ただ、一途な心

第Ⅳ章─私だけの愛のカタチ 第3話─

──────無事にファンタズマゴリアへと帰還した悠人たち。
ファンタズマゴリアでは、悠人たちがハイペリアに飛んでから約1ヶ月の時が流れていた。
その次の日、第一詰所では、エトランジェたちによる会合が行われていた。
「本当か?本当に、元の世界に行ってきたのか?悠人・・・」
「ああ、間違いないよ」
今日子と光陰は、信じられないといった表情だ。
「ねぇねぇ、悠。向こうはどうだったの?私たちがいなくなって、大騒ぎになってたりした?」
「それが・・・・・・向こうでは、1日も経っていなかったんだ。日付は俺たちが飛んだ日のままだし、
 小鳥にも会ったんだけどさ、まるでいつも会っているかのような挨拶をしてきたんだ。
  俺たちが行方不明になったなんて、全然そんなこと思っちゃいなかったよ。」
「マジかよ・・・じゃあこっちの大体1年半は、向こうでは1日にも満たないってのか?」
「いや、それはないと思う。俺たちは、向こうで2泊したけど、こっちでは1ヶ月しか経ってないし」
「なんか・・・わけわかんないね」
確かにわけわかんなかった。今ここに生じているのは、激しいタイムパラドックス。
法則どおりならば、ファンタズマゴリアでは約3年の月日が経過しているはずなのに。
いや、そもそも世界とか時間とか、そういった掴み所のないものを考えていても、結論は出ないだろう。
「ま、考えててもしかたないさ。とりあえず、悠人が無事でよかったぜ」
「ありがとう、光陰」

「ところで、悠・・・・・・?」
突然、今日子の口調が問い詰めるような、それでいて殺気を含んだ口調になる。
それと同時に、頭の中に警戒音が響くような、そんな感覚を覚えた。

「な、何だ?今日子、そんな怖い顔して・・・」
「悠、あんた、あの二人に変なことしてないでしょうね?」
「は!?」
「だから、つまり、その・・・そう、あんなことやこんなことをしてないか、って聞いてるのよ!」
「な、何でいきなりそういう話になるんだよ!」
「だって・・・ねえ、光陰」
「だよなあ、今日子。実家という一つ屋根の下に、女の子二人連れ込んで・・・なぁ」
今日子と光陰は顔を見合わせて、考えをシンクロさせてうんうんと頷く。
そのことから、とんでもない誤解をされているということが、悠人の頭の中に過ぎった。
「お、おい!俺は断じてそんなことはしていないぞ!」
「本当~?なんか、ただならぬものを感じるんだけど」
「本当だ!そこまで疑うなら、ヘリオンやハリオンにも聞いてみろ!」
「ま、そこまで言うなら本当に何もやってないんだろうが・・・悠人、お前ってつくづく損なやつだよなあ」
そう言った瞬間、光陰の顔が怪しさを増す。どうやら、とんでも妄想を展開しているらしい。
「せっかく泊まったんだ。もっとだな、積極的に、ベッドに押し倒したりとかな・・・あとは夜這いとか、
 裸リボンに裸エプロンに、あるいはそっと抱いてやってソフトプレイとか、色々・・・」
「光陰・・・何考えてるかぁー!この変態がぁッ!!」
スパーン!
またもや今日子のハリセンチョップが光陰の後頭部に炸裂する。
それはお前も一緒だろ!と悠人は突っ込みたかったが、痛い目にあうのは勘弁だった。
悠人は言葉を飲み込む。
「まあ、お変わりないんだったらいいんだけどね。じゃあ悠、私は戻るからね~」
今日子はあの時と同じように、御機嫌そうに光陰をずるずると引きずりながら悠人の部屋を出て行くのだった。

「・・・・・・終わったぞ。入ってくれ」
悠人がひとつため息をついてそう言うと、今度は第一詰所のスピリットたちが入ってくる。
「えへへ、パパ、ハイペリアのお話をしてくれるんだよね♪」
「聞きたい聞きたいって駄々をこねたのはどこの誰だよ」
「伝説のハイペリア・・・どういうところなのか、手前は興味があります」
「そうですね。どういう世界なのか、向こうで何があったのか、ユート様には一つ残らず話してもらいましょう」
エスペリアはどういうわけか問い詰め口調だ。何があったのか、の方がよっぽど気になるらしい。
「ユート、早く話してくれ」
以前からハイペリアに強い関心を持っていたアセリアが急かす。
「はいはい・・・」
悠人は観念し、4人にハイペリアでの体験談を話すことになるのだった。

──────30分後。ようやく一連の出来事を話し終えることができた。
「あ~あ、そのカンランシャっていうの、オルファも乗ってみたかったな~」
「ユート・・・ずるい」
「ですが、手前たちスピリットには苛酷な環境とのこと。夢においておいたほうが賢明でしょう」
「ええ・・・何はともあれ、三人とも無事でよかったです・・・」
今日子と同じく、あの二人に何も致してはいないと知ると、エスペリアの表情が柔らかくなる。
だが、悠人が何よりも恐ろしいのは、関心の強いアセリアとオルファのこの後の問い詰めラッシュなのだった・・・

────── 一方、第二詰所でも、ハイペリアに行ってきた二人に対して、問い詰めが行われていた。
「ねーねー、話してよ。いいでしょ~?」
「いいでしょ~?」
「え、えっと・・・その・・・はぅ」
自室にて、いきなりネリーとシアーの訪問を受けるなり、ハイペリア話を要求されるヘリオン。
あこがれの悠人との思い出はそっとしまっておきたかった。暴露するわけにはいかない。
だが、この双子のラッシュはそう簡単に受け流せるものではなかった。

「ハイペリアのお話、聞~き~た~い~!」
「話してよぅ~」
ネリーとシアーはヘリオンが逃げないように、がっちりと両脇を固めている。もちろん神剣の力を使って。
「は、ハリオンさんに聞いてください!わ、私は・・・その、無理です」
「だって~、ハリオンお姉ちゃんって怖いんだもん!だ・か・ら!お~ね~が~い~!!」
「そうだよぅ~。ヘリオン、おねがい~。お菓子上げるから~」
よっぽどあの時のことがトラウマになっているんだろうか、ハリオンに対して恐怖を抱いているらしい。

「はうぅ・・・わ、わかりましたよぅ・・・話しますよぅ・・・」
「えへへ、そうこなくっちゃ!物事はくーるに、ね!」
「ありがとう~」
両腕をぐいぐいと引っ張られ、体を揺すぶられ、精神的に追い詰められるヘリオン。
きっと、話さない限りこの二人が離れてくれることはない。つまり、開放されないということだ。
こうなっては仕方がないと、ヘリオンは大事な部分を除いて説明することにしたのだった。

食卓では、ハリオンが残りのメンバー、セリア、ヒミカ、ナナルゥ、ニムントール、ファーレーンに話していた。
「えっと~、それから、『わっふる』っていうヨフアルに似たお菓子もありましたし~、それと~」
こっちの場合は、どちらかというとハリオンの方から話している。
うっかりハイペリアの話を聞かせてくれとハリオンに尋ねたセリアとヒミカは心底後悔していた。
こういった自慢話になると、ハリオンはとにかく長い。そして、周囲を巻き込む。
通りすがりのナナルゥやニムントール、ファーレーンを捕まえては初めから話し始める始末。
しかし、最後まで聞かないと強烈なせっかんが待っている。
ヘリオンの元に聞きに行ったネリーとシアーが羨ましい限りなのだった。

「・・・ってこともありまして~。ん~、ちょっと長くなりそうなので、お茶を淹れてきますね~♪」
本当は自分が喉が渇いただけなのだが、お茶を淹れに席を立ち、台所に向かうハリオン。
テーブルについている一同(ナナルゥを除く)は、はぁ、と一息つく。
「た、助かったぁ・・・お姉ちゃん、今のうちに逃げていい?」
「ニム、命が惜しくないのですか?」
「うげ・・・」
「ですが、お茶が出ると言いましたので、少しは落ち着いて聞けるでしょう」
「馬鹿ね、ナナルゥ。あのハリオンが長くなりそうって言ってるのよ?・・・覚悟を決めないとね」
「前に、お茶を淹れずにこういう話をしたときは1時間以上かかったわよね。・・・頭が痛いわ」
もはや面倒とか言うレベルではなくなっている事態に落胆するニムントールに、それをなだめるファーレーン。
さっきから眉一つ動かさずに話を聞くナナルゥ、ハリオンの性質を知り尽くし、頭を痛めるヒミカとセリア。
「みなさ~ん、お待たせしました~♪」
運命の時、来たれり。
ハイペリアでの事実を余すところなく聞ける代わりに、5人は果てしない後悔と疲労を得るのだった・・・

──────それから数日後、ハイペリア談義によるスピリット隊の疲れも取れてきたころ。
部隊の主力がそろってきたことで軍の士気は上昇。いよいよ帝国に攻め込もうというのだが・・・
そんな中で、悠人はエスペリアの訪問を受けていた。
「心遣いは嬉しいけどさ、俺は・・・」
「だめです!ユート様の【求め】が弱っていることが私の【献身】を通じてわかります。戦場には出せません!」
「くっ・・・」

ハイペリアからファンタズマゴリアに帰還するために、力を解放したせいか、
【求め】の中のマナが不足し、力がすっかり弱まってしまっていた。オーラフォトンも弱弱しい。
帝国の強力なスピリット相手には、これでは役不足。それは、悠人にもわかってはいた。
「ユート様たちが復帰するまでは、私たちがなんとかします。それまでは、養生なさってください」
「たち、って・・・もしかして?」
「はい。ヘリオンとハリオンも、神剣が弱まっていますので、待機になります」
「それで、大丈夫なのかよ。戦力不足で全滅なんていったら、洒落にならないぞ」
「大丈夫です。ユート様たちの穴は、私たちや、キョウコ様、コウイン様がカバーしますので」
それはつまり、悠人やヘリオン、ハリオンがいなくても部隊が成り立つ、ということだろうか。
これまで1ヶ月も耐えたのだから心配は少ないだろうが、それでも、悔しいという感情が悠人にはあった。

「では、私たちはこれからエーテルジャンプしに向かいますので、失礼します」
「ああ・・・・・・」
エスペリアは軽く会釈すると、いつもの手つきでドアを閉め悠人の部屋を出て行く。

「くっそっ!」
悠人は苛立ち、テーブルに拳を叩きつける。
佳織のために戦えると思ったのに、力不足で戦えない。そんな馬鹿な話があってたまるか。
悠人の頭の中には、そういった考えしか浮かばなかった。
「おいバカ剣!こんなことになって悔しくないのかよ!」
『契約者よ・・・我が弱まっているのは事実だ。あんなマナの希薄な世界で力を使えば弱まりもする。
 今のままでは、汝が【空虚】を倒したときの半分の力も出せん。【誓い】にも負けるだろう』
悔しいが、その通りだった。それだけに、気持ちが逸る。
「元に戻るには・・・どれくらいかかる?」
『放置なら早くて60日。妖精のマナを吸えれば早いのだがな。それなら大体30人分だ』
「そんなに・・・話にならないな」
『契約者よ・・・焦るな。それでは、勝てる戦にも勝てぬぞ。それにあの妖精たちは強い。信頼せよ』
「気持ち悪いやつだな。この間まではスピリットをエサだと思ってたくせによ」
『フ・・・心変わりは誰にでもあるものだ。我の場合は、酔狂のようなものだが』
「わかったよ。大人しくしてりゃいいんだろ」
悠人はそう言うと、ベッドにごろん、と寝っころがって不貞寝してしまうのだった。

『契約者よ。寝ている暇はないようだぞ』
「なんだよ。話でもしたいのか?」
『違う・・・【失望】と【大樹】の妖精だ。こちらに向かっている』
「ヘリオンとハリオンが?・・・そういえば、二人も神剣の力が弱まっているんだっけな」
『あの二人は、向こうの世界でも耐えられるように、神剣の力を使っていたからな。弱まっていても不思議ではない』
「え?そうなのか?」
意外だった。非戦闘体勢だと思っていたのに、何気なく神剣の力を使っていたなんて。
でも、そのことは悠人には言ってはくれなかった。もっと頼ってもいいのに。悠人は少し寂しくなる。
『そうだ・・・大方、今日は暇つぶしにでも来たのだろう。ならば我の出番はないな。少し眠らせてもらう』
【求め】の力が急激に弱まる。戦い以外では思いっきり力を抜くらしいが、
やっぱり始めて会ったときよりは性格が変わった気がする。何があったというわけでもないのに。

──────2分後、【求め】の言うとおり、ヘリオンとハリオンが部屋を訪ねてくる。
「ユート様ぁ~、おはようございます~♪」
「お、おはようございますっ!」
いつもの調子で挨拶してくる二人。
神剣の力が弱まって、メンバーから外されたというのに、この緊張感のなさは一体何なのだろう。
「おはよう。何か用?」
「えっとですね~、ユート様も、神剣が弱まっていて、お休みですよね~?」
「ああ、そうだけど・・・もしかして、付き合ってとか言うの?」
「大正解です~。ユート様、一緒に町に行きませんか~?」
「あ、あの・・・ハイペリアではお世話になりましたから、そのお礼もかねて、その・・・」
ハイペリアではそんな素振りは見せなかったのに、こっちに戻った途端ぎこちなくなるヘリオン。
第一、ハリオンが一緒なら悠人に選択肢はない。二つ返事でOKするしかなかった。
「ああ、いいよ。暇だったし・・・」
「そ、そうですか!で、では、行きましょう!ユート様!」
「やれやれ・・・」
みんなが戦っているというのに、町に出てぶらぶらしていては何を言われるか分かったもんじゃないが、
戦えない以上は訓練すらもままならないし、ハリオンにも逆らえない悠人。
二人に促されるまま、町に出かけるしかないのだった。


──────天気は上天気、さんさんと降り注ぐ温かい日差しを受けて、三人は町を歩く。
とはいっても、主導権を握っているのはやっぱりハリオンで、悠人とヘリオンはそれについていくばかり。
そのせいか、町を案内するとかそういうのではなく、どっちかというとお菓子屋巡りになっている。
「ユート様~、今日は私のおごりですから~、遠慮しないでくださいね~」
「あ、ああ・・・」
「ほらほら、ヘリオンも、好きなもの選んでくださいね~」
「え?あ、はい!じゃあ、これ・・・」
ヘリオンが選んだクッキー状のお菓子をハリオンが包むと、さっと会計を済ませる。
その包みを持って町を歩くと、その匂いに釣られてなのか、子供たちからの視線が熱い。

「ここらへんで、食べましょうか~」
ハリオンはそう言うと、段々になっている石に腰掛ける。
ちょうど三人座れる広さなので、悠人とヘリオンもそれにならって腰掛ける。
時折、さらさらと涼しい風が吹いて気持ちいい。野外で何か食べるには最適な環境だった。
クッキーの包みを開けると、甘い香りが三人の鼻腔をくすぐり、食欲を刺激したせいか、すぐに食べ始める。
一口食べると、口の中でふんわりとした甘さが広がる。
クーヨネルキをふんだんに使ってあるせいで、誰でも馴染みやすい味なのだった。
「うまいな・・・これ」
「そ、そうですね!・・・でも、ちょっとお茶が欲しいかも・・・」
「あらあら~、ヘリオンも、こういうのがわかるようになってきましたね~♪」
実は悠人も同じことを考えていた。こういったクッキーには紅茶のようなものが合うだろうと。
ヘリオンの知識は、ハリオンに無理矢理付き合わされて身についたものじゃないだろうか、
悠人は思わず苦笑いしてしまう。

しばらくそこでぼーっとしていると、何を感じたのか、ハリオンがきょろきょろし始めた。
「・・・?どうした、ハリオン。何か変なものでもあったのか?」
「この匂い・・・ユート様~、ヨフアルが焼き立てみたいですよ~?」
悠人はハリオンの視線の先を追うと、はるか先には人だかりのできているヨフアル屋があった。
さすがはハリオン。お菓子に関しては嗅覚まで強化されるらしい。
「買ってきてやろうか?あの中に飛び込むのは億劫だろ」
「そうですね~、ふふ、じゃあユート様、これで買えるだけ、おねがいします~♪」
「(買ってきてくれ、とか言われそうだしな)」
なんだかんだいっても自分が行かされそうな気がした悠人は自分から貧乏くじを引いたのだ。
悠人はハリオンからお金を受け取り、ヨフアル屋の人ごみへと入っていくのだった。

「結構混んでるな・・・」
人ごみに入ったはいいものの、列はかなり長く、混んでいる。買えるまではかなり時間がかかりそうだ。
まあ事態を説明すればハリオンだって許してくれると思い、悠人は大人しく並ぶことにしたのだった。
しばらく並んでいると、どこかから聞き覚えのある声が聞こえてくる・・・

「ユートくん?」
「ん?」
やっぱり聞こえてくるが、人ごみのせいでどこにいるのかがわからない。
悠人が首を振ってあたりを確かめていると、人ごみを割って飛び込んでくる小さな影があった。
「あ、やっぱりユートくんだ!」
「レムリアか、久しぶりだな」
黒髪にお団子頭が特徴的な、活発な少女、レムリア。
その腕に抱えている包みを見るに、どうやら目的は同じだったらしい。

「うん、久しぶりだね!ねえねえ、ユートくんも、焼きたてのヨフアルがお目当て?」
「まあ、そんなところかな。俺は頼まれたんだけど・・・ちょっと混んでて困ってるんだ」
「ふっふっふ・・・困ってますねえ。じゃあさ、私も一緒にその人のところに連れてってくれない?」
「え?なんで」
「実はさ、いつもの癖で買いすぎちゃったんだよね。だから、ユートくんや、その人に分けてあげましょう!」
よく見ると、レムリアの包みはヨフアルが入っているにしてはでかい。どうやら、
またとんでもない量を買ってしまったらしい。だが、ここはレムリアに甘えておいたほうがいいようだ。
「じゃあ、頼むよ。あっちのほうにいるからさ」
「いこいこ!ヨフアル好きなら、誰でもお友達っ!」
レムリアの好意は正直有難かった。悠人はそれに甘え、二人の元へ向かうのだった。

「お~い!」
ヘリオンとハリオンのいる方に走りながら、呼びかける悠人。
「お待たせ。この人が、ヨフアルを分けてくれるってさ」
悠人はそう言って、レムリアを二人に紹介しようとする。
・・・・・・が、その時、レムリアは何かまずいものを見たような、ハリオンは驚きに染まった顔になった。

「・・・どうした?」
「え、あ、ああ、うん!自己紹介だよね!私、レムリア。よろしくね!」
「ヘリオンです!よろしくおねがいします、レムリアさん!」
「レムリアさん、ですか~・・・ハリオンです~、よろしく~」
今度は『さん』付けでレムリアを呼ぶ二人。どうやら、誰彼構わず様付けというわけではないらしい。
「ねえねえユートくん、この二人って、スピリットだよね?」
「そうだけど・・・スピリットだと何か都合が悪い?」
まさか、レムリアまでスピリットに蔑視の視線を向ける気なのか、悠人は思わず喧嘩腰になる。
が、レムリアは慌てた口調ながら、きっ、と悠人に視線を向けて反論してきた。

「う、ううん!そんなことないよ?スピリットだって、ヨフアル好きには変わりないんでしょ?」
「まあ、そうだけど・・・」
「だったら、大丈夫だよ!ヨフアル好きは、誰でもお友達っ!だからね!」
レムリアは嘘をつく様な奴ではないから、その言葉は信頼に値するものなんだろうけど。
ならば、二人を一目見たときからのこの緊張感は何なのだろう。悠人は首を傾げるのだった。

「あ゙~~~っ!!」
何を思ったのか、レムリアは突然大声を張り上げる。
「な、なんだ!?どうしたレムリア!?」
「ユートくん!ごめん!私急用を思い出しちゃった!」
「え?え?」
「こ、このヨフアルはあげるからさ、じゃ、じゃあねえぇぇ~~・・・」
どぴゅ~ん!!
レムリアは悠人にヨフアル入りの包みを手渡すと、脱兎のごとくすっ飛んで去っていった。
「は、早い・・・一体どうしたって言うんだ?」
「さ、さあ・・・」
何がなんだかわからない悠人とヘリオンの傍らで、にやにやしたハリオン。
ハリオンがこんな顔するときは、絶対に何かある。
「・・・ハリオン、何か知ってるのか?」
「いえいえ~、私は、な~んにも知りませんよ~?」
絶対に何か知っている。もっと追求したかったが、これ以上はせっかんを伴う予感がよぎる。
悠人は言葉をぐっと飲み込んだ。

「それより~、もうちょっと早く来たら、面白いものが見れましたのに~」
「は、ハリオンさん・・・やめてくださいよぅ・・・」
「ん?そっちも何かあったの?」
悠人がヨフアル屋に行っている間に、何か面白いことがあったらしい。
どういうわけかヘリオンは隠したがっているが、悠人は興味津々だった。
「ふふ、えっとですね~、ヘリオンに、お弟子さんができたんですよ~♪」
「弟子・・・って、何の?大体、誰がそんな・・・」
「さっき、男の子がやってきましてねぇ~、ヘリオンに、剣を教えて欲しいって、言うんですよ~?」
「や、やめてくださいぃ・・・おねがいします~・・・」
ヘリオンは顔を真っ赤にしてハリオンを止めようとするが、その勢いは止まらない。

「ヘリオン、すっごく真面目な顔して、『大事な人を守るためだけに剣を振るってください』って、言ってたんです~
 それを守れるなら責任もって教えるって、もう、すごかったんですから~」
「はうぅっ!!そ、それはぁ~・・・」
止めを刺されたのか、ヘリオンは恥ずかしさのあまりか、とうとう体育座りで塞ぎこんでしまう。

「ヘリオン・・・それってさ、もしかして・・・」
「は、はいぃ・・・そうです。わ、私たちの・・・誓いです・・・」
蚊の鳴くような声で返事をするヘリオン。
だが、悠人はヘリオンの頭をなでながら、それに笑顔で応えた。
「いいじゃないか。それって、決して恥ずかしいことなんかじゃないぞ」
「そ、そうですか・・・?」
「そうだよ。寧ろ誇るべきことじゃないかな。誰かを守るために戦うってのはさ」
「胸を張っていいんですよ~?私たちは、みんな同じ理由で戦っているんですから~」

それは、ただヘリオンを励ますだけの言葉じゃなく、偽りのない本心。
悠人もハリオンも、恥ずかしがっているヘリオンだって、大事な人を守りたいから戦っている。
ヘリオンは、ただそれを少年と約束しただけ。恥じることは何もなかった。
「ゆ、ユート様、ハリオンさん・・・ありがとうございますっ!」

「ふふ、それでこそです~。じゃあ、せっかく貰ったんですから、ヨフアルを食べましょう~」
「そうだな・・・って、うわ。すんごいな、こりゃ・・・」
悠人がヨフアルの包みを開けると、そこにはぎゅうぎゅうに詰まったヨフアルが入っていた。
「これ・・・全部食べるつもりだったんでしょうか・・・レムリアさん・・・」
「これはすごいですね~。腕が鳴りますよ~♪」
全部食べつくしそうなハリオンに引っ張られて、限界突破するまで食べさせられそう。
そういった危機感のようなものが悠人とヘリオンの頭の仲を同時に駆け巡った。
その後、現実にそうなったのは言うまでもないのだった・・・

────それから十日後、エスペリア率いるスピリット隊が法皇の壁を越え、リレルラエルを制圧した。
帝国の領土に楔を打ち込んだことにより、部隊の士気は上昇。一気に攻め込もうという勢いが増し、
悠人たちもまだ力が不完全とはいえ、リレルラエルに召喚されたのだった。

リレルラエル周辺はマナが充実している地帯。
ラキオスにいるよりは神剣のマナの回復は早かったが、それでも、まだ完全とまでにはいかなかった。
悠人は、リレルラエルの宿屋で、精神を集中していた・・・
「・・・どうだ?バカ剣」
『今大体6、7割といったところだ。この辺りのマナは旨い。これならあと20日ほどで溜まる』
「20日・・・十分だ。それだけあれば、瞬との戦いには間に合う」
あの時失った【求め】の力が戻りつつある。これなら、またみんなと戦えるだろう。

宿屋の別室では、ヘリオンとハリオンが、悠人と同じく神剣のチェックをしていた。
「【失望】・・・戦えますか?」
『はい。ゆっくりと休ませてもらいましたので、十二分に力を出せます』
「【大樹】は~、どうですか~?」
『う~ん、ちょっと足りませんね~。あと1割ちょっとなんですけど~』
神剣の位が高いせいか、マナの許容量が多く、まだ充足しきっていない【大樹】。
それにくらべて、許容量の少ない【失望】のマナはあっという間に満タンになったのだった。
『【失望】はいいですねぇ~、すぐに溜まっちゃって~』
『それって、嫌味なのかほめられてるのか、よくわからないんですけど・・・』
どうにもこうにも意味深な言葉を発する【大樹】。【失望】は、それが意味するものを知ることはできなかった。
「じゃあ、ヘリオンはもう大丈夫なんですね~?」
「は、はい!がんばります!」
誓いを果たすため、士気が高揚するヘリオンを、ハリオンは温かい目で見つめていた・・・

 
 
────さらに五日後、悠人とヘリオン、ハリオンは、シーオスの村に向かって森の中を歩いていた。
ラキオススピリット隊の本隊は部隊を二つに分け、破竹の勢いで南下しているという。
ヘリオンとハリオンは、未だに完全に力の戻らない悠人を守るように、警戒しながら歩く。
悠人の力が戻り次第、本隊に合流できるように、本隊からやや遅れて進軍しているのだった。

がさがさ。がさがさ。
マナが豊富な地域というだけあって、森の中は多種多様な植物が生い茂っている。
そのせいで、森の中を進むのは難しく、余計に疲れを生み出していた。
「はぁ・・・ふぅ・・・・・・くそっ、この草、邪魔だな・・・」
「そうですね~、空を飛べるといいんですけど~」
ハリオンはそう言ってヘリオンのほうを見る。瞳をきらきらと輝かせて。
「だ、だめですよぅ!ハリオンさんを抱えているときに襲われたら大変ですっ!」
「やぁんっ、ちょっとした冗談ですよぅ~」
「(冗談に見えなかったけど・・・)」
おそらく半分本気なハリオンを見ながら、悠人は素直にそう思っていた。
辺りに神剣の気配は自分たちのものしかないとはいえ、警戒を怠るわけにはいかない。
そういう意味でも、悠人たちは慎重に進んでいくのだった・・・

ドクン。
「!!」
突然、心臓が高鳴り、警戒音が頭に響く。それと同時に、多数の神剣の気配を察知していた。
「ゆ、ユート様!て、敵ですっ!」
「これは・・・近づいて来てるんじゃない・・・この場に、現れる・・・エーテルジャンプか!」
「なんだか~、すごく強いのがいますよ~?」
確かに、多くの神剣の気配はスピリットのものだったが、その中に唯一つ、
薄く粘っこく、纏わりつくような、寒気と怒りを伴う、恐ろしく強くて、黒い気配があった。
『契約者よ・・・【誓い】だ。【誓い】が来るぞ!!』
「何っ!」
悠人たちの周りに光が立ち上ったかと思うと、そこに無数の人影が姿を現した─────

「・・・瞬ッ!!」
悠人たちを取り囲むように立つスピリットたち。
だが、悠人の視線の先には、銀髪で赤い瞳をもった男と、長身の科学者風の男、そして・・・佳織。
「か、佳織!?」
「ハッ!遅かったなぁ・・・悠人おぉ・・・!」
「お、お兄ちゃん!おにいちゃぁーん!!」
瞬の後ろで【誓い】を突きつけられ、ただ動けず泣き続ける佳織。
「瞬!佳織を・・・佳織を返せっ!!」
「ふざけるな。お前みたいな疫病神に、だれが僕の大切な佳織を渡すものか」
「くそ・・・!瞬、お前とはここで決着をつけてやるッ!!」

助けたい人と、一番憎んでいる相手。それが同時に目の前にあるせいか、体がいきり立つ。
「あわてるな。お前との決着はちゃんとした舞台でやろう。・・・帝国の王座まで来い。そこで、殺してやるよ!
 佳織の目の前で、お前の仲間の前で、どっちが優れているか、完膚なきまでにその体に刻み込んでやるよ!!」
こういった茶番が好きな瞬。今日はただのメッセンジャーのつもりなのだろうか。
瞬と佳織の足元から、エーテルジャンプの光があふれ出す。

「ま、まてっ!瞬ッ!!」
「今のお前の相手はそこのソーマがしてくれる。僕と戦いたいなら、生き延びて来い。
 まあ、ソーマの妖精部隊は強力だ。それができるかどうかは知らないがな!ハァッハッハッハッハ・・・!」
「お、お兄ちゃん!生きて!助けに来て・・・!!」
瞬は高笑いを浮かべながら、佳織は助けを求めながら、光に包まれ、消えていく・・・

「佳織───ッ!!」
悠人は思わず踏み出すが、長身の黒い衣を身に着けた男に行く手を阻まれてしまう。
「やれやれ・・・どこの国の勇者も、礼儀に欠ける人ばかりですねぇ」
「そこをどけっ!ソーマぁっ!!」
怒りに身を任せて怒鳴り散らす悠人を見て、ソーマはふむ、と少し考えると、言葉を紡ぐ。
「そうですねぇ・・・確かに、ここで血を流すのはお互いに益ではありませんしねぇ・・・。
 では勇者殿、ここはひとつ、私と取引をしませんか?」
「取引・・・?」
「そうです。私の頼みを聞いてくれれば、無傷でここを通してあげましょう。
 あの勇者には、私も愛想が尽きたのでね。どうなろうと知ったこっちゃないのですよ」
まるで本当に瞬のことを愛想つかしたような口調と目で、悠人に語りかけるソーマ。
こいつは底が知れない。悠人の中に、瞬に対してとは別の恐ろしさ、警戒音が鳴り響いていた。
「なに、簡単なことです。あなたの後ろにいる二人のスピリットを、私にくれればいいのですよ」

「!!」
ソーマがそう言った瞬間、ヘリオンとハリオンの背筋にぞくり、と寒気が走る。
狂気に染まったソーマの目が、まるで品定めをするように、二人を眺めていた。
うまそうだ。そう言わんばかりだった。あまつさえ舌なめずりまでしている。・・・こんな奴を、許せなかった。
「ふざけるなァッ!!」
「おやおや、交渉決裂、といったところですか。まあ、わかってはいましたがね・・・
 仕方ありません。勇者殿、あなたにはここで死んでもらいましょう。・・・苦しまないように一瞬で、ね」
「ゆ、ユート様・・・あの人・・・怖い・・・」
ヘリオンは恐怖に怯え、悠人の服の袖をぎゅっと握り締めていた。
ソーマがスピリットに対して放つ異質な愛情。・・・それを、感じ取っていた。
声には出さなかったが、ハリオンもおそらく同じだろう。【大樹】を持つ手が、わずかに震え、息が荒い。
「安心しなさい。あなたたちは殺しませんよ。勇者殿が死んだあとに、たっぷりとかわいがってあげます。
 そして、私のコレクションの一角として、彼女たちと一緒に並ぶのです!」

そう言われて、悠人は自分たちを取り囲んでいるスピリットたちを見る。
その目に光はなく、ハイロゥも黒い。完全に物言わぬ、従順な人形と化していた。
ヘリオンとハリオンがこうなってしまったら・・・そう考えると、悠人の心が怒りに染まってゆく。

「黙れっ!ヘリオンを・・・ハリオンを・・・お前のコレクションになんかさせない!!」
悠人が一喝すると、ヘリオンとハリオンの震えがとまった。
「そ・・・そうです!あなたなんかに、負けるものですか!」
「こういう最低な人は~、めっ てしてあげないと、いけませんね~」
それどころか、あれほどに恐怖を抱いていたソーマに対して、真っ直ぐに視線を向けている。
いつもの調子を取り戻して、神剣を構えていた。

「ははは!いいですねえ!その目、真っ直ぐな心、僅かな希望!ぜひとも・・・壊したい・・・」
だが、そんな二人を前にして悦びに満ちた顔をするソーマ。
こいつは、今まで何人のスピリットを絶望の淵に落としてきたのだろうか。
人間とスピリットは相容れない存在といわれているが、こいつは、ソーマは、完全にスピリット達の『敵』だった。

「さあ、お話はここまでです!やってしまいなさい!」
ソーマが号令とともに右手を振り上げると、周りのスピリットたちが一斉に斬り掛かってきた。
それと同時に、悠人はオーラフォトンを、ヘリオンとハリオンはハイロゥを展開する。
「ヘリオン!ハリオン!」
その一瞬の時間の中で、悠人が呼びかけると、二人は同時に、こくり、と頷く。
「──────!!」
今まさにスピリットたちの凶刃が悠人たちに届こうかと思われた、その瞬間・・・

がっきいいいぃぃぃいいん・・・
光が、走った─────。
何が起こったのだろうか、ソーマは、呆然としていた。ただ、それを眺めていた。
スピリットたちの神剣は一つも悠人たちには届いてはいない。全て、悠人とハリオンの障壁で止められていた。
光を放つ黒い影がどこからともなく飛び出し、ざっ、という音を立てて着地し砂埃を立てる。
ヘリオンは静かに【失望】を鞘に収めていく。
完全に刃を収めて、【失望】の鯉口が、かちん、と音を立てると、スピリットたちは、一斉にばたばたと倒れこむ。
ソーマは、ただ見ていることしかできなかった。
今まで手塩にかけて作り上げてきたコレクションが崩れ落ちる姿を、ただ眺めていることしかできなかった。
「あ・・・ひ、ひいぃ・・・」
まるで傷一つついていない悠人たち。
ありえなかった。いくらエトランジェとはいえ、グリーンスピリットと一緒だったからって、
自慢の妖精部隊の一斉攻撃を防げるわけがない。まして、完全に防いだなど、ありえない。
おまけに、ブラックスピリットの小娘の攻撃だけで倒れてしまうなんて、馬鹿な話があるか。
そんな馬鹿な。ソーマは、それしか考えられなかった。

悠人はその顔に怒りを浮かべて、ソーマの眼前まで迫っていく。
「な、なぜ・・・なぜだ!なぜ生きているんだ!あ、ありえん!」
「ありえない・・・?それは違う。ソーマ、お前は肝心なことを忘れているんだ。だから、負けたんだ」
「な、なんだ、それは・・・」
「俺達にあって、お前にはないもの・・・それは、お互いを信じることだ」
「ば、馬鹿な!スピリットと信じあっているだと!?ありえん!そんなことをしても、足を引っ張るだけだ!
 こんな道具共に、人形なんかに、信頼をかけたって、強くなどなれるはずがない!そんな心など、邪魔なだけだ!」
「スピリットは道具や人形なんかじゃない!俺達人間と同じ、お互いを感じて、助け合って、信じあえる存在なんだ!
 そんな風に、スピリットをただの道具としてしか考えていないお前なんかに、俺達が負けるものか!」
「ぐ、ううう・・・」
ソーマは目を見開き、汗をだらだらと流し、恨み辛みの篭った目で悠人を睨んでいる。
今まで自分が邪魔だと思っていたものに、自分が負けるなど、皮肉以上の何者でもなかった。

「ふ、ふざけるなあぁぁぁああー!!」
とうとう狂いだしたソーマは、腰の剣を抜いて、我武者羅に悠人に斬りかかってくる。
・・・が、ただの人間の攻撃を、今の悠人が見切れないはずがなかった。
ドシュッ・・・
ソーマが剣を振り下ろす前に、悠人の持つ【求め】がソーマの心臓を貫く。
「あ・・・が、はぁ・・・ぐ、ふぉ・・・」
【求め】を引き抜くと、ソーマは口から、胸から、大量の血を吐き出して、地に、臥した・・・
「この・・・大馬鹿野郎が・・・」
悠人は思わず、日本語で呪詛を吐きかける。
それは、今の悠人にとって瞬以上に苛つく存在への、弔いの言葉でもあった。

ソーマの亡骸を、さまざまな感情とともに見つめる悠人に、二人が駆け寄ってくる。
「ゆ、ユート様・・・大丈夫ですか?」
「・・・ああ、俺は大丈夫」
「本当に大丈夫ですか~?今のユート様は、本当はちょっと怖かったんですよ~?」
確かにそうだろう。悠人は、今明らかにソーマに対して殺意を持っていた。
自分にひどく近しい存在の、スピリットたちを蔑ろにされた怒りが、殺意を生み出して。
「いや、本当にもう大丈夫だ。・・・先を急ごう」
悠人が歩き出そうとしたその時、悠人はふと後ろを振り向く。
そこには、さっきヘリオンが倒したスピリットたちが倒れこんでいた。
「そうだ・・・あのスピリットたち、どうするんだ?」
「あ、あの人たちなら大丈夫ですよ?みねうちをかけただけですから、気絶してるだけです」
「それに、あの人はもういませんから~、これで自由になれると思います~」
「そうか・・・幸せになれるといいな、あいつら・・・」
悠人は倒れているスピリットたちに対して、僅かながらにエールを送った。
ソーマという拘束力が無くなった以上、このスピリットたちも自由になれる。
誰かと一緒にいて、誰かを信じて、誰かを感じて、人らしく生きることができるかもしれない。
スピリットが、人間と一緒にいられる、同じ存在として生きられる、そんな世界の先駆けになるかもしれない。
悠人のエールには、そんな期待も含まれているのだった。

「ヘリオン、ハリオン・・・一気に行くぞ!」
「は、はい!」
「そうですね~、長居は禁物です~」
悠人たちは走り出し、どんどん南下する。
帝国首都を目指して、帝国を倒すために、瞬を倒して、佳織を助け出すために。
・・・そして、一緒に生き延びる。その誓いを、果たすために。


──────それから七日。
スピリット隊の本隊は帝国の要である三都市を制圧。秩序の壁のトラップを解除することに成功。
完全に、帝国を包囲していた。あとは、一気に攻め込むだけ。
悠人たちはゼィギオスで、最後の戦いの準備をしていた。
「バカ剣、調子はどうだ?」
『まだ完全ではないが・・・思う存分暴れられるだけの力は戻った』
「瞬に・・・【誓い】には、勝てるのか?」
正直、不安だった。こんな不完全な状態で勝てるのかどうか、佳織を、助け出せるのかどうか。
『契約者よ・・・我を、汝自身を信じよ。信ずることが力といったのは、契約者だぞ』
「そっか、そうだよな。サンキュな、バカ剣」
いよいよだ・・・いよいよ、佳織を助け出せるんだ。そう考えると、体が疼く。
がちゃり。
ドアが開いたかと思うと、ヘリオンとハリオンが飛び込んでくる。
「ゆ、ユート様っ!合図がありました!ほ、本隊が攻撃を始めたそうです!」
「ユート様~、急ぎましょう~?こっちのほうは、手薄のはずですから~」
「・・・ああ!行こう!」
悠人たちはゼィギオスを飛び出し、秩序の壁に向かって侵攻を開始したのだった。

──────走る。ひたすら、走る。
秩序の壁を突破し、本隊と合流した悠人たちは、帝国の王城に向けて、城下町をひたすら走っていた。
ふと上を見ると、城から、黒い翼が三つ、飛び出し、悠人たちの前に立ちはだかる。
「くそっ!敵か!こんなところで、時間は取れないぞ!」
「ユート様!ここは私たちに任せて、先を急いでください!」
ネリーとシアーを連れた部隊長のヒミカが、先を急ぐように促す。
敵は強力。長期戦は不利。一気に攻め込むしかなかった。
「わ、わかった!無茶するなよ!」
「それは、ユート様のほうだよ!ユート様が死んじゃうの、みんないやなんだからね!」
「そうだよ~?でも、がんばってね、ユート様?」
「ああ!ありがとう!」
「さあ、二人とも、行くわよっ!」
ヒミカ、ネリー、シアーは敵の部隊へと飛び込んでいく。
三人が敵を食い止めているうちに、残りのメンバーは、王城へと侵攻していった。

王城の廊下を進む悠人たち。しばらく走っていると、またもや三人のスピリットが立ちはだかった。
「邪魔をするなぁーっ!」
悠人はいきり立って、スピリットに切りかかろうとするが、何か力強いものが胸に当たり、止まってしまう。
「だめよ、ユート様。あなたの力は、【誓い】を倒すために、カオリ様を助けるために使わないと」
気がつくと、セリアが腕を伸ばして、悠人を制止していた。
すらりと、優雅に引き抜いていた【熱病】が、完全に目の前の敵を捉えている。
「そうですよ。ユート様、ここは私たちに任せてください」
「勘違いしないでよ。私は別にユートのために戦ってるわけじゃないんだから。生き残りたいだけなんだから!」
さらに後ろから、ファーレーンとニムントールが飛び出し、神剣を構える。
「みんな・・・すまない!」
廊下の敵をセリア、ファーレーン、ニムントールに任せ、悠人たちはさらに進むのだった。

「急げ!もうすぐだ!もうすぐ・・・瞬が、佳織が・・・!!」
どんどん、【誓い】の気配が近づいてくる。
瞬も、佳織も、もう目と鼻の先。・・・だが、やはりそれをよしとする奴は、この王城にはいなかった。
一際強いスピリットの神剣の気配が、悠人たちの前に舞い降りる。

「くそっ!こいつら・・・!」
「ユート殿!この者たちは・・・!」
「ああ、わかってる!」
その光の失われた瞳、真っ黒に染まったハイロゥ。
それは、ウルカが目覚める原因となったあのスピリットや、ソーマのスピリットによく似ていた。
おそらく、感情などを一切捨て、戦闘能力を極限まで高めた者の成れの果てなのだろう。

「ユート殿・・・この者たちは、手前にお任せください。・・・苦しみから、【誓い】から、開放されるよう・・・」
ウルカは一歩踏み出し、そのスピリットたちに対して【冥加】を構える。
「敵能力は強大・・・ウルカ様、私も、一緒に戦います。」
「ウルカお姉ちゃん!オルファも一緒に、戦うよ!」
ウルカの両脇を、ナナルゥとオルファが固め、光のハイロゥを思いっきり展開する。
「感謝いたす・・・ナナルゥ殿、オルファ殿。・・・ユート殿は、今のうちに」
「ああ!みんな、行くぞ!」
悠人たちは脇を通り抜け、先を急ぐ。決着のときは、近い。

真っ直ぐに伸びた廊下、その先に、大きく、豪華な扉。
あの忌々しい【誓い】の気配は、その先から感じられていた。
悠人たちは、その扉に向かって、ひたすら、ただひたすら走っていた。
きいいいぃぃん・・・
複数の、強力な神剣の気配。その殺気は、完全にこちらに向いている。
「!! 後ろから!?・・・ここまで来て!」
「ユート、急げ!ここは、私たちに任せろ!」
「そうです!ユート様、決着をつけてきてください!」
アセリアとエスペリアはきゅっと踵を返し、迫りくる敵を睨みつける。
「アセリア!エスペリア!」
「私たちは大丈夫だ。だからユート、カオリを、助けて来い。信じてるから・・・」
「ヘリオン、ハリオン・・・キョウコ様に、コウイン様も・・・ユート様を、カオリ様を、助けてあげてください」
アセリアは【存在】を、エスペリアは【献身】を構え、ハイロゥを全力で展開する。
絶対にここは通さない。その想いが、びりびりとこちらにも伝わってくる。
「さ、悠?ここはエスペリアたちに任せて、佳織ちゃんを助けに行くわよ!」
「悠人!囚われのお姫様を助けに行こうぜ!」
今日子と光陰が、同時に悠人を激励する。
その声は、今の悠人をさらに強くし、想いを、信じる心を、力に変える。
「ユート様!行きましょう!」
「カオリ様を助けて~、みんなで帰りましょう~?そのために、ここまで来たんですから~」
「・・・ああ!行くぞ、みんな!」
全力で走り、扉に、近づく。
「うおおおおおぉおおあああ!」
悠人が全力で蹴りを扉に叩き込むと、扉は真ん中からその袂を分かち、道を開いた─────。

「瞬ッッ!!」
とうとうたどり着いた、王座の間。
その王座には、あの【誓い】の主、秋月 瞬が、赤い瞳をぎらぎらと輝かせて、堂々と座っている。
その傍らでは、瞬の、【誓い】の力に、恐怖に震えた佳織が、目に涙を浮かべて立っていた。

「あーあ・・・やっぱり来ちゃったのか。とっくにくたばってると思ってたのになぁ・・・」
「あの時お前は言ってたよな。ここまで来いって。望み通り、来てやったぞ・・・」
悠人と瞬はお互いを睨みつける。・・・ただそれだけで、その場は殺気に満ちた。
「全く、雑魚がいくら集まったって、僕にはかなうわけないのになあ。どうして命を捨ててまで、僕の邪魔をする?」
「お前の邪魔をしに来たわけじゃない。佳織を返してもらう。ただ、それだけだ」
「そういうこと。瞬?悪いけど、あんたはもう私たちの知ってる瞬じゃないわ。力に溺れたクズ野郎よ!」
「秋月よ・・・俺は、助けを求めてるお姫様を放って置けるほど無神経じゃないんでね!」
「お兄ちゃん・・・今日ちゃん・・・碧先輩・・・」
恐怖に震えていた佳織が、その目に僅かに希望の光を浮かべて悠人たちを見る。

「カオリ様・・・ユート様の大事な人・・・今助けますから!そこで、待っててください!」
「心配しないでくださいね~?ちゃんと、帰れますから~♪」
ヘリオンとハリオンが、さらに佳織に希望を与える。
それは悠人たちも同じ。士気はあがり、なんだか気分もリフレッシュしたような感じだ。
そんな、少し軽い空気になったやり取りを、良しとしない赤い瞳が、妖しく輝く。
瞬はゆらり、と立ち上がり、【誓い】を引き抜くと、狂ったように薄ら笑いを浮かべる。
「ははは・・・そうか・・・じゃあ、ここで殺してやるよ!!絶望に打ちひしがれながら、死んでゆけ!!」

ギイイイィィィン・・・!!
瞬がオーラフォトンを展開する。その力強さは、ここにいるエトランジェの個々の力をも凌ぐ。
「・・・!!悠人、くるぞっ!」
「僕の力、その体に刻み込むがいい!!オーラフォトンレイッ!!」
ドオオオォォン・・・
オーラフォトンの爆発が、悠人たちを包む。
その威力は、スピリットはおろか、オーラに包まれたエトランジェでも無事では済まない。
「ぐあああぁあっ・・・!!くそっ、みんな、大丈夫か!?」
「はぁううっ・・・は、はい!なんとか・・・」
「これが、【誓い】さんの力なんですね~」
「ちょっと、な、何でこんなに強いわけ・・・?」
「ちっ・・・こいつは、ちょいと洒落にならないぞ、悠人・・・!」
なんとか防ぎきったようだが、神剣の位が低いせいか、ヘリオンのダメージは一番大きい。
これ以上長引かせては、死者すら出かねない。・・・悠人は、覚悟を決めた。

「みんな・・・こいつは、瞬は、俺が倒す。俺に・・・任せてくれ」
神剣の力で、瞬に対抗できるのは悠人だけ。
なにより、瞬の殺気は悠人・・・【求め】に対して向けられている。
今までの因縁に決着をつけたい。・・・そんな意味でも、悠人は一騎討ちを決意したのだった。
「ちょっ・・・このバカ悠!何言ってるのよ!こんなのに一人で勝てるわけないでしょ!」
「いや・・・今日子。行かせてやれ。これは、悠人自身の戦いでもあるんだ。邪魔しちゃいけない」
「光陰・・・」
「だがな、悠人。少しは俺たちを頼れって言っただろ?・・・俺の力を少し分けてやる。
 それを持って、あの馬鹿野郎に一矢報いてやれ。・・・トラスケードッ!」
「そう・・・だよね・・・じゃあ悠!私の力も使いなさい!・・・エレクトリックッ!」
「ゆ、ユート様!カオリ様を助けるために・・・私の力も使ってください!・・・ブラッドラストッ!」
「えっと~、私はそういうことはできませんけど~、疲れを癒しますね~・・・アースプライヤー!」
みんなの、オーラが、マナが、力が、想いが、癒しが、悠人の体に次々と流れ込んでくる。
『契約者よ・・・我の力は充足した。これなら、全力以上を出せるぞ!【誓い】・・・倒すのだ!』
「これなら・・・これならいける!・・・みんな、ありがとう」
そう言って、悠人は瞬のほうに向き直る。

「お別れは済んだか?」
「・・・まだお別れを言うつもりはない。なぜなら、俺は、お前を、【誓い】を倒すからだ!」
「ハッ!仲間がいないと何もできない負け犬がよく吠える!・・・もういい。さっさと死ね!」
瞬はオーラフォトンを【誓い】に集中させ、地を蹴り、悠人に猛然と向かってくる。
「させるかぁーっ!!」
悠人はオーラフォトンとともに、電撃と、守りの力、血を伴う闇の力を【求め】に纏って、瞬を迎え撃つ。
ガッキイイィィン!!
【求め】と【誓い】がぶつかり合う。
お互いがとてつもない力を持っているだけあって、剣がぶつかり合うだけでその波動があちこちに飛び散る。
ガキイィン!ギイィン!
何度も、何度もぶつかり合う。まるで、お互いが、お互いの剣を砕こうとせんばかりに。
「悠人のくせに!悠人のくせにいいいいぃぃぃいい!!」
「お前なんかに、神剣に呑まれたお前なんかに、負けて、たまるかあああぁぁあああ!!」
ファンタズマゴリアで最強を誇る二本の神剣の戦い。
ヘリオンやハリオン、エトランジェである今日子や光陰は、その巨大な力同士が接触する、
史上最大の戦いを、ただ、眺めていることしかできなかった。・・・もとより、手出しなどできなかった。

ガギイイン!
悠人の渾身の袈裟斬りで、【誓い】が宙に舞う。
「な、何!!」
「そこだあああぁあぁあああ!!瞬ッ!!」
【求め】を流れに乗せ、体を回転させて上段の構えを取り、一気に振り下ろす────。
ドシュッ・・・
血飛沫が、悠人と、瞬の視界を染める。
びしびしと頬に当たった血は、瞬時に金色のマナの霧に変わっていく・・・
「なん、だと・・・!」
体を切り裂かれ、信じられないといった顔をする瞬。

「なぜ、だ・・・なぜ、こんな・・・」
「たった一人で、何かできると思ったか?ソーマにも言ったが、信じなかったこと。それが、お前の敗因だ!」
「信じる、だと・・・?僕が信じるのは、佳織だけだ。それ以外は・・・クズ・・・ゴミ・・・出来損ない・・・」
「そんな歪んだ考えで・・・!佳織だって、そんなお前は望んじゃいない!」
「そん、な馬鹿、な・・・僕が・・・選ばれし者の、この僕が・・・消える、消えていく・・・」
この世界で死に逝くものの証、金色のマナの霧が、瞬の体から発せられていく。

「違う・・・こんなの、間違ってる!そうだろ?【誓い】!?
 僕から何を持って行ってもいい!だから、力をくれ!【求め】を、悠人を砕く、力をヲヲオオ!!」
何が起こったのか、瞬から放たれるマナが止まり、逆に集中していく。【誓い】が、瞬の手元に戻る。
さっきまで死に掛けていた奴が、力という力に魅せられ、狂気に染まっていく。
強大なオーラフォトンの影響か、城がぐらぐらと揺れる。明らかに、危険な存在となっていた。
「悠人!様子がおかしい!離れるんだ!」
「悠!?離れて!悠ッ!」
「ゆ、ユート様っ!は、早く、離れてください!」
「だめです~!そこにいちゃいけません~!!」
みんなの声が聞こえる。だが、動けなかった。危険だって、わかっていた。・・・だからこそだった。
『契約者よ・・・早く、【誓い】を砕け!このままでは、取り返しがつかなくなるぞ!』
「う、うわあああぁぁぁあああ!!!」
【求め】の強制力が働き、全力で瞬を止めようと斬りかかる悠人。
だが、ちらりと横を見ると、佳織が、今落ちてくる天井に押しつぶされそうな佳織がいた。
「!!」
ドオオォオン・・・
瞬時に強制力から脱した悠人は佳織の元に駆け寄り、【求め】を叩きつけ、天井を破壊する。
「あ、ありがとう・・・お兄ちゃん・・・」
「隙があるぞおおぉぉおお!悠人おおぉぉ!!」
完全に正気をなくした瞬の凶刃が迫る。
「やめろ!ここには佳織が・・・!!」
反射的に、悠人は【求め】を構えて【誓い】を受け止めようとする─────。

バッキイイイィィン・・・カッシャアアァァン・・・
「え・・・!?」
真一文字に振られる【誓い】。それを受け止めようとした【求め】。
・・・だが、攻撃を凌いでくれた【求め】の刃は、明後日の方向へと飛んでいっていた。
悠人の手元にあるのは、【求め】の柄だけ。
ドクン。
力が、抜ける─────。
砕け散った【求め】。神剣の力がなくなって、普通の人間に戻る悠人。
ただその一瞬で感じられたのは・・・・・・絶望──────。

「悠人・・・悠人・・・貴様さえ、貴様さえいなければ・・・」
完全に狂気に呑まれた瞬が、じりじりと悠人のほうへと歩み寄ってくる。
「【求め】は死んだ!あとは貴様だけだ!妹と一緒に逝けっ、悠人おおおおぉぉおおお!!」
瞬が【誓い】を引き、佳織とともに悠人を貫こうとしてくる。・・・その目に、躊躇いはなかった。
・・・もう、だめだ。悠人と、佳織の心が、絶望感に染まった、目を瞑って、死を受け入れたその時───

「いけません~!!」

ドシュッ・・・
剣によって、肉が貫かれた音がする。
悠人はもちろん、佳織、ヘリオン、今日子、光陰・・・誰もが、それを、見て、聞いていた・・・
「(・・・?死んで、ない?)」
悠人は恐る恐る目を開く。
その一瞬では、何が起こったのか、頭で理解することはできなかった。

目の前にいるのは、緑色の髪の人。
その背中から、垂れ下がった髪の間からは、血に染まった【誓い】が突き出ている。
その人物は、まるで悠人たちをかばうように、大の字になって、悠人と佳織の前に立っていた。
ずるずると【誓い】が引き抜かれる。支えをなくしたその人は、
大きく広げていた腕をがくん、と落とし、血を吐き、飛沫を飛ばしながら、仰向けに崩れ落ちた───。
その時になって、やっと、悠人は何が起こったのかを、この人物が誰なのかを、理解できた。

何が起こったんだろう。
あのシュンとかいうエトランジェが、ユート様を貫こうとした。殺そうとした。
そこまではわかる。
でも、そこから先はわからない。
つい今まで私の横にいた人が、ユート様の代わりに、あの剣を受け止めてる。
横を見ても、あの人がいない。だって、あの人はあそこにいるから。ユート様をかばってるから。
【誓い】とかいう剣が、あの人のお腹に突き刺さってる。だんだん、それが引き抜かれていく。
あの人は、何もかもが抜けたかのように、倒れていく。
おかしいね。理解しているはずなのに、信じられていないなんて。
──────これが夢なら、醒めてほしい。

「ハリ・・・オ・・・ン?」

──────サーギオス城下町。
りいいぃぃいん・・・
城外の敵を全滅させた三人に、同時に、干渉音が鳴り響く。
それは、何かが近づいてくるような警鐘ではない。・・・何かが消えるような、寂しい音。
ヒミカに、ネリーに、シアーに・・・届く。
「・・・!?なに、これ・・・誰かが、消える・・・!?」
「え?え、ええ!?ど、どうしたの!?何か、何かが、消えちゃうよ!」
「これって、【大樹】・・・?え・・・?う・・・そ・・・うそだよね?」

──────サーギオス城1F廊下。
同時に、こちらの神剣にも、同じような音が響き渡る。
セリアに、ファーレーンに、ニムントールに・・・届く。
「え・・・こ、この気配って?・・・! そんな、まさか・・・!!」
「信じられません・・・そんなこと、冗談、ですよね・・・?」
「なにこれ・・・ちょっと!おふざけはいい加減にしてよ!嘘だって言ってよ!」

──────サーギオス城2F広間。
ウルカに、ナナルゥに、オルファに・・・届く。
「なんということ・・・力足らずだったとでも言うのか・・・!!」
「【誓い】付近にて、マナの消滅を確認・・・その命の元は・・・」
「やだっ!!ナナルゥお姉ちゃん、言わないでっ!そんなの、やだっ!!」

──────サーギオス城2F、王座の間に続く廊下。
アセリアに、エスペリアに・・・届く。
「エスペリア!誰かが、誰かが・・・!」
「この気配・・・そんなことが、あっていいのですか?そんな、そんなことが・・・!」
「本当・・・?そう、なのか・・・?嘘、だ。そんなの、嘘だ・・・」

「う・・・あ、があああぁぁあああ!!」
瞬は、暴走させた【誓い】を、砕かれた【求め】を取り込んで、異形の存在へと姿を変えていく。
翼のように瞬の背後に浮く6本の剣。右手に完全に同化した、けばけばしい形の神剣。
もう、瞬が瞬であったころの面影は、姿以外にほとんどない。全く別の存在になっていた。

「ふ・・・ふはははは!!これだ!この力だ!・・・【世界】は、完成した!!」
「(【世界】・・・?なんのことだ。それより・・・)」
「【求め】の主よ、礼を言うぞ。これで、あとはマナを集めるだけだ」
元、瞬だった存在が、悠人に語りかけてくる。
だが、悠人の心は、もっと別の方向に向いていた。・・・上の空だった。

「これから、我らが与えられていた役目というものを教えてやろう。・・・この世界を、消滅させてな!」
「(何言ってるんだよ・・・わかんねえよ・・・)」
「ここで貴様らを殺しても何にもならんしな・・・決着をつけるつもりならば、また会おう・・・」
言いたいことを言い終えたのか、瞬だった存在は、光に包まれ、消えていく。
この場から、立ち去ったらしい。
「(行ったのか・・・なんだよ、あれ。・・・どうでもいい。それより、ハリオンが・・・)」
もう、瞬のことなど頭には入っていなかった。

「ハリオン・・・?」
悠人の、魂が抜けたような、蚊の鳴くような震える声の、呼びかけ。
それに呼応するように、小さな、黒い影が、ハリオンに駆け寄ってくる。
今日子は、光陰は、佳織は・・・その場で、信じられない事態に、立ち尽くしているしかなかった。

「は、ハリオンさん!しっかりしてください!ハリオンさん・・・!!」
必死に呼びかけるヘリオンの声が、悠人の、萎みかけた心を呼び覚ます。
「!! ハリオン!しっかりしろ!」
腹を貫かれたハリオンは、大量の血を吐き出し、仰向けで、だらだらと脂汗を流し、その重い瞼を開いていた。
辛そうにその頭をヘリオンのほうに傾けると、動かすのがやっと、といった様子で右手をヘリオンに近づけていく。
ヘリオンはその血まみれの手を両手でぎゅっと握る。
まだ、温もりはある。まだマナの霧にはなっていない。しっかりと、手の感覚があった。

「ハリオンさん・・・!」
ハリオンは、ヘリオンに にこっ と、いつもの笑顔を向ける。血で汚れた、いつもの笑顔。
嫌だった。ヘリオンは、こんな時に、そんなもの見たくはなかった。最後の笑顔にはなって欲しくなかった。
ぎりぎりと、ハリオンはその顔を悠人の方に向ける。
悠人がハリオンをじっと見ると、その血で溢れた口で、言葉を紡ぐ。
ハリオンの言葉が、伝わってくる。痛いくらいに、はっきりと・・・

「ソゥ、ユート、ヘリオン・・・リュールゥ~」
<ユート様、ヘリオン・・・よかった~>
「ああ、俺たちは生きてる!それより、気をしっかり持て!ヘリオンと一緒に、生き延びるんだろ!?」
「ソゥ、ユート・・・ラ、ヨテト・・・イス、ハタモラス、ネア。イス、ルンタラス、ミハ、セィン、ヘリオン・・・」
<ユート様・・・私は・・・もう死ぬでしょう。ヘリオンのこと、お願いします>
「ハリオンさん!やめてください!約束したじゃないですか、一緒に生き延びようって・・・!」
二人で、同じことを呼びかける悠人とヘリオン。
だが、自分の運命を既に受け入れたのか、ハリオンは、止めることなく、言葉を続ける。
「ソゥ、ユート、ヘリオン・・・イス、ハル、スクネン・・・」
<ユート様、ヘリオン・・・生き延びてくださいね・・・>
ハリオンはそう言って、また、血みどろの笑顔を悠人に向ける。
それは、やっぱりいつもの笑顔だった。
やがて、その笑顔は金色に染まっていく。ヘリオンの握る手の感覚が、消える・・・
「駄目だぁーっ!ハリオン!戻ってきてくれ!行かないでくれ!」
「いやぁぁあ!そんなの、いやあぁ!死んじゃ嫌!ハリオンさん、死なないで!」
金色のマナの霧が、立ち上っていく。
ぼたぼたと垂れるヘリオンの涙が、消えかかるハリオンの体を素通りして、床に滴り落ちる。
「・・・ハリオンッ!」
「ハリオンさん!」
二人の必死の呼びかけも虚しく、消えかかった笑顔。僅かに動く口から漏れた言葉。

「・・・・・・ウレーシェイスルス・・・」
<・・・・・・ありがとう・・・>

─────それが、最後の言葉だった。
ハリオンの体は、完全にマナの霧と化し、立ち上って、消えて、なくなった・・・・・・。

「ハ、ハリオンッ!う、ああ、あ、ハリオーーーーーンッ!!」
「ハリオンさん・・・い、いや・・・いやあああぁぁああああーーーっ!!」

悠人とヘリオンの悲痛な叫び。
それは、サーギオス中にいる仲間たちの耳に、届き、響き渡った─────。