胡蝶

Yearning Ⅳ-2

「だから、ごめんなさいって。何度も謝ってるじゃない」
「そんな上目遣いで誤魔化しても駄目だよ。この貸しはちゃんと返してもらうからね」
「うっ…………2枚?」
「5枚」
「多いよっ! ……って、それ、一度に食べられるの?」
「…………」
「…………」
「……冗談だよ。3枚にしておいてあげる」
「それでも3枚は食べるのね。……夕飯、食べられなくなるよ」
「ご心配ありがとう。でもね、この寒さで余計なカロリー消費しているから、問題はないのだよ」
「その話に戻る訳ね」
そんなやりとりを交わしながら、こっそりと溜息をつく。
わたし自身は、別に寒さは苦手じゃない。きん、と凍りついた張り詰めたような空気は、むしろ好きな方だ。
澄んだ朝の光が結晶化したような眩しさとか、冬は四季を通じて、最も自然が厳しい美しさを持ったシーズンだと思う。
時折吹く強い風にポニーテールが乱れて髪が纏わりついたり、制服のスカートを巻き上げたりしなければ最高なのだが。

「…………遅いなぁ、高嶺くん」
「いやだから、呼び出されてるんでしょ。もう何度目よ、その台詞」
「え? わたし、口にしてた?」
「してたしてた。もう、呪文のように。ねぇ、高嶺くん?」
「じゅ……! 貴女ねぇ、他に言い方はないの?―――――え゙」
来てた。いつの間にか。職員室に呼び出されていた彼が。
鞄を肩から背中に背負ったまま、不思議そうな顔ですぐ側にまで。
「よ。何話してるんだ、楽しそうだな」

「うん、とっても楽しいのよ、この娘が」
「へ? 委員長が?」
「た、た、た……」
隣でくっくっと喉を鳴らしながら、可笑しそうに肘をつついてくる親友を、一瞬睨みつけて黙らせる。
やられた。完全に、出鼻を挫かれた。というより、“いざ”がこんなに突然に来ているなんて。
身体中が硬直して、上手く舌が回らない。
最初の一言は、決めていたのに。あれ、なんだったっけ? だめ、全然思い出せない…………
「た、た、た、……」
「タ?」
「た、高嶺くん!!」
「うぉっ! な、なんだどうしたいきなりっ!?」
「い、い、い、一緒に帰らないっっ!!?」
「――――は? そういう約束だったろ?」
「ははっ! 気にしないで、この娘、少し疲れてるだけだから」
「……そうなのか? 委員長も大変なんだな。先に帰っても良かったのに」
「そうね。まぁでも約束は約束だし。恥ずかしいから、置いて二人で帰りましょうか」

「ち ょ っ と 待 ち な さ い ! !」

うっかりすると高嶺くんの腕を取ろうとする親友を、必死に叫んで制止する。
すると眼鏡の奥で意地悪そうに片目を瞑ってよこされ、大声を出していたことに気づいた。
目を丸くしている高嶺くんと、目を合わせられずに黙って小さく頷くだけのわたし。
本当に、どうしてこんなに簡単に頼ってしまったのだろう。この、友達甲斐が微塵もない親友に。
次からは、意地でも付き添い無しで誘ってみせる。