いつか、二人の孤独を重ねて

剣聖

ロウエターナルのミニオン軍勢の無慈悲な侵攻によって瓦礫となった、その場所で。
理不尽な暴力により破壊し尽くされ、命の…マナの営みがことごとく無惨に奪われたラースの町で。
【不浄】のミトセマールは、眼前に新たに現れたエターナルに舌なめずりしながら改めて向き直る。

「あんたさ…生まれたてみたいだけど、そこの小娘よりはイイ声で鳴いてくれるのかい?」

ミトセマールの台詞に不快感を隠さないまま、そのエターナルは槍型の上位永遠神剣を構える。
背後にかばうのは、雲霞の如く押し寄せたミニオンとの連戦に加え敵エターナルに挑み敗れたセリア。
息があるのが不思議な程に満身創痍のセリアに、一心不乱に癒しの魔法をかけ続けるボロボロのハリオン。
そのセリアとハリオンの側で、セリア程ではないがやはり満身創痍のヒミカが神剣をミトセマールに向ける。

「下がっていてください、ヒミカ、ハリオン…セリア」

朦朧とした意識のまま、セリアはたった今まさに殺されようとした自分たちを助けてくれた誰かを見つめる。
初めてみるひと、なのに…酷く懐かしい…そんな感情がわかないではいられない緑色のメイド服の女性。

 -グリー、ン…スピ、リット…?…誰、なの…?

不意に少しだけ振り向いたその女性が、知らないのにやはり確かに知っている微笑みで優しく語りかける。

「よく頑張りましたね、セリア…間に合って良かったです。…リュールゥ」

そう言うと、その緑の女性は再びミトセマールに向き直って自らの名を静かにけれどそれは気高く告げた。

「わたくしはエターナル・エスペリア! 永遠神剣第三位【聖緑】の主、心司る聖緑のエスペリア!」

未だ、ファンタズマゴリアと名づけられた龍の大地を襲う災厄は終わっていない。
後に永遠戦争という名で呼ばれる事になる、この最悪の災厄は、まだ終わっていない。

                -時を過去に戻して、ダスカトロン大砂漠中央 ミライド遺跡にて-

「フン、ここがその遺跡とやらか?」

神聖サーギオス帝国のエトランジェ、永遠神剣第五位【誓い】のシュン。
この大砂漠の真ん中に不自然に位置している洞窟の入り口からやや進んだところで、そう言う。
瞬の声に対して返ってくるのは、ただ疲弊と怯えに満ちた喘ぎ声とうめき声。

「僕は、余計な雑音なんか聞く耳持ちたくない。 …本当に、このただの洞窟がその遺跡なのか?」

振り向きもせず殺気だけで返事を促す瞬に、後ろのサーギオスの人間たちはかくかくと首を縦に振る。
チッ、と舌打ちすると瞬は更に洞窟の通路の向こうへと足をすすめる。
この遺跡まで瞬を案内してきたサーギオス兵たちも慌てて後を追おうとする、が。

「…何だよ」

前触れもなく、いきなり止まった瞬の不機嫌極まりない声と不穏な雰囲気に慌てて止まろうとする。
焦って追いかけ始めたところで、あまりに慌てて止まろうとしたため全員で重なって転ぶ。
無様に先頭の者を押しつぶす形で、失敗したドミノのような体勢でただ全員が恐怖に油汗を流しながら黙る。

「うざいんだよ。…もう、お前らなんか要らないんだ、帰れよ」

その声で、瞬から逃げるように -実際、逃げ出したのだが- 我先にと遺跡の外へ駆け出す人間たち。
瞬はまた、フン、と心底バカらしそうに鼻を鳴らしながら遺跡と呼ばれる洞窟の先へと歩き続ける。
外から見た限りでも、いま現在歩いてる限りでも…ここはただの洞窟としか思えない。

「何処まで続くんだよ、全く」

瞬が自ら此処に来たのには、理由がある。
サーギオスの要請を蹴った、この世界で剣聖と恐れられる人間…ミュラー・セフィスを「粛清する」ためだ。
事実上、裏からサーギオスを支配している…自らの腰にある【誓い】の要請を蹴ったとも取れない事もない。
もっとも、それは【誓い】と瞬にしてみれば【誓い】こそがこのファンタズマゴリア全てを操っていたという事だが。
それでも、たかが一般人より少し腕が立つ程度の普通の人間の…せいぜい蟻の一噛みという認識だった。


たかがその程度の事で、瞬は自らここに赴いてきていた…本当に、わざわざと。

 -フン、伝説の剣聖だと?

自分にとっては非常にどうでもいい下らない事だが、重臣どもがあまりにも騒ぐからだ。
このままではラキオスに負ける、レスティーナに負ける、人間がスピリットに負ける、と。
それだけなら、本当にどうでもよかったし気にする理由もまた何処にもなかった。
だが、誰とも知らないが何処からかとも知らないが…ただ一言、こう聞こえた。

ラキオスのエトランジェに負ける。

 -僕が、悠人に負けるだと? ふざけるなよ、虫けらどもが。

【求め】に、負ける。

 -我が、【求め】に敗れるだと? 戯れるな、人間如きが。

「剣は、一つで無くてはならないんだ」

【誓い】のシュンは、そう腹立たしげに呟くと、自分の左手の洞窟の岩壁を力任せに拳で殴る。
人間の常識の範疇を超えた威力で叩きつけられたにも関わらず、瞬の拳には岩壁による傷も痛みも無い。
そのままそっくり、拳の形にえぐられて削り取られた跡が残るだけだった。
ぱらぱらと、その岩壁の瞬に拳を叩きつけられた跡から破片に飛沫が力なく弱々しく落ちる。
そのまま瞬は、右手に持つエーテル灯のカンテラの弱々しい光を頼りに未だ奥の見えない洞窟を進む。
しばらくずっと進み続けて…やがていい加減に嫌気が差してきたところで、不自然な行き止まりに突き当たる。

「…いや、行き止まりじゃないな」

エトランジェとしての身体強化は視覚聴覚触覚…全ての感覚にまで行き渡っている。

瞬の視覚は巧妙に隙間無く隠された目の前の岩壁の閉じ目を捉え…。
聴覚は、隠し扉とおぼしき岩壁の向こうから規則正しく聞こえてくる…機械音を捉えていた。

 -この向こうにある機械、おかしいな。

すっかり聞きなれた、この世界のエーテル機関を用いた機械の音では無い。
少なくとも、稼動に際し熱をともなう類の動力伝達システムでは無いと瞬の感覚は認識した。

 -ありえるのか? エネルギーを生み出すのに全く熱をともなわないなんて、この世界で…?

【誓い】が更に瞬の感覚を拡大させる。
瞬を貪り喰うように【誓い】から…たちのぼる、紅い光に包まれながら瞬は周囲に更に感覚を凝らす。

どうやら、目の前の岩壁の向こうの他には奥へ進む通路は無いようだった。
そればかりではなく、その通路の向こうに生命反応がある。
はっきり、何者とまでは感じ取れないが…確かに人間が生命活動を行うぶんだけの熱量を感じる。

「フン、玄関先に呼び鈴もつけないんなら…こうするまでだ」

【誓い】がまた怪しく紅く光り、瞬は眼前の岩壁を全力で殴りつける。
しかし先ほどここに来るまでの岩壁を容易く砕いた瞬の拳に、隠し扉は無傷のままだった。

「…なんだ、これは?」

拳が、岩壁に当たる寸前で視覚で認識できない妙なものに止められている。

 -これは、障壁…オーラフォトンの?

そう思ってしまうほどに、あまりにオーラフォトンに酷似したバリヤーによってシュンの暴力は阻まれていた。
だが、明らかにエトランジェやレベルの高いスピリットの用いるオーラフォトンの障壁とは性質が違う。
少なくとも、これは瞬が知りえる生命体が生み出すエネルギーによるものではない。


 -あくまでも機械によるもの…それもかなり高度な文明が練り上げた技術力か?

 -我が威力に抗うか…まあいい、喰らいつくして糧にしてやるまでだ。

「随分とまあ、しつけのなってない坊ちゃまだねえ」

いきなり、隠し扉の向こうから声が響いてきた。
それは、先ほど【誓い】により拡大された感覚の網が捉えた生命体が発した声だった。
突き出したままだった拳を瞬が引っ込めると、現代世界の「自動ドア」のように岩壁が音も無く左右に開く。

開いた隠し扉の奥に広がる通路は、あまりにも異質だった。
機械文明によるものには違いないが、それはこのファンタズマゴリアの文明と異質すぎた。
明らかに、現代世界にもファンタズマゴリアにも存在しない金属だか石材だかによる壁と床と天井。
通路の全てを人体で言えば血管のように走る、わずかに光る溝しか光源が見当たらないのに明るい。
そして、その瞬の知る全ての文明とあまりに異質な空間の真ん中に…その声の主はいた。

女性だった。

容貌から察するに、話に聞いていたミュラー・セフィスの特徴と一致していた。
何より際立って目立つのは、和装もどきに肩から羽織ったマントから腕組みの形に覗かせる両腕。
両腕を、ぐるぐると包帯巻きにしている…肩からずっと指一本一本の先まで。
ただ…【誓い】により拡大された感覚が、左手だけが生身ではないと告げている。

「お前が、ミュラー・セフィスとか言う奴か? 剣聖ってはやし立てられていい気になってる」

瞬は、いつもサーギオスの重臣や騎士たちを屈服させるのと同じ様に殺気で射殺そうとする。
しかし、そんな瞬に対して目の前の女性はプッと心底おかしそうに吹きだしただけだった。

「なにが、おかしい…ゴミクズ以下の存在のくせに」

更に剣呑な雰囲気になった瞬に、目の前の女性はやれやれと肩をすくめて呆れるだけ。

「まあ、ミュラー・セフィスは私で間違いないよ。 あと、面映いけど確かに剣聖と言われたりもしてるかな」

シュンはすでに殺意のオーラフォトンを全身にみなぎらせている、それなのにミュラーは余裕を崩さない。

「ああ、ごめんごめん…おかしかったというか、今私が吹きだした理由についてだったね。
 言いにくいんだけど…はやし立てられていい気になってるのは、むしろ君じゃないのかなと思って」

その台詞を聞いた瞬間、シュンは全力で目の前の剣聖と呼ばれる女性に向かって蹴りを放つ。

「お前…死んじゃえよぉっ!」

瞬の怒りに任せて放った蹴りは確かにミュラーを捉え、真っ二つに薙いだ…はずだった。
蹴り出した足は確かにミュラーのがら空きの胴にモロに当たっている。

だが、それだけだった。

それどころか、殺意のオーラフォトンを手加減も容赦も微塵も無しに込めた足に激痛が走る。

「が、あぁ!?」

激痛に耐えられず引っ込めた足を抱きかかえながら、瞬は無様な体勢でその場に倒れて転がる。
まるで、鉄筋の入った電柱をサポーターもつけずに生身で思い切りスネ蹴りしたような激痛。
幸い、骨が折れている等の深刻なダメージは無い…が、それでも痛みによる呻きをこらえきれない。
いまだ足に走る激痛に歯ぎしりしながら、瞬はミュラーに対して向き直る形でよろけながら立ち上がる。
眼前の相手を確認する、先ほどと全く変わらず腕組みしたままだし鎧甲冑の類どころか永遠神剣さえも無い。

「キミは、危険だね」

やはり腕組みした余裕の姿勢を崩さぬまま、ミュラー・セフィスは瞬を品定めか値踏みするかのように見る。
よろよろと頼りなく立ち上がる瞬を見る眼差しはしばらく上下していたが、やがて右手の神剣で止まる。
【誓い】を見とめるとそこで初めて眉間にしわを寄せて、それまでの余裕の笑みが表情から消える。


「なるほど…あの【誓い】に魅入られてしまったのか…ますます、危険だね」

ようやく足の激痛がやわらいだところで、瞬は【誓い】を両手で強く握り締めてミュラーに剣先を向ける。
【誓い】がまたも瞬を喰らうように紅い光りを放ち始め、その身体を包みこむ。
紅い光りに全身を包まれていくうちに、瞬はハアァ…と口元を凄惨な笑みに歪め恍惚に満ちた息を吐く。
そんな瞬の様子を確認したミュラーは、心からの哀れみに満ちた台詞を呟いた。

「可哀想に…神剣に呑まれ犯されるのを快感と誤認するようになったか、すり替えるかしかなかった程に…。
 そこまでの歪みを抱えているのか…そうであるしかないと自分を追い詰め、それに逃げるしかなかったのか」

【誓い】のシュンは、何故ミュラーが自分を哀れんでいるのかわからなかった。

「ソードシルダも、酷な遺産を残していったものだね…よりにもよって」

瞬には、ミュラーが言っている意味がさっぱりわからない。
ただ、いつものように【誓い】の言うとおりにするのがあまりにも心地よくてどうでもよかった。

「オォォォォラフォトン・レイイィィィッッッッッ!」

ただただ今よりもっと気持ちよくなりたくて、獲物に向けて紅い光の槍を幾本も撃つ。
心が【誓い】で満ちていくごとに、文字通り脳髄ごと全身が甘い痺れに酔う感覚が強くなる。

たかる虫を追い払う仕草で、全力のオーラフォトンレイは「はたかれ」た。

瞬は、神剣魔法を撃った快感で歪んだ笑みの表情のまま固まってしまう。
今、目の前で起こった「現象」がさっぱり理解出来ない。
ただ、理解できない。自分の思考は今、混乱しているという事を理解する事さえ出来ない。
ミュラーは、腕組みした形を崩さないまま右手だけをそっと動かして…。
オーラフォトンレイを「ぴしっ」とはたいた。
あまりにも力の無い、それは軽い平手打ちではたかれたオーラフォトンレイはあらぬ方向に当たって消えた。

 -何が、起こっ…た?

そこまで認識して初めてやっと、その台詞が瞬の頭に浮かぶ。
現状を認識するだけでなく、把握するのもあまりに遅すぎて気がつかなかった。

「診察してあげるよ…私は医者じゃないけどね」

いつの間にか目の前にいるミュラーに、【誓い】を握った右手と顔をそっと優しく掴まれている事に。

「症状によっては、治療出来るかもしれない。 あくまでも、もしかしたら…だけどね」

鼻に何故か血のにおいを感じながら、そのまま意識がゆっくりと沈んでいくのを瞬は最後に認識した。


                -同日同時刻、ラキオススピリット隊第二詰め所にて-


「どうだ、ユート!」

日頃からかえって人を不安に陥れるくらい、出所不明な自信に満ちているヨーティアが更に上機嫌で威張る。
ふふん、とまるで少年野球の試合で勝ってきた腕白坊主のように鼻を鳴らして悠人に対して胸を張る。

「ああ…ヨーティアだから絶対期待に応えてくれるとは思ってたけど…こりゃ、本当にいい仕事してくれたよ」

心からの感嘆を偽り無しに漏らし賞賛する悠人に、ヨーティアはニンマリと満足そうに笑う。

「そうだろうそうだろう、この大天才様に不可能な事など全く何一つ無いのだよ!
 そう、例えば今回のような専門外の服飾デザインに関しても! …ごらんの通り、というわけさ」

そう言って不敵にウィンクしてみせるヨーティアに、悠人はこの人が味方で本当に良かったと心で頷く。

「うん! すっごい動きやすくて、くーるだよー! ネリー、これ気に入っちゃった!」

新型のスピリット戦闘服の試作品に身を包んだネリーが、いつも以上に身が軽そうにその場でくーる♪と回る。

「うん、シアーも今までのよりもこっちがいい~…。
 着てて、今までのより怪我しにくそうで不安じゃないし…何より、ポケットがたくさんついてるし」

ネリーと同じく試作品と言え新型のスピリット戦闘服に身を包んだシアーも、嬉しそうに身体を捻ったりしている。

「ベルトの後ろの、腰ポーチもチェックだよシアー! …へへ、くーる♪くーる♪」

一回ピタッと止まってまるで自分の手柄のように腰の後ろのポーチを指差したネリーが、またくーる♪と回る。
それにつられて、シアーも一緒にくーる♪くーる♪と楽しそうに回り始める。

「…ーる♪ くーる♪」

シアーとネリーがまとっている試作品の新型とは、随分と以前に悠人がヨーティアに開発を依頼した物。
それまでの、国家別のカラーの他はファンタズマゴリアの大陸全土共通だったスピリットの戦闘服。
例外をあげるとすれば、ラキオス第一詰め所メンバーやマロリガン稲妻部隊のクォーリンの専用特注デザイン。
しかしそれさえも、いわばその国家において最強の精鋭である事を示す…「兵器としての扱い」の延長だった。
長らく、えんえんと幾時代を経ても変わることも無ければ改良さえされなかったモノが悠人の時代で変わった。
後に永遠戦争終結後のガロ・リキュアにおいて、ラキオススピリット隊戦闘服として正式採用される。

楽しそうなシアーとネリー、上機嫌なヨーティアの姿に悠人はまた久しぶりに安堵を覚える。

…決戦は、近い。