胡蝶

Ⅱ-1

バーンライトをその版図に加えたラキオスは、その勢いのままにダーツィ大公国へと雪崩れ込んでいく。
一度真っ直ぐ南下してケムセラウトを抑え、街道を折り返すように西へ。
スピリット隊は制圧したばかりのヒエムナでダーツィ首都を固める防御ラインを睨みつつ、
戦いの合間を縫って訓練を行う、そんな日常が暫く続いた。

砂漠が近いせいか、やや埃っぽい乾いた空気を感じながら、割り当てられた臨時の訓練場へと歩く。
前にアセリアが歩いているのが見えたので、相変らずぼーっとしている背中に声をかけてみた。
「アセリア」
「……ん」
「訓練でしょ? 相手をしてくれる?」
「ん、わかった」
ちゃんと私が横に並ぶのを待ってから、再び歩き出すアセリア。無口だが、そういう所は昔から変わらない。
特に何を話すでも無いが、こうやって並んで歩くと、不思議にどこか安心させるような雰囲気がある。
そしてそれは、多分アセリアも同じ。自負ではないが、そういう部分も何となくわかってしまう。

宿舎からやや離れた林を掠める道まで来た所でアセリアの歩みがぴた、と止まった。
「あ……ユート」
「え? あ、ええ」
見ると、道から外れた荒地に古びた小屋があり、その脇で一人剣を振るっている人物がいる。
擦り切れた羽織りを脱ぎもせず、もう何百回も素振りを繰り返したのだろう、遠目にも息が上がっているのが見て取れる。
努力は認めるが、あんなに疲労していては訓練効果も上がらないだろうと内心呆れていると、アセリアがすっと前に出た。
「1人……良くない。わたしも一緒にする」
「あ、ちょっとアセリア待――――」
そして止める間も無く、小走りで駆けていってしまう。ぽつんと取り残されてしまう私。
やがて彼の側で、アセリアも『存在』を振り始めた。その楽しそうな横顔に、ぎゅっと『熱病』を握り締める。
顔が硬ばってくるのが判った。――――約束したのに。
ともすればそんな湿っぽい感情が湧いてくる事に自己嫌悪しながら、その場を後にした。

「ちょ、待っ、セリ、わわっ、な、何でぇ~~!!」
その日、結局訓練に付き合ってくれたネリーの調子は、いつになく悪かった。