革新の一歩

第二章 強さ、弱さ…それぞれ Ⅰ

 唯一許されているのは戦い続ける事。死んでも替えの利くヒトの道具。
 それがスピリット。
 それがこの世界の真実。
 しかし、彼はそれを寂しい事だと言った。
 哀し過ぎる、と。
 ――俺は、みんなに死んで欲しくない
 ――戦う事以外にも、何かあるはずなんだ
 ――俺はみんなが戦うだけなんて、嫌なんだ
 ――俺には人とか、スピリットとかじゃなくて…仲間、そう仲間なんだから
 ――人もスピリットも関係無い
 彼はその真実を真っ向から否定した。
 無論、否定したからといってこの真実の覆しようは無い。
 でも、その言葉は。
 私たちの中にある世界に今までとは全く違った何かを芽生えさせた――と、思う。
 つくづく不思議な人。
 私の中で彼の位置はまだ決まっていない。
 私が嫌うヒトなのか。僅かな安寧を分け合う仲間なのか。
 いまだ未分別なまま定着してしまいそうな第三のカテゴリィ。
 ただ、解っているのは。
 ――守るために戦う。
 彼のあの言葉だけは私にあるものと同じもの。
 そして、何とも言えないうわついた心で、私こそ戦っていけるのかという不安だけだった。


 聖ヨト暦三三〇年スリハの月、青ひとつの日。
 ラキオス王国とバーンライト王国の戦争はラキオスの完全制圧で幕を閉じた。――はずだった。
 ダーツィ大公国がその幕引きも終わらぬうちに、ラキオスに向けて宣戦を布告してきたのである。
 しかし、予想されていた大規模な攻勢は無く、塗り替えられたばかりの国境間で散発的な小競り合いが続いていた。
 ひとつの争いが去れど、戦いは終わらない。
 平和はまだ、遠かった。

「ハリオン、ネリーにパンもうひとつ!」
「…シアーもぉ」
「はいはい~、少し待ってて下さいね~」
「はうっ、こぼしました~」
「相変わらずヘリオンってドジ…」
「……パンにスープが塗布されました。…問題ありません、食糧の摂取を続行します」
 やいのやいのと騒がしい第二詰め所の朝食風景。
 そこから少し離れて置かれたテーブルを占領している三人。
 セリア、ヒミカ、ファーレーン。彼女たちは一足先に朝食を終え、今は紙束と格闘をしていた。 
 戦後報告の文書作成である。セリアとヒミカはラセリオ側、リモドア側それぞれの部隊と敵の動き、そして戦況の推移をまとめていく。
 ファーレーンは上がってきた文書に目を通し必要とあらば添削しつつ所々を抜き出し別箇に文書を作成していた。
 今現在、ファーレーンとニムントールはスピリット隊への配属はされていない――ゆくゆくはそうなる事が決定しているが。
 ニムントールはまだ育成期間。そしてファーレーンが今配属されているのは情報部。彼女はそちらに流す資料を作っている。
 彼女のロシアンブルーの瞳は上がってくる紙束に綴られた内容を追いかけて左右に揺れていた。
「…なるほど。表向きは犠牲者もなく快勝、しかし実は手放しでは喜べない結果だったと」
 バーンライト首都サモドア決戦時の作戦は七割がたの成功を収めていた。
 三割の失点。それはアセリアとオルファリルの突出に気付いた敵主力がサモドアへ転進、陽動~防衛戦のはずが一転し敵を猛追する形となってしまった事だ。
 戦場にサモドア陥落の報がもたらされたのは敵が到着する寸前……辛くも掴み取った勝利だった。
「そうね。いろいろ課題の残る戦いだったわ」
 応えたのはヒミカ。敵の転進をいち早く察知して対応したのは彼女だった。この戦いの影の功労者だと言えるだろう。
「アセリアの独走は今に始まった事じゃないけど、それだからこそ今回止められなかったのは私の責任ね…」
「え…リモドア側の部隊長は確かエトランジェ…ユート様ではなかったのですか?」
 ファーレーンの手が止まる。彼女の言うとおり部隊長は悠人だった。ならばセリアが責任を感じる事はないはずなのだが――

「そうよ。でもまだユート様は頼りないから……あの時いたメンバーじゃアセリアを止められたのは私だけだったわ。だからよ」
 セリアには悲壮感めいたものはなく、あくまで「しょうがないわね」といった感じだ。
「確かに…でもそこまでこき下ろす事もないわ。ユート様はそれ意外はちゃんと隊長の仕事をしてたみたいだし」
「何話してるんですか~?わたしも混ぜてください~」
 そこに割り込んできたのはハリオン。どうやら給仕は終わったようだ。
「あら、ハリオン。エトランジェ…ユート様の話ですよ」
 ファーレーンはまだ悠人と直接の面識は無い。もちろんニムントールも。
 ファーレーンはニムントールを見つめる。可愛い妹、かけがえのない存在…自分の全てを賭けて守りたいと彼女は思う。

 故にファーレーンは気になった。新しい隊長がどんな人間なのか、しっかり見極めなければならない。
「ユートさまですか~?とっても一生懸命で可愛らしいです~。二人はどう思いますか~?」
 ハリオンはセリアとヒミカを見やった。二人は暫し黙考する…そして。
「まだまだ隊長と認められるレベルじゃないけど、及第点くらいはあげてもいいかしら」
「もう少ししっかりしてくれればいいんだけど…すぐには変われないものよね」
 三者の評価は悪くは無い。いや、今までの人間の中では格段に良い。
 特にセリアは、本人が聞いていたら怒りの余り殺されてしまいかねない罵詈雑言を口にする事もたびたびあった。
 そのセリアが「及第点」なのだ。これは期待が持てるかもしれない。
「なかなか好感の持てる方みたいですね。能力的な不安があるみたいですがそれを補うだけのものを持ち合わせている…と、いうところですか?」
「ええ。不思議…と言うか変な人。普通の人間と比べていろいろ規格外ね……あと好感が持てる、と言うには程遠いわ」
 セリアは「好感」の箇所だけはしっかりと釘を刺して応えた。
 全く心外だ。なんで私が彼に好感を持っていると思わなければならないのだろうか。

「変な人ってのはセリアに同意ね。危なっかしいし頼りないけど信用はできると思うわ」
「あらあら~?ヒミカは最初ずいぶん警戒していたじゃありませんか~…ひょっとして~?」
 ハリオンのニコニコ顔にニンマリとしたものが混じった。それを見て取ったヒミカが硬直する。
 こういう時のハリオンは決まってロクなことをしない。後手に甘んじてはいけない――彼女との付き合いで培われた勘がそう告げていた。
「ばっ…そんなのじゃないわよ!ハリオン、あなたこそどうなのよ?」
「そうですね~、人間もスピリットも関係無いって言うくらいですし、信頼できるのではないでしょうか~?」
「え、それは本当ですか?詳しく聞かせて下さい」
 ファーレーンに請われてハリオンとヒミカはサモドア陥落の際の出来事を話し始めた。
 勝鬨を上げて殺到する兵士たち。それに混じって入城したスピリット隊。ほどなく別働隊の悠人、セリアと合流を果たした。
 部隊は残りの二人を探して城内を進み、やがてオルファリル、アセリアをみつけた。
 うずくまるアセリアを見て悠人は怪我をしたと勘違いして駆け寄る。勘違いに気付くと今度は彼女の戦い方が危険だと訴えるがアセリアはそれを拒む。
 悠人はそれでも粘り強くアセリアを諭そうと言葉を続けた。
 そして…
 ――俺は、みんなに死んで欲しくない
 ――戦う事以外にも、何かあるはずなんだ
 ――俺はみんなが戦うだけなんて、嫌なんだ
 ――俺には人とか、スピリットとかじゃなくて…仲間、そう仲間なんだから
 ――人もスピリットも関係無い
「…そう、言ったんです~」
 戦う事以外の意義を見つけて欲しい……探して欲しいと彼は言った。
 スピリットに対して理解を示す人間など世界中を捜しても僅かだ。ましてや対等に接しようとする人間はさらに少ない。
 悠人は永遠神剣「求め」の使い手という以前に稀有な存在だった。
「何となくだけど…ユート様には期待してしまうのよ。…それに、ほら」
 ヒミカの促した先には朝食を終えて歓談している他のみんな。奇しくも話題はこちらと同じ、悠人の事らしい。

「ねえ、ヘリオン。あの時ユートさまの言った事ってどういう事なのかな?」
 そうヘリオンに話し掛けたのは話題の火付け役となる事が多いネリー。
「ふぇ、あの時って……サモドアでの事ですか?うーんと…そうですね」
 首を傾げるヘリオン。その仕草にあわせて艶やかな黒髪のツインテールがゆらゆら揺れた。
「私たちに戦う事以外の何かを見つけて欲しい、そのためにも死なないで…って事なんじゃないでしょうか?」
「…ユートってそっちの部隊の隊長?そんなにいいの?」
 話に混ざってきたのはニムントール。いつも眠たそうに見えるつり目が印象的な第二詰め所の最年少。
「はぅ~、ユートさまはお優しいです。それにあの時はこう、アセリアさんの手を取って…あれが私だったら、っきゃ~」
 何かのスイッチでも入ったのだろうか、ヘリオンは急にわたわたと落ち着きをなくし始めた。
(…こりゃだめね)
 ターゲット変更。
 ヘリオンの様子を見ていたニムントールは他に答えを求める事にした。
「…ネリー、シアー。そっちのユートって奴はそんなにいいの?」
「ねえ、シアー。訓練が終わったらユートさまのところに遊びに行こうよー」
「うん、そうだね~」
 ネリーはヘリオンに話を振っておきながらシアーと今日の事で話し合っている。移ろい気の多い彼女ならではか。
「むっ、二ムを無視するな~」
 全く聞いてない。この二人も駄目となると残るは…
 ニムントールが見やった先。そこにはまだ朝食を黙々と食べていたナナルゥがいた。
 普段から何を考えているか解らない彼女は機械的な動作で食事を摂っていた。
「ねぇ、ナナルゥ…」
「何でしょうか?」
 ナナルゥはピタリ、と食事を中断してニムントールに向き直った。しかし口に含んだ分は咀嚼を続けている。
 リスのように頬を膨らませていたが、言葉は明瞭そのものでしっかり聞き取れる…謎だ。

「そっちの部隊のユートってどんな奴なの?」
「…よくわかりません。今までの人間と比較するならば、変な人というのが最も適切な表現だと思います」
 ナナルゥはそこまで行って口の中の物を嚥下し、続けた。
「およそ普通から乖離した行動が目立ち、理解は困難です…ですが」
「ですが?」
「一緒に生き残ろう、と言っていました。命令なら、私はそれを果たすだけです」
 …それは命令ではないと思うが。
「…そ、そう。…ありがと」
 結局解らなかった。何故こんなに気になるんだろうか。
 ニムントールはひとしきり考えて――そして
「…面倒くさい」
 投げた。

「ね、ナナルゥはともかく…あの三人はみんなユート様に懐いてるし」
 ヒミカは笑いをかみ殺しながら言った。
「二ムが私以外の誰かに興味を持つのは珍しいですね」
「それに~、ユートさまはこれからもっと強くなります~」
 彼は確実に実力を伸ばしている。そう遠くなく真の意味での隊長として、みんなを率いてくれるだろう。
「………」
 セリアは作業に戻りながらもこの状況を観察していた。
 サモドアの一件以来、彼を中心として部隊はまとまる方向に流れている。
 いい傾向と言うべきだろう。しかし……
(何かみんな緩んでるわね)
 セリアはこういった雰囲気は苦手だった。どうにも居心地が悪い。
 それに何故か苛立つ。ここは早々に立ち去ろうと決めた。
「…報告書の作成、こっちの分は終わったわ。後は二人でがんばって」
 セリアは椅子から立ち上がってファーレーンに紙束を差し出す。
「え、あっ!いつの間に……解りました。セリア、お疲れ様」
 セリアから紙束を受け取りながらファーレーンは彼女を労った。
「あらホント、速いわね。これからどうするの?」
「宮中警護。少し早めに行こうと思って」
 セリアは身を翻すと食堂を出ていった。
「何かセリア、苛立ってなかった?」
 セリアを見送ったヒミカが誰ともなしにぼそりと呟いた。

 王宮の中庭でセリアは自問自答していた。
 全くどうしたと言うのだろうか。
 多少の不安はあれ事態は良い方向に流れている。――そのはずだ。
 なのに何故、こうも苛立つのだろう?
 これでいいはずだ。悠人が隊長としてみんなに認められつつある現状はセリアにとって喜ぶべき事のはず。
 悠人自身もああ言った手前もあるのだろう、精力的に訓練に取り組んでいる。
(いけない、こんな事じゃ)
 乱れる思考を無理矢理に引き戻す。
 地に足がついてないといった意味ではでさっきのみんなと変わらないではないか。もっと冷静に――
 ぽすっ
 突然視界の上半分が消失した。
「な、何?」
 頭に覆い被さってきた何かを手にとって見てみる。
 形状からして帽子だと思われる。後方にだらり伸びた二枚の長い布地と本体についている黒い飾りボタン。
「……エヒグゥ、かしら」
 伸びた布地が耳、飾りボタンが目とするとしっくり来る。しかし――
(…なんか何も考えていなさそうで不気味ね)
 飾りボタンの目が淡々とセリアを見つめている。
 生き物を模して作る以上、それには何かこう躍動みたいなものが必要なのではないだろうか?
 その点から結論すると目の前のこれは明らかな失敗作だ。
 しかし、誰のものだろうか。こんな帽子を使っているなど、よほどの酔狂者だろう。
 酔狂者…一人心当たりがあるが彼ではないだろう。ためしに彼がこの帽子を被っているところを想像してみた。
(………うわ)
 嫌過ぎる。

「あ、あのっ……」
 誰かの声。セリアは周囲を見渡してみるものの中庭には彼女以外誰もいなかった。
「あのっ、すみません」
 さっきよりはずいぶんはっきり聞こえた。セリアは声の元と思われるところ――宮殿の二階の窓へと視線を向けた。
 窓には頑丈そうな鉄格子がつけられていた。
 外からの侵入を警戒するのではなく、中からの脱出をさせない――そんなつくりだ。「監禁」そんな言葉が心によぎった。
 そこから顔を出していたのは長い赤毛の少女。眼鏡をかけた幼い顔立ち。見なれない服装。
「その帽子、私のなんです。拾って下さってありがとうございます」
 そう言って少女はぺこりと頭を下げた。
「窓際に置いて掃除をしてたら風で飛ばされちゃって…すみませんが、部屋まで持ってきてくれませんか?私、ここから出られないんで……」
 少女はいかにもすまなさそうに頼んできた。
 確かにここから歩いて城の二階まで行くのはなかなかに手間だ。セリアは暫し黙考して…
 ばさっ!
 ウイングハイロゥを広げて、跳躍。
 彼女は窓にほど近い木の枝の上に降り立つ。枝は少しばかり軋んだが、しっかりと彼女を支えていた。
「……わぁ」
 何がそんなに珍しいのか、少女は呆けた表情でセリアを見ていた。
「……どうぞ」
 セリアは手に持った帽子をずい、と突き出した。

「…え?、あ、ありがとうございます!」
 帽子を受け取った少女はまたも頭を下げた。スピリットをスピリットと思わぬその態度はどことなくある人間を連想させる。
「……では」
「あっ…待ってください」
 セリアは枝から飛び降りようとする。――が少女に引きとめられた。
「……他に、何か?」
「私、佳織って言います。高嶺佳織。良ければあなたのお名前を教えてくれませんか?」
「…セリア。セリア・ブルースピリット。ラキオススピリット隊の一人です」
 佳織と名乗った少女の目が見開かれた。
「スピリット隊の人なんですか?…だったら、私の兄を知っていますか?名前は悠人って言います…高嶺悠人」
「!!」
 ――やはり。その格好といい態度といい王宮の人間らしくないとは思っていた。
 彼女がもう一人のエトランジェ。悠人の戦う理由、守りたい人だったのだ。
「ええ、よく知っています。ユート様は私たちの隊長です」
「今はどうして、いますか?」
「今日は、確か訓練をしていると思います…戦いに、備えて」
 佳織の表情が沈痛に曇った。
「…止める事は、できないんですか?お兄ちゃんは優しい人です。戦いに向かない人なんです」
 知っている。
 セリアの脳裏にサモドアで見た光景がよみがえる。
 敵を倒すほどに心をすり減らす悠人。懊悩に満ちた顔にしかし涙は無かった。
 だが、彼は泣いていたような気がする。セリアにはそう思えてならない。
 しかしそれを知っていたところで、告げる事実は変わらない。
「戦いは、続きます。私たちに止める事はできません。でも、終わらせる方法はあります。私たちが戦いの果てに勝利する事で」
 それまで彼は戦い続けるだろう。いや、途中で命を落とす事も十分に有り得る。
 何故そうまで戦うのか?言うまでもなく目の前の少女のためだ。
「……私が、お兄ちゃんを戦わせているんですね」
 佳織もセリアと同様の事を考えたようだった。

 セリアは蚊の鳴くように小さくも重い言葉に声をかけられなかった。
 何を言っても彼女の慰めにはなれない、そんな気がした。
「…私のせいで、お兄ちゃんが死んでしまうかもしれない……」
 俯く佳織から深い自責が感じられた。
「そんな事はありません。ユート様は強い力を持っています。それにスピリット隊のみんながユート様を護っています。
カオリ様がご心配になる事はありません」
 セリアは口を挟まずにはいられなかった。佳織の罪悪を背負い込む様が悠人と被ったから。
「大丈夫です。私も、ユート様をお護りしています。ユート様は一人ではありません」
 今の佳織の様子を知れば悠人はどうするだろうか、とセリアは考えた。
 悲しむだろうか?
 苦しむだろうか?
 何にせよあの時とそう変わらない。セリアはそんな悠人を見るのは嫌だった。
 だからこそ、目の前の少女には罪悪や苦悩から出来る限り離れていて欲しかった。
「…そう、ですか」
 顔を上げた佳織の目尻には微かに涙がたまっていた。
「ありがとう、ございます。これからもお兄ちゃんを守ってあげて下さい…お願いします」
「はい、必ず」
 頭を下げる佳織にセリアははっきりと返答した。

 宮中警護の後、昼食を取ったセリアは何となくラキオスの街中を歩いていた。
 路地に続く小道を通りかかった時、彼女は見知った後姿を二つ発見した。
 セリアと同じポニーテイルとショートカットの二人組の髪はこれまた同じ青。
 小道の出口になる物陰から首だけが出ている。どうやら路地の様子を覗っているらしい。
「ネリー、シアー。何しているの?」
「うひゃあ!…ってセリアかぁ。脅かさないでよー」
「よ~」
 声をかけられた二人はビクッとして振り向いた。
「んーとね、ユートさまと遊ぼうとシアーと行ったんだけど留守で…って、いけなーい」
 ネリーは話の途中で向き直った。シアーもそれに倣っている。そんなに目の離せない何かがあるのか。
 セリアも興味を掻き立てられて二人の上から同じようにして路地を覗きこんだ。
(あれは…ユート様。それと…誰?)
 そこにいたのは悠人とそして市民と思われる少女。年は悠人と同じくらいだろう。
 手入れの行き届いてそうなしっとりとした黒髪を頭の左右でお団子にしていた。
 彼女は手に持った紙袋から悠人に中身のお菓子を一つあげたあと、ニコニコと笑顔を浮かべて彼の手を取った。
 そのまま二人は手を繋いで路地を駆けて行ってしまった。
 正確には少女が悠人を強引に引っ張っていったのだが、セリアにはそう見えた。

「ねえ、ネリー。あのお菓子、おいしそうだったね?」  
「そうだね。ヨフアル…って言ってたっけ?」
 ネリーとシアーは二人が持っていたお菓子の事しか頭にないようだがセリアは違った。
 なんと言うか……気に入らない。朝食後の雑談の時に感じた苛立ちがそのままよみがえってきた気がした。
 解らない。どうしてだろう、こんな気分になるのは?
「あれ、セリアご機嫌斜め?」
「斜め~?」
 セリアの様子がおかしい事にネリーとシアーも気付いた。
 二人がどうしたの?と声をかけたその時――
「私に、解るわけないでしょ……」
 セリアは搾り出すようにそれだけ言って走り去っていった。