朔望

lagrima Ⅳ

 §~聖ヨト暦332年レユエの月緑ふたつの日~§

それぞれの兄と姉に再会と祝福を譲った佳織とニムントールは、一緒の部屋でその夜を過ごした。
代わりといってはなんだが、一時の友情を感じた二人にとっても、この再会が喜ばしいものには違いなかった。
お互いの今までの状況を語り合う。これまでの経緯を交換し合うだけで、夜は更けていった。
やがて話題は自然と最も親密な兄姉の事へと移っていく。

「ええ? じゃあお兄ちゃん、ファーレーンさんの目の事、ずっと知らなかったの?」
「そう。まったく、カオリの前で言いたくないけど、ほんっっっっとうにニブいんだからっ!!」
ぼん、と枕に勢い良く顔を埋めながら、憤慨するニムントール。緑のお下げが激しく揺れる。
寝る前に解いた方がいいのでは、とそんなどうでもいい事を思いながら、佳織は苦笑いを返した。
「あ、あはは……はぁ~、そうなんだ。ごめんね、わたしからもちゃんと言っとくから怒らないでニムちゃん」
「う~~~思い出したらだんだん腹が立ってきた。大体ユートってば肝心の所が抜けてるんだから」
「う……それは否定出来ないカモ……。でも、ファーレーンさんって凄いなぁ……」

「でしょでしょっ! ……ってえ? お姉ちゃん?」
「うん、だってそんなどうしようもないお兄ちゃんに、それでも想ってくれているなんて凄いよ」
「…………あったり前。お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから」
急に姉を褒められて、恥ずかしくなったのか真っ赤になりながらやや意味不明の言葉を呟く。
佳織はそんなニムントールにくすっと小さく笑い、そしてうっとりと天井を見つめた。
「あ~いいなぁ、二人とも…………あ!」
「わ! 何? 大声出して――」
「ねぇねぇニムちゃん、わたしもファーレーンさんのこと、お姉ちゃんって呼んでいい?」
「――――へ?」
「ニムちゃんもお兄ちゃんを、お兄ちゃんって呼んでいいから。ね、みんな家族になるんだよ?!」
名案、と言わんばかりにはしゃぐ佳織を前にして、ニムントールは完全に硬直していた。
どこから突っ込んだら良いのか判らない。唐突に何を言い出すのか判らないのはやはりあの兄にしてこの妹なのか。

――――だが、最後の「家族」という響きだけは新鮮に思えた。
「別に……カオリがお姉ちゃんって呼ぶのは構わないけど」
そう返すのが、精一杯だった。言ってから、自分が悠人を「お兄ちゃん」と呼ぶ事を想像してみる。
一瞬で、茹蛸みたいに顔に体中の血液が集まるのを感じた。頬が熱い。ぼんっと音が聞こえてくるようだった。
(……ばっかじゃないのっ!)
ニムントールはそれから枕に顔を埋めたまま、暫く起き上がることが出来なかった。