いつか、二人の孤独を重ねて

全て忘れられても…全て、ただ一言の愛のために

土とも布ともわからない、温度さえも無い不可思議な感触の地面に無様に転がされる。
強い衝撃で吹き飛ばされた勢いで、口の中を歯で切ってしまい自分の血の味が広がる。
身体が恐怖とプレッシャーに囚われ震えを誤魔化す事さえも出来ない。
それでも、かろうじて離さないでいた永遠神剣を杖にして何とか立ち上がろうとする。
闇とも濁った夜空ともつかない、相変わらず不可思議な空間の向こうの…「敵」を睨みつける。

敵は、高嶺悠人。

正確には、もと高嶺悠人であったであろうモノが上位永遠神剣【世界】に歪められた存在。
顔こそ悠人であるが、上半身が永遠神剣とまるで甲殻類か昆虫の外骨格のように融合している。
あまつさえ、下半身それも股間から男性器に似た触手が何本も枝分かれして無数にのびている。

おぞましい。

そのおぞましい代物が、光陰や瞬の太刀を同時に受け止めつつ触手で今日子を絡めとっている。
悠人は改めて、今まさに眼前にある【世界】を手にしたもう一つの自分の姿に顔をしかめる。

「これが…俺か…なんて、醜くておぞましいんだ…ちくしょう」

目を逸らしたい衝動をこらえ、自分の手の中にある【求め】を剣道でいう中段の型に構える。

「うおおおおおおっ!」

裂帛の気合いを込めた振り抜きで、今日子を絡め取る触手の何本かを一度に断ち切る。
そのまま【求め】を振り回し、今日子を触手の呪縛から解放する。

「今日子、大丈夫かっ!?」

ぜいぜいと息を荒くし、激しく肩を上下させて四つん這いのままの今日子に振り向かず声をかける。

「サンキュッ…悠っ…ぜえっ、ぜえっ…これって、ぜえっ…すっごくシャレになんないわよっ…!」

あの触手は捕らえた者のマナというか生気を吸い取るらしく、今日子はかなり消耗してしまっていた。

「…悪い。俺って奴は、どうもあの通りの醜悪な欲望の持ち主みたいだ」

立ち上がろうとする今日子に肩を貸しながら、悠人は情けない声で謝る。

「何、馬鹿な事を言ってんのよ。あれは悠じゃないでしょ。悠じゃなくて、悠の心の形を盗んだ化け物」

キッと睨まれて叱咤されてしまうが、そう言ってもらえると悠人はそれだけでかなり気が楽になれた。

 -に、しても。ミュラーや佳織の言うとおり、シアーたちの助力を断って正解だったな。

今、悠人たち四神剣のエトランジェたちは互いの神剣共鳴を利用して悠人の精神世界にいる。

 -とても、こんなものを…特にシアーやエスペリアあたりには見せられないから、な。

自分をも含めて人の精神世界に入り込んでまで、今どうしても成さねばならぬ事は一つ。
【求め】【誓い】【空虚】【因果】の四神剣の内に巧妙に隠された上位永遠神剣【世界】を消し去る。
神剣との契約という形で、魂に食い込んでいる【世界】を倒すにはむき出しの心で直接挑むしかない。
全ては、この龍の大地の災厄を裏から操っていた邪悪なる存在…秩序の永遠者の仕業。

ここは、ラキオス城の地下牢獄の一室。
互いの神剣を重ね合わせたまま動かない悠人たちエトランジェと、佳織とミュラーとヨーティアとイオ。
佳織は、悠人たちの四神剣の波長に合せた支援のための特殊な旋律をフルートで奏で続けている。

それは、健やかなる旋律。

ヨーティアとイオは、悠人たちと四神剣を様々な機械にコードで繋げ、じっと幾つもの計器を睨んでいる。
ミュラーは、もしも何か事故があったときのために臨戦態勢でその場を見守っていた。
そして、先ほど述べた全ての元凶である永遠者が小細工を弄してくるのを防ぐ結界を張り続けている者。

永遠神剣第三位【時詠】の主、エターナル・トキミ…倉橋時深。

秩序の永遠者と敵対する混沌の永遠者であり、ずっと悠人を見守ってきた彼女が、すでにここにいた。

悠人たちと共に牢獄の一室にて、なにやら小さな祭壇を前にじっと正座して目を閉じている。
時折、やはり敵の小細工があるのか、ぱぁんと拍手を打つたびに空間で何かが弾ける。
悠人たちもであったが、時深も全身から汗を流し、そのいる場所には汗による水溜りが出来ていた。

自分の心の中で、悠人は【世界】に蝕まれた自らの魂に、【求め】を大上段に振り下ろす。
とにかく今は、光陰と今日子とそして瞬の力を借りて…自分にかけられた呪いを斬るしかない。
最初にエターナルという存在について聞かされた時はさすがに突飛もなさすぎると思った。
だが、あの時、瞬と決着をつけた直後に聞こえてきた【求め】の内からの【求め】以外の何かの声。

「虫けら風情が…小賢しく抗ってくれるなよ、くくく…大人しく、この俺…【世界】の手足となれ」

目の前にいるおぞましい化け物の放つ声こそは、まさしくあの時の声に他ならなかった。
そして、時深の見せてくれた凄まじい能力もまた何よりの証拠だった。
瞬は、サレ・スニルでの戦いの時はすでにミュラーと佳織により神剣の意思から解放された状態だった。

エターナルとも違う、別の意味で正体不明のミュラーであったが、信頼に値すると悠人は確信した。

「これ以上、何もかも…お前らの好き勝手にさせるかっ!俺から出てゆけええぇっ!!」

エトランジェ四人、全員がこのようにして精神世界での戦いに全て勝利しなければならない。
当然の事ながら、負けて逃げ帰るのが当たり前で勝てても全員、あまりに疲弊してしまった。
光陰の番がまわってきた時は、当の光陰本人ですら無理だと諦めかけたほどだった。
最後に今日子の【空虚】から本当にやっとの思いで【世界】を消滅させた時はすでに半年が過ぎていた。

【求め】【誓い】【空虚】【因果】は、その時初めて本当に忌まわしい呪縛から解放されたのだった。

その間、瞬は今までから考えられないくらい毒気が抜けたように悠人たちに協力的だった。
ただやはり、自分から決して佳織以外の誰にも決して心を許そうとせず、最後まで馴れ合いを嫌った。

「勘違いするな。僕は決して、お前たちの仲間になったわけじゃない。
 ただ、こんなくだらない事に僕と佳織を巻き込んだ下郎の存在が気に食わないだけだ」

それでも、【誓い】に囚われていた時のような狂気は見られず、あくまでも何処までも彼は彼だった。

神聖サーギオス帝国の降伏をもって終戦を迎えたファンタズマゴリアには束の間の平和が訪れていた。
そんなささやかな平和の中、ちょうど訓練の予定もなく特にこれといった事は何も無い、ある日。
シアーは、ずっとさっきから物陰に隠れながら悠人の背中を追いかけていた。
正確には、ラキオス城下町を佳織を案内している悠人たち二人をずっと尾行していた。
佳織を取り戻して以来、悠人は前にも増して佳織とつとめて一緒にいた。
決して悠人が以前と比べて自分に対する態度が変わったわけでもない。
むしろ、シアーと一緒にいるときはとてもシアーの事をじっと見ていて、大事にしてくれる。
ただ、それでも悠人が自分以外の女性と親しくしているのが寂しくて不安だった。
悠人を信じていないわけではないけれど、悠人には自分をこそ見て欲しいとの思いが強かった。
だから、いけないとわかってはいるのだけれどこうして二人を追いかけずにいられなかった。
ただ、シアーの尾行の仕方がバレバレなので、悠人と佳織は本当はわかっていた。
わかっていたけれども、悠人はシアーをそうさせたのは自分だとわかっているので追求はしない。
佳織も、最初は驚かされたけれども悠人とシアーの関係を知っているので、同じく追求はしない。
ただ、佳織自身はずっと胸に秘めてきた義兄への想いが本当に叶わなくなったのだと寂しかった。
同時に、経緯はどうあれ最後に悠人と心で結ばれたシアーが羨ましかった。
それでも、いつもシアーと一緒にいるネリーの助けもあって、シアーと佳織はいい友達同士だった。

 -忘れないよ、お兄ちゃん

そして、最後まで戦う事を決意した悠人を残して…佳織は帰るべきところに帰っていった。

元の現代世界に戻れるチャンスは一度きり、次は決してない。
瞬は、佳織と共に帰らなかった。佳織の一緒に帰ろうという言葉を聞いた上で。

「佳織、君は決して悠人の側にいちゃあいけない。…佳織が何と言おうとこれだけは曲げられない。
 でも、同じように…僕も、佳織の側にいてはいけないんだ。だから、佳織のいるべき世界に帰らない」

その夜、悠人は第一詰め所の自室で、瞬は自分から自室にした城の地下牢獄の一室で、泣いた。

たった一人の、心優しい女の子のためだけに、二人の男が静かに泣いた。

その翌日、はかったようにファンタズマゴリアは再び最悪の災厄に襲われ始めた。
各地のエーテル変換施設やマナコンバーターを狙って、各地で謎のスピリットが暴れ始めたのである。

「あれは、エターナルミニオン。…いよいよ敵も機を待つのに飽きたというわけですね」

倉橋時深は、意を決した表情で扇子をパチン、と閉じた。

「エターナルに対抗するには、エターナルしかありません。…しかし、それは同時に…」

時深から、エターナルになるという事はどういう事か詳細を聞いた悠人は第二詰め所の玄関にいた。

「セリア…世話になったというか、最後までいい隊長になれなかったな俺…え?はは、ありがとう」

一人一人、心に焼き付けるようにスピリット隊面々と声を交わしていく。

「ファーレーン、ニム、これからもずっとお互いの事を大事にしていくようにな。俺みたいに後悔するなよ」

事実上、これが最後なのだから。

「ウルカ、ヘリオン、二人には剣の稽古で本当にお世話になったな」

自分は、佳織の世界とシアーの世界を守るためにエターナルになって全てから忘れられるのだから。

「ヒミカ、ハリオン、ナナルゥ。二人の作った美味しいお菓子と草笛のティータイム、いつも楽しかったよ」

寂しさはあるが後悔はない、自分なりに考えて自分の意志で決めた自分の選択だから。

「エスペリアは、俺にとって姉さんだった。オルファも、俺にとって娘みたいなもんだったよ」

自分勝手極まりないとも考えるけれども、、エターナル相手に精神論の類でどうにか出来るとも思えない。

「光陰、今日子。お前たちはいつまでも俺の親友だよ。クォーリン、この二人の事、どうか頼むな」

本当は永遠の命も強さもいらない、ましてや永遠の戦いなんてごめんこうむる。

「ネリー、あんまりセリアやエスペリアたちに迷惑かけまくるなよ」

けれども、これ以外に無いから。

「シアー…あの時から、俺は本当にシアーがずっと大好きだ。これからも、いつまでも」

シアーは悠人の手を両手で握って、悠人を見上げたまま。

「ユート様…シアーも、シアーもぉ…ユート様が好きなの、大好きなの…!」

悠人は、どんな言葉より先に、涙目で見つめてくるシアーの眼差しが心に、ただ黙って響いた。
だから、その後はもう何も言わないで、ただ長いキスをした。

「…行こうか、瞬」

玄関前で無言で待っていた瞬と共に、悠人は第二詰め所を去った。

その夜、皆が寝静まった真夜中に悠人と瞬はそっと時深の所に赴いた。
エターナルになるには、誘いの巫女と契る必要があること。
悠人には時深が、瞬にも瞬を見守っていたカオスエターナルの誘いの巫女がいた事。
契る事によって、エターナルの血を直接体内に取り込んで「資格」を得るという事。

それからまた数日後、悠人と瞬は時深に指定された場所で時深を待ち続けていた。
最後に第二詰め所を去って以来、悠人は詰め所に戻らず瞬の借りている牢獄で寝泊りしていた。

「…ここにはベッドの類はないぞ。床に布しいてそのまま寝るんだ」

それ以外に瞬が何も言わなかったのが、悠人はかえって安心した。
牢獄の空気のせいか、瞬と共に過ごす数日は、思ったよりそれほど居心地は悪くなかった。

やがて時深が現れたとき、時深の背後に悠人はよく知る者たちの気配を感じた。

「悠人さん、瞬さん。突然ですみませんが、この三人も一緒にエターナルの試練に赴きます」

とりあえずどうでも良さそうな瞬はともかく、悠人は驚かずにいられなかった。

「シアー、ネリー、エスペリア…どうして」

悠人の側にエスペリアが進み出て。

「どうしてではございません。ユート様とシュン様だけでは生活能力に不安がありすぎます。
 ですから、これからも引き続き…わたくしが身の回りのお世話をさせていただきます。
 …なんですか、なにか不満でもございますか?」

シアーの影から、ネリーがひょいっといつもと変わらないイタズラしてきたような表情で。

「シアーが寂しがるといけないから、ネリーも一緒にいくよッ♪」

泣きじゃくるシアーが、悠人の胸に飛び込んできて。

「シアー、決めたから。ずっといつまでも、ユート様の助けになるから。シアー、不器用だけど頑張るから。
 …それから、浮気は二度と許さないんだから…ね?」

シアーの手には、あの懐かしい悠人とシアーの二人の交換日記があった。

「シアー、これって…この日記って、俺が第二詰め所を去る最後まで二人で書いていたやつ」

驚かされながらも胸がいっぱいの悠人は、シアーの手から日記をとって丁寧に一枚ずつめくっていく。

「あのね、エターナルになる時、一緒にもって行けば…もしかしたら消えないかもしれないと思って…」

涙目で頷きながら、悠人はシアーの小さな身体を抱きしめる。

「わたくしやネリーも、他のみんなの交換日記を無理やり持たされています。
 消えない可能性があるのなら、わたくしたちが全部持って行けって…主にセリアとヒミカとナナルゥが」

エスペリアとネリーが、苦笑いしながらそれぞれ持った仲間たちの日記の束を見せて、くすりと笑う。

「…あの時に提案した交換日記が、まさかこのような形になるとは思いませんでした」

悠人、シアー、ネリー、エスペリア、瞬、これでちょうど五人。

「さ、急ぎましょう。うまくいけば5人の新エターナルであなたたちの世界を救えるかもしれませんし」
時深が、悠人たち新たな五人組をうながし、時の迷宮への通路を開き始める。

そして、その日から彼らは全ての思い出から忘れられた。