ただ、一途な心

第Ⅴ章─昇華 後編─

がちゃり。
「ただいま・・・」
元の世界に戻り、家に戻った佳織は、誰も答えてはくれない挨拶をする。
もう、この家には、両親はおろか、ただ一人生きている仮の肉親、悠人すらいない。
それだけで、家の中が広く感じる。マンションの一室で、たった一人ぽつんと立ち尽くす佳織。
だが、その表情は、ついさっき、悠人との別れを済ませてきた者とは思えないくらい、明るかった。

自然と、足が自分の部屋に向かう。
何をするというわけでもないが、ベッドにでも横になりたかった。
佳織が部屋に入ると、そこには、畳まれた状態で山積みになった家中の衣服があった。
「あれ?誰か・・・あ、そっか、お兄ちゃんたちが・・・一度戻って来たんだっけ」
おそらく、ヘリオンとハリオンが、町にでも行った時に着替えたものなのだろう。
悠人から聞いた話では、町で結構いろいろなことがあったらしいが・・・
「そういえば・・・何かの劇に出たとか言ってたっけ。確か・・・」
佳織は、その動きの鈍った体を、リビングへと向かわせる。

テーブルの上には、向こうに行く前にはなかった一つの写真立てがあった。
佳織はそれを手に取ると、そこには、奇妙な格好をした三人が写っていた。
「す、すごいなぁ・・・これ。ハリオンさんお姫様だし・・・お兄ちゃんとヘリオンさん、おそろいだし・・・」
思わず苦笑いする佳織。
それとともに、この三人がこの世界に来たことが真実であることを証明された。
・・・だが、それと同時にひどく悲しくもなった。
この三人のうち一人は、もうどの世界にもいない。この目で、その人が死ぬところを見たから。
もう、この写真の笑顔しか、その人の面影を残すものはない。
そう考えると、あの瞬間が佳織の脳裏にフラッシュバックする。
「お兄ちゃんに、ヘリオンさん・・・生き延びてくれるかなぁ。ううん、生き延びてくれるよね、絶対・・・」
そう信じるしかなかった。
もう二度と会えないのだから。もうすぐ、自分の記憶からも消えてしまうから。
記憶が、想いがあるうちに、生き延びてくれることを祈るしかなかった・・・

─────何時でもない時、何処でもない場所。・・・時の迷宮。
エターナルになるための、大いなる永遠神剣が、その主が訪れるまで眠りにつく場所。
その空間に、一人のエターナル、一人の青年、一人の少女が・・・降り立った。
青年は、自分の世界と、ファンタズマゴリアという世界を救うため、エターナルという力を求めて。
少女は、その青年を護り、大事な人の遺言を果たすために。

「ヘリオン・・・どうして、どうして来たんだ!」
「だって・・・だって、ユート様が、いなくなっちゃうって、そんな予感がしたんです。だから・・・!」
「だからって・・・!ヘリオン、ここがどういうところか、わかっているのか?」
「わ、わかるわけないじゃないですかっ!」
そりゃそうだった。
ヘリオンは、時深の説明を受けているわけじゃないから。
悠人を追って、その結果巻き込まれる形でこの時の迷宮に来てしまったのだから。
悠人がちらり、と時深の方を見ると、時深は仕方なさそうに掻い摘んで話し始める。
「・・・ここは、時の迷宮と呼ばれる空間。エターナルになるための、第三位以上の永遠神剣が眠る場所」
「あの・・・ちょっといいですか?」
「なんでしょう?」
「そもそも、エターナルってなんですか?ユート様は、その、エターナルになるためにここに来たんですか?」
「・・・ああ、そうだ。俺は新しい神剣を手に入れて、エターナルになるためにここに来たんだ」
悠人はそう答えるが、どこか、その口調には重々しいものを感じられた。
その口調の正体を明かすかのように、時深はエターナルについて話し始める。
「第三位以上の神剣に認められれば、エターナルになります。エターナルになると、自在に世界を越えたり、
 外見や年齢がその時点で固定・・・つまりは、歳を取らなくなり、半永久的に生き続けることになります」
「す、すごい・・・そんなすごいのに、ユート様はなるんですね・・・」
自在に世界を越えられるってそう聞いた。ならば、悠人はいつでも自分に会いに来れるのに・・・
では、なんなのだろう。あの時感じた、もう二度と会えないような、そんな予感は・・・

「・・・ここからが、一番大事なことです」
「え・・・?」
さっきまでは柔らかい表情だったのに、突然、時深の顔が真摯な顔になる。
「エターナルになると、その人に関する記憶が・・・エターナル以外のすべての人から、消えます」
「え??ど、どういう、ことですか・・・?」
「・・・つまり、悠人さんがエターナルになると、佳織ちゃんや、光陰さんに、今日子さん、レスティーナ女王。
 スピリット隊のみなさんや、もちろんヘリオン、あなたの記憶からも、悠人さんに関する記憶が消えるのです・・・」
「・・・!!」

記憶が消える。それはつまり、ハリオンのことを忘れたときと同じことになるということ。
大事な人のことを忘れてしまう。それがどんなに、辛くて、悲しいことなのか。
もう二度と、あんな目には逢いたくはないと思っていたのに、悠人は、それを繰り返そうというのだ。
「ゆ、ユート様・・・そんなの、そんなのって・・・!!」
「・・・ヘリオン、ごめん。でも、そうするしかなかったんだ」
「嫌ですっ!私、ユート様のことを忘れたくありません!そんな、エターナルなんかに、ならないでください!」
「けど、俺がエターナルにならなきゃ、あの世界は消滅するんだ。みんな死んじまうんだぞ!?
 俺は、みんなが死ぬのが嫌なんだ。ヘリオンにだって、死んでほしくないんだ!」
「・・・っ!私、私は・・・ユート様のことを忘れるくらいなら、憶えてるまま死んだ方がいいですっ!!」
ヘリオンの瞳は、怒りの色を浮かべながら悠人の悲しそうな瞳を睨み付ける。
だが、簡単に『死ぬ』などと口にしたヘリオンに、悠人の瞳も怒りに染まっていった。

「馬鹿っ!そんな風に、死んだ方がマシだなんで言うなっ!・・・俺に、あのときのことを、
 ハリオンが死んだときのことを、あの嫌な気持ちを、もう一度繰り返させろって言うのかよっ!!」
「馬鹿はユート様の方ですっ!あの星空の下で言ってくれた、あの言葉は嘘だったんですか!?
 私と一緒にいたいって・・・あの言葉は、口からの出任せなんですか!?嘘なんですか!?」
「ちがうっ!一緒にいたいよ!でも・・・俺がエターナルにならないと、それすらも叶わなくなるんだ!」

「ユート様がエターナルになったら・・・私、ユート様のこと、忘れちゃうんですよ?それで、
 たとえ世界が救われても・・・ユート様は私に会って『はじめまして』って言われるのに、耐えられるんですか!?」
「それは・・・!」
「私、そんなの嫌です・・・忘れたくない・・・ユート様との思い出を、捨てたくない・・・」
「ヘリオン・・・」
ヘリオンの、思いっきり瞑った目から涙が漏れ出す。
このとき、悠人は初めてわかった。こんなにも、自分を想ってくれている人がいることを。
でも、ヘリオンは佳織と違って、記憶や思い出を捨てる覚悟はできていない。
だからこそ、こんな風に真っ直ぐな想いをぶつけてくれている。
それだけに、罪悪感が積もっていく。歯を食いしばって涙を流すヘリオンを、見ていることしかできなかった。

「なぁ・・・時深」
「・・・なんでしょうか?」
ふと見ると、時深の顔も怒りに染まっていた。
それだけに尋ね辛かったが、ヘリオンのためにも、聞いておきたかった。
「なにか・・・方法はないのか?ヘリオンが俺のことを憶えたまま、俺がエターナルになる方法とか」
とりあえず聞いてみた・・・が、どう考えても無理難題・・・という感じがする。
時深は目を瞑って少し考えるようにすると、細目で、重そうに口を開く。
「無いこともありません・・・が、難しいですね」
「本当か!?あるんだったら、難しくてもいい。教えてくれ」
「・・・それは、悠人さんのすることではありません。・・・すべては、ヘリオン次第です」
「ぇ・・・?わ、わたし・・・?」
僅かに希望の光が見えたかのように、ヘリオンは流れ落ちる涙を腕で拭う。
悠人のことを忘れなくて済むなら、なんでもしてやる。そんな気持ちが、ヘリオンを支配していた。
「その方法は・・・ヘリオンも、私たちと同じ存在、エターナルになること」
「な・・・!?」
「わ、私も・・・エターナルに!?」

記憶を失うのは、あくまでエターナル以外の存在。
すなわち、ヘリオンもエターナルになってしまえば、悠人がエターナルになっても記憶が消えることはない。
・・・だが、それはみんなからヘリオンの記憶も消してしまう、ということだった。
「・・・だめだ!そんなの・・・こんな目に遭うのは俺一人で十分だ!」
「悠人さん、これはヘリオンが決めることです。私や悠人さんが口出しすることではありません」
「でも!」
「・・・わかりました。私、エターナルになります」
「ヘリオン!?」
そのヘリオンの瞳には、ニムントールと戦った時の様な、決心のような光が宿っていた。
「なんでだよ、なんでそんなに簡単に・・・!!」
悠人がそう言うと、ヘリオンはその真っ直ぐな瞳を悠人に向けて、こう言った。

「ユート様と一緒にいたいから・・・じゃ、だめですか?」

「え・・・?」
「私、決めたんです。ユート様と一緒にいるって」
「・・・いいのか?俺についてきたら、きっとろくなことないぞ」
「カオリ様に頼まれたんです。ユート様のこと、守ってあげてって。それに・・・」
「それに?」
「それに・・・ハリオンさんは、私たちに生き延びてくださいって・・・そう言ってました。
 だから・・・私、ユート様と一緒に、どこまでも、いつまでも、生き延びたいんです」
悠人と一緒にいたい。ただそれだけのために、今までを捨てる覚悟をするヘリオン。
さっきまで怒りと悲しみに染まっていたその表情は、悠人に向かって満面の笑みを浮かべる。
悠人も思わず笑顔になって、その少女の頭に掌を置いていた。
「・・・ヘリオン、ごめんな。・・・それと、ありがとう」
不思議な気持ちだった。泣きたいのに、泣けないような、そんな気持ち。
目の前の、普段はぎこちなくて頼りないような少女が、今は自分よりも大きく、強く見える。
それは何よりも心強く、安心できる。・・・本当に、いつまでも、どこまでも一緒にいられるような気がする。
いや、一緒にいたい。

「ユート様・・・私、ユート様についていきますから!ずっと、ずっと・・・!」
「ちょっとちがうな・・・ずっと一緒にいる、だろ?一緒にいるのと、ついていくのは、ちがうよ」
「そう・・・ですね!改めてよろしくお願いします!ユート様!」
「ああ、よろしくな、ヘリオン」
悠人とヘリオンはお互いの右手を握り合う。お互いの温もりを、想いを確かめ合うように・・・


「じゃあ、行こうぜ。時深、案内してくれ」
「はい。こちらへ・・・」
時深は、何処まで続くかわからないような道にその視線を向けると、すたすたと歩き出す。
悠人はヘリオンの手を引いて、時深に導かれるまま果てしない空間を歩き出すのだった・・・

「あ、そういえば・・・トキミさん」
「どうかしましたか?」
ヘリオンは歩きながら、時深に気になっていた事を尋ねる。
「あの・・・私がエターナルになるって言ったときに、トキミさん、難しいって言ってましたよね?
 あれって・・・どういう意味なんですか?」
ヘリオンは、エターナルになると決めた。だから、なれなければ意味がない。
もしかしたら、エターナルになるためにはとんでもない試練を乗り越えなくてはいけないのか、
等々、自分がエターナルになれる可能性について、不安を感じているのだった。
「この時の迷宮には、五本の永遠神剣・・・【聖賢】、【永遠】、【聖緑】、【再生】、【深遠】が眠っています。
 エターナルになるために、神剣に認められること・・・誰がヘリオンを選ぶのか、それがわからないのです」
「そうですか・・・認められなきゃいけないんですね・・・」
「ちょっとまて。もし認められなかったら・・・ヘリオンはどうなるんだ?俺のことを忘れちまうのか・・・?」
もしヘリオンがエターナルになれなかったら・・・そんな不安が悠人の脳裏に過ぎる。
そのときは、ヘリオンは悠人のことを忘れてしまう。さっきのヘリオンの決意の意味がなくなるのだ。
「・・・それだけじゃすみません。この空間は、エターナルにならない限り出ることはできません。
 つまり、ヘリオンがエターナルになれなければ、永遠にここで彷徨うことになります・・・」
「な、なんだって・・・!?そんな・・・」
「悠人さん、あなたにも説明したはずです。それに・・・悠人さんも例外ではないのですから」
「あ、ああ・・・」

悠人はちらり、と横にいるヘリオンの顔を見る。
が、その表情は永遠を伴う試練に挑む者とは思えない顔だった。
悠人の視線に気がついたのか、ヘリオンは悠人を見てはにかんだ笑顔を向ける。
「大丈夫ですよ!ユート様、絶対に一緒にエターナルになりましょうね!」
明るく振舞い、まるで一緒に受験でもしに行くかのように悠人を元気付けるヘリオン。
しかし、不安に思っているのはヘリオンも同じ。この笑顔は、ヘリオンの精一杯の笑顔だった。
それが、ひしひしと悠人に伝わってくる。
「・・・そうだな。俺たちはそのためにここまで来たんだからな」

どれくらい歩いただろうか。
時深曰く、この空間は時間の流れという概念は存在しないらしい。
それだけに、体が疲れたり、腹が減ったりとかそういったことはないらしいのだが、精神が疲れているのだった。
「時深・・・まだ着かないのか?」
「・・・着きました。悠人さん、ヘリオン。左を」
着きましたと即答されて、思わずあっけらかんとしてしまう悠人。
言われるままに左を見ると、ブロックのような壁に大きな光の門が開いていた。
その門の中心では、マーブル模様のような、青白い渦が静かに波紋を立てている。
あからさまに『門』という感じだった。

「ここが・・・?」
「ええ、ここが時の迷宮の入り口。ここをくぐると、試練が始まります」
「試練・・・って、どういうものなんですか?」
試練と聞いて、また少し不安そうな顔をするヘリオン。
時深は、仕事面なのか、ナナルゥ並みのポーカーフェイスぶりで答える。
「試練の内容は決まってはいません。どういう試練にしろ、迷宮の先の時果ての間までたどり着かなくてはいけません。
 その時果ての間で、エターナルになるための契約を行います」
「・・・ま、そこに辿り着いてから、ってことか」

「じゃあ・・・ユート様!行きましょう!」
ヘリオンは先陣を切って門に飛び込もうとする。が、
「あ、ちょっと待ってください」
と、その時深の一言でヘリオンはずっこけ、板が倒れるかのように真っ直ぐにばたり、と倒れてしまう。
痛そうに鼻を擦りながら起き上がるヘリオンを尻目に、時深はなんだか説明を始める。
「この門をくぐるか、触れるかしたときに、人々の記憶からあなたたちという存在が消えます。
 あまり意気を削ぐような真似はしたくないのですが・・・これが最後の選択肢になるので・・・」
「なるほど・・・ね。でも、俺たちは退くわけにはいかないよな。ヘリオン」
「はうぅ・・・そ、そうですっ!がんばりましょうっ!」
悠人とヘリオンは、お互いに顔を見合わせてその意思を確かめ合う。
・・・もっとも、先刻のヘリオンのきれいなコケ具合に、さっきから悠人の頬は緩みっぱなしだったが。
そんなことも気にせず、ヘリオンは赤っ鼻の笑顔を向ける。
悠人もヘリオンも、顔など見てはいなかった。瞳の奥の、想いと、志だけを見つめていたのだった。
「よし・・・ヘリオン、行こう」
「はいっ!」
悠人とヘリオンは、静かに波打つ門の中へと足を踏み入れる。
エターナルになる。エターナルになって世界を救う、最愛の人とともに戦う、その想いを踏みしめながら───


───── 一方そのころ、現実世界、佳織の自宅にて。AM6:30。
佳織は自作のサンドイッチを、向こうで学んだお茶の知識を織り交ぜたコーヒーと一緒に食べていた。
「もうそろそろかな・・・?」
ぴんぽーん、ぴんぽーん。
玄関のチャイムがけたたましく鳴るとともに、リビングに青い人影が飛び込んでくる。
「佳織~。迎えに来たよ!」
「小鳥~・・・ちょっと早いよ。今日の練習は7時半からでしょ~?」
「だって、悠人先輩たちが泊りがけで出かけてるせいで、最近の佳織は元気ないんだもん!
 だから、早くに来て元気付けよーと思って!」

確かに、自分でも自覚できるくらい元気はなかった。
もう、こちらに帰ってきてから一週間ほども経った。でも、まだ悠人の記憶は消えない。
なまじ焦らされている感じがするだけに、いつ消えるのか不安でたまらなかったのだ。
いつかは消えてしまう。それは避けられない。ならばいっそ、早く消えてほしかった。
ちらり、と、佳織の視線はテーブルの上においてある写真立てに向かう。
それにつられてか、小鳥の視線もそちらに向かっていった。
ちなみに、悠人や今日子、光陰は泊りがけでバイトに行っている。・・・ということになっていた。
「あれ?この写真・・・あ、ああ~っ!」
「どうしたの?小鳥・・・」
「ああ、悠人先輩・・・ヘリオンさんとおそろいでぇ~・・・しかも、ハリオンさんがお姫様ぁ~!!?
 佳織!佳織っ!?この写真は一体何!?なんなの~?!?」
「え、えっとね・・・それは・・・かくかくしかじか・・・」
激しく暴走する小鳥の勢いに押され、悠人から聞いたとおりに説明する佳織。
「ああ、悠人先輩・・・あんなに文化祭の劇には出るのを渋っていたのに・・・この二人と一緒ならいいんですかっ!」
「・・・結構、成り行きというか、無理矢理にやることになったみたいだよ?」
「ふ~ん。でも、この格好似合ってるな~♪悠人先輩が私のナイトに~♪」
写真を抱きしめ、くるくると回りながら妄想トリップする小鳥を、佳織は苦笑いしながら眺める。
いつものこととはいえ、今回はヘリオンやハリオンというライバル(?)付きなのかいつもより激しい。
そんなことを考えていた、そのとき・・・

キイイイィィイイィイン・・・

一瞬、目の前が光に包まれたような気がした。
・・・何が起こったのだろう。小鳥はもちろん、佳織はそれを理解することはできなかった。
くるくると回り終わった小鳥が写真立てをテーブルに戻すと、佳織を急かす。
「さ、佳織!早くいこっ!」
「え?あ、う、うん・・・」
まるで何事もなかったかのように振舞う小鳥。あっけにとられた佳織だったが・・・
そんなことはおくびにも出さずに鞄を手に取ると、小鳥に引っ張られていくのだった。
テーブルの上に残された写真立て。そこには─────

─────スピリットに酷似した奇妙な存在。守護者なのか、巨大な竜。
試練という名にふさわしいような、そうでないような敵を倒しながら、悠人とヘリオンは迷宮を歩いていた。
「・・・このあたり、マナが溢れてます。ユート様、ちょっと休みましょう!」
「あ、ああ・・・そうだな」
悠人はとにかく疲れていた。
ヘリオンが戦っているのに、自分は見ているだけ。そんな無力感に駆られているのもそうなのだが・・・
何よりも、ヘリオンに護身用にと持たされた【大樹】が負担になっていた。
「(うぅ・・・重いな。ハリオン、こんなの振り回してたんだなぁ・・・)」
飼い主・・・もとい持ち主に似るとはよく言ったものである。
長柄で幅広の刃が特徴の大槍型神剣、【大樹】は、ハリオン自身と同じくずっしりと重かった。
悠人とヘリオンは、マナの光に包まれた場所に腰を下ろす。
「ああ~・・・生き返る~・・・」
「そんなに疲れてたなんて・・・ユート様、大丈夫ですか?」
「【大樹】が・・・重くて。やっぱ神剣の力ってすごいんだな・・・」
思わず弱音を吐き出してしまう悠人。
ついさっきまでは、自分を守ってくれてるヘリオンの負担になるまいと我慢していたが、もう限界だった。
両腕の筋肉と、肩の骨がぎしぎしと悲鳴を上げている。数十kgのバーベルを運んでいるような感覚。
それを、ハリオンはもちろん、ヘリオンも片手で持っていたのだ。・・・ここにきて、改めて神剣の偉大さを感じるとは。
「ご、ごめんなさい、ユート様・・・私、槍って使い方がわからなくて・・・」
「いや、謝らなくていいよ。俺が足手まといなんだし・・・時果ての間までは、もたせてみせる」
徐々に回復してくる体に、悠人は精神で喝を入れる。
そうでもしなければ、ゴールに辿り着いても契約で参る羽目になりそうだからだ。
「・・・ん?そういえば・・・ヘリオン?」
「? どうしたんですか、ユート様?」
「いや・・・もしエターナルになったらさ、【失望】や【大樹】・・・どうするのかなって」
「あ・・・」

そういえばそうだった。
エターナルになるということは、第三位以上の神剣の持ち主になること。
今まで、それこそ生まれてからずっと生死を共にしてきた神剣は、もう用なしになってしまうのではないか。
彼女たちの行方。これから。それも、ヘリオンは背負わなくてはならなかった。
「そう、ですね・・・もしエターナルになっても残っていたら・・・」
「残っていたら・・・?」
一体どうするつもりなのか、悠人はその言葉の続きを待ったが・・・
ヘリオンは目を瞑って、首を横に振って言葉を止めた。
「・・・やめます。そんなこと、あまり考えたくありません」

「・・・そうか。辛いもんな。俺も、あのバカ剣が死んだって自覚したときは、少し、苦しかった。
 いろいろあったけど、やっぱりバカ剣は俺のパートナーだったんだなって、あの時初めてわかったんだ」
「ふふっ、ユート様は知らないでしょうけど、【失望】はよく言ってました。
 『ユート様と【求め】はいつも仲がいい。本気で信頼できる相手がいて羨ましい』って」
「・・・羨ましい?俺と、バカ剣がか?どうして・・・」
当然の疑問だった。悠人としては、あれほどギクシャクしていたのを羨ましがられたのだから。
「信頼というものは、最初から持っているものではありません。例えそれが成り行きでも、無理矢理でも、
 少しずつ分かり合って、喧嘩して・・・いろいろあるからこそ生まれるものなんです。
 だから・・・はじめから私のことを何もかも分かっていた【失望】には、ユート様や【求め】が少し羨ましく思えたんです」
「・・・なるほど。それにしてもヘリオン、随分と説明が上手いな」
「【失望】が言ったことをそのまま言っただけですよ?それに・・・」
「ん?どうした?」
「それに、【失望】は、二回泣いたんですよ?」
「・・・え?」
ヘリオンは、何かを思い出すように、天を仰ぎながら言葉を紡ぐ。
「一回目は、ハリオンさんのこと・・・二回目は、【求め】のこと・・・本当に、悲しそうでした・・・」
「バカ剣が死んで泣いてくれる奴もいたんだな・・・少し、不憫だよ。俺、何もしてやれなかったし」
「ユート様が気に病む必要なんてないです。【失望】は、【求め】に感謝してましたし、それに・・・
 【失望】は、【求め】のことが好きだったんです。近づく度に、恥ずかしそうにしていたんですよ?」
「それって、もしかして・・・あのときの?」

「・・・はい。【失望】にとって、【求め】は命の恩人ですから。私にとって、ユート様がそうであったように」
「・・・あった?」
「今は、ユート様は、私の大事な人。私が誰よりも愛してる・・・誰よりも好きな男の人です」

いつもの調子からは考えられない、凛々しさを含んだ表情で心を打ち明けるヘリオン。
本当に伝えたかったヘリオンの気持ちが、悠人の疲れきった心に突き刺さる。
ぼんやりと立ち上る淡い色のマナが、まるで悠人とヘリオンを祝福するかのように二人を優しく包んでいた。

「・・・ヘリオン?」
「え・・・?あ、や、やだっ!私、何言ってるの・・・?」
悠人が呼びかけるようにヘリオンに声をかけると、ヘリオンは我に返ったかのようにはっとする。
自分が言ったことに今まで味わったことのないような恥ずかしさを感じていることが、赤面した顔からはっきりと分かる。
一気にいつもの調子に戻ってしまったヘリオンは、塞ぎ込むように顔を隠してしまった。
「俺も・・・好きだ」
「あ・・・」
悠人は音を立てずにヘリオンに寄り添い、そっとヘリオンの肩を抱く。
ヘリオンは、以前に抱き上げてやった時のように、ぎこちなさや緊張を表に出すことはなかった。
まるで、父親や兄に甘えるように、静かに悠人の方に寄りかかる。
・・・ずっとこうしていたい。悠人とヘリオンの心は、ただそれだけに染まっていた。

「一緒に・・・エターナルになろう。生き延びよう・・・な」
「はい・・・ユート様・・・」


─────どれくらいの時を過ごしたのだろう。いつの間にか、悠人の意識は闇に落ちていた。
体が、傾いてるのがおぼろげにわかる。まるで、それを支えているかのように、力がかかっていることも・・・

悠人は、やや寝ぼけた、本来はねぼすけの瞼を自力でこじ開ける。
「・・・?ここは・・・ああ、いつの間にか寝ちまったのか」
自分を支えているこの重さ。ふとその方に目を向けると・・・そこには、幸せそうな顔で眠っている少女がいた。
「ん・・・ぅ~ん、ゆ~とさまぁ・・・」
幸せな夢でも見ているのだろうか、口から漏れる寝言も、これ以上なく幸せそうだった。
「ヘリオン・・・起こすわけにはいかない・・・かな?・・・もしかして、起きるまでこのまま・・・?」
なんとなく懐かしい感じがする、幸せというよりは、幸運な感覚。
・・・電車の座席で、隣の女の子が寄りかかって眠っているときのような、今まさにそんな感じだった。
それにしても、眠る前のあの感覚はどこへやら。悠人の心は、少なからず不純な感覚に襲われていた。
「(うう・・・困った。起こすべきか起こさざるべきか・・・)」
「う・・・ん?・・・・・・あ、ユート様・・・起きてたんですね・・・」
起こすかどうするかを頭の中で交錯させているうちに、ヘリオンは目を覚ましたようだ。
よかった・・・悠人の心は、安心したような、がっかりしたような、そんな感覚に襲われた。
「起きたか。じゃ、行こうぜ。こうしてる間にもファンタズマゴリアは戦いになっているかもしれない」
「はい!行きましょうっ!」
二人は勢いよく立ち上がると、時果ての間へと向かう。
エターナルになるための、神剣を手にするために・・・


「門、か・・・この先が時果ての間なのかな?」
「しかも二つ・・・です。ユート様と、私の分、ってことでしょうか?」
この迷宮に入ったときに飛び込んだ門。
その門にひどく似た門が、ブロック状の壁に、今度は二つ並んでいた。
「そう、なのかな・・・?とにかく、行ってみるしかないよな。ヘリオン、【大樹】は返すぞ」
悠人は、やっぱり恐ろしく重い【大樹】をヘリオンに手渡す。

・・・ヘリオンは、それを片手でひょいっと担ぎ上げてしまう。・・・ちょっと情けない。
「じゃあ、私も・・・返しておきますね」
「え?」
ヘリオンはそう言うと、胸元に手を入れる。
何かと思っていると、ヘリオンが取り出したのは・・・【求め】のペンダントだった。
「あ、それ・・・あの夜から、ずっとつけてたんだ」
「はい・・・ごめんなさい。全然返せなくて・・・結局、カオリ様に渡せませんでした・・・」
「いや、いいんだ。俺がエターナルになったら消えちゃうだろうし。ヘリオン、持ってろよ」
「いいんですか?・・・・・・ありがとうございます、ユート様・・・」
【求め】のペンダントをその手に包んで、うれしそうに、はにかんだ笑顔を悠人に向けるヘリオン。
悠人はその笑顔を受け取ると、くるりと踵を返し、門の方に向き直る。
「じゃ、俺は先に行くから。・・・後で、また会おうな」
「あ・・・はい。・・・がんばって、ください・・・」
ヘリオンの、小さな声の激励を受け取ると、悠人はその体を門の波の中へと沈めていく。
完全に通り抜けると、その門は光に包まれ、まるではじめからなかったかのように、消えてしまった・・・
「ユート様・・・」
ヘリオンは、もう一つの門の前に立つと、【失望】と【大樹】を持つ手に力を込める。
絶対に悠人とともにエターナルになる。その志を、その力に乗せて・・・
「・・・行きますっ!」
そして、ヘリオンも門に飛び込んだ─────


──────ここはどこなのだろう。真っ暗で、何も見えない。
足場が、無い。上も下も、右も左もわからなくなってくる。ふわふわと浮いているような、不思議な感じだった。
・・・やがて目の前に、夜空に広がる星空のような空間が広がっていった。

「・・・ここは、どこ?私・・・どうなったんですか?」
さっきとは全く違う空間に放り出されたヘリオンは、なにがなんだかわからずに混乱していた。
それどころか、さっきまでは感じていた【失望】や【大樹】の重さすら感じられなくなっている。
しばらくそうしていると、無重力の中で、どこかで聞いたような声が響き渡った。
『こんにちは』
「・・・あなたは?」
『さあ・・・誰でしょう?ふふっ、それより・・・あなたの名前は何ですか?』
「私ですか?私は・・・」
名前を言いかけて言葉がとまる。一瞬、何が起きたのか・・・分からなかった。
『・・・どうしたのですか?あなたの名前ですよ?誰よりもよく知っているはずじゃないですか・・・?』
「私は・・・え?あ、あれ・・・!?私、だれ・・・!!?」
思い出せない。・・・いや、もともと記憶には無い。知っているはずなのに、無くなっている。
『そう、思い出せないのですね?じゃあ名前はいいですから、あなたの大事な人を教えてください』
「だ、大事な人・・・?な、なに?それ・・・わたし、そんなの、しらない・・・」

りいいいぃぃん・・・
聞き覚えのある音が、頭の中に響き渡る。
『・・・もう一度聞きます。あなたの名前は何ですか?』
「わたしは・・・ヘリオン。・・・あ、あれ?ど、どうなってるんですか!?」
『ふふっ。どうでしたか?自分のことを忘れてしまった感覚は・・・』
「や、やめてください!ど、どうしてこんなことを・・・!!第一、あなたは誰なんですか!?」
『私のことなんてどうだっていいじゃないですか・・・エターナルになるとはどういうことか、説明しただけです』
「・・・!!」
エターナルになる。人々の記憶から、自分の存在が消える。
もちろん、自分が忘れてしまうということは無いが・・・今回は、記憶を覆い隠されたのとはわけが違う。
最初からいなかったことに・・・きれいさっぱり記憶が消えてなくなってしまうのだ。
たった今、ヘリオンはそれを体感した。何も知らないこと。知られていないこと。それは・・・すごく怖くて、背筋が冷えた。

『あなたは耐えられますか?過去のあなたのお友達に会って、はじめましてって言われるのに耐えられますか?』
「そ、それは・・・!!」
『あなたは、自分自身が他人に出した問いにすら答えられない。それで耐えられるとは思えませんけどね・・・』
「・・・そんなの、無理に決まってるじゃないですか。忘れられるのが辛くない人なんて、いません」
『そう。それが普通。エターナルになる人はみんな辛いのです。・・・まあ、中には例外もいますけど』
「・・・でも、私・・・私たちは、それを覚悟の上でここまで来たんです!」
『あなただけの、真っ直ぐな強い意志・・・それを忘れないでください』
ヘリオンに対する試練。それは、エターナルになるものなら誰もが通る道。
この声のせいで、少し悪戯が過ぎたようだったが・・・ヘリオンに理解させるにはこの方法が一番早い。
そのことを、声の主は知っていた。

『・・・さて、単刀直入に言います。エターナル用の永遠神剣・・・あなたを持ち主に選ぶものは・・・いません』
「え・・・!?そ、それじゃ・・・!!」
『はい。時の迷宮にある4本の神剣では、あなたはエターナルになることはできません』
「・・・4本?トキミさんの話では、5本あったような・・・」
『すでに、【聖賢】の主は決まったようです。ユウト、という青年のようですね』
「ゆ、ユート様が・・・もう、エターナルになったんですね・・・ユート様ぁ・・・」
悠人はすでにエターナルになった。・・・それだけで、自分は置いていかれてしまうような、そんな感覚に襲われる。
それどころか、ここには自分を認めてくれる神剣はいないという。
・・・このまま、永遠に迷宮を彷徨う存在となってしまうのだろうか・・・嫌なのに、逆らえなかった。
絶望感が、ヘリオンの心を染める。
『・・・まあ、このままではなんですから、神剣にまつわる話などを聞いていきませんか?』
「神剣の・・・話?」
その声の主は、ヘリオンの返事を聞くまでも無く、神剣の伝説を語り始める。

『全ての永遠神剣は・・・はじめは一つの巨大な剣だったと言われています』
「・・・一つだった?【失望】や【大樹】や・・・【求め】も、一つの剣だったんですか?」
『あなたたちの持つような低位の神剣は、再生の剣から生まれたもの。それとは少し違いますね』
「じゃあ、その再生の剣や、エターナルの持つ神剣が・・・?」
『ええ、そう言い伝えられています。そして、ある時、それが砕け散って・・・さまざまな世界へと散っていき・・・
 それらの欠片が、様々な形の、様々な力を持つ剣になった・・・と言われていますね』
「・・・でも、砕けた神剣はどうなったんですか?全部、欠片の神剣になっちゃったんですか?」
『その神剣の・・・核となる部分はまだ生きています。そして・・・一部の神剣は、その核に戻ろうとしています』
「戻る?」
『つまりは・・・一つの神剣になろうとしているのです。すべてがすべて、そういったものではありませんが。
 自分の意思で生きたいと思っている神剣もいますし、エターナルと共に永遠に生きたいと思う者もいます』

「・・・一つに。あの、ちょっと聞きたいんですけど・・・」
『・・・?何でしょう?』
ヘリオンの中で、ある考えが形を作り始めていた。自分がエターナルになるなら、これしか可能性は無い。と。
「・・・神剣を一つにする。それは、低位の神剣同士でも、できることなんですか?」
『できなくは無いでしょう。あなたも見たはずです。【誓い】に、【求め】が吸収されて【世界】になったところを。
 ・・・まさか、あなたが持っている二つの神剣を、融合させるつもりなのですか?』
「いいえ。私が一つにする神剣は・・・三つです」
ヘリオンは【求め】のペンダントを掌にのせる。未だに、【求め】は僅かに光を放っていた。
『・・・そこまでして、エターナルになりたいのですか?媒体となる神剣・・・【大樹】、【求め】はともかく、【失望】は・・・』
「はい。【失望】を失うのは悲しいです・・・。でも、私がエターナルにならなかったら、もっと悲しむ人がいるから・・・
 私、その人のために生きようって、一緒に生き延びようって決めたんです。・・・そのために【失望】、力を貸してください」

『(そう、それでいいのです。ヘリオン、あなたは、あなたの望む道を歩みなさい。
 【大樹】も・・・その主であるハリオンも、それを望んでいます。決して、立ち止まらないで、躊躇しないで・・・)』

『・・・わかりました。そこまでの覚悟があるなら、もう何も言いません。融合を、行いましょう』
ヘリオンは、【失望】と【大樹】、【求め】のペンダントを目の前に浮かべる。
『念じてください。あなたが望む神剣の形を。あなたの望みを。一途な心を・・・!!』
「(・・・ユート様ッ!!)」
キイイイィィイイィン・・・!!
目の前が、あたたかい光に包まれる。その光は、三本の神剣を混ぜ合わせるかのように渦を巻く。
・・・やがて、その光が、一振りの剣の形を、作り出した・・・

─────その神剣は、【失望】を一回り大きくしたような・・・刃の幅も、長さも、柄の太さも、大きくなっていた。
柄の先には深緑の宝石。【求め】が入っているからか、その刃は、青白く光を放っていた。
ヘリオンは、迷うことなくその神剣の柄を握り締める。
その瞬間、【失望】がいなくなったせいでぽっかりと抜けた心に、パズルのピースがはまるようなものを感じる。
・・・からだが、別のものへと変わっていく。
「これが・・・私の!」
『まったく、無茶をするものです。上手く第三位になったからいいものの、そうでなかったらどちらにしろ永住ですよ?』
「じゃあ・・・私も、エターナルに?」
『ええ、おめでとう。・・・それと、私も一緒に行かせてもらいます。もうこんなところにいるのはウンザリですから』
ヘリオンは一瞬ぎくり、とする。ついさっきまで神剣の話をしていた声の主が、神剣の中に入っていた。
「はうぅ・・・変なことしないでくださいね」
『するもなにも・・・私の持ち主はあなたですから。・・・あ、でも、変なことは考えない方がいいですよ?筒抜けですから』
「うぅ~・・・そ、そんなぁ」
『じゃあ、早く行ったほうがいいですよ?ユウト様はお待ちかねのようですし』
「あ、は、はい!ユート様っ!今行きます!」
ヘリオンが悠人のことを考えると、目の前に門のような空間が現れる。
自分の意思でつないだ空間の扉へと、ヘリオンは飛び込んでいった・・・

「そういえば・・・あなた、お名前はなんて言うんですか?」
『私の名前ですか?・・・そうですね、【純真】とでも名乗らせていただきましょう』
「・・・【純真】。よろしくおねがいします、【純真】!」


─────時の迷宮へと続く回廊。すでに契約を済ませた聖賢者ユウトこと悠人は、ずっと待っていた。
自分のことを愛してくれている、自分が愛している少女の帰りを・・・
「・・・ヘリオン、まだ帰ってこないのか?」
「気の毒だとは思いますが・・・おそらく、契約に失敗したか、あるいは、時間がかかっているのか・・・
 悠人さん、これ以上は・・・待てませんよ?あまり時間をかけると、ファンタズマゴリアが消滅してしまいます」
「わかってる。わかってるけど・・・一緒にエターナルになろうって、約束したんだ。諦められるかよ・・・」
本当ならずっと待っていたかった。でも、ファンタズマゴリアが消滅しては元も子もない。
刻々と迫るタイムリミット。その中で、悠人は悔しそうな顔で天を仰ぐ・・・
「(ヘリオン・・・頼む。早く・・・戻ってきてくれ。一緒に、生き延びるんだろ?)」
るううぅぅうん・・・
そうして、ただひたすらにヘリオンのことを想っていると、突然、頭上の空間が歪む。
「・・・!なんだ?」
悠人はその歪みを見つめる。【聖賢】の警戒音が響いているにもかかわらず、体が動かなかった。
何かが来る。そんなことは、容易に想像できた筈なのに。

「きゃああああぁぁぁああぁ~~っ!!」
「いッ──────!!」
どさぁっ!
黄色い悲鳴と共に顔に何か白いものが当たって、倒れると共に後頭部に衝撃が走り、目の前が真っ暗になる。
「(ま、真っ暗!?・・・顔に、顔に何か・・・やわらかいものが乗ってる!?)・・・もが、ふがもが・・・」
「い、いたたたぁ~・・・もう、乱暴な門ですぅ・・・」
突然の出来事に呆気に取られた時深の前に現れたのは、痛そうに腰を擦る黒髪のツインテールの少女。
それは、紛れも無く悠人と一緒に迷宮へと飛び込んだヘリオンだった。

「・・・ヘリオン?契約は終わったのですか?」
「・・・あ、トキミさん!はい、私、エターナルになりました!・・・って、あれ?ユート様は?」
ヘリオンはきょろきょろと辺りを見渡す。が、そこには顔を赤くした時深の他には誰もいなかった。
「トキミさん!ユート様はエターナルになったんですよね!?どこに行ったんですか!?」
「・・・・・・悠人さんは・・・あなたの、お、お尻の下ですよ・・・」
「・・・!!!」
「・・・ふぇ?」
そう言われて、ヘリオンは恐る恐る、自分の尻の下にあるものを触る。
ツンツンした毛のような感触と、人肌よりも少し熱いようなやわらかい物体が、そこにはあった。
「────!!」
ヘリオンははっとして立ち上がり、後ろで倒れている人を見る。
そこには、下敷きになりながら真実を知り、恍惚の表情で死にかけた悠人の姿があった。
「ゆ、ゆゆっ、ユート様っ!な、なな、何してるんですかっ!!」
「し・・・しるかっ!そっちが突然・・・!」
悠人の頭上に現れた門。
それを通り抜けたヘリオンはお尻から悠人の顔に突撃してしまい、そのまま下敷きにしてしまったのだ。
・・・おまけに、スカート越しというわけではなく、生尻、直撃。
「・・・悠人さん、最低です」
「ほ、ほんとですっ!せっかくの再会がこんな・・・こんな・・・!!」
ヘリオンは真っ赤な顔でそっぽを向いてしまう。不可抗力なのに・・・
「な、なんで俺が責められるんだああぁぁ~~っ!?」

────── 十数分後、ようやく落ち着いた悠人とヘリオンは、時深とともにファンタズマゴリアへと向かっていた。
「・・・そうか。【失望】と【大樹】、それから【求め】を融合させて、その・・・【純真】を造ったのか」
「正直、最初はもうだめかって、ユート様にはもう二度と会えないって、そう、思っちゃいました・・・
 でも、神剣が元々は一つで、それがバラバラになって、また戻ろうとしているなら・・・」
「神剣同士の融合も可能、と考えたのですね?・・・随分と、悪運が強いのですね、ヘリオンは」
「確かに。運良く手元に三つの神剣があって、運良く思いついて、運良く第三位になって・・・
 それしかなかったとはいえ、ヘリオン・・・本当に運がいいんだな」
「今まで運がありませんでしたから・・・その皺寄せかもしれません。それに・・・」
「それに?」
「強く、願いましたから。ユート様と一緒にいたいって。その願いが、きっと届いたんです」
「そうか・・・ありがとな、ヘリオン」
激しく惚気られた。だが、悠人は本気で嬉しかった。
自分をこれほどまでに愛してくれる人は・・・今まで、いなかったから。

「・・・あ、見えてきました!では、二人とも?ファンタズマゴリアに飛び込みます!」
「よし・・・ヘリオン、行こう!」
「はい!ユート様っ!」
三人は、ファンタズマゴリアへと飛び込む。
世界を守りたい。その志に、想いに、導かれるままに・・・


──────悠人たちが時の迷宮にいる間に、ファンタズマゴリアでは約1ヶ月の時が流れていた。
時深の計らいにより、悠人とヘリオンは同志のエターナルとして紹介されることになったが・・・

「ラキオスへようこそ。ユウト殿、ヘリオン殿。私たちはあなたがたを歓迎します」
悠人とヘリオンは、謁見の間でレスティーナに謁見をしていた。
その周りには、時深はもちろん、スピリット隊のメンバー達が集結している。

「ゆ、ユート様ぁ・・・」
「ああ・・・これは、思ったよりもきついな。でも、これが忘れられるってことなんだよな」
二人に突き刺さる、スピリットたちの興味と嫌疑の視線。
自分たちは、彼女たちのことを知っているのに、彼女たちは、自分たちのことを知らない。
なまじ一方的に知っているだけに、こんな視線を向けられるのは強烈な精神的ダメージとなっていた。
受け止めなければならない。彼女たちとは、初対面。・・・それが、現実なのだから。

「・・・というわけで、私たちはキハノレへと進攻します。ユウト殿には、ラキオスのスピリット隊を率いてもらいます」
「どうして、俺が?」
「トキミ殿が言うには、ユウト殿は統率能力に優れているとのこと。的確だと思ったのですが・・・駄目でしょうか?」
「・・・いえ、やらせてください。彼女たちの命、俺が預かります」
しかし、時深・・・まさかこんな所にまで手を伸ばしていたとは。
時深のすることは大抵が余計なお世話なのだが、今回はありがたかった。
やることがいつも通りにまとまったからだ。
「出陣は三日後。それまでは、この城の施設、人材など、必要なものは何でも使ってくださって結構ですので」
「ありがとう。レスティーナ・・・女王陛下」
「では、解散しましょう」
スピリット隊のメンバー達が三々五々、謁見の間を出て行く。
その中で、緑色のメイド服に身を包んだ亜麻色の髪のスピリット・・・エスペリアがこちらに寄ってくる。
「私たちの館に案内いたします。ついてきてください」
悠人とヘリオンは、エスペリアの案内を無言で受け、スピリットの館へと向かうのだった・・・

─────少しして、第一詰所・・・の見覚えのある部屋に、悠人とヘリオンは案内されていた。
「ここに滞在する間は、この部屋をお使いになってください」
「ん、あ、ああ・・・ありがとう、エスペリア」
「では、ごゆっくり。何かありましたらご遠慮なくお言いつけてくださいませ」
エスペリアは上品な振る舞いで会釈を済ませると、部屋を出て行った。
悠人とヘリオンは、何か運命付けられたような気がして、その場にボーっと立ち尽くすのだった。
「いやぁ・・・またこの部屋か。つくづく、縁があるなぁ・・・」
「そ、そうですね。なんだか、懐かしいような・・・そんな気がします」
「なんだかんだいって、ヘリオンはよくここに来てたからな。じゃ、契約で疲れただろうし、少し休もうぜ」
悠人は【聖賢】の入った鞘を壁に立てかけると、ベッドにごろん、と寝転がる。
よっぽど疲れていたのか、あの時の衝撃がきつかったのか、ものすごいスピードで眠りについてしまった。
「(私・・・どうしよう。や、やっぱり、一緒に寝るわけにはいかないし・・・はうぅ)」

こんこん。
何をしようかと途方にくれていると、部屋のドアが軽くたたかれる。
「あ、はい!」
とことこと足音を立てて、ヘリオンはドアを開ける。
やってきたのは、第二詰所をまとめる立場にある蒼きスピリット、セリアだった。
「あ、セリアさん。何か、御用ですか?」
「・・・ええ、あなたに幾つか聞きたいことがあって。すぐに私と一緒に来てくれる?」
ヘリオンはちらり、と後ろを見る。悠人はセリアという来客に気づく様子も無く、爆睡していた。
「・・・わかりました。一緒に行きます」
特に何をするでもないヘリオンは、セリアに連れられて、第二詰所へと向かうのだった。

─────第二詰所の食卓に連れてこられると、すでにヒミカとファーレーンが席についていた。
明らかに嫌な視線をこちらに向けている。・・・まるで、取調べでも行わんと言わんばかりだ。
「ここに座って。お茶でも飲む?」
「いいえ。それより・・・何を聞きたいんですか?」
食卓の中に充満した殺気。三人がヘリオンに向けているのは・・・疑い。
・・・怖かった。でも、逃げるわけにもいかなかった。ただ、真実を知りたいだけかもしれないから。

「・・・一つ目。あなた、さっき私の名前を言ったわよね。どうして、私のこと知ってるの?」
「そ、それは・・・それは、あの、トキミさんから聞いたんです」
「トキミ・・・あの紅白のエターナルよね。カオリ様が帰る前にも来てたから・・・言っててもおかしくないわ」
嘘だった。本当はずっと前から知っていた。・・・でも、そんなこと言えなかった。
それは、彼女たちにとってはただの嘘でしかなかったから。記憶の上では、ヘリオンはいないから。
「二つ目。あなた、どうして私たちと同じ服を着ているの?」
「!! そ、それは・・・!」
「・・・悪いけど、そんな服が都合よく他の世界にもあるとは思えないのよ」
「ヘリオン、率直に聞きます。あなたは、この世界の・・・このスピリット隊の出身ですね?」
あっさりばれた。スピリット隊の服装が、盲点になるなんて・・・思いもしなかった。
もっとも、洞察力に優れた三人を相手に誤魔化せるわけないと、考えればわかったことなのに。
「あなたがどうしてエターナルになったのか、どうしてここにいたことを隠すのか・・・それは聞かないわ。
 エターナルになるのは、相当悩んだんでしょうし。どれだけの物を捨てたのか、わからないもの・・・」
「正直に答えて、ヘリオン。あなた、ここにいたんでしょう?」
嘘はつけなかった。ついても、しょうがなかった。

「・・・そうです。私、ここにいました。ここで・・・みなさんと一緒に、戦っていました」
ヘリオンがそういった瞬間、三人の強張った顔が詰まりが取れたように、ふっ、と柔らかくなる。
「最初から素直にそういえばいいのに。エターナルになる子ってみんなこうなのかしら」
「私たち、あなたのことを知りませんけど・・・ここにいたのなら、私たちの、家族ですよね?」
「ふふ、こんなこと言うのは変かもしれないけど・・・おかえりなさい、ヘリオン」

「・・・!あ・・・ありがとうございます!ありがとう・・・う、うあぁ・・・」
思わず、涙が溢れ出す。
自分は、スピリット隊のみんなを捨てた・・・それなのに、スピリット隊のみんなは、自分を受け入れてくれる。
情けなかった。エターナルになって、悠人以外の全てを捨てた気になっていた。
でも、違った。大事な人は、例え記憶が消えても捨てられるものじゃなかった。

ヘリオンが涙を拭うと、それにタイミングを合わせるかのように、両脇から青い影が抱きついてくる。
「ネリー、シアー・・・な、何ですか!?」
「えへへっ。だって、ヘリオンはネリーたちの知らない、ネリーたちの思い出を持ってるんでしょ?話して~」
「何も知らないのって、嫌なの。だから・・・シアーたちに思い出を分けて?ヘリオン~」
「ね!ヒミカお姉ちゃん!ヘリオン借りてっていいでしょ?」
「いいわよ。たっぷりと話してもらいなさいな」
「ってわけだから!こっちこっち~♪」
「エターナル一名様、ごあんない~♪」
「わ、私は・・・あ、あ~れぇ~・・・・・・」
ヘリオンは、なんだか楽しそうなネリーとシアーに引きづられ、食卓を後にするのだった。
それに擦れ違うかのように、ニムントールが食卓に入ってくる。
「あれが、私たちの所にいたっていう・・・スピリットのエターナルなんだね」
「どうしたのですか、ニム?なにか・・・気になることでもありましたか?」
「ううん、頼りになりそうな顔してるなって。そう思っただけ」
「みんなそう思ってるわ。実際、神剣から出てくるマナの力強さが半端じゃないもの。ナナルゥもそう思うでしょ?」
セリアがそう言うと、台所の影から、ずっと聞き耳を立てていたナナルゥが姿を現す。
「はい。十分に信頼をもって行動できるでしょう」
「私たちは、私たちと・・・エターナルの皆さんを信じて、戦いに望みましょう。・・・マナの導きがあらんことを・・・」

・・・結局、ヘリオンが悠人の元に戻ったのはかなり日が暮れてからだという。
捨てたはずの、新しい家族。そのあたたかさを、ヘリオンはその日の間ずっと感じ続けていた・・・

「・・・ハリオン。あなたの仇は、きっとあの子がとるわ・・・だから、安心して眠りにつきなさいな・・・」

─────二日後の夜。・・・すなわち、決戦前夜。
悠人は、訓練で疲れたその体を風呂場で癒していた。
「今日の訓練もきつかった・・・エターナルになったとはいえ、アセリアたち、本気でかかってくるからなぁ」
訓練。それは主に、スピリット対エターナルの模擬戦のようなもの。
なにしろ、明日はエターナルを六人も相手にするのだ。対策を練らなくては苦戦は必至だろう。
「エターナルの神剣って・・・こんなにも力強いものだったのか。神の剣とはよくいったもんだよな・・・」
第二位の神剣を持って、その気になれば簡単にスピリットを蹂躙できる自分が時々恨めしくなる。
スピリットとエターナルの絶対的な力の差。それを、ひしひしと感じているからだ。
おそらくそれは、第二詰所のメンバーを相手にしていたヘリオンも同じ。
・・・そんな戦場に彼女たちを連れて行って、生き残れるのだろうか・・・悠人は、ただそれだけを考えていた。

がらがらがら・・・
脱衣所の扉が開かれる音が、湯煙の向こうから聞こえる。
「あの・・・ユート様・・・」
「ん・・・?ヘリオンか。どうした?」
「その・・・ユート様、一緒に入って・・・いいですか?」
「いいけど・・・」
「じゃ、じゃあ・・・失礼しますっ!」
ちゃぽん。
ヘリオンは湯船に浸かると、すーっと悠人に寄ってくる。前と同じく髪をほどき、タオルを体に巻いて。
以前のような緊張は、今はあまり見えない。それどころか、いつになく積極的だった。
「はぁ・・・気持ちいいですね・・・」
「そうだな・・・こう、訓練とかで疲れてると、一層気持ちよくなるもんなんだよな」
「前にも・・・こうして一緒に入りましたよね」
「ああ・・・もっとも、あの時はもう一人いたけどな。・・・なんか、あの時のことが懐かしいよ」
「ユート様、思いっきり掴んでましたから・・・あの時の感触が懐かしいですか?」
「ぶっ!ち、ちが・・・!そういう意味じゃ・・・」

悠人はどぎまぎしながら必死に否定する。
すると、ヘリオンは悪戯っぽい顔でくすくすと笑い出し、悠人を落ち着けてきた。
「ぷふっ、冗談ですよぅ。でも、本当に懐かしいですよね。あの時から、色々ありましたから・・・」
「そうだな。ヘリオンとハリオンの家に行ったり、俺の世界に飛んじゃったり・・・」
本当に・・・色々あった。悠人とヘリオンは、あの時のことをまるでかなり昔のことのように思い出す。
思えば、ハリオンを失ってから・・・ずいぶんと長い時をすごしてきた気がする。
「私・・・時々思うんです」
「・・・え?何を・・・?」
「・・・もし、ハリオンさんが生きていてくれたら・・・私、どうしてるのかな・・・って」
「それは・・・どうなんだろうな・・・ヘリオンはどう思うんだ?」
ヘリオンは、ハリオンが生きていてくれた時の未来の自分を思い浮かべるかのように天を仰ぐ。
少し考えるように目を瞑ると、すぐに目を開いて語りだす。
「私・・・ハリオンさんが生きていたら、きっとここにはいません。エターナルにならずに、ユート様のことを忘れてます」
「・・・だろうな。【大樹】があったからこそなれたんだし・・・」
「それだけじゃありません・・・私、エターナルになろうなんて絶対に思いませんでした・・・」
「・・・辛いよな。本当に大事な人に忘れられるっていうのは・・・ハリオンと一緒に、いたいよな・・・」
「それで・・・ユート様に聞きたいんです」
「え・・・?」
ヘリオンはその真摯な瞳を悠人に真っ直ぐ向けて、その心の内を明かしてくる。
「どうして、ユート様は・・・カオリ様や私たちを・・・大事な人の記憶から消えようって、そんな覚悟を持てたんですか?」

「・・・大事な人を失いたくなかった。ただ、それだけだ」

単純な一言。だが、それに込められた想いは、何よりも深く、何よりも強い。
「俺は・・・ヘリオンや、みんなの記憶からいなくなっても・・・守りたかった。もう、大事な人を失うのは嫌なんだ」
「それって・・・ハリオンさんのことですか?」
「・・・俺、もう・・・家族を三度も亡くしてるんだ。俺の両親、佳織の両親・・・ハリオン・・・
 みんな、みんな俺のせいで死んじまった。だから・・・もう、俺のせいで大事な人を失いたくない・・・嫌なんだよ・・・」

「!!・・・ユート様・・・ご、ごめんなさい。私、こんなこと聞いて・・・」
大事な人を・・・家族を失った。それがどんなに辛くて、悲しくて・・・悔しいことか。
二度も家族を亡くしたヘリオンには・・・その悠人の苦しみが痛いくらいにわかる。
胸が・・・締め付けられるような想いだった。
ヘリオンの謝罪も聞かず、悠人はただただ自虐的に、呪われた言葉を紡いでいく。
「俺・・・疫病神なんだ。俺を愛してくれた人は・・・みんな俺から離れていくんだ。だから・・・きっとヘリオンも・・・」
「や、やめてくださいっ!!ユート様、私は・・・!」
「そうじゃないって言えるのかよ!エターナルになったからって、死なないわけじゃない。
 明日の・・・明日の戦いで、ヘリオンも・・・死んじまうかもしれないじゃないか!!」
「し、信じてください!私は・・・ユート様の元を・・・絶対に離れません!!」
「絶対なんて無い!絶対に死なないなんて・・・言い切れないだろ・・・!」
正論だった。だが・・・ヘリオンはそれを許さなかった。
いや・・・許せなかった。正論よりも何よりも、自分を信じてくれなかった悠人を・・・
「・・・ッ!!・・・私、ユート様がそんな人だったなんて思いませんでした!」
「ヘリオン・・・!?」
「今のユート様は最低です!こんな最低な人を追いかけて、エターナルなんかになった私がバカでした!!」
ヘリオンは瞳に涙を浮かべて立ち上がると、一刻も早く去りたいという気持ちを露にして風呂場から走り去っていった。
ばんっ!と、引き戸が勢いよく閉められる。
「ヘリオン!待ってくれっ!」
・・・待ってくれ。そう言ったのに、ヘリオンから離れたくなかったのに・・・体が動かなかった。


─────しばらくして風呂から上がった悠人。
ヘリオンを捜して館中を走り回るが、どこにも姿が見えない。
・・・感じていたのは、孤独。明らかに慌てる意識の中で、自分が一人でいることを感じていた。
「(ヘリオン・・・どこにいるんだよ。俺を・・・一人にしないでくれ)」

「おい」
玄関口まで来たところで、後ろから聞き覚えのある男の声が聞こえる。
「光陰・・・?」
「連れのあの子なら、さっき出て行ったぜ?」
光陰はそう言うとともに、つかつかと悠人に近づいてくる。
目の前まで来るといきなり悠人の胸倉を掴み、ぐいっと引き寄せてきた。
「!・・・な、何を・・・」
「・・・何があったのか知らないけどな、あの子・・・ヘリオンは泣いてたぜ?
 エターナルだかなんだか知らないが、女の子を泣かすのは最低バカのすることだ・・・!!」
「!!」
最低。ついさっきヘリオンにも言われた言葉が・・・悠人の心に突き刺さる。
「時深さんから話は聞いた。あの子は・・・お前と別れたくないから、お前と一緒にエターナルになったんだってな・・・
 だがな・・・もし、あの子が本気でお前を見限ったときは・・・お前は本当に最低バカだ。死んだ方がマシだよ」
「く・・・だから、俺は・・・」
「謝りたいか。謝っただけであの子が満足すると思うのか?お前の胸に聞いてみろ。何をしたのかな」
「俺は・・・俺は・・・!!」
光陰の手に力が篭り、シャツで締め付けられる首がぎりぎりと鳴る。
体と心に、同時に苦しみが襲い掛かる。この苦しみから解放されたくて、思わず、涙が───
「悔しかったら・・・さっさと行って来い!もし一人で帰ってきたら・・・悠人、俺はお前を殺すからな・・・!!」
光陰は胸倉を掴んだ腕をぐっと押し、悠人を突き放す。
げほげほと咳き込む悠人だったが・・・すっと立ち上がって光陰に向けた目は・・・感謝。
「すまない・・・光陰」
体中に十分に酸素が行き渡ったところで、悠人は玄関から飛び出して行った。

─────神剣の力も借りずに、ひたすら走る。走って、ヘリオンを捜す。
夜の冷たい北風が、ばしばしと風呂上りの頬にぶち当たる。それだけに、余計に体力が削がれる。
第二詰所、訓練所・・・ヘリオンが行きそうなところはくまなく捜すが・・・やはり、姿は見えなかった。
「くそ・・・どこにいるんだよ・・・ヘリオン!」
息が切れ、足が棒になる。
道の脇にある木によりかかって少し休む。そうでもしないと・・・自分が参って倒れてしまう。
「はぁ・・・はぁ・・・ヘリオン、いなくならないでくれ・・・」
ただそう願っていた。それが、今の悠人を支えるたった一本の柱だった。

こつ・・・こつ・・・
誰かの足音が聞こえる。こちらに、向かっている。その方から、ぼんやりと光が見える。
その光に照らされて現れたシルエット。・・・それは、青白い光を放つ巨大な刀を手にした、ツインテールの少女。
「ヘリオン・・・!」
悠人がそれに走り寄ろうとした瞬間、そのシルエットは姿を消す。
「!?」
そして、背中に当たる暖かい壁。
ヘリオンは一瞬にして回り込み、悠人にその小さな背中をぴったりと合わせて寄りかかっていた。
「・・・ユート様。ユート様は、私のことどう思っているんですか?」
「・・・大事な人。俺を愛してくれてる・・・俺が、愛してる人・・・これじゃ、だめなのか?」
「だったら・・・どうしてあんなこと言ったんですか?私がいなくなっちゃうような・・・あんな卑屈な考えを・・・」
「ごめん・・・でも、知っておいてほしいんだ。そういうことが、あり得るってこと・・・」
「・・・最低です」
「・・・え?」
ヘリオンは背中を悠人から離し、こつこつと歩き出す。
「ヘリオン!!」
悠人はすぐに振り返り、まるで消えるようにその歩くヘリオンを制止しようとする。
ヘリオンは三、四歩歩いて立ち止まると、悠人に自分の心の叫びを・・・投げかけた。

「・・・私は、ユート様と一緒にいたいから・・・一緒に生き延びたいから、エターナルになったんです。
 それなのに、ユート様は私の心を踏みにじったんです。だから・・・最低です!」
「・・・!!俺は、ヘリオンを失いたくないんだ!だから・・・!!」
「だったら・・・信じてください!私と一緒に生き延びられるって・・・信じてください。でないと、本当に・・・」
「!(・・・そうか・・・そうだったんだ)」
悠人はようやく理解できた。ヘリオンが怒った本当の理由。
二人は、世界を守って、生き延びたいがためにエターナルになった。
それなのに、悠人は最悪の事態ばかりを考えている。
戦いに勝てると、生き延びることができると信じて戦いに臨まない限り、それは決して叶うことは無い。
・・・このまま戦っては、悠人かヘリオンか・・・少なくともどちらかは死んでしまうだろう。
二人が生き延びるためには・・・二人が信じあって、意思を重ねあわせなくてはならなかった。

「ヘリオン・・・ありがとう。俺、大切なことを見落としてたみたいだ」
「・・・気持ちはわかります。何度も大事な人を失って・・・そんな考えを持っちゃうこと・・・私にも、覚えがあります。
 でも・・・それじゃだめなんです。そんなこと・・・誰も望んでいないんですから・・・」
「そうだ・・・よな。ハリオンのためにも・・・俺たちは、死ぬわけにはいかない。絶対に生き延びないと・・・!」
悠人のその言葉に、ヘリオンは髪を靡かせて振り向くと・・・いつもの、あどけない少女の笑顔を向ける。
悠人は・・・心が埋まっていくような・・・そんな感覚を憶えていた。絶対に失いたくない、少女の微笑み。
いつのまにか・・・ヘリオンは、悠人にとってただの大事な人ではなくなっていた。
「よかった・・・いつものユート様に戻ってくれて。私が好きな、ユート様に戻ってくれて・・・」

「・・・ヘリオン」
悠人はヘリオンの方へと歩み寄る。
ヘリオンはさっきのように消えてしまったり・・・悠人から離れたりすることは無かった。
正気を取り戻した悠人を・・・受け入れていた。

悠人はヘリオンの目の前まで来ると、ヘリオンの首の後ろと背中に腕を回す。
「・・・ユート様・・・?」
そして、ヘリオンが上を向いたとき、悠人はぐっと顔を近づけ、唇を、重ねた────
「・・・!!」
ヘリオンは・・・ただ受け入れていた。思わず瞑った目から涙が溢れ出し、痛いくらいに感じていた。
唇を通して伝わってくる温もりを、悠人のヘリオンに対する純粋な愛を、一緒に生き延びたいという想いを・・・

────やがて、唇が離れていく。
悠人とヘリオン。二人がお互いに向けた表情は・・・決意の篭った、慈しみの笑顔。
「生きよう・・・な。絶対に」
「はい・・・ユート様・・・」

ファンタズマゴリアの月明かりが、【純真】から漏れる青白いマナが・・・
いつまでも、いつまでも・・・二人を見守るように、祝福するように、悠人とヘリオンを包み込んでいた。
時の迷宮での決意を、覆すかのように・・・生き延びるために・・・