§~聖ヨト暦332年レユエの月黒いつつの日~§
厳かに行われた礼式の後、披露宴が第二詰所で行われた。流石にここからは身内だけとあってつつましい。
戦いの準備で灰神楽が立つような騒ぎの中、質素ながらも作られた会場に、悠人は温かい温もりのようなものを感じた。
「ぱぱぁ~カッコよかったよ~!」
飛びついてくるオルファ。
「はぁ……ファーレーンさん、綺麗……」
うっとりと見つめるヘリオン。
「マナの導きに――――」
「――――乾杯」
向こうで、ヒミカとウルカが早くも杯を交わしている。
「ユートさま、それにファーレーン。おめでとうございます」
「エスペリア。……なんだかまだ、実感が湧かないけどな」
「ふふ……わたくしも、なんだか弟の晴れ姿を見るようで……あ、も、申し訳ありません」
「いや、エスペリアには世話になったからな。俺もその、姉のように思ってたかも。……ありがとう」
「ユートさま、わたくし、わたくしは……」
ハンカチを取り出し、そのままよよよと泣き崩れるエスペリア。どうやら少し飲んでいるらしい。悠人は頭を掻いた。
「まいったな……」
「ユートさま」
「うわっ、なんだナナルゥか。いきなり背後に立つなよ」
「この度はご結婚おめでとうございます。この良き日を迎えたことを私以下スピリット隊一同心より祝福申し上げ……」
延々と語り出すナナルゥの頬が少し赤い。嫌な予感に悠人は周囲を見回し、
「んふふぅ~ユートさまぁ~。ファーレーンさんを不幸にしたら、めっめっですよぉ~」
「おまえら全員、もう飲んでるのかよっ!!!」
しなを作って迫るハリオンに引っ張られつつ、叫んでいた。
連れて行かれる悠人をあっけに取られつつ見送っていたファーレーンに、声をかける少女がいた。
「ファーレーン、さん?」
「あら、貴女は……」
くん、と軽く鼻を上げたファーレーンは、咄嗟に思い出す。それは先日、マロリガンで聞いた声だった。
「ええと確か……クォーリンさん」
「はい、稲妻のクォーリンと申します。今はラキオスで、教練指導を行わせて頂いています」
「……ええ、伺っています。今日は、ありがとう」
にっこりと微笑みかけるファーレーンに戸惑いながら、クォーリンはぎゅっと唇を噛み締めた。
「今日は、訊きたかったのです。何故……どうして貴女はそんなに幸せそうな顔を出来るのですか?」
「え……?」
「私達は、スピリット。殺し合い、剣と共に生き、剣と共に死すべき存在。それなのに貴女はどうして……」
「……クォーリン。あの時も言いましたけど……貴女の主は、本当にそんな事を望んでいましたか?」
「…………っ」
「剣の声に従うよりも大切な、自分自身で戦うその意味を。きっとそれを、コウインさまも望んでいたと思います」
「な、そっ……そんな事が、何故貴女に判るというのっ!」
「だって……コウインさまは、ユートさまの大切な人だから。多分、同じ事を言うのではないのかと。……違いますか?」
「なっ…………」
クォーリンは、絶句した。ファーレーンの言う事一つ一つに、光陰の面影がダブって見える。
そして間違っているどころか、それは一々正鵠を得ていた。クォーリンは肩に入っていた力をふっと抜いた。
「ありがとう、少し判った気がします……それから、おめでとう。幸せに。私と、そしてコウインさまの分まで」
「ええ……でもクォーリン、貴女にもきっとあると思います。それがコウインさまの生きた証なのですから」
ファーレーンの声に、立ち去りかけた背中がぴくっと弾ける。クォーリンは一度微笑み、そして去っていった。
「ユートさま、聞いてらっしゃいますか? 大体貴方にはいつもいつも隊長としての自覚が…………」
詰所の面々に囲まれた悠人は、さっそくセリアに絡まれていた。近づいた顔からの吐息が酒臭い。
いつもからは考えられない乱れっぷりで、そのしなやかな身体を押し付けてくるのには閉口した。
意外とボリュームのある胸が腕に押し付けられ、気のせいか熱くなっている太腿も先程から擦り付けられている。
「わかった、わかったから……なあアセリア、セリアっていつも酔うとこうなのか?」
悠人は対面で大人しく料理を摘んでいるアセリアに助けを求めるように問いかけた。
するとフォークを口に加えたまま、アセリアは相変わらずの無表情で不思議そうにその光景を見つめ、
「ん。ユート、もう少しセリアの好きにさせろ」
などと意味不明の言葉を返し、そのまま食事の続きに取りかかった。何故か少し嬉しそうでもある。
「いやそうじゃなくてだな……うひゃっ!」
そうこうしているうちに、甘い吐息が耳元をくすぐる。蒼のポニーテールがさらさらと前に流れて色っぽい。
悠人は体中が熱くなってきて焦った。ちらっとファーレーンの方を見ると、誰かと話しているようだ。
この状態を見られないのはせめてもの救いだと思った。しかしほっとしているとセリアの攻撃が再開される。
「ねぇ、聞いてるの? だってしょうがないじゃない……どう接したらいいのかなんて誰も教えてくれなかった……」
益々訳が判らなくなる台詞を飛ばしつつ、急にしゅん、となってしまう。俯いたせいで表情が見えなくなった。
「お、おい、一体何言って……セリア?」
「………………う゛」
「え……わぁっ! おいセリア、ちょっとだけ我慢しろ! アセリア、バケツかなんかないか!」
「ん。準備済み」
「…………さ、さんきゅ」
「ん」
なんでそんなに用意が良いのかと疑問に思ったが、取り合えず引ったくり、セリアの前へ。
するとそれをじーっと見ていたセリアはきっと睨んだかと思うと、無言でそれを持ってどこかへと行ってしまった。
「…………足元ふらついてるけど大丈夫かな?」
「ん……セリア、可愛い」
「…………いや、それはどうかと思うぞアセリア」
「ユート……鈍感」
冷たい視線で言い放ち、セリアの後を追うアセリア。一体何がなんだかさっぱりだった。
「やれやれ…………ってうわっ!」
「お姉ちゃんに……言いつけてやる」
安心したのも束の間、いつの間にか隣にニムントールが座っている。ついでに目も据わっていた。
両手で抱え込んだコップに入っているのはどこかで見覚えのある液体。あれは確かヨーティアの研究室で……って。
「ニム……それ酒だろ?」
「大体ユートってほんっっっっっと~~に優柔~不断なんだからっ!」
「いや、それ酒だろ? なぁ」
「判ってるのっ!? お姉ちゃんを泣かしたら、ニムゆるひゃなひんだひゃら」
「だから酒だろっ! ダメじゃないか、そんなの飲んだら!」
「ユートさま~、女にはぁ、飲まずにはいられない時があるのですよぉ~?」
「そうだようお兄ちゃん…………きゃははははははは」
「佳織までっ! ハリオン、何やって……ってうわっ! 止めろぉ!!」
「きゃははは~! ユートさまぁ、顔あか~い」
豊満な肉体を押し付けてくるハリオンの胸の隙間から、ネリーが指を指して笑っていた。
既に沈没したらしいシアーとヘリオンがその隣ですやすやと眠っている。
助けを求めて向こうを見ると、
「む、中々やりますな、これが噂に聞くイッキノミというものですか」
「まだまだこれからよ、今日は飲み明かすんだからっ!」
ウルカとヒミカの飲み合戦が白熱の展開を見せていた。
結局エスペリアにみんなの後始末を頼み、こっそりと抜け出したのはそれから小一時間も経った頃。
悠人はどっと疲れた身体を詰所の壁に寄りかからせ、外の空気を思いっきり吸い込んでいた。
「ふふ……お疲れ様です」
声に振り返ると、いつの間にか普段の戦闘服に着替えたファーレーン。腰には『月光』も下げていた。
「ファー、着替えちゃったんだな。綺麗だったからもう少し見ていたかったけど」
「え、ええ。こんな時ですから……」
少しはにかみながら、それでも真面目に呟く。“こんな時”とは戦時中、という意味だろう。
悠人はその一言に一抹の寂しさを覚えた。隣に来たファーレーンの手をぎゅっと握る。
握り返してくる温もりを確認して、黙って空を見上げた。真っ暗な空に無数に浮かぶ星達。ぽっかりと浮かぶ満月。
夜鳥の囀りに混じってときおりわっと歓声が上がる詰所に、悠人は知らず苦笑していた。
今日は楽しかった。いつの間に、こんなにみんなで居る事が楽しくなったのだろう。
集団に、どこか馴染めなかったどうしようもない孤独癖。それがすっかり影を薄めている事にふと気付いた。
「楽しかった、な」
「……はい。楽しかった、です」
呟きに、同じ答えが返ってくる。くすっと微笑むファーレーンの気配が、悠人は嬉しかった。
「でもいいのかな。こんな時にお祭り騒ぎをしているなんて、さ」
戦いはまだ終わってはいない。こうしている今も、いつ敵襲を受けてもおかしくはないのだ。
「こんな時、だから……」
同じように空を見上げていたファーレーンが、そっと囁いていた。
「こんな時だから、みんな再確認したいの……自分が守りたいもののことを……私達はスピリット、だから……」