朔望

phantasmagoria

 §~聖ヨト暦332年シーレの月黒いつつの日~§

「お早う、……お兄、ちゃん」

いつもの、照れたようなニムントールの声に目が醒める。
涼しい風が、鳥の澄んだ囀りを運んでくる。瞼を開けば、朝の眩しい景色。
覗き込んで逆光に映る眼差しが、明るく微笑んでいる。
無意識に緑柚色の髪を触れば、少しくすぐったそうに目を細め、はにかむ。

穏かな休日。永久(とわ)に続けたい、と祈る、そんな平和な日常。
リビングに入ると、朝食の仕度をしていたファーレーンが振り返り、穏かに囁く。
「もう少し、だから……」
淡く白く広がる光景。幸せな現実。自然に零れる笑顔。満たされた――『誓い』。

運命と言う名の再生(つくら)された世界。委ねず、求め、握り締めた『たった一つの守りたいもの』――

「も~、何でいっつも起こされるまで起きてこないのよ、お兄ちゃんは」
相変わらずの膨れっ面で、それでもちょっと嬉しそうなニム。
「くす……はい、準備出来ました。さ、ニム、席に座って。悠人、顔を洗って来て下さい」
可笑しそうに口元に手を当て、ゆっくりと見上げてくるファー。
「ああ、今日も旨そうだな。……でもあまり、無理はするなよ」
大きなロシアンブルーの瞳が朝日に反射してきらきらと輝いている。
優しく深い蒼緑の髪を撫でると彼女は恥ずかしそうに、そしていとおし気にそっと腹部へと手を添えた。


月光は常に東雲(しののめ)の陰へと隠されるもの。
でもそれは、つかの間の幻想。走馬灯のように移ろい往く幻影(ファンタズマゴリア)。
やがては浮かぶ曙光に照らされ、朝(あした)の空を白銀の糸で紡ぎ出す。鮮やかな朔へ望へと揺れ動きながら。


                      ―――― 朔望 ende ――――