朔望

hallelujah

 §~聖ヨト暦332年ソネスの月緑ふたつの日~§

木漏れ日が足元を温かく照らしている。鳥の囀りが幾層にも重なり合い、綺麗なハーモニーを奏でている。
踏みしめる枯葉の柔らかい匂いが、風が運んできた緑の空気と混ざり合って森の香を彩っていた。
早朝のリクディウスの森。初めて会った場所を、また二人で歩く。そんな、ささやかな幸せ。
数々の戦いの末、様々なものを失ってまで勝ち取った小さな小さな心の拠り所。
悠人とファーレーンは無言で寄り添いながら歩いていた。
耳を澄ませば聴こえるはずの様々な音も、しんとした静謐な雰囲気のせいか、決して煩わしくは無い。
むしろお互いの体温と心臓の音、波。それだけを感じ合う。――――もう、月も夜も必要無かった。
縋る物が必要だという事。それこそが弱さ。互いに補い、委ねあう二人にはあの詩の旋律さえも最早不要だった。

ふと、ファーレーンの足が止まる。少し遅れて悠人も歩みを止めた。二人の視線がある大木に重なる。
『陽溜まりの樹』。仲間内でそう呼ばれている大木は、今も鬱蒼とその枝を広げ、空を覆いつくしている。
そこだけ翳った根元へと降り注ぐ、細くきらきらと輝く一筋の陽光。反射して煌く――刀身。


月に朔、望があるように、夜明けにも細かい名がつけられている。悠人は知らなかったが、
完全に陽が昇れば朝(あした)、まだ昏い暁(あかつき)、紫色に空が染まる東雲(しののめ)、
そして全てを明るく輝かせる瞬間、曙(あけぼの)――――眩い光で月を輪郭ごと包みこむ、『曙光』。

「――――ラ、ニィクウ、セィン、ウースィ?」

震える声で、ファーレーンがか細く囁く。両手で口を覆い、溢れる涙を抑えようともせず。
蹲っていた緑柚色の髪がさらさらと風に靡き、同じ色の瞳がゆっくりと顔を上げた。


 ――――イス、ニムントール