胡蝶

YearningⅠ-1

かつかつと、小気味良い音を立てながら飛び散るチョークの欠片。
廊下側が僅かに暗い。出来るだけ避けた横書きで簡潔に議題だけを記す。
隣の教室からの喧騒が、壁越しにくぐもって聞こえる。伝わってくる振動。
教室の配置は対称になっている筈。向こうでも同じような事をしているのだろうか。
窓からの日差しに埃っぽい粒子が舞い、濃緑の背景にくっきりと浮かび上がる。
ややくたびれた黒板が、嫌いじゃない。
隅の方に残る消し忘れ。強く書きすぎたのか、薄っすらと残る残滓。
それらがまるで、わたし達が確かにここにいた、その証のようなものだと思えるから。

きっと、大切な事。
それはただの数式だったり、退屈な古語だったり、将来役に立ちそうも無い化学式だったりもするけど。
例えば、大きく書かれた体育祭の結果。休み時間に書いた落書き。放課後に使った伝言板。
そんな何気無い一つ一つに、わたし達は一喜一憂したりもしたのだ。ここで、仲間や友達を作って。
写真のように、明確には残らない。でも、写真のように意図されて残すものではないから、決して色褪せない。
忘れるのは、わたし達。憶えてるのもわたし達。黒板は、ただ、示すだけ。選べ、と。だから、きっと、大切な事。

「それにしても……」
軽く溜息をつき、ひとりごちる。
ぎしっ、と軋む木製の教壇。背後で、押さえつけられるようなさざめく声。
一種異様な緊張感が漂う中、所々でひそひそと相談するような気配が感じられる。
うるさいな。わたしだって、好きでやる訳じゃないわよ。どうしても、っていうから。
「……はぁ」
最後の一行を手早く書き終え、赤いチョークを持ち直す。
あらかじめ作っておいた余白に自分の名前をやや乱暴に書き込み、抑えていた感情を爆発させながら振り向いた。