……最後に見たのは、腕時計の文字盤。
“2005/12/18/17:30”という、数字の羅列。
―――― 真っ白な中、浮き上がっていく ――――
頬に暖かさを感じ、薄っすらと目を開くと、そこは森の中だった。
柔らかな日差しが生い茂る木々の隙間から、惜しげもなく降り注ぐ。
鳥の囀り。草の匂い。ゆっくりと身を起こす。すぐ近くから、何かさらさらと澄んだ音色が聞こえた。
「――――?」
すぐ側に、小川が流れていた。木漏れ日を反射して、きらきらと輝いている。
ひんやりと冷たい空気が気持ち良い。まるで吸い込まれるように川辺へと近づいた。
対岸で水を啄ばんでいた小鳥が一瞬こちらを見たが、逃げもせずに再び水面へと嘴を向ける。
…………不思議な気分だった。
ここはどこだろう、とか、なぜこんなところに、とか、そんな素朴な疑問が通り抜けていく。
それどころか、自分がだれなのか、それすら上手く思いだせない。それなのに、――何の不安も感じない。
森の息吹が、清々しい空気が、風の流れが心を洗い流していく。包まれるような、一体感。
自分が世界の一部だと、世界が自分の一部だと。そんなごく“あたりまえ”のことが、沁み込んで来る。
そっと川面に片手を伸ばし、蒼く眩しい水を掬う。ぱしゃり、という軽い音。
「フフ……マカノサス、ルゥ」(ふふ……くすぐったい)
思ったとおり水は冷たく、そして小鳥も逃げなかった。ちち、と小さな鳴声を漏らし、首を小刻みに傾げている。
わたしは微笑みかけ、それから水面を覗き込んだ。そこに映し出されるのは、思ったよりも幼い姿。
蒼い髪、蒼い瞳。白い肌の上半身。
「アルゥ……ヨテト、ヤァ、イスカ……」(そう……これが……私……)
生まれたままの姿でこちらを見つめてくる“私”は、微笑んでいた。だから“わたし”も微笑み返した。
――――りぃぃぃぃぃん……
清冽に光り輝く刀身。気づけばずっと持っていた“神剣”を、両手で胸に抱き締めていた。
癒し、慰めるような音色が微かに心を揺り動かす。波紋は穏かに広がり、混ざり合って泡沫と消えた。
一瞬なにか、ずっと見てきた背中が遠ざかっていくような、いたたまれない寂寥感。
そっと目を閉じる。通り過ぎていく想い。一つだけ決めた。これから、どんな運命が訪れるとしても。
―――― この場所は、ずっと“わたし達の”とっておき ――――
「…………ン……ンン?」
後ろで、くぐもった声が聞こえる。振り向くと、起きたばかりなのか、目を擦っている少女。
私と同じ、蒼い髪、蒼い瞳。ぼんやりと薄く輝くハイロゥリング。そして傍らには――――銀色の神剣。
透き通るような肌が、全身に陽光を浴びて眩く。私は微笑んだまま目を細め、そして静かに呼びかけていた。
「 ヤシュウウ。ネーニ、クミトラス、クム―――― 」( おはよう。気持ちの良い朝よ―――― )