胡蝶

Yearning Ⅴ-1

日が傾きかけた、広い駐車場の隅。店内からの灯りを背中に受けながら、ぼんやりと縁石を眺める。
冬の空気が少し寒い。店に入ればいいのだろうが、迷惑は掛けたくない。高嶺くんはきっと気にしたりしないだろうけれど。
「ふぅ……まだ、かな」
ちら、と横目で窓越しに中を窺う。これでもう何度目だろうか。落ち着け、そう心の中で呟いた。
今日は半日授業だったので、短くなった太陽がまだ頑張っている。スカートの影がひらひらと長い影を伸ばしていた。
風を避けた壁際で、見えない角度か確認してから前髪を整える。ポニーテールが少し乱れていたので軽く撫でてみた。
少しウェーブがかかっているので、それですぐ大人しく収まる。鏡がないので確認は出来ないが、大丈夫だろう。

もうすぐ、クリスマス。
きん、と冷えた季節は、いつ雪が降ってもおかしくはない。
空を見上げると、都会の明るい空の中で、昇り始めたシリウスの銀が殊更に輝いて見えた。
それが何だかとても素直に綺麗だと思え、我ながら可笑しくなる。普段、星なんか眺めないのに。
くす、と一人噴き出し、鞄を見下ろした。軽く揺すって、中に入っている紙袋を確認。

……喜んで、くれるだろうか。いや、それ以前に受け取ってもらえるだろうか。
まだ、完成途中。
元々、渡す機会などないだろうと、殆ど自己満足に近い感覚でこつこつ編んでいたものだけど。
思わぬ展開で完成を余儀なくされ、今や残り時間を確認しながら睡眠時間や休み時間を削ることになっている。
手芸部に、無口な友人がいて助かった。いまいち何を考えているか判らない娘だが、こういう時には非常に頼りになる。

「うーん……でもこのままじゃ、ギリギリかな」
それでも、進捗状況は思わしくない。途中でマフラーからハードルを上げたわたしが悪いんだけど。
でも、どうせ渡すなら、もっといいものを贈りたい。これは、折角のチャンスなのだ。とは悪友の受け売り。
先日の結果報告を無理矢理聞きだした彼女は、当人よりも勢い込んでそう言った。
「…………不思議」
自分が。あれ程近づきたくて、それでも近づけなかったのに。きっかけなんて、こんなものなのかと思う。
こうして毎日、彼のバイトが終わるのを待つのが日課になっているのだから。そう、まるで恋人みたいに。

「恋、人――――」
口にしてみると、胸の中が痛いほど熱くなった。

スニーカーの紐が僅かに緩んでいるのを見つけ、直そうかと屈んだところで背中から声をかけられる。
「よ、お待たせ」
「あ、ううん、今来た所だから」
慌ててぴょん、と背伸びをして、かぶりを振る。もう10日にもなるのに、馴れない。
思わず飛び出すのはお約束の台詞。今までの自分なら、噴き出すようなやりとり。でもそれが、何だかくすぐったい。
「じゃ、今日もよろしくな、委員長」
「うん。それじゃ台本、出して?」
「ああ、えっと……どこまでだっけ?」
「あ、ここだよ。高嶺くんの台詞から」
勝手に歩き出す大きな背中をとことこと追いかけながら、開いたページの先を指で指す。
彼の方が歩幅が大きいので並ぼうとするとどうしても小走り気味になるが、きっと気づいてもいないだろう。
不器用な発音をごもごもと口の中で繰り返している横顔。相変わらずの無愛想さも彼らしいので気にしない。
そっと鞄の中身を確かめ、それを手渡した時の表情の変化を想像してみるだけで楽しかったから。