寸劇をもう一度

ほんとうの兄妹に

翌早朝、城の中庭。悠人は悩んでいた。元の世界へ帰れるチャンスは一度きり。だけど、帰ってしまったら、この世界は、みんなはどうなる!? エターナルになれば助けになれるというのに、帰ってしまっていいのか!? それに、エターナルになるということはみんなの記憶から消えるということ……。そう……佳織を守るために戦っていたはずなのに、守りたい人が…仲間が…失いたくない人が、増えていた。
「……お兄ちゃん」
控えめにかけられた声は佳織だ。振り返らずとも聞いただけでわかった。よく眠れなかったのか、顔色はあまり良くない。
「おはよう。随分と早起きさんだね。あんなにお寝坊さんだったのに」
「お、おはよう。まぁ、な」
「ねぇ、お兄ちゃん……覚えてる?」

それから、ひとしきり昔のことを話した。
「……ここに来て、色々なことがあったね……」
思い出話がふと途切れたところで、佳織が話題を転換させた。
「そうだな……もうずっとここで暮らしてたみたいな感じだな」
「うん……そうだね……」
そう、言ってみれば第二の故郷。そんな愛着が芽生えている。だけど……。
「帰ろう……もう俺たちにできることは終わったんだ」
この世界が向かっている破滅、そしてそれを救える可能性、それを知りながら悠人は嘘をついた。佳織は黙って悠人を覗き込む。心にある迷いを見透かすように。
「お兄ちゃん……私、知ってるんだよ?」
「な、何を……?」
「エターナルのこと。あっちの世界も…こっちの世界も……」
「って、時深か!?」
「…うん」
「ったく、時深のやつ……」
その場にいない時深に毒づく悠人に構わず、佳織は続けた。
「お兄ちゃん…エターナルになりたいって、ううん、みんなを助けたいって思ってるでしょ?」
「そ、そんなことは……」
「あるでしょ? お兄ちゃん嘘が下手だもんね」
「っ…だけど、それじゃあ佳織が……」
「私は…大丈夫だよ。それに…私のせいでお兄ちゃんが何かを諦める方が、よっぽどつらいよ……」
「佳織……」
言葉に詰まる悠人。と、佳織は俯き、そして、悠人に背を向けた。顔を見られまいとするかのように。

「……ねぇ、お兄ちゃん」
未だ白には遠い朝日の中で、佳織の声は今にも降り出さんばかりの曇天のように揺れて。
「私たち、兄妹(きょうだい)だよね?」
「当たり前じゃないか……」
「うん……でもね、お兄ちゃんは…お兄ちゃんだけじゃなくて、おとうさんでもおかあさんでもいてくれたんだよね、あの時から…お父さんとお母さんが死んだあの時から……」
「俺は別に…そうだとしても、たった一人の家族なんだ、当たり前じゃないか」
「ありがとう、お兄ちゃん。嬉しかった…嬉しいよ。でも……私、もうお兄ちゃんの娘は卒業する。そして、本当の妹になりたいの。ただ無条件に守ってもらう娘じゃなくて、迷惑かけたりかけられたり、頼ったり頼られたり、お互いさま、そんな当たり前の妹に……」
「佳織……」
「でね。私はもう充分お兄ちゃんに頼って迷惑かけて…だから、お兄ちゃんもちょっとは私に頼って迷惑かけてくれると嬉しいかな…なんて、へへ」
佳織の自立宣言に、悠人は言葉もなく佳織を背中から抱きしめる。
「だから、お兄ちゃんは自分の本当に望むように生きて。それが私の望み。…他の人はどうか知らないけど」
しばしそのままで佇んで。それまでの関係を惜しむように、これからを歩み出す勇気を与え合うように。