずっと悠人に向けて笑顔でいてくれる。
まるで、目の前にある現実をしっかりと享受して、それでも負けないように生きようと言わんばかりに。
でも、それは痩せ我慢なんじゃないだろうか。
ヘリオンやハリオンだって、戦いは望んでいない。
だが、まだこの二人の誓いは果たされていない。まだ、戦争は終わっていないから。
まだ、ヘリオンやハリオンにとっての本当の戦いは終わっていないだろうから。
本当はそれを清算したいはず。だが、こっちに来たせいで、それはできなくなった。
本当は帰りたいはず。だが、悠人のために我儘を言わずに、飲み込んでいるだけなんじゃないか。
もし帰る方法があったら、二人は喜んで飛び込むんじゃないだろうか。

・・・・・・それは悠人も同じだった。
ファンタズマゴリアに行きたい。でも、方法がない。だから、ここで生きるしかない。
自分の世界で落胆しないように、無理矢理に二人に対して明るく振舞っていた。
佳織、今日子、光陰・・・義妹や幼馴染が、戦渦の真っ只中にいる。そう思うだけで、苦しくなる。

こっち、ハイペリアでは戦いはない。こっちにいれば、おそらくずっと平和に暮らせる。
だが、向こう、ファンタズマゴリアでは、まだ何も終わってはいない。
戦争という業火は消えることはなく、瞬といういらつく存在の元に、佳織という大事な人がいる。
まだ、それすらも清算しきっていないというのに、自分はのうのうとハイペリアにいる。
戦争から、戦いから逃げて、かりそめの平和を噛み締めている。
今このときにも、向こうでは戦いがあって、誰かが傷ついて、
もしかしたら、誰かが死んでしまって、誰かが悲しい思いをしているかもしれないのに。
悠人が窓越しに天を仰ぐと、スピリット隊のメンバーたちの顔が浮かび上がる。
無事でいてくれているだろうか、ただ、無事を祈るしかできなかった。

「みんな・・・・・・」
「ゆ、ユート様?どうしたんですか?」
「あ、いや・・・・・・なんでもない」
悠人が冗談めかしていうと、ヘリオンはその視線を真っ直ぐに悠人に向けてくる。
「ユート様・・・嘘はやめてください・・・ユート様、今、すごく苦しそうな顔してました・・・」
「え?」
「ユート様、帰りたいんですよね?ラキオスに、帰りたいって、そう思っているんじゃないですか?」
「どうして、そう思うんだよ。いつ俺が帰りたいって・・・」
「だって・・・今ユート様は、あの時と同じ顔をしてましたから・・・
 キョウコ様やコウイン様と戦わなきゃいけないってわかったときの、あの苦しそうな顔と、同じでした」
「・・・・・・!」
「心配なんですよね?カオリ様のことも・・・だから、今すぐにでも帰りたいって、思ってるいるんじゃないですか?」
「・・・ヘリオンにはかなわないな」
心中を表情から読み取られ、余計に心配させてしまった。
もう目の前のヘリオンに嘘偽りは効かない。心のもやもやを打ち明けるしかなかった。
「そうだよ、俺は帰りたいんだ。みんなと一緒に戦って、生き延びて、佳織を助けたいんだよ!それなのに・・・」
「それなのに、こんなところで遊んでていいのかよ!・・・ですか?」
「え・・・ど、どうして・・・」
「ゆ、ユート様の考えてることなんてわかります!だって、だって・・・」
ヘリオンはその紫紺の瞳に僅かに涙を浮かべて、スカートの端をぎゅっと握っている。
「ヘリオン・・・もしかして・・・」
「そうです。私も同じこと考えてるんです・・・早くラキオスに帰って、戦いを終わらせたいんです・・・」
「そっか・・・そうなんだな」
やっぱり同じだった。ヘリオンも、おそらくハリオンも帰りたいって願ってる。
責任を投棄して、逃げるわけにはいかないって、同じ志を持っていた。

「それに・・・私、ちょっと変なんです」
「変・・・って?」
「私・・・ユート様のことが、他人とは思えないんです。変ですよね?ユート様は、私たちとは違うのに・・・」
「ヘリオン・・・それは違うよ」
他人とは思えないと言いながらも、自分が悠人とは違う存在であることを自覚するヘリオン。
だが、悠人にとっては、人間とかスピリットとか、そんなのは関係なかった。
お互いを見て、感じて、意思を通じ合うことができる。それだけで、人間もスピリットも、同じ存在だった。
「ヘリオン、この窓を見てみろよ」
悠人はヘリオンの肩に腕を回し、その窓のほうを一緒に向かせる。
外が暗闇になっている方の窓は、ゴンドラの明かりによって、鏡のように二人の姿を映していた。
「俺たちさ、そんなに違うのかな。ただ、男か、女の子か、ってことだけじゃないか?」
ヘリオンの目に映ったものは、自分と一緒に並んでいる見慣れた男の人の姿。
それは、何の違いもない、自分と同じカタチを、同じ心を持つ『ヒト』という存在だった。
「あ・・・は、ははっ、あはははっ!同じですね!ぜんぜん違わないです!」
そんな二人の像を見て、思わず吹き出してしまうヘリオン。
「だろ?それに・・・俺もなんだ」
「え?」
「俺も・・・ヘリオンのことが、他人とは思えないんだ。ずっと前から、俺たち似てるなって、そう思ってた」
「ど、どうしてですか・・・?」
「なんでなのかな。こういうのって、言葉では表せないんだと思う。でも、似てるって、わかるんだ。
 他人とは思えないって、思えるんだ。きっと、ヘリオンも同じだと思うよ」
「そう・・・そうですよね!やっぱり、同じでした・・・」
ヘリオンはそう呟くと、もう一度、無数の光が織り成す都会の夜景を眺める。
今度はさっきの笑顔とは違う、もうこれが見納めになるんじゃないかという、哀しみを含んだ顔で。

「ヘリオン・・・」
「ユート様・・・」
「絶対に、一緒にラキオスに帰ろうな」
「絶対、一緒にラキオスに帰りましょうね!」
同じカタチの心を持って、同じ意思をぶつける二人。そして、同じように笑いあう二人。
「ぷっ・・・ははは・・・こんな時まで一緒かよ」
「あははっ・・・ほんと、おかしいですね」
そして、二人で一緒に、ゴンドラが下につくそのときまで、夜景をその目に焼き付けるのだった。


ごとんごとん。がちゃ。
ゴンドラの扉が開き、悠人とヘリオンはゴンドラから飛び降りるようにぴょん、と降りる。
「ハリオンが待ってる。行こう」
「はい!」
自然と二人は早足になって、ベンチで待つハリオンの元へと向かうのだった。

「ハリオン、お待たせ」
「お帰りなさい~。楽しめましたか~?」
「はい!とってもきれいでした!ハリオンさんも来ればよかったのに・・・」
「いいんですよぅ~。それでユート様~?これからどうしましょうか~?」
「そうだな・・・もう真っ暗だし、帰ろうぜ」
悠人は時計を見る。17:52・・・もうすぐ夕飯の時間だった。
「そうですね~、帰りましょう~」
「ちょ、ちょっと寒くなってきました・・・か、帰りましょう・・・」
屋上+冬+夜の北風に震えるヘリオン。三人の中では一番暖かそうなハリオン。
悠人はそんな二人を連れて、デパートを後にするのだった。

─────あの時と同じように、街灯の明かりを頼りに悠人の家へと戻った三人。
悠人が玄関のドアを見ると、ポストに何か挟まっているようだった。
「なんだ?郵便物かな」
どうやら、便箋のようだ。悠人はその便箋を手に取り、封を破いて中身を取り出す。
便箋の中身は、セオリーどおり手紙だった。
「なになに・・・?」

『ファンタズマゴリアに戻りたければ、明日のAM10:00までに、神社まで来てください』

「な、なんだって・・・!?」
「ん~?なんて書いてあったんですか~?」
「向こうの世界に戻りたいなら、明日神社まで来いって・・・そう書いてある」
「え、ええ!?私たち、戻れるんですか!?」
信じられなかった。世界を越えるということ自体信じられないことだったが、
なによりも、この人物は向こうの世界を『ファンタズマゴリア』と書いている。
それは、その人物がファンタズマゴリアで、ずっと自分たちを見ていたということだった。
よく見ると、下のほうに名前が書いてあった。

『倉橋 時深』

「くら・・・くらはし・・・ときみ・・・倉橋 時深だって!?」
紅白の袴に、茶髪のロングヘアー、赤い鉢巻が特徴的だった神社の巫女。
悠人の中で、忘れていたはずの・・・初めてファンタズマゴリアに飛んだときのことがフラッシュバックする。
「(あの時・・・時深が妙なことを言い始めて・・・それで、俺たちは光に包まれて・・・・・・ッ!!)」
倉橋 時深。それは、悠人が思いつく限り、全ての元凶。
悠人だけじゃなく、佳織や、今日子、光陰を巻き込んで、ファンタズマゴリアに飛ばした張本人。
「(もし・・・時深のせいだったら・・・俺は・・・俺はッ!!)」
手紙を持つ手がぶるぶると震える。
どういう事情があろうとも、悠人は、時深を許しては置けなかった。
悔しさが、怒りが、どうにもならない感情が、悠人を支配していく・・・

「ゆ、ユート様・・・?」
「? どうしたんですか~?ユート様、顔色が悪いですよ~?」
「・・・・・・あ?」
ヘリオンとハリオンの声によって悠人は我に返る。
このまま怒りに身を任せていたら、今すぐにでも神社にすっ飛んで行っただろう。
「い、いや・・・なんでもない。それより、明日帰れるかもしれないんだ。今日はもう休もうぜ」
「は、はい・・・」
無理矢理に話を切り上げ、家へと入っていく悠人。
だが、ヘリオンとハリオンには誤魔化せなかった。
二人は見てしまった。あの一瞬、悠人の顔が今までにないくらい凄惨なものだったことを。
・・・・・・心の中に掴みきれないもやを残して、二人も家へと入っていった。


─────家に帰ってきた三人は、リビングのテーブルに腰掛けていた。
劇のアトラクションで撮ってもらった写真は、写真立てに入れてテーブルに飾っておいてある。
「・・・腹減ったな。晩ごはんでも作るかな」
「あの~、ユート様、晩ごはんは、私たちに任せてくれませんか~?」
「え?」
「で、ですから!私たちが晩ごはんをつくるんです!」
この二人が食事を作る。それを考えると、何ともいえぬ不安が脳裏をよぎった。
「大丈夫なのか?食材とかは向こうとは訳が違うんだぞ」
「大丈夫ですよ~。大体同じ物だってわかりましたし~、料理には自信がありますから~」
「そ、そうです!ですから、ユート様は部屋にいてください!できたら、呼びますので・・・」
「あ、ああ・・・じゃあ、任せるよ」
どんなものが出来上がるのだろうか、期待と不安が激しく混じり合っていた。
お菓子を自分で作れるようなハリオンが作ってくれるのだから、心配はないだろうけど。
問題は、もう一人のがんばり屋さん。努力が裏目に出て、とんでもないものが出てこなきゃいいが。
少しといわず、かなり心配だったが、結局悠人は自分の部屋へと入っていった。
バタン。
悠人の部屋のドアが閉まることを確認すると、二人は小声で話し始める。

「これで・・・いいんですよね。ハリオンさん」
「ええ、よくわかりませんけど、今のユート様には一人になる時間が必要ですから~・・・」
悠人が手紙を見ていたときのあの顔。
あの顔は怒りに染まったものだと、二人は直感的に感じていた。
怒りの問題は、他人が無理矢理に踏み込んでいい領域ではない。・・・それが、わかっていた。
自分たちが、そうだったから。

「さ、ヘリオン。料理を始めましょう~。まずは、何があるかですね~」
「あ、は、はい!」
「ユート様は、ここから食べ物を出してましたよね~。何が入ってるんでしょう~♪」
ばた。
「ひゃ!この箱、中が冷たいです~!!」
「あらあら~、こうして、保存が利くような仕組みなんですね~。さすがハイペリアですぅ~」
こうして、二人は料理をするため、冷蔵庫の中を物色し始めるのだった。


──────1時間半後。時刻にして19:50。
こんこん。
悠人がベッドに寝っころがって、いろいろと物思いにふけていると、部屋のドアが叩かれる。
「ゆ、ユート様!し、しょ、食事が出来上がりました!き、来てください!」
「・・・・・・ああ、今行く」
ハイペリアの食材という、二人にとって未知の領域に加えて、このヘリオンのぎこちなさ具合という、
不安要素のダブルパンチが悠人に襲い掛かる。心なしか、頭上に斜線がかかっている感じだ。
「(不安だ。物凄く。あの時の二の舞にならなきゃいいけど)」
悠人はふと、アセリアの初めての料理のときを思い出す。
あの時は初めてだったからって、うまくその場を片付けることができたけど、
今度は熟練者。少なくともハリオンはそうだろう。だから、もしもの時、そんな慰めは効かないということだ。
さらに増えた数々の不安を抱え、悠人はリビングへと向かうのだった。

悠人がリビングに着くと、先ほどの格好の上にエプロン姿のヘリオンとハリオンが迎えてくれる。
やや恐る恐る、テーブルの上を見ると、そこに乗っていたのは・・・
「(・・・こ、これは!!)」
平たい皿の上に乗っている、ハンバーグのような料理に、野菜を刻んでドレッシングをかけたらしいサラダ。
そこまではよかったのだが、一番よくわからないのが、テーブルの真ん中で鍋に入っている炊きたてごはん。
前半のおいしそうな期待と、後半の正体不明の不安が駆け巡る。
「どうですか~?腕によりをかけたんですよ~?」
「この白い食べ物、どう料理するのかわからなくて、大変だったんですから・・・」
ヘリオンのその言葉に反応して、悠人が流し台を見ると、試行錯誤の証であろう調理器具の残骸があった。
なんだかんだいって、水につけて煮る(炊く)という結論に達し、上手く行ったようだが。
「・・・じゃ、じゃあ、食べようぜ。冷めないうちに」
悠人がそういうと、皿の配置通りにおのおのが席に着く。

「いただきます!」
まずは、無難そうなあたりから、ハンバーグのような料理に手をつけることにする。
ぱくっ。
口に入れた瞬間に、肉の味と、胡椒の香ばしさが相まって、何ともいえぬハーモニーを奏でる。
なんとなく美味しんぼしてしまったが、とりあえずいいたいことは・・・
「う、うまいっ!!」
「あらあら~、そうですか~?それなら、よかったです~」
悠人に続いて、ヘリオンもハンバーグを口に入れる。
「ほ、本当においしいです!」
その口ぶりから、料理の味に不安を抱えていたのは悠人だけではなかったらしい。
二口目にサラダを食べる。
これもなかなかいい感じ。しゃきしゃきのレタスに、よく熟れたトマトとの相性がいい。
ドレッシングはハリオン特製なのか、市販のものとは違う感じの味だった。
最後に鍋で炊かれた白米を食べるが、これもなかなかどうして、いい炊け具合だった。
水が多すぎず、少なすぎずで炊かれたごはんが、濃い目の味のハンバーグによくあった。
「いや、本当にどれもうまいって。まるでこっちの料理を知ってるみたいだな」
「ふふふ、だからお任せくださいと言ったでしょう~?」
ハイペリアの料理に上手くいって鼻高々のハリオン。こんなことができるのも天賦の才なのだろう。

「あの、ユート様、この食べ物はなんていうんですか?」
よっぽど気に入ったのだろうか、ヘリオンはさっきから白米ばかり食べている。
「ああ、それは米っていう食べ物なんだ。おいしいだろ」
「はい!」
「ふふふ、これは、病み付きになりますね~」
米の美味しさはファンタズマゴリアでも通用するものらしい。悠人は安心していた。
こうして、すべての不安が去ったところで、楽しい楽しい食事の時間が過ぎていくのだった。
その光景は、一家団欒。そういっても、過言ではなかっただろう。

食事を済ませた悠人たちはその後、風呂に入った。・・・当然一人ずつだが。
案の定シャワーなどに苦戦するヘリオンと、すぐに順応してしまうハリオン。
風呂が狭いおかげで、一緒に入ることがなかったのが救いだった。
デパートでいろいろあって疲れたせいか、風呂から上がるなりすぐに眠ってしまう悠人たちなのだった。


──────次の日の朝。午前9:30。
悠人たちは、格好や、神剣をちゃんと持ったかなど、最後のチェックをしていた。
「・・・・・・準備はいいか?」
「はい~、大丈夫ですよ~。ちゃんと【大樹】もあります~」
「【失望】も、ここにあります!忘れ物はありません!」
二人はちゃんとスピリット隊の制服に着替え、神剣もその手に握っている。
悠人自身も、【求め】と、制服の上に白い衣。これ以上持っていくものは何もなかった。
「よし、行くぞ!」
悠人は自分の家にしばしの別れを告げ、ファンタズマゴリアに帰るために、神社へと向かうのだった。

──────午前9:45。
悠人たちは駆け足で神社の石段を駆け上がる。
最後まで上りきると、古風な社の前に、見覚えのある人物が立っていた。
「時深ッ!!」
「悠人さん・・・」
それは、記憶のとおり、紅白の袴と、茶髪のロングヘアーに赤い鉢巻の、巫女の女性。
動けない悠人を介抱し、悠人たちをファンタズマゴリアへと送ったであろう、倉橋 時深。
「時深・・・お前が、俺たちを、佳織を・・・・・・ッ!!」
怒りのあまり、言葉が出てこない。ただ、許せないという感情しかない。
だが、目の前の時深は真面目な視線をこちらに向けて、冷静に言葉をかけてくる。
「・・・否定はしません。ですが、こうするしかなかったのです・・・」
「ふざけるなっ!!戦争の真っ只中に俺たちを放り込んで、それが俺たちのためとか言うつもりかよ!
 本当だったら持ちたくなかった、こんな、神剣とかいう馬鹿げた物持たされて、俺たちは・・・!!」
「悠人さんたちを送り込んだのは・・・ファンタズマゴリアと、この世界を救うためです」
「なんだって・・・!?」
「もし悠人さんたちを送り込まなかったら、すでに消滅していてもおかしくなかったでしょう・・・
 それに、遅かれ早かれ、この世界も戦場と化していました」
「どういうことだよ!言ってる意味が全然わからない!ちゃんと説明しろっ!!」
「ゆ、ユート様っ!落ち着いてください!」
今にも時深に飛び掛りそうな、激昂する悠人を制止するように、後ろから抱き付いてくるヘリオン。
その体温が伝わるにつれ、徐々に落ち着きを取り戻してくる。

「くっ・・・」
「・・・悠人さん、詳しく説明している時間はありません。・・・帰るのでしょう?ファンタズマゴリアへ」
「ああ・・・俺たちはどうすればいい。どうすれば帰れるんだ?」
悠人が質問すると、時深は懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「悠人さん、10時丁度にファンタズマゴリアへの『門』が来ます。その時に、【求め】の力を解放してください」

「それだけか?」
「・・・はい。『門』が開けば、あとは勝手にファンタズマゴリアへと行きます。
 チャンスは一度だけ。この機会を逃せば、この世界に永住するしかなくなります」
「そうか・・・わかった」
「絶対に成功させてください。悠人さんが、後ろの二人のことを大事に思っているなら、なおさらです」
「・・・・・・? どういうことだ?」
悠人は自分の後ろにいるヘリオンとハリオンを見る。心なしか、顔色が悪い。
「この世界は、ファンタズマゴリアと比べ極めてマナの薄い世界・・・スピリットにとっては、最悪の環境のはずです。
 ヘリオン、ハリオン・・・やせ我慢するのはここまでですよ?悠人さんは誤魔化せても、私には通じません」
「な、なんだって・・・!?まさか・・・」
時深がすべてを言うと、ヘリオンとハリオンはがくり、と膝をつき、苦しそうに息を切らす。
神剣を杖代わりにしてやっと立てるほど、苦しそうだった。
「はぁ・・・はぁ・・・ぅ・・・ゆ、ユート様・・・」
「あらあら~・・・ばれちゃいましたね~・・・ずっと、隠していたかったのに・・・」
本当は悠人には知られたくはなかった。知られたら、きっとすごく心配するから。
余計な心配はかけたくなかった。そのせいで、大事なことを見落としてほしくなかったから。

「なんで・・・なんでだよっ!なんで言ってくれなかったんだよ!」
「だって・・・私、わたし・・・!」
ヘリオンは苦しそうに声を出している。事情を説明するのも大変そうだ。
「時深!どうにかならないのかよ!」
「大丈夫です・・・悠人さん。この症状は、ファンタズマゴリアに行けば治ります。それより・・・」
「それより・・・なんだよ」
「悠人さんたちがファンタズマゴリアに行くのを快く思わない者たちがいます。きっと妨害しに来るでしょう」
「そ、それって、まさか・・・」
「はい、今回、悠人さんたちをこの世界に送った者たちです・・・まもなく現れるでしょう」
「おい・・・どうするんだよ!戦えるのは、俺だけじゃないか!」
「悠人さんは、『門』を開くことに集中してください。障害は、私が排除しますから」

悠人は耳を疑った。誰かを自由に別の世界に飛ばせるようなやつを排除するなんて、尋常じゃない。
いや、時深も自分たちをファンタズマゴリアへと飛ばしたのだから、それはできるのかもしれない。
そんなわけのわからないことが頭の中を駆け巡っていると・・・
「・・・・・・奴らが、来ます!!」

時深がそう叫ぶと、目の前が光に包まれる。
徐々に光が弱まり、目を開けられたかと思うと、そこには二人の人影があった。
「ふふふ・・・久しぶりですね。時深さん」
その片方、白い法衣に身を包んだ少女が、まるで本当に久しぶりに会ったかのように時深に話しかける。
「時深・・・こいつらは、一体?」
「悠人さん!」
時深に釘を刺される。『門』を開くことに集中するように、と。

「貴様が悠人、か。いい目をしている。己が志のために、すべてを賭せんとする者の目だ」
法衣の少女に対し、黒衣の大男はの目は、悠人に対して向けられている。
その鋭い眼光からわかる。こいつは、こいつの強さは、底知れないものだと。
悠人はちらり、と腕時計を見る。9:55・・・あと5分。
「(あと5分・・・守ってやる。ヘリオンとハリオンと一緒に、ファンタズマゴリアに帰ってやる!)」
悠人は【求め】を引き抜き、正体のわからない二人に対して構えを取る。いつでも、反応できるように。
「ふふ・・・格好いいですわね。二人の妖精を守るナイト、といったところでしょうか?」
「そうだ・・・それでいい。そうでなくては、な」

キイイイィィィイン!!
その二人が、オーラフォトンに酷似した光を全身から発すると、頭の中に強烈な警鐘が響き渡る。
それは、とんでもない力を持っている者に対して発せられるもの。
光が腕に集中する・・・法衣の少女には杖が、黒衣の大男には、巨大な剣が、姿を現した。
「ひ・・・!あ、あ、ああ・・・」
「~~!!」
その力はとてつもない。ヘリオンやハリオンは、まともに動くことすらできない。
その恐怖に震え、目を見開き、がちがちと歯を鳴らしている。
「な・・・・・・!! 永遠、神剣!?」
その圧倒的な力の差に気圧されていると、時深が悠人の前に、じゃり、と音を立てて仁王立ちする。
そして、時深はその二人に匹敵するような光を展開すると、片手には扇、片手には剣が、握られていた。
「悠人さん・・・私に任せてください。あと2分で『門』が、来ます!」
「時深!無茶だ!」
「私は大丈夫です、悠人さん。私は、この程度では屈しません!」
次の瞬間、時深の姿は幾つもの分身を作り出し、正体不明の二人に対して斬りかかっていく。
オーラフォトンの力量がほぼ互角だからか、無数の分身によって二人は押されていく。
「む・・・時深。邪魔を、するな!!」
「私たちの邪魔ばかりして、本当に時深さんは乱暴ですわね」
少女が杖を、大男が巨剣を振るうと、時深の分身の幾つかが真っ二つになり、消え去る。
だが、時深の本体は続々と分身を作り出し、二人に斬りかからせる。隙を、与えようとしなかった。

「(あと・・・10秒!・・・9、8、7、6、5、4、3、2、1・・・今だッ!!)」
悠人は直感的に『門』の到達を感じきり、【求め】の力を全力で展開する。
「うおおおおおぉぉぉおおああああ!!!」
悠人を中心に全力のオーラフォトンが立ち上る。
あの時と同じ光の柱が、悠人を、ヘリオンを、ハリオンを包み込んで、その体をどこか彼方へと飛ばす。
「ヘリオン!ハリオン!行くぞ、ファンタズマゴリアへ、帰るんだッ!!」
「は・・・はい!」
「か・・・・・・帰りましょう~!」
やがて、悠人たちとともに、光の柱は消えてなくなった。

「くっ!しまったか!」
「! 一歩遅かった、というわけですわね・・・ですが、狙い通り、坊やは【求め】の力を浪費してくれましたわ」
「・・・!まさか、あなたたちの狙いは・・・」
「ええ。ですが、完全にはうまくはいきませんでしたから・・・時深さんの勝ちかもしれませんわ」
「いいえ、まだ終わってはいません。でしょう?テムオリン・・・」
「ふふふ、さすがですわ。では、私たちはこれで、ごきげんよう・・・」
「また会おう・・・」
テムオリンら二人は光の柱を作り出し、その中へと溶け込んでいく。世界を超える、光の柱の中へ・・・
「私も、悠人さんを追わなくては・・・」
そう言うと、時深もまた光の柱を作り出して、世界を、越えた─────

─────土が、暖かい。柔らかくて、気持ちいい。虫の鳴き声がきれいだった。
空気も暖かい。なんだか、冬とは思えない。まるで、春だ。

ゆさゆさ。
「・・・・・・と・・・ま!・・・ート様!」
闇の中で揺すぶられる意識。幽かに聞こえてくる、よく知っている人の声。
おぼろげな意識を無理矢理に掘り起こし、しっかりと気を持つようにする・・・
重い瞼をこじ開けると、月明かりに照らされた、二人の少女の姿が映し出された。
「ヘリオン・・・ハリオン・・・」
「よかった~、ユート様、目が覚めました~」
「は、はい!ユート様!私たち、戻ってきました。帰ってきたんです!!」
ヘリオンのその言葉に、悠人は飛び跳ねるように上体を起こす。
きょろきょろと周りを見渡すと、そこには見慣れた建物があった。
「あれは・・・スピリットの・・・館?」
「そうですよ~。ほらほらユート様~、起きてください~。肩、貸しますから~」
ファンタズマゴリアに戻ってきたせいか、さっきの弱った様子はどこへやら。
それどころか、今まで以上に活力にあふれているような感じまで伝わってくる。
全力を出したせいで疲労のたまっている悠人は、ハリオンの肩を借りて、起き上がる。
そして、その思うように力の入らない手で、館のドアを開ける・・・・・・

すると、そこには、やっぱりよく知っている顔があった。
「あ・・・・・・エスペリア」
「ユート様・・・!」
この日の夜、第一詰所が、いやラキオス中が、歓喜の声に包まれた────

────こうして、ファンタズマゴリアへと帰ってきた悠人、ヘリオン、ハリオン。
        だが、彼らの本当の戦いは、これから始まる。そう、始まりに過ぎないのだった────