「さ、いい!? 言い出しっぺはわたしだから、責任持ってやるわよ。で、残りを決めないと。まず主役。挙手!」
しーん。途端、静けさを取り戻す我がクラス。…………ってをい。
「あのね、全会一致で決めたのは貴方達なんだから、配役くらいぴっと決めてよね!」
呆れてばんばんと教壇を叩き、ぐるりと睨みつけても誰もが俯いたままで動かない。
……いや、一人笑いを噛み殺すように下を見たまま肩を細かく震わせてるけど。後で憶えてなさいよ。
身を乗り出した時に前に来たポニーテールを軽く後ろに追いやる。すると、目が合った人物発見。
「今日子、推薦」
「え、え? アタシ? いや、委員長、アタシ女だから」
「判ってるわよ。だ、か、ら、誰か推薦して。このままじゃ日が暮れちゃうわ。みんなだって早く帰りたいだろうし」
あちこちで頷くクラスメート。そう、日差しはもう傾いて、グラウンドからは部活の掛声も聞こえ始めてきている。
それでも尚全員残っているのはクラスの団結として嬉しいけど、それはそれとして各人の都合というものもある。
よって、長時間拘束するのは忍びない。というか、わたしだって早く決めて貰って落ち着きたい。
本当は立候補が理想的なんだけど、この際手段を選んではいけないだろう。今日子は人望もあるし。一部にだけど。
「えーっと……お、ふふふふ~。はいっ! コイツがいいと思います!」
「あのね、もう指名してるんだから挙手はいらないって……え?」
「おう、俺も賛成だ。どうせ寝てるんだし、いいよなみんな」
「え、え?」
しかし、今日子はよりにもよって彼を指差した。
急に立ち上がった碧くんの一声に、さんせーい、と控えめな声がクラス中から湧き上がる。
誰もが、彼を起こさないようにと気を配っているのだろう。ものの見事な満場一致による生贄の誕生だ。
「…………あ、ちょ、ちょっと」
我に返り、鋭く今日子を睨みつける。こんな逆襲を受けるとは。
今日子は悪戯っぽくにっと笑い、机の影から他の人には見えない角度でVサインを送り返してきた。……やられた。
わたしは民主主義に心の中でちっと小さく舌打ちをしながら黒板に向きなおし、やけくそ気味に大きく板書した。
主役:高嶺 悠人
「――――じゃ、これでいいわね。今日子、碧くん、彼にちゃんと伝えておいてよ」
「まっかせなさーい!」
「ああ、もちろんだ」
「……ん? なんだ、なんの騒ぎだ?」
溜息をついた時、当の本人がむくりと起き上がった。当然だが事態を把握してはいない。
わたしは咄嗟に外に目を逸らした。夕日のおかげで、染まってる筈の頬は隠せているだろう。
窓の向こうには山の稜線。緩やかな曲線を、繁る樹木が僅かにぼやかしている。
長くなった日差しが黒板に反射して、彼の名前の隣に仲良く板書されているわたしの名前をくっきりと映し出していた。