いつか、二人の孤独を重ねて

永遠のアセリア

二度ある事は三度あると、何処かで昔の人は言った。
ロウエターナルのミニオン軍勢の無慈悲な侵攻によって瓦礫となった、その場所で。
理不尽な暴力により破壊し尽くされ、命の…マナの営みがことごとく無惨に奪われたサモドアの城下町で。
【炎帝】のントゥシトラは、眼前に新たに現れたエターナルを一つしかない目で一瞥しながら無言で向き直る。

ントゥシトラと正面から対峙しつつ、そのエターナルは背中の大剣用鞘型上位永遠神剣を両手に持ち直す。

鞘から【孤独】を引き抜くと、鞘が青い燐光と散って両腕を包み込み肩から指までの武骨な小手に変形する。
その小手の形状は、アセリアが使っているものと全く同型のデザイン…違いは無傷の新品であるという事のみ。

背後にかばうのは、雲霞の如く押し寄せたミニオンとの連戦に加え敵エターナルに挑み敗れたアセリア。
息があるのが不思議な程に満身創痍のアセリアに、一心不乱に応急処置と手当てを施すボロボロのヘリオン。
そのアセリアとヘリオンの側で、アセリア程ではないがやはり満身創痍のウルカが神剣をントゥシトラに向ける。

「アセリアにもまだ生きて欲しいから…。ヘリオン、ウルカ…アセリアを連れて下がって欲しいの…お願いなの」

痛覚すら麻痺した身体で、アセリアはたった今まさに殺されようとした自分たちを助けてくれた誰かを見つめる。
初めてみる誰か、なのに…酷く懐かしい…そんな感情がわかないではいられない青いオカッパの少女。

 -ん、ブルースピ、リット?…、剣が味方だと言ってる…剣は知ってる…私は…忘れているのか…?

不意に少しだけ振り向いたその少女が、知らないのにやはり確かに知っている…あの瞳で力づけるように頷く。

「アセリア…あとはシアーが頑張るから…だから、今だけでもシアーを信じて任せて欲しいの…お願い」

そう言うと、その不思議な少女は再びントゥシトラに向き直って自らの名を控えめにけれどそれは気高く告げた。

「シアーはね…エターナル・シアーなの…。
 永遠神剣第八位【孤独】と第三位【星光】の主、寄り添う青い星のシアーなの…!」

未だ、ファンタズマゴリアと名づけられた龍の大地を襲う災厄は終わっていない。
後に永遠戦争という名で呼ばれる事になる、この最悪の災厄は、まだ終わっていない。

           -時を過去に戻して、サレ・スニルの街への入り口砦大門前にて-

両の手のひらが、急速に汗ばんでいくのがわかる。
どんどん汗が噴き出しているように感じる両手で、【求め】を強く握り締めて中段に構える。
ごくり、と自分がどきりとするくらい大きな音をたてて口にやはり急速に湧き出して溜まった唾液を飲み込む。
実際には、それほど大げさに汗が出てもいなければ唾液も溜まっていないのではあるけれども。
目の前にいる秋月瞬を、ついに目の前にして悠人は【求め】のマナが全身の細部に渡って満ちるのを感じる。

ここに来て、とうとうサーギオスのエトランジェと初めて真正面から対峙している。
ここに来て、とうとう四神剣最強をうたわれる永遠神剣第五位【誓い】と初めて真正面から対峙している。

自分と瞬の間の距離が、互いの剣の間合いだと理解しつつ瞬が今飛び降りた砦の屋上に視線を移す。
視線を移すと同時に、身体の真ん中の線…人体の急所を斜め横に向けつつ【求め】で隠すように構え直す。

捜し求めた妹を、佳織を探す。

佳織は、砦の屋上でサーギオスのスピリットたちに両脇から押さえられていた。
泣いている、両目を真っ赤に腫らしながら泣いている…佳織が泣いている。
両手をキリスト教徒の祈りの形のように握り合わせて…自分たちを見つめると同時に泣いて祈っている。
そんな佳織の祈りの視線に応えるように、悠人はこくりと頷く。

 -佳織の事だから、俺だけじゃなくて瞬の無事をも祈っているんだろうな…。

それからそんな長い間の後に、因縁の宿敵と言える瞬に視線を戻す。

瞬は、先ほどまでの緊張した構えを解いて、ただ【誓い】を下段に下ろしていた。
悠人としては、すぐに瞬の容赦ない一閃が襲ってくるものと思っていただけにむしろ意表を突かれた。
改めて【求め】を防御と攻撃のどちらにもすぐ転じられるように中段に構え、剣道でいう残心の型に足を運ぶ。

「佳織と話さないのか」

瞬が不意にそんな事を言ってくる。

「そこからでも、佳織への遺言くらいは伝えられるだろう?
 待っててやるから、さっさとしろ…これ以上、僕に無駄な時間を費やさせるな」

意外と言えば、あまりに意外な瞬の台詞と態度だった。

 -こいつは、そんな殊勝な奴だったっけか…?

逆に、罠だか策だかを仕掛けてきているんじゃないかと勘ぐってしまう。
じゃりっ、と足をわずかにずらして【求め】の剣先を更に瞬への間合いに少しだけ…沈める。

「遺言は…必要ない。今ここで、瞬…お前を倒して全て終わらせる」

悠人の言葉にも、瞬はまだ動かないでいる。
むしろ、何か物を問いたそうな目で黙って見つめてきただけだ。

「そうかい、でもな…終われないんだよ、悠人。…まだ、終われないんだ」

それだけ言って、瞬は両手で【誓い】をただ急所を一刺しにする突きの型に構える。

 -何か、おかしい…瞬は少なくともこんなバカ正直な態度は取らない奴だったはず…!

違和感を拭えないまま、悠人は瞬が構えを取るのに応じて更に【求め】を握る両手に力を込める。

二人同時に、じゃりじゃりりッ、と激しく砂を鳴らして互いにそれぞれ自らの足をより緊張した構えに運ぶ。
シアーもネリーもエスペリアもアセリアに光陰たちも残りの者全員が遠巻きに二人の対決の行方を見守る。

そこにいる誰もがただ、見守る事だけしか出来ない。

帝国の守りの要であるリレルラエル、ゼィギオス、サレ・スニル、ユウソカの各街。
それぞれ、いわば神聖サーギオス帝国の首都であるサーギオスを守る結界を繋げる役目を担っている。
この戦争を終わらせるには、サーギオスをラキオスひいてはレスティーナ女王の影響下に置く必要がある。
そのためには、サーギオスを守る結界の役割を担う各街を一つ一つ占領していく事が不可欠であった。
リレルラエルに前線基地を置き、足がかりの一つとしてサレ・スニルに進軍し占領下に置く。
そこまでは、予想の範囲内であった。
あまりに予想外であったのは、いきなりサレ・スニルにサーギオス城にいると思われた一人の少年がいた。

神聖サーギオス帝国のエトランジェ、永遠神剣第五位【誓い】の秋月瞬。

予想外であるにしても、どちらみちサレ・スニルを占拠する事も瞬と戦う事も避けられぬ必然であった。

サレ・スニルの街に入るためには、街を取り囲む城壁の唯一の通り道である巨大な大門を通る必要がある。
大門を開け放つためには、街の内部よりスピリット数人がかりで仕掛けを動かさなくてはならない。
その大門は閉じられており…開くためにはスピリット隊全員がかりで城壁を越えて侵入しなければならない。
侵入を防ぐために城壁そのものが武装化されており、街の周囲全部が完全に砦と化している。
当然、ウィングハイロゥを持つスピリットで空から強襲するのが最善でありセオリーでもあるのだが…。
先ほど悠人が見たところ、城壁の屋上はブルースピリットやブラックスピリットでくまなく埋め尽くされていた。
それだけではない、城壁の向こう側にレッドスピリットの赤いマナをもあまりに数多く感じすぎる。
対してこちらのウィングハイロゥを持つスピリットはあまりに数が少なすぎる。
いかに蒼い牙と称されたアセリアや漆黒の翼と恐れられたウルカたちでもどうしようもないだろう。
サーギオス帝国の持てる全戦力をサレ・スニルに集めたんじゃないかと思ってしまう程の圧倒的マナ量だった。
もちろん、そんな事はないのだろう。
エスペリアも噂でしか聞いたことがないという、それは恐るべき皇帝妖精騎士と思われる気配もない。
確かに集められた敵対的マナ量は圧倒的ではあるが…それでも通常の雑兵スピリットのマナでしかなかった。
扉を開けてさえしまえば、ラキオススピリット隊の個々の技量ならば充分に勝てる。
だが、それも悠人の眼前にいる史上最悪に厄介な障害を排除しなくては叶わない事だった。
大門の真正面に、サーギオス最強の戦力であるエトランジェ…【誓い】のシュンがいる。

悠人は、ここで必ず瞬を倒しておかなければならない。
悠人が、ここで必ず瞬を倒さなければならない…悠人が、ここで必ず瞬に勝利しなければならない。

「高嶺悠人」

ししおどしから水滴が落ちるように、コツーンと自然に悠人が自らの名を告げる。

「秋月瞬」

それに応じて、瞬もまたやはり自然に自らの名を告げる。
何処かで一粒の水滴が落ちたのと二人が互いへ全力で突っ込んだのは全く同時だった。
極めて約束的ではあったが、それが悠人と瞬の…「もう一つの二人」が互いの孤独を重ねた瞬間だった。

ただ、ぶつけあう。
互いに持てる全てを振り絞って、切れ味も重さも憎しみも思いの丈も何もかもをぶつけあう。
最強のエトランジェ同士が超高速で刃をぶつけあうのに、金属音はギリギリでついてくるのがやっとだった。
非常に陳腐な言い回しではあるが、音より速いとはまさに今繰り広げられる光景だった。

互いに互いの側を走り抜けてすれ違う。
全く同時に互いの頬がわずかに切れて、わずかな血がわずかなマナの霧と散る。
オーラフォトンの治癒効果により傷がふさがる前に、二人全く同時にその場で身を翻して向き直る。
向き直ると同時に、また互いに背後へ跳躍して間合いを離す。

剣の間合いから、魔法の間合いへ。

「オォォォォラフォトン・ノヴァッ!」

悠人が叫ぶと同時に、蒼白い魔方陣が展開される。

「オォォォォラフォトン・レイッ!」

瞬が叫ぶと同時に、赤紫の魔方陣が展開される。

互いの魔方陣が展開されたのは、寸分違わず全く同時だった。
蒼白い閃光と赤紫の閃光が、やはり寸分違わず全く同じ速度と距離でぶつかりあって弾ける。

互いの魔法がぶつかって弾けた閃光に、その場にいた二人以外の全員が思わず目を覆う。
やがて誰とも無く目を開いたときには、既にその場に悠人も瞬もいなくなっていた。
ネリーが、上、と叫んだときには二人は大きく跳躍してサレ・スニル城壁の屋上に同時に着地した後だった。
悠人の【求め】が今までにないくらい蒼白く輝き、瞬の【誓い】も今までと全く違う赤紫の輝きを放っている。

いつの間にか、夕陽が沈もうとしている。

瞬の配下のスピリットたちが急いで佳織を安全圏まで運んでいったのを見届けるまで二人は動かなかった。
佳織の気配が、自分たちの威力が届かない位置まで遠ざかったのを確認すると同時に二人はまたぶつかる。
【求め】が【誓い】と互いを狂おしく重ねあう、【誓い】が【求め】とあまりに激しく互いを重ねあう。

だんだん夕陽が沈んでいくごとに、サレ・スニルの町並みは紫に染まっていく。
悠人と瞬の剣戟の響きは、何処かまるで寂しい雨音に似ていると佳織とシアーは思えてならなかった。
運ばれていた最中も今も、佳織は祈りの手を決して離さなかった。
シアーもまた、ネリーと互いに祈りあわせるように互いに手を強く繋ぎあっていた。
マナの導きを、とエスペリアがあまりにもか細くささやかすぎる呟きをこぼす。

切り結んでいる最中に、突然に悠人が【求め】を握っている両手のうち右手だけを離す。
残った左手が【求め】に乗った勢いと重量に負けてあらぬ方向に空を切る。

「悠人おぉぉぉぉ!!」

瞬が、全力で【誓い】を悠人の胸めがけて腰を乗せて突き出す。
悠人は、身体が【求め】の重量と勢いに負けたままでぐるりとその場で回る。
回ると同時に、腰の乗っていない回し蹴りをそのままの姿勢で繰り出す。
しかし、その蹴りに威力は無くとも瞬は自らの突きの威力に全体重を乗せたまま強引に避けようとしてしまった。

互いに、よろけたまま、その場で強引に体勢を整える。

瞬は【誓い】をしっかりと両手で握ったままであったが、しかし悠人は【求め】を両手で握れていないまま。
両手で扱う事が必然的に求められる両手大剣型である【求め】を利き手でない左手で握っているだけ。
しかも、握っている部分は柄の下部分であり…これでは力の込めようがない。
体勢を整えたと先に述べたが、それはあくまで型としてはであり…今この時はるかに有利なのは瞬だった。

悠人が【求め】を改めて握りなおした時、瞬の【誓い】の刃はすでに悠人の急所をとらえてしまうのである。

だん、と踏み鳴らして悠人が右手を真っ直ぐ正拳突きで瞬の胸へ突こうと突っ込んでくる。

瞬は、何の疑いも持たずにそれを悠人のヤケクソだと考え両手で握ったままの【誓い】で払おうとした。
しかし、払おうとした直前に悠人の拳が消える。
正確には、悠人は突きと見せかけて繰り出した右腕を…突然、肘鉄の型にしたのである。

瞬は、完全に虚を突かれた。

しまった、と瞬が青ざめた時はすでに全てが遅かった。
悠人は腰も体重も突進の勢いも十二分に乗った肘鉄を瞬の胸にめり込ませていた。
オーラフォトンの障壁の守りさえ無いまま、あばら骨が折られていく音を瞬は非現実的に感じながら聞いた。

「碧光陰直伝…八極拳の奥義・猛虎硬抓山(もうここうはざん)」

悠人が息を荒げながら確かにそう言うのを遠く聞きながら、瞬は両膝を地について崩れる。
瞬の手から【誓い】が乾いた音を立てて落ちる。
悠人もまた、かなり消耗しており【求め】を杖にして立つのがやっとの状態だった。

「ゴヒュッ…悠…とッ…」

まだ息がおさまらないままで今頃になって汗が全身を濡らすのを感じながら悠人は瞬の声に顔を向ける。

「貴様の…ゴヒュッ、勝ち、だ…佳織は…くれて…やる…」

ぜいぜいとますます息が荒くなるのがおさまらないのが苦しいまま、悠人は瞬の言葉に頷く。

「ゴヒュ…ゴヒュッ…とど、め…を、させ…ば、どうなん、だ…」

その言葉に、悠人は頭がクラクラとするのを感じながら改めて【求め】を握りなおす。
遠目から、佳織はその光景に悪い予感を覚えて声を絞り出そうとする。
悠人が【求め】を瞬に向けて、大上段に振り上げたその時。

「だめえぇぇぇぇー!お兄ちゃん、先輩を殺さないでえぇぇーッ!!」

振り下ろされた【求め】は、瞬の眼前の床を砕いただけだった。

「…今の佳織の声、聞いたな?…だから、瞬…お前は殺さないでおいてやる」

ゴヒューゴヒュー…と肺の破れた音を漏らしながら、瞬は緩慢な動作で佳織のいる方角を見やる。
身体にまだ残っている【誓い】によるエトランジェとしての視力強化により、遠くの佳織の安堵の笑顔が見える。
そして、そのままの姿勢で視線だけ悠人に向けていかにも気に入らなさそうに呟いた。

「フン…疫病神ごとき…が…いい気になるんじゃ…ない…ゴヒューッ…」

瞬に背を向けて、悠人ははっきりと告げる。

「俺たちは、この世界に来るべきじゃなかったんだ…瞬。
 …だから…俺たち全員で元の世界に帰るんだ…いいな」

だが、そう告げた途端に、初めて聞く…気持ちの悪い不気味な声が悠人の朦朧とした頭に響く。

 -【誓い】を砕かぬつもりか…それは許さぬぞ、契約者よ…。

【求め】から聞こえてくるその声は、消耗しきった悠人の精神を容易くドス黒く塗りつぶしていく。

 -【誓い】を砕けッ…【因果】を殺せッ…【空虚】を犯せッ…砕け、殺せッ、犯すのだッ!

声が聞こえてくるのは確かに【求め】からなのに、明らかに【求め】の意志ではなかった。

 -砕け、殺せ、犯せ、砕け殺せ犯せ、くだけころせおかせ、くだけころせおかせくだけころせおかせぇッ!!

今までに経験した以上に激しすぎる頭痛と強引に上書きされる殺意の衝動の不快感が一気に悠人を襲う。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

その場を頭を両腕で抱えて転がりながら、悠人はなす術もないままに心を侵されていく。

不意に、いきなり物凄い何かが落ちて砕けるような音が聞こえた途端にそれはおさまった。
先ほどにもまして激しく息を荒げながら、凄まじい疲労感のさ中に悠人は見とめた。

いつの間にかそこにいたミュラー・セフィスが【求め】をしたたかに踏みつけたのを。

「大丈夫かい、ユート?」

【求め】を拾いながらそう聞いてくるミュラーの後から、シアーやウィングハイロゥを持つ仲間たちが続く。

「…今まで側にいながら治療してやれなくてすまないね。
 でもシュンのように実感してもらえないと確証も持てないし、後々に本当の敵相手に備えられないからね」

どういう事だ、瞬のようにて何だ、あんた一体何者だ、と疑問が頭を渦巻くけれども過度の疲弊で声が出ない。
意識が今度こそ落ちていくのを感じながら、悠人は泣いて名を叫ぶシアーの胸に抱かれて沈んでいった。

やがて最終決戦の舞台となる場にて、全ての災厄の根源である…邪悪なる永遠者がつまらなそうに呟く。

「イレギュラーが発生しすぎですわね…私とした事がこのような事になってしまいますなんて…。
 これもまた、あのしつっこいトキミさんの仕組んだ事なのだとしたら…全く忌々しい事ですわね」

そして、背後をちらりと一瞥して…ころころとおかしそうに笑った。

「まあ、いざとなれば…虫ケラたち自慢の文明の利器とやらを利用して最後の手札を使うまでですわ。
 うふふ、ゲームは存分に…存分に楽しみましょう…ねえ、トキミさん…そして、ボウヤと無垢なお子様たち…」