世の中というのはえてして、別の場所でも同時に同じ事や似たような事が起きていたりするものである。
ロウエターナルのミニオン軍勢の無慈悲な侵攻によって瓦礫となった、その場所で。
理不尽な暴力により破壊し尽くされ、命の…マナの営みがことごとく無惨に奪われたサルドバルドの城下町で。
【流転】のメダリオは、眼前に新たに現れたエターナルを興味無い振りしてねめつけながら改めて向き直る。
「ああ、わざわざ苦しんで絶対に殺されるために頑張るとは…物好きの範疇を越えてますねぇ」
メダリオの視線に不快感を隠さないまま、そのエターナルは左手の三角盾型上位永遠神剣を胸の前に構える。
盾のサイズは小ぶりだが、その裏に短い槍と大鋏と鎖分銅が仕込まれているのが背後からだと見える。
背後にかばうのは、雲霞の如く押し寄せたミニオンとの連戦に加え敵エターナルに挑み敗れたオルファ。
息があるのが不思議な程に満身創痍のオルファに、一心不乱に癒しの魔法をかけ続けるボロボロのニム。
そのオルファとニムの側で、オルファ程ではないがやはり満身創痍のファーレーンが神剣をメダリオに向ける。
「あとはネリーにまっかせて、ニム、ファーレーン…オルファ」
ぜいぜいと喘ぎながら、オルファはたった今まさに殺されようとした自分たちを助けてくれた誰かを見つめる。
初めてみるひと、なのに…酷く懐かしい…そんな感情がわかないではいられない青いポニーテールの少女。
-ブルー…スピ、リット…?…セリアに、似てる…ねえ、誰…?
不意に少しだけ振り向いたその少女が、知らないのにやはり確かに知っている…あの声で元気良く語りかける。
「オルファ、くーる!さすがはネリーとコブシノカタライをしてた仲だけあるっ!
…こーんな生臭~い腐ったナマモノ相手によく頑張ったよね、本当くーるだよ♪」
そう言うと、そのくーるな少女は再びメダリオに向き直って自らの名を高らかにけれどそれは気高く告げた。
「エターナル・ネリー!永遠神剣第八位【静寂】と第三位【戦車】の主、ダイヤモンドの騎士ネリー!」
未だ、ファンタズマゴリアと名づけられた龍の大地を襲う災厄は終わっていない。
後に永遠戦争という名で呼ばれる事になる、この最悪の災厄は、まだ終わっていない。
-時を過去に戻して、ラキオス城下 スピリット隊戦闘訓練場にて-
気になる。
さっきからの視線が、とても気になる。
ちらりちらりと、自分に向けられている視線が、どうしても気になって仕方が無い。
その視線は、自分の事を凄く心配しているのと同時に凄く切なそうでまた申し訳無さそうで。
訓練を始めてから、もう何度ついたか知れないため息をまた漏らしてしまう。
視線の理由はわかる、というか…むしろ普段が普段だけにわかりやすすぎる。
-困ったなあ。
今やっている新しい訓練は集中力とマナを一点に向けて絞る収束力を高める内容。
それなのに、悪気がないとは言えこうもじっと見つめられていてはやり辛い。
-シアー、集中力には自信あるから別に邪魔じゃないんだけど…困ったなあ。
訓練をやめて、視線の主のほうに真っ直ぐ振り向いてみる。
見られていた自分がむしろ心配になる程に物凄く心配そうな顔の悠人と目があった。
目があった事に気づくと、悠人はばつが悪そうに自分の訓練に戻ろうとした。
その途端に、稽古相手の光陰にため息つかれながら文句言われ始める悠人が何だか気の毒で。
「集中できないかい、シアー」
不意にかけられた声の先に振り向くと、声の主は先日新しく来たばかりの訓練士だった。
「あ…ミュラー…先生」
つい、子供らしく呼び捨てにしてしまいかけて慌てて先生と付け加えるシアーにミュラーはくすりと微笑む。
「ああ、別に呼び捨てでも構わないさ。それより、集中できないのかい?」
そう言って、訓練開始当初からシアーを見守っていたミュラーはシアーの隣に並んでみせる。
並んで見せて、ミュラーはシアーにやらせていた訓練の内容を自分がやってみせる。
ミュラーが特殊な姿勢で突き出した棒に突かれて、ボールが転がっていき、他のボールを弾いていく。
見事に、その台の上に置かれていたボールはミュラーのただ一突きで全く同時に四隅の穴に落ちていった。
それは、悠人たちのいた現代世界でいうビリヤードそのものだった。
聖ヨト語にてはブルユーザ、バラモーデ、コイスニンチホシラ。
このファンタズマゴリアの地域ごとにほぼ三種類の呼び方で呼ばれ広く普及しているゲーム。
一般的には、語呂が良いせいなのかバラモーデと言われるのが多いらしい。
流行り方は現代世界と同じで、街のあちらこちらに専用の有料プールバーがあったりする。
遊び方も多様で、特に特定の積み方をしたボールを一突きで同時にゴールさせる積みバラモーデが人気。
積みバラモーデに至っては、現在はほぼ消滅しているイースペリアにて公式大会が度々開かれていた。
何故ミュラーがシアーの訓練内容をゲームにしたのかというと、スプレマシースラストを見たからである。
スプレマシースラストの突きの形はというかインパクトの瞬間は、ビリヤードの突き方に酷似していた。
ミュラーが言うには、過去に見たエトランジェが得意だった「ガトツ」なる特殊な剣術にも似ているそうだった。
…ミュラー・セフィスは、まさしく伝説の剣聖に違わない人格と技量を有しながら師としても素晴らしかった。
レスティーナの要請に応え、ラキオスの訓練士として客人扱いながら登録するにあたって。
ミュラーは、数日かけて対話をはかりながらラキオス隊の一人一人の技量を丁寧に見ていった。
その結果、各人一人一人がミュラーの指導により「もっとも最適で無理なく効率的な特訓」を施されていた。
セリア、ハリオン、ナナルゥの三人組とアセリア、エスペリア、オルファの三人組の実戦形式のロールバトル。
ファーレーンは全身に超重量の重しをつけたまま決して音を立てないで普段の生活。
ニムは自らの能力に沿った戦法を一つでも頭に入れるためにミュラー著の戦術書をひたすら読み続ける。
ヒミカはと今日子は、かわるがわるミュラー自身が実戦形式のぶつかり稽古をつける。
ヘリオンとウルカは、以前にラキオス城の隠し書庫で発掘した古代の剣術書を読みながら互いに組み手。
ネリーはクォーリンと組み手をしつつ、イオに見てもらいながら様々なヨーティアアイテムを試している。
悠人は、光陰に自分の戦法のダメな部分を指摘してもらいつつぶつかり稽古をしている。
こうしてみると、ほとんどは各人に相性のいい組み手相手をつけたりしているが決してそれだけではない。
何かあるとタイミング良くすぐ側に現れて、そのつど的確な指示を与えてくれる。
まるで全身に目や耳がついてるのか、一人一人の訓練内容を常によく見てくれている。
さて、先に述べたがシアーに与えられた訓練内容はもろに積みビリヤードそのものである。
普段どおりのトレーニングメニューをこなしつつ、毎日ひたすら積みビリヤードである。
ゲームやってて、実戦剣術が強くなるのかと至極当然な疑問も生まれるが…実際に強くなっていた。
かつてアセリアがシアーに与えた古代の剣術書を教本にする事により基礎はすでに固まりつつあった。
今のシアーに必要なのは、切り札であるスプレマシースラストのマナ燃費を良くする事。
そして何よりも、スプレマシースラストのインパクトの瞬間に青いマナをより効率的に集中させ炸裂させる事。
それらを可能にするための、積みビリヤード特訓であった。
ちなみに「戦いの一手二手先を読んで組み立てておく」事も自然に出来るようにさせる意味も込められている。
で、なんで悠人が今更になってシアーを心配そうかつ申し訳なさそうに気にして見ているのかというと。
一つは、本当にビリヤードで強くなれるのかというもっともな疑問。
もう一つは、つい前のソーマ戦でシアーに対して酷い事をしてしまったという罪悪感。
-よりによって、俺自身がシアーを傷つけてしまったな…怖がられたりして…るよな。
またも、眼前の光陰からついと視線を外してシアーの方を見つめてしまう悠人。
すると、また不意に振り向いたシアーと再び目が合ってしまい気まずい気持ちになって目をそらす。
自分へのシアーからの視線を感じるまま、ふうっと小さくため息をつく。
そのため息は、シアーとそして自分自身の不甲斐なさに対するもの。
不意に、自分の背中が誰かの両腕で押される。
振り向くと、光陰が不機嫌そうな仏頂面で悠人をぐいぐいと強引にシアーのほうへ押していた。
「こ、光陰…ちょっと、何するんだよ!?」
戸惑う悠人の声に、盛大なため息のあとに光陰の不機嫌そうな声が返ってくる。
「あのなあ…目の前にいる俺がどんなに迷惑こうむってるかわかってんのか?
少しでもわかるんだったら、とっととシアーちゃんと仲直りしてきやがれ…さあ、さっさと仲直りだ仲直り!」
シアーのそばまで押しやられると、半ばヤケクソ気味に軽く押し飛ばされる。
よろめきながら姿勢を立て直すと、みたびシアーと目があってしまう。
そのままシアーの瞳から視線を外せないでいると、姿勢が崩れているのを忘れたままだったせいか尻餅をつく。
やっぱりシアーと見つめあったまま、悠人はなんとも恥ずかしくて情けなくて顔が赤くなってしまう。
「…ねー、ユート様ぁ」
その場をどう取り繕おうか考え始めたときに、悠人の側にしゃがんだシアーが不意に悠人に呼びかけてきた。
しゃがんだときに、チラリと青と水色のストライプのパンツが見えた事を悠人は青春の思い出に秘める事にした。
「シアーね…頭、撫でて欲しいの」
そう言って、悠人に綺麗な青いオカッパ頭を軽くつきつけてくる。
「ユート様が、オルファにやってるみたいに…シアーもぐりぐり頭を撫でて欲しいの」
いきなりの唐突なおねだりに目をパチクリさせている悠人に切なそうなシアーの言葉が更に続く。
「…だめ? シアーじゃ、いやなの…?」
その瞬間に横から光陰がハァハァと息を荒げながら興奮した声で擦り寄ってくる。
「シ、シアーちゃん! なんだったら俺が撫でてあげるよ! いくらでも! お菓子もあげるし!」
その途端、今日子のいる方向から強力な電撃を帯びた殺意のマナと殺気が悠人にも感じられる。
「コウイン様のは、ケガれるからヤダ」
即答だった…シアーにしては珍しくきっぱりと即答だった。
「シアーは、ユート様がいいの…ねえ、ダメ?」
シアーの意図がよくわからないままに、悠人はいつもオルファにやってあげているようにシアーの頭を撫でる。
シアーは、美人揃いのスピリットたちの中でも髪が綺麗で…とても毛並みがいい。
悠人は、よくオルファやシアーたち年少組や街の子供たちの頭を撫でてやったりしているけれども。
正直、シアーの髪が撫でていて一番気持ちがいい…だから、シアーの髪が一番好きだった。
撫でてやるだけじゃなくて、時折髪を指ですいてやったりもする。
撫でられて幸せそうにニコニコしているシアーを見ているうちに、悠人の心も少しずつ軽くなっていく。
「ね、ユート様…もっと~」
ぐいっとシアーが悠人の手に頭を押し付けてくる、それに応えて悠人は更にシアーの髪を撫でたりすいたりする。
「やんッ♪」
ちょっと調子にのって、耳をくすぐってやると台詞と裏腹に更に嬉しそうにするシアーがますます可愛くて。
-良いものだな、そう思わんかロリ契?
【求め】のアレな横槍台詞を無視するつもりが、心では頷いてしまうソゥ・ユート。
「ね、ユート様?」
なんだか知らないが、不意に声をかけられる事が多い日だなと思いながら悠人は改めてシアーを見る。
しゃがんで、頭を撫でられている姿勢のままシアーは青い瞳で上目遣いに悠人をじっと見つめてくる。
「シアーね、ユート様もネリーもみんなを守れるようになるために頑張るから…ユート様もがんばろーね?」
その台詞に、悠人は切なげに目を細めて胸がきゅっとしめつられる思いにかられる。
「ああ…俺も、シアーもシアーの大好きなみんなを守れるようになるために一緒に頑張る」
頭に手を乗せられたまま、シアーは悠人の台詞に嬉しそうに頷く。
「カオリ様、絶対に助けようね」
こくりと、悠人はシアーの言葉に頷くと同時に改めて戦いへの闘志と決意がわいてくるのを感じる。
「シアー、ごめんな…ありがとう」
立ち上がって、悠人は今日子の電撃で黒こげになった光陰と一緒に訓練に戻っていく。
それを見届けて、シアーも自分の持ち場に戻るとミュラーが待っていた。
妙に機嫌のいいミュラーが、いきなりシアーの髪をわしゃわしゃと撫でてくる。
「カウート・クミネート」
不意に、ミュラーがそんな言葉をぽつりと漏らす。
「剣聖として、シアーに称号を授けるよ…剣の守護者、カウート・クミネートの称号をね」
わしゃわしゃと髪を撫でられながら、シアーはミュラーの言葉の意味がよくわからないまま目をパチクリさせた。
更に、一ヶ月近くが過ぎた。
部隊のコンディションを整え…サレ・スニルへと改めて進軍しはじめたラキオススピリット隊。
街に着くまでに帝国兵の襲撃があったが、難無く切り抜けて辿り着いた。
また今回、理由は教えてもらえなかったが…戦力では無くあくまで随伴者としてミュラーが同行していた。
だが、辿り着いた先に予期しえない事態が待ち構えていた。
サレ・スニルの砦の屋上から、瞬が悠人を見下ろしている。
更にその隣には、佳織がいた。
瞬は、悠人たちラキオススピリット隊を見下ろす形で確認する中にミュラーの姿を見とめる。
ミュラーと視線をあわせた瞬は、表情を変えぬままにふっと一瞬だけ目を閉じる。
「かお、り…? か、佳織いぃぃぃぃーッ!」
信じられない光景を目に見とめるままに、悠人は今まで必死に救おうと捜し求めた佳織の名を叫ぶ。
「俺だ、お兄ちゃんだ! わかるか? 助けに来たぞ、佳織いぃぃーッ!!」
悠人が一瞬だけ状況を忘れて絶叫したその時、瞬が突然砦の頂上から飛び降りた。
着地した位置は、ちょうど悠人と真正面から向かい合う…互いの剣の間合いの距離。
悠人を真正面から見据えながら、瞬は黙って腰から【誓い】を抜き放つ。
「来いよ、悠人…サシで勝負だ。
…佳織の目の前で、僕の手で無様な死に様を晒させてやるよ」
悠人と、瞬。
【求め】と、【誓い】。
因縁の決着が、あまりにも急ぎすぎているかのように早すぎる終わりを告げようとしていた。