寸劇をもう一度

エンゲキ

一度部屋の外へ出ていたヒミカが、蹲る悠人のもとへ駆け寄って来る。
「しっかりしなさい!」
おいおい、最初から違うよ。どうしたら良いかわからないからとりえあずそのままで…えーと、たしか……
「……ん。べつに」
努めてそっけなくそう応じた。
「いくらなんでも馬鹿にし過ぎよ!」
「…………」
「こんなことを繰り返してたら……いつか何もかも失いますよ」
「別に、いい……」
既に役とか関係なくなってるな、配置ぐらいか。冷静にそう考えつつ、自分がどうすべきかわからずとりあえず役を続ける悠人。客席――といってもすぐ側の床に座っているだけだが――にいたナナルゥが立ち上がって口を開く。
「ヒミカ、ユート様に対して失礼でしょう。ユート様はわたくしたちの主人なのですよ。ユート様の言うことには従わなければなりません」
この言葉はつらい。悠人が顔を上げると、涙目で悠人を睨むニムントールの顔があった。
「いいのよ。ユート『さま』は気にしないから」
ヒミカの言葉は内容はともかく、「さま」に棘があるような気がする。
「しかし、人間の命令を、エトランジェの命令を聞かないのは、スピリットとして許されないことです」
そう言うナナルゥをヒミカが腕と視線で止める。
「いや、まぁ、その辺で」
「…はい」
ナナルゥはあっさり引き下がった。
「ねぇ、ユートさま……わたしたち、ユートさまが言ってたことが少しはわかったつもりなんですよ。ユートさまがわたしたちの前に現れて、心に触れて。わたしたちが歩み出したのはユートさまのお蔭なんですよ。まだ歩み出したばかりですし、わたしたちはユートさまにもっと触れたいと思うんです」
それは涙が出そうなほどに嬉しい言葉で。
「たしかにユートさまは神剣を失いました。でも、ユートさまの手は剣を握るためだけにあるのですか? 剣を振るうことだけがあなたの力ではないというのはわたしたちが身を以て…いえ、『心を以て』知っているというのに」
「…………俺の、力?」
悠人はジッと手のひらを見つめる。ナナルゥもまた、手のひらを見つめている。
「わたしたちを変えたのはあなたなんですよ? それはあなたの力に他ならないでしょう? 神剣なんて関係ないでしょう?」
「みんな……。みんなは、俺に残って欲しいのか? 神剣がなくても…それでも…俺は…役に…立てるのか?」
涙が零れてしまう。かっこわるいなぁ、俺。
「もちろんですよ」
ヒミカがにっこりと即答した。
「…ユート様…ユート様は、変わったのですか? …神剣を失ったことで、変わったのですか?」
つと歩を詰めてナナルゥが口を開いた。
「あなたは言ったはずです、『俺にとって、みんなは、人間とかスピリットとかじゃない、そう、仲間、なんだから。人間もスピリットも関係ない』と。それなのにどうして『わたしたちにとって、あなたは、エトランジェとか上位神剣保持者とかじゃない、そう、仲間、なんだから。エトランジェも神剣も関係ない』というのがわからないのでしょう?」
「ほんっと、ユートってバカ」
ニムントールが『曙光』の柄で悠人の頭をはたく。
「痛い」
手加減はしてるみたいだけど。そんなニムントールを止めもせず、ファーレーンは苦笑を浮かべて眺めるのみ。
「バカー♪」
「バカ~♪」
いつの間にか側に寄っていたネリーとシアーが囃し立てる。
「ほんと~に、困ったおバカさんですよねぇ~」
ハリオンにまで言われてしまった。
「それで? そのおバカさんは、それでも逝くのかしら? 自分の主張を裏切って? わたしたちを裏切って?」
セリアが結論を迫る。冷たくて、冷た過ぎて痛くて熱い言葉で。
 みんなの顔を見回す。ヘリオン、ファーレーン、ハリオン、セリア、ニムントール、ネリー、シアー、ナナルゥ、ヒミカ――
「いや、行かないことにするよ。みんながそれでいいと言うんなら」
「それ『で』ではありません。それ『が』いいんです」
そんなツッコミを入れたのがナナルゥだったりして。
「…あぁ」
悠人にはもうただ肯くことしかできない。場にほっとした空気が広がり、
「ふぇえぇ~ん、良かったですよぅ~」
ヘリオンに至っては泣き出してしまうのだった。