寸劇をもう一度

想いを賭して

佳織がハイペリアへ帰るのを見送り、悠人は第二詰所にある第二自室のベッドで呆けていた。第一と第二の両詰所を行き来して生活していて、今は第二詰所の住人である期間に当たっていた。結局、悠人はこの世界のため、いや、大切な者たちのために戦う道を選んだ。背中を押されてではあるけれども。
「……はぁ、最後まで情けない兄だよな、佳織」
もうすぐ日が沈む。エターナルとなるための試練を受けるつもりがあれば今晩リュケイレムの森へ来るように時深から言われている。
「さて、だいぶ早いけど、遅れちまったら取り返しがつかないし、行くか」
気分を変えるように、エターナルとなる代償から気を逸らすように、努めて軽く呟いて悠人は立ち上がった。
「どこへ行こうと言うんです?」
かけられた声は冷ややかで、そして怒りに満ちて。慌てて視線を声のした方に向ける悠人。
「ヒミカ!?」
部屋の入り口の扉が開け放たれ、柱と扉の接合部に背を預けて腕組みしているヒミカの姿があった。悠人を睨みつけるヒミカの瞳には、抑えても抑えきれない炎。
「それで? どこへ逝こうと言うんですか?」
再度問うヒミカの声はやはり低く、けれど少しだけニュアンスが違うようでもあり。
「ど、どこって……ちょっと…その…散歩に……」
緊迫した空気に押されながらも口にした悠人の言葉に、もはや剣呑と言うべきほどに表情を険しくさせたヒミカが口を開いた瞬間、悠人の視界に飛び込む青い影、影、影。
「ネリーたちをを見捨てるのー!?」
「の~!?」
両腕にそれぞれ飛びついて縋るように抱え込んだネリーとシアーの言葉に驚く間もなく、
パッシーン!
頬を張られて悠人は尻餅をついた。
「「きゃっ」」
ネリーとシアーも巻き添えだ。
「ってぇー!」
ネリーとシアーに両腕を抱え込まれたままで張られた頬を擦ることもできぬまま悠人が見上げると、肩で息をしているセリアの姿があった。
「セリ…あ!?」
その名を皆まで口にすることもできぬうちに仰け反る悠人。視界に入った緑の髪は、
「ニム!?」
いつの間に悠人の背後に来たものやら、ニムントールが上着を引っ張ったらしい。その手に悠人の上着の裾を握り締めたまま、ニムントールが悠人の背中に頬を押し付ける。
「……今のユートには…ニムって呼ぶ資格ない」
耳よりも背中に響くその声は弱々しくて、罵声よりも強く悠人を打った。と、今度は襟を掴まれてガクガク揺さぶられる。
「あのっあのあのあのあのあのっ!」
「ちょっ…ヘリ…オン…目が…回る…落ち…着いて」
「落ち着いてなんかいられませんよぅ~っ!」
それでもどうにか揺さぶるのはやめてくれたヘリオンは胸にしがみ付いていて。その向こうにセリア。そしてさらにその向こうでは、
「あぁーっ、もうっ! せっかくわたしが冷静に進めようとしてるのにっ!」
ヒミカが爆発していた。
「いつもぉ~、独りで突き進むぅ~ヒミカさんにはぁ~、いい薬ですぅ~。わたしのぉ~気持ちがぁ~わかりましたかぁ~?」
ヒミカの隣でナナルゥの肩を背後から抱いているハリオン。
「だからって……」
反論しようとするヒミカの声を遮って、
「まぁ、この戦いぐらいは、あの子たちに先を譲ってあげてもいいじゃありませんか」
ハリオンの隣からファーレーン。
「ま、死の危険はないし、負けるつもりもないのはたしかだけど。それにしてもセリアまで……」
「それはまぁ~、『熱病』ですからねぇ~」
なおも愚痴るヒミカを宥めるハリオンの言葉は相変わらずちょっと謎で。

「……えーと、いったい何がどうなってるんだ?」
あっというまに第二詰所の面々に取り囲まれ、泣き付かれるやら張り倒されるやら責められるやら縋られるやらで、呆然としていた悠人が我に返って問うと、
「はぁ。まだわかりませんか?」
心底あきれたというようなヒミカの声に迎えられた。
「あぁ、その…ごめん」
悠人の返事にガックリと肩を落とすヒミカ。
「……えーと、ごめん、ファーレーン、説明をお願い。わたしは作戦を練り直す」
ファーレーンに後を任せて、ヒミカはそのまましゃがみ込むと、こめかみに指を当てて考え込み始めた。そのヒミカの髪をナナルゥが撫でている。そんなナナルゥの髪をハリオンがゆっくりと手櫛で梳く。
「えーと…その……ファーレーン?」
おずおずと尋ねる悠人に、ファーレーンは「仕方ありませんね」という表情を見せると語り始めた。
「ユート様、わたしたち、知ってるんですよ。ユート様が今、何処へ何の為に行こうとしていたのか」
「えっ、どうして!?」
「カオリ様が教えて下さいましたので」
「佳織…が?」
「はい。わたしたちには知る権利がある、と。知ってどうするかはわたしたち次第だけど、知らないままの別れだけはいけないから、と」
「そ、それで?」
「まずは、黙ったまま行こうとしたことに対する怒りを」
ファーレーンがにっこり笑う。こ、恐い。
「お、おい…」
「まぁ、それはセリアの渾身の一撃を以てよしとしましょう。あとは、わたしたちの伝えたいことを伝えたいと思います」
「あ、あぁ、わかった。聞くよ」
「いえ、感じて頂きます」
「え? どういうことだ?」
「それは……そろそろいいですか、ヒミカさん?」
いつの間にか立ち上がっていたヒミカにファーレーンが振る。
「ありがと、ファーレーン」
ファーレーンに手を上げて見せるとヒミカが話を引き取った。
「そういうわけで、ユートさまに参加して頂いて、『エンゲキ』をしたいと思います」
「ど、どうして演劇なんだ!?」
「わたしたちの想いを感じて欲しいから、そして、ユートさまに考えて欲しいからです。この闘い…受けて頂けますね?」
「闘い?」
「えぇ、少なくともわたしたちにとっては闘いですよ。賭けるのは命ではなく心ですが、あとがないという意味では同じです」
そうまで言われては応えないわけにいかないだろう。
「……わかった」
こうして、想いと未来は『エンゲキ』に託された。