朔望

mazurka Ⅰ

 §~聖ヨト暦332年コサトの月黒ひとつの日~§

「やれやれ……」
渦巻く熱風が周囲を焦がす。地面さえ燃え上がるプラズマの嵐。雪など、存在することすら許されない。
あっという間に消滅する水蒸気の中、浮かんでいる“それ”へ、時深はつまらなそうに呟いていた。
「ギ……ギュ…………」
「私の相手は貴方ですか、業火のントゥシトラ。いえ、永遠神剣第三位『炎帝』に取り込まれしもの……と言うべきですね」
「ギュルゥッッッ!!」
名に相応しく、灼熱のオーラがぶわっと膨れ上がり、赤の属性が飛躍的に増加する。
褐色の球体、その中心で睨みつける巨大な瞳がぎょろり、と血走り、とたん、詠唱も何も無しに閃光が走った。

ガガガガガッ!!
時深の台詞が終わるか終わらないかのうちに、辺りが一気に蒸発する。爆音と共に高温の槍が降り注いだ。
液化した地面が大きく抉り取られ、空気すら燃え上がる。昇華した陽電子が煌きながらマナとなって消えていく。
“生物”であるならば、当然その生命活動を維持出来る筈も無い数万度の高熱。しかしその中で。

「同位ならば、心の差は絶対……それは高位になれば尚更。知らない貴方でも無いでしょうに」
硝煙が舞いあがる中、時深は平然と立っていた。いつの間にか手にした『時詠』を翳して。
身体を覆う、薄く紅いオーラ。それだけで一切の攻撃を無効化し、風圧で僅かに乱れた髪をそっと整える。
「あのテムオリンにそこまでの忠誠を誓う魅力があるとも思えませんが……わかりました、お相手しましょう」
ちゃり。微かな銀の響きがして、『時詠』が顔の前へと広げられる。溜息まじりの気怠い仕草。
その態度にントゥシトラは激昂した。怒りとも驚愕とも知れない瞳が激しく見開かれる。
同時に淡く時深を包み込む、凛然とした金色のオーラ。ントゥシトラの発する陽炎が衝突したのが合図だった。
「飲まれてまでその力を振るおうとするもの。その“宿命”を“運命”の元に」
周囲で、オーラが白い人形のようなものに変形する。時深はざっ、と焦げた地面を蹴り上げた。