─────翌日。よく晴れた日、鳥のさえずりが・・・部屋の中にも聞こえてくる。
「ユート様、起きてください!ユート様っ!」
そんな中で・・・最愛の人の声が聞こえる。その声は、まるでお迎えの天使のようだった。
「う・・・う、う~ん・・・へ、ヘリオン・・・?」
「もう、エターナルになってもねぼすけなのは変わらないんですね!」
悠人がそのねぼすけの瞼をこじ開けると、そこには腰に手を当てて立っているヘリオンがいた。
すでに制服に着替え、身だしなみを整え終えていることから、結構前から起きていたことがわかる。
ヘリオンが早く起きていたのか・・・それとも、悠人が寝坊したのか・・・悠人はそれが気がかりだった。
「ヘリオン・・・早起きだな。俺なんかまだ頭がぼーっと・・・」
「ぼーっとしてる場合じゃないですっ!エスペリアさんが朝ごはん用意して・・・もうカンカンですよ!」
「げっ!」
エスペリアが怒ってると聞いて、反射的に体が動く。
ベッドから跳ね起きた悠人はヘリオンに後ろを向かせてすぐに着替え、一緒に食卓へと向かうのだった。
─────食卓に着くと、二人分の食事がテーブルの上に並んでいる。
その傍らではエスペリアが腕を組み、目を細めてじーっとこちらを見ていた。
「・・・エターナルというのは、永遠に生きる分、よく寝るものなんですか?」
エスペリアはよっぽど待たされていたのか、嫌味を飛ばすほどに苛々していたらしい。
「うぅ・・・すまない。寝坊癖は元々なんだ」
「ユート様が起きないから・・・私まで怒られちゃったじゃないですか・・・」
「はぁ・・・もう、とにかく早く済ませてください。みんな待っていますから・・・」
悠人とヘリオンは言われたとおりに、さっとテーブルについて、さっと食事を済ました。
それを見たエスペリアは食器をさっさと片付けると、悠人とヘリオンに急ぐように促す。
悠人とヘリオンは部屋に戻り、それぞれの神剣・・・【聖賢】と【純真】を手に取ると、謁見の間へと急ぐのだった・・・
─────謁見の間には、すでに時深を含めたスピリット隊のメンバーが集結していた。
悠人とヘリオンは完全に遅刻組に入ってしまったらしい。
「ユウト殿!遅刻するなんて・・・本当に大丈夫なのですか?」
「うっ・・・」
レスティーナを始めする面々の冷たい視線が突き刺さる。
これから世界の命運をかけた戦いに臨むというのに、遅刻するような人に命を預けられるのだろうか。
そういった種類の視線だった。
「ふふ、大丈夫ですよ、レスティーナ女王。悠人さんはいざという時に真価を発揮するタイプですから」
レスティーナの傍にいる時深が、その不信を取り払うかのようにフォローを入れる。
妙に引っかかる物言いだったが、悠人はあえて突っ込まず、黙っていることにした。
「はぁ、まあいいでしょう。・・・この一戦に、この世界の命運がかかっています。
敵のエターナルを排除し、再生の剣を破壊する・・・そして、この世界に平和をもたらすため、力を貸してください!」
「みんな・・・頼むぞ!!」
悠人は振り返り、【聖賢】をその声と共に高く掲げ上げた。
白い光のマナがその部屋中に降り注ぎ、スピリットやエトランジェ、ヘリオンや時深の士気を高揚させる。
そして、それに呼応するように全員が神剣を掲げ上げ、共鳴させるかのように意思を重ね合わせた。
悠人は全員の顔を見渡す。それは、勝利を信じて戦いに臨む、決意の表情だった。
「(これなら・・・勝てるかもしれない。いや、絶対に勝つんだ!!)」
「ユート様、いつもの、お願いしますっ!」
隣から、ヘリオンが促す。
「よし・・・みんな、行くぞ!!」
「おおーっ!!」
一斉に上がる声。一つに固まった意志の強さを、その場にいた全員が感じ取る。
・・・永遠戦争の最終章の火蓋が、今ここに落とされた・・・
─────敵の根城、再生の剣の眠る最果ての雪の大地、ソーン・リーム。
悠人たちは、エターナルミニオンと呼ばれるスピリットのコピーのような存在を倒しながら進軍していた。
キハノレまではまだ随分とある。だが、天然の要塞とはよくいったもの。
深い積雪と気温、必要以上に濃く、不安定なマナ。そういった要素が、バランスの悪い戦いを強要させていた。
時深が言うには、こういった状況ではマナの影響を受けにくいエターナルやエトランジェが有利らしいが・・・
さっきから、黒マナの濃いところではやけに元気になるヘリオンが気になるばかりだった。
「はああぁぁあっ!!」
ヘリオンは【純真】で辺りを薙ぎ払い、一度に三人のミニオンを屠り倒す。
以前とは全く違うレンジの長さと強さに、今までどおりの戦いを行っている悠人は圧倒されるばかり。
もちろんこれでも実力は全然出していないのだろう。
三つの神剣が融合することが、ここまでの力を出すものなのか・・・【聖賢】は、さっきから悩んでいた。
『あの娘・・・強い。神剣は第三位だが、実力は第二位に匹敵するぞ』
「(そうなのか?・・・うーん、そう言われると、気後れしちまうなぁ)」
『しちまうなぁ、ではない!ユウトよ、汝ももっと気合を入れるのだ。でないと、本当に追い抜かれてしまうぞ!』
「(はいはい・・・でも、それが空回りするといけないからな。慌てずすかさず、だ)」
『むぅ・・・』
【聖賢】・・・まだ契約してから大して経っていないが、この負けず嫌いのあしらい方はすぐにわかってしまった。
口は悪いがいい奴、みたいなもので、こっちがある程度冷静ならすっと引き下がってくれる。
なんだかんだいって、【求め】よりも付き合いやすいのだった。
「ユート様~っ!置いてっちゃいますよ~!」
その声に反応して先を見ると、ヘリオンはもうずっと先まで進んでいた。
「ほら、悠人さん。早く行ったほうがいいですよ?」
後ろから、時深が急かす。心なしか、その顔は妙にニヤニヤしていた。
「・・・なんだよ。その顔は」
「いえ、悠人さん、いい子に惚れられましたね、と思っただけですよ?」
「お゙い゙」
「だって本当のことじゃないですか。悠人さん、大事にしてあげなきゃだめですよ?ああいう子はナイーブですから」
「わかってるよ。今更そんなこと言われなくたって・・・」
悠人は、結構前からヘリオンのことを大事に想ってはいた・・・つもりだった。
そう、昨日の夜、あんなことがあるまでは・・・それは、ただのつもりだった。どこかで本気じゃなかった。
あんなことがあって初めて、悠人はようやくヘリオンのことを本気で大事に想うことができた。
かけがえの無い、たった一人の、悠人が恋する少女・・・絶対に失いたくなかった。
「(それにしても・・・時深からナイーブという言葉が出るとは・・・)」
『同感だ。このような変わり者から、そんな台詞が出るとはとてもではないが思えん』
悠人はちらり、と時深を見る。すると、時深は何か勘違いするように顔を赤らめてくる。
「あら、悠人さん。あれだけの恋愛ドラマを繰り広げておきながら、私に乗り換えですか?」
「(・・・これだからな。少なくともこいつはナイーブやデリケートじゃない。間違いなく)」
『うむ。【時詠】も物好きなものだ。このような者と契約を交わすとは・・・』
「・・・悠人さん?何を考えているんですか?」
その声に反応して振り向くと、頭上に怒りマークを浮かべた時深が微笑んでいた。
いつの間にやら、【聖賢】と【時詠】の刃が重ね合わせられている。
「・・・悠人さんっ!!」
『・・・【聖賢】っ!!』
明らかに怒りを浮かべている言葉を放つ二人。もとい一人と一本。
『・・・ユウトよ。どうやら我々の考えは見抜かれていたようだな。逃げるぞ』
「言われなくてもそうするって!」
悠人は瞬時にオーラフォトンを展開し、ヘリオンのいる方に向かって全力で走り出す。
「ま、まちなさあぁ~い!!」
対照的に、大慌てで雪飛沫を立てながら追ってくる時深。
悠人はヘリオンも巻き込んで、雪上の鬼ごっこを展開することになったのだった・・・
─────数日後、スピリット隊は始まりの地、キハノレに到着した。
地下に続く門の前で、悠人たちは決戦に向けて決意を新たにしていた。
「この先に・・・エターナルが六人、か」
「怖気づきましたか?私たちよりたった三人多いだけです。大したことは無いでしょう」
まるで本当に大したことが無いように、冷静に淡々と言う時深。
さすがは平安時代から・・・千年以上生きているだけはある。百戦錬磨といったところか。
「ヘリオン、大丈夫か?」
「怖いです・・・私たちと同じくらいの力が、六人も・・・でも、勝たなきゃいけないんですから!」
「そうだな・・・行こう!」
─────キハノレの内部は、時の迷宮のようなブロック状の通路が入り組んでいて、まるで迷路だった。
おまけに敵の本拠地ということもあり、ミニオンの数は半端ではなく、スピリットたちは苦戦を強いられる。
悠人たちは、ミニオンの掃討をなるべくスピリットたちに任せ、敵エターナルの撃破を目指していた。
「・・・この先、強力な神剣の気配があります!」
「ここを通らなきゃ先にはいけない、か。ヘリオン、全力で行くぞ!」
「はい!」
悠人たちは開けた空間に飛び込む。そこでは一人の・・・目隠しをした女性がただならぬ気配を放っていた。
「来た来た・・・私の獲物が。これは、かわいがってあげなきゃねぇ・・・ふ、フフフ・・・」
気配だけではない。神剣を持って気が大きくなっているのか、口調も怪しさを放つ。
・・・だが、どんな狂人であろうと、エターナルの実力者であることは事実。ただで通してくれそうも無かった。
「時深、こいつは!?」
「おそらく・・・【不浄】のミトセマール。私も見るのは初めてですが・・・強敵でしょう」
「よく知ってるねぇ・・・あんた、トキミだっけ?テムオリンがトキミは相当なバカだって言ってたけど・・・」
「な、なんですってええぇぇえ~~!!?」
バカと言われたのが頭に来たのか、テムオリンとかいうのに言われたのが頭に来たのか・・・
ともかく、時深にはバカにされたことによる怒りによって、闘志が湧き上がっていた。
「アハハハハ!図星みたいだねぇ。それに、あんたが一番面白そうだ・・・生まれたてのエターナルなんかじゃ、
私の飢えは満たせそうもないしねぇ・・・いい声で鳴いておくれよ。うふふふ・・・」
「なんだと・・・!!」
悠人はいきりたって踏み出そうとするが、時深の突き出した腕によって制止されてしまう。
「悠人さん、ここは私に任せてください。私をバカにしたこと・・・後悔させてあげます!」
完全に目的を見失っている。
時深の闘志は、体の周りのマナが僅かに燃え上がっているようにも見えるほど強かった。
そもそも、最初にバカにしたのはテムオリンなのだから、ミトセマールにあたるのはお門違いな気がするけど。
何を言っても止められない気はしたが、悠人とヘリオンは、とりあえず黙っててあげることにした。
「ユート様・・・放っといていいんですか?」
「・・・黙って見届けよう。倒してくれるなら、それでいい気もするし」
時深は扇と【時詠】を、ミトセマールは鞭型の永遠神剣、【不浄】を構える。
馬鹿げたような前座だったが、それを覆すかのような殺気を含んだマナが、びりびりとその空間に充満する。
悠人とヘリオンは巻き添えを食わないように、いつでも動けるようオーラフォトンを展開していた。
「まずは私からだよ!ボロ雑巾のようになりなッ!!」
「!これは、爆発だっ!!」
ドオオオォォン・・・
ミトセマールは、オーラフォトンを時深の足元で爆発させる。
悠人とヘリオンは間一髪、その爆発の巻き添えにはならずに済んだが、中心にいた時深は・・・
「なにするんですか!こんのおおぉぉお~っ!!」
・・・ボロ雑巾のようになっていた。巫女装束がボロボロになったのとともに、髪が乱れまくっていた。
ダメージ自体は殆ど無い様だが、こうなったことは時深にさらなる攻撃力を与える結果となってしまったようだ。
時深は人型の札をあっけにとられるミトセマールの眼前へと投げつけると、分身と共に激しく切りつける。
「この!このおっ!死になさい!消滅しなさい!滅びよ!」
どす、ばき、ざく、みし・・・
ミトセマールの障壁はあっさりと破られ、時深の時間加速斬撃をもろに食らっていく。
「な・・・!?私が、殺される?ば、馬鹿な・・・こうも、あっさりと・・・」
あっというまに体中に無数の傷を負ったミトセマールは、黒いような、穢れたマナに包まれて、消滅してしまった・・・
「はぁ、はぁ・・・全く、失礼な人ですね。・・・タイムシフト!」
時深はそういうと、自分の体の状態をさっきの時間に戻し、装束と乱れた髪を復元する。
・・・悠人とヘリオンは、その一部始終を、哀れみを含んだ遠い目で見つめていた・・・
「ミトセマール・・・さん、ちょっと可哀想・・・ユート様、そう思いませんか?」
「ああ・・・時深の八つ当たりは、エターナルを簡単に消滅させるものなんだな。俺たちも気をつけよう」
「(ちょっと突っ込むところが違う気がしますけど)・・・そうですね」
「さあ、悠人さん、ヘリオン。先を急ぎましょう」
けろりと、いつもの調子に戻った時深は、悠人とヘリオンを促す。
二人はその心に時深の本性の一部を刻み込んで、言われたとおりに先を急ぐのだった・・・
─────しばらく進んでいると、また広い空間に出る。
その中心には、強力な神剣の気配と共に、巨大な目玉の化け物が浮かんでいた。
「うおっ!な、なんだこいつは!」
「こ、これもエターナルなんですか!?」
「ンシュフルルルルル・・・」
「この王冠・・・【業火】のントゥシトゥラ。二人とも、エターナルは必ずしも人型とは限りません。気をつけて」
「・・・それだけじゃないんですがねぇ」
どこからともなく、人を小ばかにしたような声が聞こえる。
先に続く通路から、今度は人型のエターナルが姿を現した。
「! 時深、今度は人間みたいだけど・・・知ってる?」
「おそらく、【流転】の主、水月の双剣メダリオ。まさか二人同時に来るとは・・・手強いですね」
「ミトセマールが倒れるのが早すぎたのでしてね・・・それほどの強敵なら、力を合わせねば、と思いまして」
メダリオのその言葉に、悠人とヘリオンは薄ら笑いを浮かべながら横目でじーっと時深を睨みつける。
「な、なんですか、二人とも・・・早いに越したことはないじゃないですか!」
「いや、まあ・・・いいんだけどね。一応3対2だし」
「シュフ、ル、ルアアアァァアア!!」
妙に力が抜ける悠人たちに対し、ントゥシトゥラは何語かもわからぬ声を張り上げる。
「あ、あの~・・・メダリオ、さん?何言ってるのか・・・訳してくれませんか?」
「僕だって知りませんよ。まったく、面白い人たちです。・・・殺さなきゃいけないのが、実に惜しい!」
ぎんっ!
メダリオは神剣の力を解放し、辺りを殺気で包み込む。
それに呼応するようにントゥシトゥラも力を解放し、遅れて悠人たちもオーラフォトンとハイロゥを展開する。
「シャアッ!」
メダリオが両手に剣を突き出したかと思うと、瞬時にヘリオンの懐に飛び込む。
「・・・!!」
次々に繰り出される連撃を、ブラックスピリット特有の障壁とともに受け流す。
「そこですっ!!」
持ち前の素早さと、格段に上がった底力で【純真】をメダリオに叩きつけ、オーラフォトンと共に吹き飛ばした。
弾かれて受身を取ったメダリオは、自分の頬に付いた傷を舐めながら、ニヤリ、と笑みを浮かべる。
「くくく・・・面白い。そのような大きい剣を持ちながら、そこまでの速さがあるとは思いませんでした」
速さを肝とする者同士の対決。ヘリオンは、剣を構えながらそれをひしひしと感じ取っていた。
「ユート様っ!この人は私が倒します!ですから、ユート様はあの目玉をお願いしますっ!」
「ヘリオン・・・よし。うおおおおぉぉおっ!!」
襲い掛かる無数の触手をかわしながら、悠人はオーラフォトンを展開してントゥシトゥラに斬りかかる。
巨大な目玉の化け物。それだけに木偶の坊なのか、かわそうともせずに障壁を展開する。
「(障壁ごと、叩き切るっ!!)」
「悠人さん!いけません、もどってください!!」
「(何・・・!?)」
時深が制止したときにはもう遅かった。【聖賢】は振り下ろされ、障壁ごとントゥシトゥラを切り裂いていた。
・・・同時に、体中に焼けるような強烈な痛みが走る。体の一部がぢりぢりと焼け焦げていた。
「ぐあ・・・っ!!な、なんだこれはっ!」
「あの障壁・・・恐らく、攻撃で受けたエネルギーをそのまま返す効果を持っています。
闇雲に斬りかかっても、その力がそのまま自分に帰ってきてしまい、大きなダメージを負ってしまいます!」
「くっ!じゃあどうすればいいんだ!」
【聖賢】によるダメージを負ったとはいえ、ントゥシトゥラはまだまだ元気そうだった。
次の瞬間、ントゥシトゥラの大きな目が光り出し、辺りが赤黒いオーラフォトンに包まれる。
「しまったッ!!」
ズドオオオォォン・・・
オーラフォトンの爆発が、悠人と時深を直撃する。
【業火】の名は伊達ではないらしく、強力な爆炎のダメージが悠人たちを苦しめていた。
「く、くそぉっ・・・!」
「げほ、げほ・・・悠人さん!あの障壁は私が何とかします。その隙に、全力を叩き込んでください!」
「な、何か方法があるのか?あまり長くは動けないぞ!」
「大丈夫、一瞬でかたをつけます。『時』を操る力を甘く見ないでください!」
「・・・わかった。頼むッ!でやあああぁぁあっ!!」
悠人は焼け焦げる体に鞭打って、オーラフォトンを展開してントゥシトゥラに突撃する。
案の定、ントゥシトゥラは反射障壁を展開してきた。
「・・・今です!」
・・・が、次の瞬間、その障壁はまるで元から無かったかのように消えてしまう。
「フシュ!?」
「うおおおおぉああぁあ!!」
そこに、悠人は聖なるオーラフォトンを纏った全力の一撃を叩き込む。
思いっきり振り下ろされた【聖賢】がオーラフォトンの波動と共に、ントゥシトゥラを真っ二つに切り裂いていた。
「フシュルルルルブルウアァアア・・・!!」
断末魔と共に、ントゥシトゥラは赤いマナの霧へと姿を変えていった・・・
「や、やった・・・時深、一体どんな手品を使ったんだ?」
「あの障壁が発動している時間をこの次元から切り取っただけです。まあ、それだけでも結構疲れるんですけど」
「とにかく、助かった。あとは・・・!」
悠人たちが横を見ると、そこでは神速の戦いが繰り広げられていた・・・
ガギイィン!キイイィン!
流れるように襲い掛かる無数の斬撃。それを、ヘリオンは悉く受け流していた。
一見、防戦一方のように見えるが・・・メダリオが斬り荒ぶ度に、徐々にメダリオの傷が増えていっている。
対して、ヘリオンはかすり傷を少し負っているくらいで、決定的なダメージは殆ど無かった。
それに気づいたのか、メダリオは障壁を展開するヘリオンから後ろに飛びのき、距離をとった。
「!・・・なるほど、反撃に特化した障壁ですか。これはなかなか厄介ですね・・・」
「あなたの攻撃は見切りました!・・・もう、諦めてください。向こうも終わったみたいですし」
ヘリオンはちらり、と横を見る。そこでは、ントゥシトゥラを撃破した悠人たちがオーラを立ち上げていた。
「そうですね・・・ですが、ただでは終わりませんよ。・・・これを使わせるとは、本当に誇っていいでしょう!」
きいいぃぃいぃいん・・・!!
【流転】に、強烈な・・・突き刺さるような殺意のマナが集まり始める。
「え・・・!?」
「・・・死ぬがいい!!」
【純真】から発せられる警鐘音が体中にいきわたり、ヘリオンが危険を察知したときはもう遅かった。
無数の水の刃がヘリオンを取り囲み、一斉に襲い掛かっていた。
・・・そしてその刃は、ヘリオンの全身を、ハイロゥに至るまで、完膚なきまでに貫く。
「・・・ヘリオン!?」
「ふふふ・・・くくく。身動き一つできずに散ってしまうとは。エターナルとはいえ、命は大事にするべきでしたね・・・」
目を見開き、完全に人格が変わっている。いや、元々こういった人格なのだろうか、メダリオは上機嫌だ。
「さあ、次はあなたたちの番です!彼女と同じ運命を辿るがいい!」
「それは・・・どうでしょうか?」
「なに・・・!?」
時深が冷静そうに答えると、メダリオは一瞬呆気に取られた。・・・いつの間にか、体の感覚が無くなっていた。
認知したときにはもう遅く、目の前が赤く染まっていく。首から吹き上がる血の雨と共に、メダリオは消滅した・・・
そして、その血の雨の向こうから姿を現した・・・ヘリオン。
その姿は、体中を貫かれたというわけではなく、全身に軽い切り傷を負っている程度になっていた。
「ヘリオン!?一体、何が起こったんだ・・・?」
「あの刃が来る前に全力で脱出したんです。ちょっと食らっちゃいましたけど・・・」
「じゃ、じゃあ、あの攻撃を受けたのは・・・?」
「悠人さん、残像ですよ。それにしても、私たちの目を誤魔化すほどの速さを生み出すとは・・・」
ヘリオンがメダリオの攻撃をかわし、回り込んで首をはねたことは・・・誰にもわからなかった。
それだけ速く動いたということ・・・いよいよ、ヘリオンの実力が計り知れなくなってきた。
「(うぅ・・・ヘリオン、マジで俺を越えてるんじゃ・・・)」
『ユウトよ、己を卑下するな。己を信じてこそ、本当の力というものは出せるものなのだぞ』
「(そう言われても・・・)」
『ふむ・・・確かにすぐには無理だろう。信じる力は、あの娘の方がずっと強い。自信に溢れている』
「(自信、か・・・ま、俺の自信はじっくりと培っていくさ。見てろよ!)」
『その意気だ、ユウトよ』
「ユート様!何してるんですか?行きますよっ!」
ヘリオンの声に促され、悠人が顔を上げると、すでに時深とヘリオンは剣を鞘に収め、先に行こうとしていた。
「ん、ああ。今行く!」
悠人は考えをとりあえず鎮めて、先を急ぐことにしたのだった・・・
─────はじまりの地、深部。
マナがどんどん濃くなってきている。それだけ、中心部に近づいたということだろう。
「ユート様っ!また強い神剣の気配ですっ!」
「くそっ・・・!?こ、この気配、どこかで・・・!」
「・・・法皇テムオリンと、黒き刃のタキオス!以前元の世界で対峙したあの二人です」
「・・・なるほど、あの時の二人か・・・ここで決着を、ってことか?」
「そうでしょう・・・悠人さん!」
時深の顔が一層真剣さを増す。あの二人には因縁があるのだろうか、時深は少し殺気を放っていた。
やや開けた空間に出ると、その気配の主が姿を表した・・・!
「あら、随分と早く来れたのですわね。もっと苦戦しているかと思ってましたわ」
「あの三人をいとも簡単に退けるとは・・・面白い」
それは、時深の言うとおり、悠人の世界で邪魔をしてきた二人だった。
白い法衣に身を包み、槍のような刃の付いた杖を持った少女と、黒衣に巨大な神剣が特徴の大男。
「ふふふ・・・ユウトよ。あの時の【求め】の主がここまで強くなるとはな。あの三人ではつまらなかったろう?」
「ええ、少し力足らずでしたかしら?もっとエターナルになる人材は選ばないと、駄目ですわね」
テムオリンとタキオスはゆらり、と動き出す。その挙動には、一切の隙は見当たらない。
やる気満々な気配をこちらに向けてきている。これに応えてやらないわけには行かなかった。
「・・・俺は、俺たちは・・・お前たちを倒して、この世界を救うんだッ!!」
「そうだ、それでいい・・・お前は、この俺を倒すことだけを考えればいい」
睨み合う悠人とタキオス。その視線の間には、ちりちりと焼けるような殺気のマナが弾け合っていた。
そうしている悠人とタキオスを尻目に、テムオリンはその視線をヘリオンに向ける。
何か目論見があるかのように、顔を怪しくニヤつかせながら・・・
「あら、あなた・・・あの時の」
「・・・!」
「あの時は、確かもう一人妖精がいましたわ。あの妖精は今どうしているのですか?」
「え、そ、それは・・・!!」
「うふふ、ごめんなさい。確か、無様に死んだんですわ。【誓い】に体を貫かれて・・・!!」
「!!」
挑発するように言葉を紡ぐテムオリン。ヘリオンは、完全に術中にかかっていた。
「あんなにあっさり死んじゃって、本当に可哀想。あなたも一緒に死ねば、あの妖精も浮かばれましたのに・・・」
「だめだ!ヘリオン、こんなやつの言うことなんか聞いちゃいけない!」
ヘリオンの後ろから悠人が注意を促すが、もう、ヘリオンの耳には悠人の声も届いてはいなかった。
ヘリオンはがくり、と膝を付き、目を見開いてがたがたと震えていた。
あの時の記憶。それとテムオリンの言葉が、ヘリオンの精神を蝕んでいく・・・
「それにしても・・・たった一人の坊やのために命を投げてエターナルになるなんて、しぶといにも程がありますわ。
さっさと死んで、死後の世界に行って、あの妖精を安心させてあげた方が賢明だと思いませんの?」
「・・・・・・・・・」
ヘリオンの震えがぴたり、と止まる。前髪が陰になって、ヘリオンの眼は闇に沈んでいた。
「うふふ・・・さあ、その命を絶ちなさい。それが、あなたと、あの妖精のためなのですから・・・」
りいいぃぃいん・・・
【純真】から聞こえる澄んだ音とともに、声が聞こえる。
『ヘリオン~?あなたが死ぬことは、誰も望んではいないんですよ~?
こんなところで死んで、私のところなんかに来たら、めっ、てしちゃうんですからね~!』
「(え・・・?は、ハリオン・・・さん!?)」
一瞬、神剣越しだけど、確かに聞こえた。
その人を失ってこそいるものの、今でも忘れることの無い、大事な人の声。
その声は、再び闇に飲み込まれかけたヘリオンの心を、光へと導いていった・・・
「・・・どうしたのですか?さっさとその刀であなたの首を切り落としなさい」
「テムオリン、さっきから黙ってれば・・・!お前にヘリオンとハリオンの何がわかるって言うんだ!!」
「うるさい坊やですのね。このことは、この子とあの妖精の問題ではなくて?あなたに関係はありませんわ」
「関係ないのは・・・あなたですっ!!」
ヘリオンはゆっくりと立ち上がると、その決意の瞳をテムオリンに向ける。
【純真】を握る手に思いっきり力を篭め、オーラフォトンとハイロゥを同時に、全力で展開していた。
「ハリオンさんを侮辱して・・・絶対に、絶対に許さないんですからっ!!」
「ヘリオン、助太刀するぞ!こんな奴、許しておけるかっ!」
「お前の相手は俺だ!」
悠人がヘリオンに近づこうとすると、その道は【無我】によって絶たれてしまう。
この大男・・・タキオスの闘志は、完全に悠人だけに向けられている。逃げるわけには行かなかった。
「くっ・・・!」
「悠人さん、ヘリオンには私が加勢します。テムオリンには、私も因縁がありますし・・・悠人さんは、タキオスを・・・」
時深は【時詠】と扇を引き抜き、ヘリオンの隣に並ぶ。
それに応じるように、悠人とタキオス、テムオリンは同時にオーラフォトンを展開する。
完全に、この空間には闘志と、殺気、・・・怒りが、満ちていた。
「ユウトよ、来いッ!俺を楽しませてみろっ!!」
「第二位の力、見せてあげますわ。存分に、存分に楽しみましょう・・・!!」
自らの身の丈よりも大きな、巨大な片刃の永遠神剣第三位【無我】。
タキオスはそれを軽々と扱い、空間を切り裂いて悠人に突進してくる。
「ふんぬっ!!」
ガキイイィン!
思いっきり振り下ろされた刃を、オーラフォトンの障壁で受け止める。
「く・・・っ!!」
ほぼ互角の神剣同士の戦い。それだけに、こんな迫力を放つものをも受け止めることはできるが・・・
質量と、相反するオーラフォトンによる相乗で、障壁はガリガリと削られていく。
「どうした!お前はその程度なのか・・・聖賢者ユウトッ!!」
「ぐ、うあああああぁぁっ!!」
悠人は【無我】を弾き返し、その勢いでタキオスに斬りかかるが、黒い障壁によって全て受け流されてしまう。
「ふむ、少しはやるようだが・・・まだまだ、【聖賢】を扱いきれていないようだな・・・」
「くそ・・・っ!なんとかならないのか!」
「まさか・・・それが本気というわけでもあるまい。俺を、失望させるな・・・ユウト!」
タキオスがそういうと、周りの黒いオーラフォトンがさらに力強さを増す。
そして、そのオーラフォトンの殆どを【無我】の刀身に集結させた。
『ユウトよ!タキオスは次の一太刀に全力を叩き込んでくるぞ!』
「(あんなパワーに、空間移動能力・・・!とてもじゃないけど、防ぎきれない!どうすれば・・・)」
『方法はある。だが、一瞬の駆け引きが肝要だ。奴のいうとおり、我を扱いきれていないお前にそれができるか?』
「(・・・できるか、できないかじゃない。やるんだ!【聖賢】、力を貸してくれッ!!)」
『そう来なくてはな。・・・来るぞっ!』
キイイィィイン・・・!
【聖賢】から、タキオスに対抗する手段が感覚的に流れ込んでくる。
悠人の全身にオーラが行き渡りると、それを阻止せんとタキオスは一気に距離を詰めてくる。
目の前が大男の全身で埋め尽くされ、巨躯の剣が振り下ろされた。
「(・・・今だぁっ!!)」
ドゴオオオォオォォン・・・
【無我】が全力で振り下ろされ、床がその衝撃で砕け、抉れ渡る。
その衝撃のあったところに・・・悠人はいない。
悠人は・・・タキオスにぴったり、まさしく零距離で【聖賢】を突き出し、タキオスの体を貫いていた。
しかし、悠人も無事では済まなかった。振り下ろされた腕と【無我】の柄によって、体の骨の幾つかが砕けていた。
時間が、止まった・・・隣でヘリオンたちが戦っているにも関わらず、静寂が、その場に訪れる。
「ぐぉ、ふ・・・見事、だ・・・ユウトよ・・・」
タキオスの血反吐が降り注ぎ、悠人の体を赤く染める。
今にも消えてしまいそうなその体で、悠人に満足そうに、力が抜けるように言葉をかける・・・
「若きエターナルに、こうしてやられるとはな・・・ふふふ・・・満足、だ・・・」
「本当に満足なのかよっ!こんな所で死んで・・・あんたにも、大事なものがあるんじゃないのか!?」
「テムオリン様に敗北してから・・・俺は、全てを捨て、ただ純粋に良き戦いを求めるようになった・・・
俺には、何も残っていない。お前のように、あの娘が大事だとか・・・そのようなものは、何も無いのだ・・・」
「・・・!戦いだけが、生きがいだったって言うのかよ・・・!」
「そう、なるな・・・そして、俺は、お前のようなエターナルが現れることを望んでいた・・・全力を出せる相手を、な・・・」
るぅううぅうん・・・
辺りが、純粋なマナに包まれる。同時に、悠人の全身からタキオスの感覚が消えていく・・・
「ふふ・・・ユウトよ。俺は本当に満足している。またいつか、剣を、交えたいもの・・・だ、な・・・」
「わからない・・・俺には、わからないよ・・・」
その場から完全に消滅したタキオスに対して、悠人はそう呟き掛ける。
戦いだけを求めて世界を混乱に陥れる戦鬼と、世界を救うために戦いに身を投じる勇者。
意味は違えど、どちらもその想いは純粋。それだけに、全力で戦える相手。
タキオスが本当に求めていたのは、本当にそれたけだったのだろうか・・・悠人は、その心に蟠りを残すのだった・・・
「やあああぁぁあっ!!」
「はあぁっ!!」
怒涛の如く斬りかかるヘリオンと時深。
怒りに身を任せ、疲れを知らないヘリオンの神速を越えたスピードの斬撃。
時間ごと自身を加速させ、分身と共にオーラフォトンを叩きつける時深。
だが、テムオリンの【秩序】の障壁は何処にも隙はなく、斬り破ることはできなかった。
「うふふ、そんな攻撃では私は倒せませんわ。でも、これでは少し面白くありませんわ・・・!」
テムオリンは後ろに飛び退き、障壁のマナを【秩序】の先端に集めていく。
【純真】と【時詠】から同時に、二人に警戒音が鳴り響く。すぐに離れなさい、と───
「これに耐えられるのかしら?壊れないでくださいね。うふふふ・・・!」
カッ!と【秩序】の先端が光り出し、ヘリオンと時深を爆音と衝撃の光で包む。
「きゃああぁ!は、はうぅっ・・・!」
「くっ!ううぅ・・・」
全力で距離をとり、オーラフォトンを展開していたおかげで何とか耐え切ったが・・・
それでも、かなりの体力を削られてしまっていた。
「うふふ、頑張りますのね。そうでなくては、面白くありませんわ・・・!」
「あなたなんかに・・・あなたなんかに、負けるわけにはいかないんですっ!」
「あら、どうしてですの?・・・あなた、何のために戦っているんですの?」
「それは・・・!」
「あの坊やのため?あの妖精のため?世界を救いたいから?それとも、ただの自己満足?
・・・いずれにせよ、くだらないですわ。私、あなたみたいなバカは嫌いですの」
まるでヘリオンの心の弱点を突くかのように、言葉で責め立てるテムオリン。
だが・・・一途な想いに包まれたヘリオンの心は、理屈では折ることはできなかった。
「くだらなくありません!あなたみたいに、命を軽く見るような人にはわからないですっ!」
「・・・それに、テムオリン?あなたは、もうすぐそのくだらない理由で戦っている私たちに殺されるのですよ?」
「うふふ、大した自信ですのね。じゃあ、もうそろそろ死んでください。
あなたみたいなバカや、時深さんを相手にするのはもう飽きちゃいましたから・・・!」
テムオリンがそういった瞬間、三人の足元からオーラフォトンが爆発するように溢れ出す。
「(全力で・・・一瞬で決めます!【純真】、お願いします!)」
『ええ、速さという壁を越えたあなたの動きで、あのテムオリンという敵を倒すのです!』
テムオリンは全開で攻撃しようと、さっき以上に強力で濃厚なマナを【秩序】の先端に集中させる。
そのマナを放とうとした、その刹那────
「(今ですっ!)」
「(テムオリン・・・消滅しなさい!!)」
ギイイイィィイイィン・・・
【秩序】が宙に舞う。テムオリンは、それを認知することができなかった。
音よりも、光よりも速く動いたヘリオンの刃は、テムオリンの全力の篭った【秩序】を弾き飛ばしていた。
「え・・・?」
テムオリンが気づいたときには、自分の懐に飛び込んでいた時深が、前後からテムオリンを切り裂いていた。
自分の強さに絶対の自信を持っていた。それが、がらがらと音を立てて崩れていく。
テムオリン自身も、血の飛沫を飛ばしながら、仰向けに崩れ落ちた・・・
「な、なんてこと・・・私が、この、私が・・・!」
「あなたみたいな人が・・・あなたみたいな人がいるから・・・!!」
「ふ、うふふ・・・いい目をしていますわ。是非とも、壊したいと思っていましたのに・・・」
「・・・一つ、聞かせてください」
「・・・なに、かしら?」
白い光に包まれて消えかかるテムオリンに、ヘリオンはずっと思っていた疑問を投げかける。
「どうして・・・私たちを、ユート様の世界に飛ばしたんですか?」
「そんなこと、ですの?・・・それは、【世界】のために、あなたたちを生贄にするためですわ・・・」
「生贄・・・!?」
「そう・・・あなたたち妖精がマナ不足で倒れれば、あの坊やは【求め】のマナをあなたたちに注ぐしかない。
【求め】のマナが枯渇し、あなたたちも息絶えれば・・・【誓い】は【求め】を容易に砕き、【世界】を創ってくれる・・・」
「・・・ヘリオンとハリオンが死に、【求め】も昏睡したところで、悠人さんを戻すつもりだった・・・ということですね」
「ふふ、時深さんのせいで、中途半端になってしまいましたが・・・結果はうまく行きましたわ」
ヘリオンは複雑な気分だった。
ハイペリアに行った自分たちを、マナ不足から解放し、ファンタズマゴリアに送ることで助けてくれた時深。
それは、少なくとも時深が悠人はもちろん、自分やハリオンを助けたかったということ。
・・・だが、結局ハリオンは悠人のために命を落としてしまった。
一体何のために自分たちは助かったのか・・・わからなくなっていった。
「・・・今回は、私たちの負け・・・みたいですわ。・・・ヘリオン、今度はもっとかわいがって・・・あげます、わ・・・」
完全に白いマナと化し、この世界から消滅するテムオリンを、ヘリオンは複雑な眼差しで見ていた。
「・・・ヘリオン、大丈夫ですか?」
「トキミさん・・・ごめんなさい。少し、休ませてください・・・」
「そうですね・・・この辺りはマナが溢れています。少し、休んでいきましょう」
疲れきった顔のヘリオンは、壁に寄りかかって座り込む。
体を休ませたいのもそうなのだが、色々と考えたいこともあった。
エターナルになった自分の存在意義、この戦いで、自分が本当にしたいことは何なのか。
悠人と一緒に生き延びるため。たったそれだけでは済まないような気がしてならないのだった・・・
「ヘリオン、大丈夫か?顔色がよくないぞ・・・?」
ぎしぎしと鳴る体に鞭打って、悠人はヘリオンの隣に腰掛ける。
「ユート様・・・ごめんなさい。私、あの時・・・少しですけど、あの人の言うことを聞いちゃいました・・・」
「・・・それだけ、ヘリオンはハリオンのことを大事に想ってるってことさ。気にしなくてもいい」
「そう、ですよね・・・ユート、様・・・」
どさっ。
「おっと・・・」
余程安心してしまったのか、ヘリオンは横に体を倒し、悠人に寄りかかって眠ってしまう。
「すぅ・・・すぅ・・・」
「(戦いの連続で疲れてたんだな・・・ま、少しの間だけど休ませてやるか・・・俺も、少し眠い・・・)」
時深がじっとりとした視線で見ているにも拘らず、悠人とヘリオンはその体をくっつけて眠ってしまうのだった・・・
「・・・悠人さん、ヘリオン!起きてください!」
「う~ん・・・もう少し寝かせて・・・」
「悠人さん、寝ぼけないでください!もうみんな集まっていますよ!」
「あ・・・そぅ。みんな集まって・・・・・・え゙!!?」
悠人が慌てて眼を開けると、そこにはスピリット隊のメンバーが全員集合していた。
くすくすと薄ら笑いを浮かべる者、あきれた様子でこちらを見る者・・・その反応は様々。
その原因は、悠人のすぐ隣で幸せそうに寝息を立てている奴がいるからだった。
「すぅ・・・う、ん・・・」
「え、えっと、その・・・これは・・・」
時の迷宮の悪夢の再来。ただ、その規模が天と地の差だということ。
あの時は二人っきりだったから誰にも見られていなかったが・・・今度はスピリット隊という大観衆の前。
ある意味絶望的な気分。それほど恥ずかしかった。
「悠人さん、お願いですから・・・幸せに浸るのは戦いが終わってからにしてくれませんか?」
「・・・そうします。おい、ヘリオン、起きろ!」
「ん・・・んん?・・・はぁうっ!ゆ、ユート様っ!こ、これは一体どういう~・・・」
「どうもこうも・・・寝てる間に来ちゃったみたい」
起きるなり、顔を真っ赤にしてあわあわするヘリオン。
どうやら、恥ずかしい目に遭っているのはヘリオンも同じらしい。
なんだか、こういった恥ずかしさは共有できる相手がいるとなんだか嬉しいものだ。
「あの、トキミ様?・・・エターナルって、みんなこんな風にのんきなのですか?」
思いっきり肩の力が抜けているのか、エスペリアは時深に不思議そうに尋ねる。
「この二人が例外なだけです・・・まったく、緊張感の欠片もありゃしません」
まるで異端児のように言われる悠人とヘリオン。
だが二人は知っている。のんきなのは時深もあまり変わらないことを。
「ぷっ・・・ふふ、あははははははっ!」
どこからともなく笑い声が漏れ、それとともにこの空間が笑い声に包まれる。
悠人とヘリオンもおかしくなって、お互いに向き合って大笑いしてしまうのだった・・・
─────数分後、眠っていたおかげですっかり傷の癒えた悠人たちは、スピリット隊の面々の前に立っていた。
「これから、最後の、最強の敵・・・【世界】に挑む」
「これが、悠人さんの言うとおり、本当に最後の戦いになります。みなさん、力を貸してください!」
おおーっ、と、士気を高揚させる部隊。
・・・ここまで来た。誰一人死なせるわけには行かない。絶対に、ハリオンの二の舞は踏ませない。
「(全員で・・・生き延びるんだ!)」
─────幾何学模様の立方体のブロックが所狭しと浮かぶ広大な空間。
その中心、遥か上空にある巨大な神剣・・・再生の剣。その麓には、一人の男の姿。
統べし聖剣シュン・・・変貌した【世界】の主が静かに佇んでいた。
「みんな、悪いけど少し待っててくれ。少し・・・あいつと話がしたい」
悠人は、スピリット隊のメンバーを離れたところに待機させる。
「あ・・・ユート様、私も・・・行きます」
何か話したいことでもあるのか、ヘリオンもついていくことになった。
悠人とヘリオンは、瞬であって、もはや瞬でない存在に・・・近づいていく。
「貴様・・・か。本当にエターナルになっていたとはな」
「・・・決着をつけよう。瞬・・・いや、【世界】」
「決着、か・・・我となのか、この男との決着なのか・・・それとも、仇討ちのためか?」
瞬とは思えない位冷静に語りかける【世界】。いや、もう瞬ではない・・・面影を残すのは、顔と声ぐらいだ。
思えば・・・ずっと前からあった因縁。佳織を巡っての対立。それは・・・もう無くなっている気がする。
こいつが・・・【世界】になる前のこいつが、ハリオンを殺したことも、今はどうでもよかった。
今は、この世界を救って・・・生き延びたくて、こうしてエターナルになって戦いに身を投じている。
ハリオンの願いを叶えること・・・それが、今の悠人とヘリオンにできることだからだ。
「ふん・・・まあ、そんなことはどうでもいい。どうあっても、貴様らは我と戦う、そうだろう?」
「そう・・・です!この世界を、消滅させるわけにはいかないんですからっ!」
「そうか、ならば力でかかってくるのだな。もっとも、消滅するのは貴様らだがな!!」
爆発するようなオーラフォトンが、シュンの足元から立ち上り、背に浮かぶ六本の剣を翼のように広げた。
それに応えるように悠人とヘリオンもオーラフォトンとハイロゥを展開、ずっと後ろにいる仲間たちも力を解放する。
「みんな・・・行くぞおおおぉぉおっ!!」
世界の命運を掛けた最後の戦いが、今ここに始まった─────
「うおおおおぉぉおっ!!」
悠人はいきり立って、シュンにオーラフォトンを叩きつける。
だが、【世界】の障壁はかなり厚く、生半可な力では突き破ることすらできない。
「ふん、この程度か」
「くっ!」
シュンは完全に右手と同化した【世界】で悠人と切り払い、弾き飛ばす。
・・・防御力だけではない。そのオーラフォトンは純粋に力をも飛躍的に強化していた。
「みんな、行くわよっ!」
遥か後方のセリアが、号令を発する。
それとともに、ウイングハイロゥを展開したスピリットたちが一斉に飛び込もうとした。
「雑魚が・・・邪魔をするな!」
「む・・・速いッ!!」
シュンは翼のような剣を飛ばし、スピリットたちを迎撃する。
その速さは、アセリアやウルカでさえやっと目で追えるほどのもの。
まるで生き物のように素早く動き、その動きの一つ一つが攻撃になっているせいか、足止めされてしまった。
「せめて援護だけでも・・・だから、集中砲火をかけます!」
エスペリアを筆頭に、オルファ、ヒミカ、ナナルゥ、そしてニムントールが並ぶ。
一斉に神剣魔法の詠唱をし、遠距離から攻撃魔法で叩こうとする。
「エレメンタルブラストッ!!」
「アポカリプスッ!!」
「ライトニングファイアッ!!」
広範囲にわたる緑マナの爆発と、雷炎がシュンを包み込む。
「ぐぅ・・・ッ!」
僅かに、シュンがその強力な神剣魔法の威力に対し仰け反った。
その隙を見計らうかのように、オーラフォトンを全力で展開した今日子と光陰が突進をかける。
「よし、この間に一気に行くぞ、今日子!」
「あんたに言われなくても分かってるわよ!このバカを【世界】から開放してやるんだから!」
「貴様ら・・・第二位に敵うと思っているのかぁっ!!」
【因果】と【空虚】の刃がシュンに届くかと思われたその瞬間、シュンの足元のオーラフォトンが衝撃を放つ。
シュンに攻撃が届かないまま、今日子と光陰は大きく吹き飛ばされてしまった。
「だったら・・・第三位ならどうでしょうか?」
「私たちの攻撃を・・・想いを受けて、無事でいられると思わないでくださいっ!!」
続けて、神速を尊ぶヘリオンと時深が全力で加速をかけて突っ込み、さらに悠人が追撃をかける。
「瞬・・・覚悟しろおおおぉぉおっ!!」
三人のエターナルの連撃を続けざまに受け、【世界】の障壁は少しずつではあるが削れて行く。
明らかに差のある物量の嵐。その勢いに、シュンの痺れは切らされていった。
「く・・・うぅっ!貴様ら・・・手加減していればいい気になりやがってええぇっ!!」
バキイイィィイン・・・
【世界】の障壁が弾け、その衝撃で三人が弾き飛ばされる。
それと同時に、シュンの全身に強烈な殺気を含んだマナがものすごい勢いで集まっていった。
「(あ、あれは・・・!?)」
『まずいぞ!ユウトよ、早く奴を止めるのだ!!』
「く、くそおおぉっ!!」
「ゆ、ユート様っ!駄目ですっ!ま、間に合いません!!」
「貴様ら・・・まとめて砕け散るがいい!!オーラフォトン、ブレイクッ!!」
再生の剣のある空間をすべて包み込むほどの巨大なオーラフォトンの爆発。
その力強さは、並のスピリットなどは触れるだけで簡単にマナの霧にしてしまうほど強かった。
「うわああああぁあぁぁっ!!」
「きゃあああぁぁっ!!」
文字通り、まとめて吹き飛ばされた悠人や、スピリットたち。
幸い、誰も致命傷には至っていないようだが・・・それでも、傷は決して浅くは無かった。
「うぅ・・・ね、ネリー・・・痛い、いたいよぅ・・・」
「シアー、大丈夫・・・?まだ、ネリーたちは負けるわけにはいかないんだから・・・諦めないで・・・!」
「ニム・・・まだ、生きてますか?」
「くっ・・・!こんなので、負けられない!このムカつくエターナルなんか・・・!!」
「被害、甚大。これ以上の戦闘続行は危険です」
「そうね・・・だけど、ここで膝を折ったらハリオンに笑われちゃうわ。こいつをやっつけるわよ!」
体中がボロボロに、傷だらけになっても、その闘志を絶やすことの無いスピリットたち。
「へっ・・・前よりも強いじゃねえか・・・秋月よ!」
「ったく、神剣に飲まれてるからに、こんなになっちゃって・・・ホント、馬鹿なんだから!」
変わり果てた知り合いを開放してあげたい。その想いを胸に闘志を燃やすエトランジェ。
たとえ圧倒的な力の差があっても、自らの志のために決して諦めない心。
・・・それは、第二位の剣を持つエターナルといえども簡単に打ち破れるものではない。
「チイッ・・・広すぎた、か。誰も死なないとはな・・・」
「瞬・・・それは違う」
吹き飛ばされた悠人はゆらりと立ち上がり、オーラフォトンを強めながらシュンを睨み付ける。
「俺たちには・・・意思があるんだ。たった一つの、叶えたい想いがな・・・!」
「その意思のために死なないだと!?・・・馬鹿な。貴様らはともかく、妖精どもまで・・・!」
その言葉に、悠人の横からすっと立ち上がったヘリオンが、シュンを諭すように語りかける。
「想いを、馬鹿にしちゃだめです。想いがあるから、力は出せるものなんです。
かつてのあなたが、カオリ様に想いを寄せていたように・・・みんな、その想いのために戦っているんです!」
「カオリ・・・佳織!?ぐ、ぐううぅう・・・うあああぁああ!!」
『カオリ』という名前を聞いたとたん、シュンは頭を抱え、暴走するかのように苦しみだす。
それは、エターナルになっても、【世界】に取り込まれても、まだ僅かに瞬という存在がいることを意味していた。
「・・・! 瞬!?」
「悠人・・・ゆうとおぉ・・・は、はやく・・・僕を、殺してくれ!」
「瞬!!まだ生きてたのか!ならまだ間に合う、【世界】の呪縛を解き放つんだ!!」
「ぐ・・・もう、無理だ・・・だから、僕がこいつを押さえている間に、はやく・・・僕を殺すんだ!!」
「そんな!瞬・・・俺は・・・!」
「この世界を救うんだろう!?・・・それとも、さっきそいつが言っていたことは、お前には無いのか、悠人!!」
その言葉に、悠人はちらり、とヘリオンを見る。
・・・ヘリオンは、悠人に向かって真っ直ぐにその視線を向けていた・・・覚悟を決めてください、と・・・
悠人はその想いを受け取って、悠人は瞬に向き直り、全力でオーラフォトンを展開する。
「そうだ、それでいいんだ・・・悠人、この疫病神め・・・か、佳織を助けてくれて、あ、あり、が・・・!!」
「・・・ッ!!」
瞬の体が弓なりに張り上がり、言葉が途切れた。完全に【世界】に支配されてしまった。
・・・もう、何度もそう考えていた。でも、これで未練がなくなってしまった。
目の前にいるのは、瞬ではない。悠人たちの、この世界に生きるすべてのものたちの敵。
「ぐ、ううう・・・こいつめ、一瞬とはいえ、我を押しのけるとは・・・だが、もう完全に消滅した・・・!」
「【世界】・・・お前はもう許さない。みんなのために、瞬のために・・・俺は、お前を倒すッ!!」
悠人の全身から立ち上るオーラフォトンが、【聖賢】の刀身に集まっていく。
その意思に、目の前の敵を倒して想いを果たすことに・・・何の迷いも無かった。
「黙れ・・・黙れえええぇぇえっ!」
力をため続ける悠人に、シュンは右手の神剣にオーラを集中させ、いきり立って斬りかかる。
「ユート様の邪魔は・・・させませんから!」
悠人の横を通り抜ける一陣の風と共に、ヘリオンがシュンの力の篭った攻撃を目の前で受け流す。
剣の翼を伴った流れるような攻撃は、ヘリオンと【純真】の前では完全に見切られていた。
「く・・・この、小娘がああぁあっ!!」
「ヘリオン!・・・もう、いい。離れるんだ!」
悠人のその言葉に、ヘリオンは全力でその場から離脱する。
【聖賢】に全力の込め終えた悠人。シュンは・・・【世界】は、背筋に寒気のようなものを走るのを感じた。
「【聖賢】・・・アイツを、瞬を・・・楽にしてやってくれっ!!・・・うおおおぉあぁあああぁあ!!」
ズドオオオオォオォォォオォン・・・!
聖なるオーラフォトン、想いを希望に繋ぐその力が、文字通り全力でシュンに叩きつけられる。
その空間に響き渡った、爆発音、床が砕けるようなびしびしという音・・・そして、断末魔。
「が、ふ・・・そ、そんな馬鹿な・・・そんな、あ、が・・・う、ぐぅあああああぁぁあぁぁ・・・!!」
【聖賢】からの爆発のオーラが晴れると共に、シュンが・・・【世界】が、マナの霧となって消えていく。
そんな瞬に・・・悠人は、一言、こう言った。
「お前だって、佳織を殺したかったわけじゃないだろ・・・?瞬・・・」
その問いに、答える声は無かった。だが、悠人には、瞬が何て答えるのか、なんとなく判った気がする。
自分なりの正義、自分だけの想いで、佳織を守りたかった。
ただ、悠人と瞬では・・・それが擦れ違ってしまった。だから、戦いが起こったのかもしれない。
「俺が、疫病神、か・・・認めたくないけど、そうかもしれないな・・・」
達成感に包まれたような、哀しみに包まれたような・・・そんな悠人に、仲間たちが駆け寄ってくる。
「ユート様っ!やりました・・・やりましたね!」
いの一番に、飛びつくように駆け寄るヘリオン。その顔は、安心の一色に染まっていた。
「これで・・・これで、この世界は救われるんですよね!私も、ユート様も、生き残ることが・・・」
「はは、ヘリオン・・・少し落ち着けって」
嬉しさのあまりか、考えたことがそのまま口に出てくるヘリオンを、悠人はなだめるように落ち着かせる。
だが、嬉しいのは悠人も同じだった。ヘリオンと一緒に生き延びられた。
ハリオンの遺志を、願いを、遂げることができた・・・その想いで、心がいっぱいになっていた・・・
「悠人さん、上を・・・」
時深に促され、悠人とヘリオン、スピリット隊の仲間たちは上を見上げる。
そこでは、スピリットの母、再生の剣が崩れるように砕け散っていた。
その欠片は、この空間の中心にある穴に吸い込まれるように落ちていく・・・
悠人たちは、再生の剣が砕け散るそのさまを、最後の一欠片が無くなるまで、ずっと見つめていた。
「(これで・・・もう、スピリットが生まれることも無いのか。今生きているのが、最後のスピリットなんだな・・・)」
「ゆ、ユート様っ!」
驚くように声を張り上げるヘリオンに、悠人は哀しい考えを振り払う。
目の前では、再生の剣が落ちていった穴から、マナ蛍のような光の球体が、立ち上っていた。
「こ、これは・・・!?」
「なんとなくわかります・・・多分、今まで死んでいった、生まれようとしていたスピリットたちの心・・・」
ふわり、ふわりと、魂のように浮かんでいく。
ヘリオンは、その魂の一つ一つを、注意深く見つめていた。・・・決して、見逃さないように。
「・・・あ、いました!」
ヘリオンはぱっと両手を伸ばし、まるで小さな虫を捕まえるように、魂の一つをその小さな手で包み込む。
とても懐かしいような、あたたかい、憶えのあるカタチの心を。
「ヘリオン・・・それって、もしかして・・・」
「はい・・・これ、ハリオンさんの心です。やっぱり、再生の剣に還っていたんです」
もう離したくないと、ヘリオンの眼はそう言っているようにも見えた。
指の間から漏れるあたたかい心の光。
それを見つめるヘリオンは・・・安心しているような、悲しんでいるような・・・複雑な顔をしていた。
「ヘリオン・・・ハリオンを旅立たせてやろうな。無事に、ハイペリアに行けるように・・・」
「はい・・・ユート様。・・・さようなら、ハリオン・・・さん」
ヘリオンは手の中にあるハリオンの心にそう呼びかけるように呟くと、静かに手をあけ、心を飛び立たせる。
ハリオンの心は、他のスピリットたちの心の中に混ざると、ハイペリアに向けて、天に昇っていった・・・
『ヘリオン、ユート様・・・ありがとうございます~・・・』
「さあ、みんな・・・ラキオスに帰ろう!」
悠人が振り返ってそう言うと、スピリットたちは一斉に笑顔を見せて、おーっ、と声を上げる。
ぎゅっ。
悠人の手をあたたかく包みこむ小さな感触。
ヘリオンが、まるで甘えるようにように悠人の手をしっかりと握っていた。
二人とも、何も言わなかった。なぜなら、二人が何を考えているのか、お互いにわかっていたから。
お互いの想いを・・・愛を知るのに、百の言葉は要らない。
好きな人が傍にいて、ただ、一途な心があれば・・・それでいい。
誰かを好きになるのに、理由なんて要らないから。同じカタチの心があれば、分かり合えるから────