胡蝶

Aspiration

どれほどの世界を、時間律を渡り歩いただろう。
エターナルとしての戦いは、確実に時の平衡を失わせていく。
それでも隣には、いつも愛する人が一緒にいた。時には喧嘩もしたが、互いを失うことには耐えられない。
任務は、常に二人。それなりに古株になってきた私達に、トキミ辺りは渋い顔をするが、仕方が無い。
だって、離れられないのだから。

そうして辿り着いた、今回の世界。
そこで私は、一組の少年少女を見かけた。無邪気にじゃれあう姿に、つい苦笑して観察してしまう。
隣で付き合ってくれている悠人が、退屈そうに欠伸をしていた。
「ふあぁ……まぁいいけどな。今回は、戦いというわけでもないし。なんでトキミも俺達をここに送ったんだ?」
「いいから。ほら、あの子、悠人にそっくりじゃない?」
「ん? ……んー俺には女の子の方がセリアに似てると思うけど」
「……浮気、じゃないわよね」
「ち、違うって! セリアが振った話だろ?」
「なら、いいけど。……少し、嬉しい」
「?」
「あ、いけない、気づかれたみたい。悠人、行くわよ」
「おい、急に引っ張るなって……」
不安そうに振り向く少女を後に、私達はすばやくその場を立ち去った。
もう、二度目だ。鋭い娘。さすがにこれ以上見守るのは無理だろう。


「なんだか懐かしいような光景だな……」
誰もいない、夕暮れのキョウシツ。ガッコウと言われる、“渡り”を行なっているとたまに見かける建物。
既に廃屋となっているのか、人気は無い。夕日が窓から差込み、室内は暖かい橙色に染められていた。
「もう、酷く昔の事に思えるよ。光陰や今日子と馬鹿やってたっけ」
今回のは特に、悠人が昔居た世界に似ているらしい。いとおし気に机を撫でている目が優しい。

「ふふ。ここは学ぶ場所だと聞いているけど」
「ああ。でも、それだけじゃないんだよ。退屈だから居眠りもするし、休み時間には仲間と遊ぶし……あれ?」
「? どうしたの?」
「いや。はは、よく考えたら俺、あんまり遊んだ記憶はないな。バイトとか忙しかったし。んーーー」
「……さっきから、変ね」
「なんだろう、何か……居眠りしている時、良く起こしてくれた娘がいたような……生徒手帳?」
「セイトテチョウ? それは、何?」
「え? ああ、証明書みたいなもんなんだけど。何か引っかかるなぁ……」
そのまま首を傾げるように、黙り込んでしまう悠人。私は彼をそのままに、キョウダンというものに乗ってみた。
ぎし、と木製のそれが軋む。目の前に、大きな光沢のある黒い板があった。

――――なんだか、好きになれそうな匂いがする。

「……あら?」
眺めていると、隅に消し忘れのような、引き攣った跡を見つけた。
大して興味を引いた訳でもないそれに、何故だか視線を引き付けられる。

 …………………………
 ……………………
 ………………

「そろそろ行かないか……ん? どうした、何だか楽しそうだな」
そのまま結構な時間、熱心に眺めてしまったのだろう。気がつくと、戸口に悠人が立っていた。
一瞬呼び寄せようかとも思ったが、改めて考え、やめることにする。この位の秘密は持っていていい気がした。
「なんでもないわ。さ、行きましょう」
「おいおい、待ってたのは俺だぜ。おかしなヤツ」
「ふふ……そう?」
私は文句を言っている悠人の手を両手で掴むと、そのまま彼の身体を外へと押しやった。
そうして最後に、もう一度だけ振り返ってみる。夕日を反射した黒い板の表面に、白く浮かび上がった有り得ない文字。
「……ありがとう。さよなら」


  主役  :高嶺 悠人

  ヒロイン:セリア・B・ラスフォルト


そこには確かに現(うつつ)の狭間に埋もれかけた、夢の残滓が沁み込んでいた。


                                ―――― 胡蝶 ende ――――