胡蝶

Yearning Ⅲ-1

「ふーん、委員長の家ってこの辺なんだ」
「う、うん。あの、高嶺くんは、どうして? 家、反対方向でしょ?」
「え、ああ。こっちはバイト。今帰りだよ。……ってなんで知ってるんだ?」
「あ、その……今日子から、聞いたことあるから」
「ああそっか。まぁいいけどな」
「う、うん……」
少し離れた後ろを、それ以上距離は詰められないまま歩く。わたしより、頭一つは高い影。
ぶっきらぼうに前をいく背中が、等間隔に照らし出す街灯の光に、見えたり暗く翳ったりする。
冷たい筈の北風が頬に気持ちいい。時々振り返られるたび、真っ赤になっているのに気づかれないかとどきどきした。
「ごめんね、送ってもらって」
「いいって。それにしても物騒なんだな、気をつけないと」
「う、うん。そうだね」
ややろれつの回らない口調で事情を話したわたしを、高嶺くんはあっけなく、送ってくよと申し出てくれた。
最初は断ったのだが、手を振るわたしに構わずに歩き出すので、慌てて追いかけ、今に到る。
それにしても、どうだろう、このわたしのお淑やかさは。自分でも信じられないが、まるで借りてきた猫のようだ。
もしあの親友が見たら、鬼の首を取ったように指を指して笑い転げるだろう。小説のネタにでもされかねない。
でもしょうがないじゃない、と心の中で反論する。しょうがないじゃない、体中、かちんこちんなんだから。

「今日子とは、仲いいんだろ?」
「え? う、うん。それなり。何で?」
「ああ、最近よく話を聞くからさ。あの強引な性格だろ、委員長にも苦労かけてるんじゃないか?」
「ううん、そんなことないよ。明るいから、クラス引っ張ってくれるし、今日だって……あ」
「やっぱりな。帰りしな、しきりに否定してたけど、光陰とグルだったのか。あいつめ」
「あ、あの。――――やっぱり嫌だった? 演劇」
「え? うーんどうだろう。ただ俺、時間あまり取れないからさ、みんなに迷惑かけるんじゃないかって。こっちでいいか?」
「あ、うん。右。……迷惑?」
「ああ。折角みんなで楽しんでるんだろ? 中途半端にろくに参加出来ない他人に割り込まれてもつまんないだろうし」

「……っ他人だなんてっ!」
俯瞰したような物言いより。
少なくても同じクラスメートとして過ごした日々を否定された悲しみより。
何より他人扱いされた事がずきりと胸に響く。
緊張が一気に醒め、気づいた時には叫んでいた。
思わず出した鋭い声にはっと我に返り、俯いてしまう。
昏いアスファルトの地面が目に映り、声に力が入らなくなった。
「そんな……同じクラスメイトじゃない。そんな事、言わないで欲しい」
「あ、ああ。ごめん。そんな意味で言ったんじゃないんだ、忘れてくれ。さ、着いたぞ。じゃあな」
「あ…………」
しかし彼は、一瞬激昂したわたしの様子をちら、と見ただけで簡単に謝り、はぐらかす。
そしてさっきまでの会話をひらひらと振る手だけで打ち切り、立ち去ろうとする背中。
道の向こうに消えていくその後姿に手を伸ばしかけ、思いなおして胸に当てた。
きゅっと握った手から、制服越しに伝わる胸の痛み。引き止める資格がわたしにはあるのだろうかと迷う。

 ――――今時流行らないよ、ただ黙って見守るなんて。

「~~~っ、あ、あの! だったら!」
「ん? なに?」
清水の舞台から飛び降りるような心境で、呼び止めていた。きっと人生で、一番声が震えただろう。
驚いたように振り向く不思議そうな顔が、次の言葉を待っている。後押しされるように、俯きながら呟いていた。
「だったら、あの……舞台の練習……い、一緒に、やらない……? その、バイトの後でいいから……」