朔望

novellette Ⅱ

 §~~聖ヨト暦332年ソネスの月緑ふたつの日~~§

それは、遠い、遠い、夢。
広い、広い草原。水色に、澄み渡る空。忙しげに流れていく雲達。
わたしは一人で、たった一人でぽつん、とそこに立っている。
ぐるりと見渡しても綺麗に切り分けられた水色と緑がどこまでも続いているだけで。
風に波打つ草の音に耳を済ませながら、わたしはただぼんやりと世界を眺めていた。

りぃぃぃぃぃん…………

一陣の風に舞い上がる髪を抑えた手が、何かを持っていることに気づく。
無機質な、それでいてどこか懐かしい温もりを感じさせる銀色の、細い槍。
両手で抱えた時、わたしはいつの間にか雨の風景に囲まれていた。
見上げると、目に入るのは大樹が広げる枝の傘と冷たく細かい霧の壁。
温もりが奪われる感覚に、初めて独り、そんな中に放り出されていることを自覚する。
…………寒い。ここは寒いよ。
急に不安になった心は縋るものを求めて彷徨う。
今は必死に握り締めている槍身が、淡く緑色に輝きだしていた。
ぱしゃ。
だから。呼び声に顔を上げた時、わたしはきっと泣いていたのだと思う。
涙は雨に濡れ、心も雨に濡れ。それでも幻想的な光景に包まれて。
それがわたしの原初の記憶。きっとそこからわたしは「始まった」のだろう。だって。

 ――――ラ、ニィクウ、セィン、ウースィ?

それが、初めて聞いた、大好きなお姉ちゃんの声だったのだから。
一体どれだけそれで、わたしの心は救われたのだろう。
自分の名前を思い出そうとして、ちょっと躊躇って、そして。

 …………ニムン、トール。

初めて使ったときと、同じ言葉。『曙光』が嬉しそうに光を放った。