朔望

mazurka Ⅲ

 §~聖ヨト暦332年コサトの月黒ひとつの日~§

時深の手中で、召喚された『時逆』が咆哮する。突然の存在に断絶された空間が歪みを修復しようと軋んだ。
その中心で、時深は歯をぐっと食いしばった。暴れまくる意志の制御を怠れば、自分ごと消し飛ばされてしまうであろう。

 ――――リィィィィ……

強力な力が、全身からマナを吸い上げていく。この世界で操るのは、最初から無理があった。
だからこそ、封印してきたのに。脳裏に浮かぶハリガネ頭に、心の中だけでべーっと舌を出す。
昔から、いっつもこうなんだから。そう文句を言いたくても苦笑しか出ない。
予想外の出来事が新鮮な感覚しか齎さないのは今更判りきった事だった。
それをいつも与えてくれていたのは彼なのだから。時深は脂汗を掻きながら、一度だけの詠唱を始めた。
「いきますよ、『時逆』……この場に集いし者に、時を遡る力を……タイムシフト!!」

爆発的に放出される『時逆』に内在していたオーラ。色彩を持たぬそれが、強引に因果律を越えた次元を繋げていく。
浮かべた時計のイメージ。どんどん左回りに回転していくその針。時深は慎重にそのポイントを見極める。
マナの希薄なこの世界で、過去に一度、その中でも特にエーテル総量が落ち込んだ時期。
それの地域と状況だけを、一時的にこの場に再現する。辿り着いた律の枝葉を払い、取り込んだ。

 ――――そう、『呪い大飢饉』という現象を。

かつて「シージスの呪い」とも呼ばれ、忌み恐れられた歴史現象が、俄かにソーン・リームへと出現した。
僅かながらに漂っていたマナというマナが一気に別世界へと弾き出される。限りなく0に近づいたエネルギー。
そしてそれは、“エターナルとスピリットのこの世界での能力差”が急速に縮まったという事でもあった。