その夜、リュケイレムの森。
「来ましたか。では試練を受ける覚悟はできたのですね?」
そう確認してくる時深に、悠人は首を横に振って答える。
「いや、俺はエターナルにはならないよ」
しばし、場を沈黙が支配した。
「ではどうして来たんです?」
「いや、ほら、待ちぼうけさせるのも悪いしさ」
「まったく、悠人さんって人は……だいたいエターナルになりもしないのにここに残ってどうしようと言うんですか? 前にも言いましたが、レスティーナ殿のような指導力、ヨーティア殿のような頭脳、スピリットたちの戦闘力、悠人さんには何もないでしょう」
そう……言われたなぁ。あれは記憶を取り戻して時深に詰め寄ったときだったっけ。
「ああ、俺もそう思ってた。でもさ、神剣なんてなくても、俺がいること自体が力だと言ってくれるやつらがいるんだ。そして、俺はそいつらのことを大事に思ってる。あいつらに怒られたんだ、逃げるのかって。俺はエターナルになって忘れられても、みんなが助かるならいいと思った。だけど、あいつらは、俺のことを忘れるなんて嫌だって、記憶を奪うなって、今までわたしたちに言ったことは嘘かって。そうまで言われてあいつらを…あいつらの想いを無に帰すことは、俺にはできない。そう、守るために何かを犠牲にするってこと自体が違うんだ。だから、俺は探すよ、何も犠牲にせずにみんなを守る方法を……」
「……甘いですね」
「だろうなぁ……」
「でも、悠人さんらしい甘さですね。『聖賢』の喜びそうな結論ですし」
「ん? その『聖賢』ってのは神剣か?」
「えぇ」
「そっか。まぁ、機会があったらよろしく言っておいてくれ」
「そうしましょう」
二人して何となく夜空を見上げる。木々の影に遮られ、僅かにしか見えないけれど。
「ま、そんなわけで、時深には苦労かけることになるけど、よろしく頼むな」
「仕方ありませんね。それにまぁ、敵の予定どころか私の予想さえ覆して進んでいるというのは、ある意味では良い兆候なのかもしれませんし」
「ふぅん?」
「私の予想では悠人さんはエターナルになるはずだったんですけどね。敵の見落とした運命の誤差の積み重ねを利用して戦うべき私が、誤差に足を掬われたようです。彼女たちを見くびり過ぎていたようですね。ともあれ、敵にとっての誤差が積み上がっているという意味では良い兆候ですよ。さぁ、悠人さんはもう帰って下さい、私はしばらく今後を検討してから帰りますから。ほらほら、彼女たちがそろそろ痺れを切らしそうですよ?」
「えっ!?」
時深の言葉に悠人は辺りを見回すと、
「気づかれていましたか」
「さすがですね」
「先制攻撃、失敗」
「ちぇーっ」
「お菓子あげてたら見逃してくれたのかなぁ?」
一人、二人、三人、四人、五人…ガサガサと音を立てて人影が出て来る出て来る。
「って、全員かよ!?」
第二詰所のスピリットが九人、揃っていた。
「俺って信用ないんだなぁ……」
「まぁ、この件に関しては念には念を、と」
悠人が嘆いてみせるも、ヒミカにさらっと返されてしまって。
「そう言われてしまうと返す言葉もないよなぁ、怒られたばかりの身としては」
そんな悠人のぼやきに、みんなの笑い声が広がるのだった。