いつか、二人の孤独を重ねて

聖賢、星光と戦車、聖緑、そして赦しへと

          -時の迷宮入り口の広間-

それは、巨大な扉だった。
触れるだけで世界の全てから忘れられ、そして開かれた先には上位永遠神剣への試練が待つ。
試練に打ち勝てれば、永遠の戦いへ…試練に打ち勝てなければ永遠の牢獄へ。
どちらにしても永遠へと投獄される、とても明るい希望など感じられない、重すぎる扉だった。

瞬は迷う事なく、エスペリアはためらいつつ、そのまさしく己の運命を変える扉に触れた。
続いて悠人が、まず一つ深く深呼吸してから、まっすぐ扉に手を伸ばそうとする。
扉に触れようとする寸前、その腕が突然ぐいっとひっぱられて止まる。
悠人が振り向くと、腕をひっぱって止めたのはシアーだった。
シアーが、凄く辛そうにうつむいて、悠人の服の袖を軽くひっぱっている。

「あの…ごめん、ね」

うつむいたまま、いつもにもまして消え入りそうな声でシアーが謝りながらそっと手を離す。
そのままシアーは後ろ手に手を組み、うつむいたまま悠人と視線をあわせないよう一歩後ろに下がる。
ネリーは、そんな二人から距離をおいたところでじっとシアーの様子を見守っている。

不意に、悠人は振り返って、シアーをぎゅっと抱きしめてやる。

「ランニネトハスモラ ントスカニリセンセモラノニノラナニ…
 テンス ナイハムート ハテス モアテ…ヨロ セィン ウハレ モゥート ワ セィン クフォウ…」

悠人が、聖ヨト語でシアーに歌っている。
 
「童謡、ですか。これは懐かしいですね」

先ほどから五人の様子を見守っていた時深が感心したように、そうつぶやく。

「小さい頃、他にも色々と佳織によく歌ってやってたんだ。
 聞いての通りヘタクソだけど、それでも俺なりに一生懸命覚えたもんさ。
 んーまぁ、ヘタクソなのに加えて即興の聖ヨト語版だから余計に効果あるか怪しいなぁ」

照れくさそうに悠人は笑いながら、そう返す。
胸に抱くシアーの背中を優しくぽんぽんと叩きながら、続けて歌う。
あの頃、親のいない寂しさに泣きじゃくる妹に歌っていたように、同じ気持ちで優しく歌う。

「ありがとう、ユート様…シアー、もう大丈夫だから…本当に、ごめんね」

やがて目に涙をためたまま、自分からそっと離れるシアーを離して悠人は再び扉へ振り向く。
もう一度、一つ深呼吸してから、改めて扉に触れる。
触れてから間をおいて後ろのシアーとネリーを見やり、脇へ下がって道をあける。

シアーが睨むように扉を見たあと一歩踏み込んだ時、左手がぎゅっと握られる。
ネリーが、シアーににっこりと力強く頷いてシアーと一緒に扉へと同時に歩み寄る。
二人ですうっと扉へ手を伸ばした時、唐突にネリーが場にそぐわない明るい声を上げる。

「それじゃ、いっくよ~…せーえーのっ!」

「せ、せえの~っ!」

ついいつもの癖で、ネリーに遅れまいと声と同時に、シアーもタイミングをあわせて扉に触れる。

「…何をやっているんだ」

瞬の呆れた声を大して意に介する風もなく、えっへんと無意味に胸をはるネリーと呆けるシアー。

「ふう、何処へ行っても変わりませんね、あなたたちは。…先が思いやられます」

こめかみをおさえてため息をつくエスペリアと、そんな皆の様子に苦笑する悠人と時深。

「…これで、本当に引き下がれなくなりました。みなさん、覚悟はよろしいですか?」

その声で全員が時深に注目し、それぞれ無言で頷く。

「上位永遠神剣への試練は、それぞれ一人ずつで挑んでもらいます。
 今までのように、側に誰かがいるという事はありません。
 …もちろん、シアーとネリーも別々に行動して挑んでもらいます」

改めて試練について説明する時深の表情は、今まででもかなり真剣な様子。

「時の迷宮には、悠人さんとエスペリアに挑んでもらいます。
 お二人には、上位永遠神剣でも格の高い、偉大なる十三本にまみえる資格がありますから。
 他の三人は、悠人さんたちとはまた別のルートで試練に挑んでもらいます。
 悠人さん、エスペリア…心してください、お二人の試練は特に決して易しいものではないはずです」

その言葉に、悠人はごくりと唾を飲み込み、エスペリアは【献身】をぎゅっと握り締める。

「シアー、ネリー、瞬さん。三人には、時の迷宮の、いわば保管庫に行ってもらいます。
 時の迷宮そのものは、先ほど申し上げた偉大なる十三本のためにあるものですが…。
 その他に我々カオスエターナル陣営が入手した永遠神剣を保管する保管庫も別に存在するのです」

時深の説明の間、ネリーとシアーは互いの手を強く握り締め、瞬はただ無表情で黙っていた。

「もう重々承知しているとは思いますが、試練に挑んだからって必ず神剣を得られるわけではありません。
 つまり、ずっとエターナルになれないまま時の迷宮を彷徨い続ける羽目になる可能性もあるのです。
 現実に、過去に試練に挑んだままもうずっと帰って来れていない者も少なくないのです…」

その言葉で、本格的に場の空気が沈んで重いものになる。

「では、悠人さんとエスペリアは、その扉から出発してください。
 二人を見届けた後、こちらも保管庫の扉を開いて試練におもむきます」

その時深の言葉で、悠人とエスペリアは時の迷宮の扉の前に移動する。
身体が完全に見えなくなるまで、二人は残りの三人に微笑みながら手を振り続けていた。

「必ず、必ず全員試練に合格して合流しような!」

その悠人の最後の言葉がいつまでもエコーとなって時の迷宮の回廊の空間に響いていた。

「さて、保管庫の扉を出現させますね」

時深がそういって、自分の真下の床を【時詠】で軽く叩く。
すると、空間に突如として悠人たちがくぐった扉よりやや小さい扉が出現した。

正面からは確かに存在感をはなってそこに在るように感じるのに、真横や後ろからは何も見えない。
ネリーやシアーが不思議そうにあちこちから見てみたり触ったりしている間、瞬はただ無言だった。

「…では、これから一人ずつ順番に扉をくぐってもらいます。まず、瞬さんからでよろし…」

時深の台詞が終わらないうちに、瞬は勝手に扉を開き、その向こうへと消えていった。
扉が、音も無く閉まったあとで時深はふぅ、と少し疲れたため息をつく。

「…本当に人の話を聞いてるのかどうか怪しい方ですね。
 さて、ネリー、シアー…そろそろ、あなたたちの番ですよ
 一応念を押しておきますが、別々に扉をくぐらなければならないのですからね?」

その言葉に頷いて、まずネリーが扉へ歩み寄った時。
シアーが、先ほどにもまして不安げな表情でネリーの手を掴んでいた。

「シアー…?」

ネリーの少し驚きのこもった不思議そうな声に、シアーは下唇を噛んでうつむく。

「…怖いの」

シアーは、わずかに肩をふるわせ、大粒の涙をぽろぽろと落としている。

「ユート様も…エスペリアもネリーも…怖くないの?
 私、怖い…もし誰かが帰って来れなくなったらと思うと怖い。
 もしも、自分だけ帰って来れなくなったらと思うと、もっと怖い…!」

ネリーは、泣きじゃくるシアーの手をそっとはがしながら、シアーの顔を自分の真正面に向けて。

ぱぁん。

頬を平手で打つ、乾いた音が音のない空間に響く。
しばらく、時深もシアーも何が起こったのかわからないでいた。
やがて、打たれた頬がじんじんと熱さと痛みをともなってくるとシアーはのろのろと頬に手を当てる。

「シアー」

シアーに平手打ちした体勢のまま、ネリーはいつもと違う強い口調でシアーに呼びかけてくる。

「シアーは、ユート様を信じてる?」

頷く。

「エスペリアを信じてる?」

深く頷く。

「ネリーを信じてる?」

強く頷く。

「じゃあ、自分の事も信じられるよね」

間をおいて、こくんと軽く頷く。

「ネリーも、ユート様やエスペリアやシアーの事を信じてるっ。
 …まあ、あの無愛想で感じ悪いサーギオスのエトランジェは微妙だけどっ」

もとの、いつもの調子で軽い口を叩く姉にシアーは少しだけ苦笑しながら頷く。

「じゃっ…いってくるね。必ずまた会おうね!」

言うが早いか、ネリーは駆け足で扉に突っ込んで消えていった。
…その頬に、ひとすじの涙があったのはシアーにも時深にも決して見える事はなかった。
呼びかける間もなく消えていった姉を飲み込んで閉まった扉にシアーは虚しく手を伸ばしていた。
けれども、気合いを入れるように首をぶんぶんと振って涙を拭って、自分も扉へ歩み寄っていく。
扉に手をかけたところで、時深の方を向く。

「…いってらっしゃい」

時深の優しい微笑みに見送られて、シアーは扉を開いてその向こうの闇へと歩いていった。

         -時の迷宮の保管庫・【誓い】のシュン-

まるで、西洋の古城の通路のような古めかしいところだった。
もう長いこと、入り組んだ石の壁と床の迷宮をずっと進んでいる。
石の壁と床というのは例えで、少なくとも自分が見知っているどんな材質でもない。
冷たくもなければ温かくもない、硬くも感じないが柔らかくも感じない。
加えて感覚的には数日が経過しているはずだが、眠くもならなければ空腹もない。
ただ、時々通過する床だけで空間が無限に広がるところは道を外れでもしたら二度と戻れないだろう。
また、そのように空間が開けたところはエッシャーの騙し絵よろしく不可思議な光景も見られた。

「これが、時の迷宮ってやつか…フン、大層な保管庫もあったもんだな」

更に進んでいく。
やがて、いよいよ日数も本当にわからなくなった頃、やたらと古めかしい扉の前に辿り着いた。
瞬はただ無言で、その扉を開くと…そこでこの迷宮で初めて意志を持つ者に出会った。

狼。

まるで北欧神話のフェンリル狼がごとく、巨大な狼がそこにいた。
石の床に敷き詰められたわらの寝床の上で、その巨大な狼は瞬を珍しそうに眺める。

「ホゥ…運悪く俺のもとに導かれた奴か…まぁいい、暇つぶしに試練をふっかけてやるか」

瞬は、腰の【誓い】に手をやりつつ、狼の間近まで歩み寄る。

「…ここに来るまでにもう随分と時間を無駄に費やした…さっさと試練とやらをふっかけてこい」

そう言うなり、瞬は狼の鼻先に【誓い】の切っ先を突きつけてくる。

「フン…気の短い若造だな。いいだろう、俺の試練はかなりキツイがシンプルだぜ。
 …本当にエターナルになりたいなら、俺の口ン中に手ぇ突っ込みな。
 マナごと身体の一部を取り込めば、お前の事もよくわかるし試練の合否もすぐわかる」

その狼の言葉に、瞬は突きつけていた【誓い】を、すっ…と下げる。

「要するに、お前に僕の腕を食わせろ、と言う事か。
 確かにきつそうだがシンプルだな…いいだろう、お前の言葉に乗ってやる」

かはぁっ、と開かれた狼の口に、瞬は右腕をゆっくりめり込ませていく。
やがて、肩まで飲み込まれた時、牙が腕に食い込み、食いちぎられようとする。

ぶぢぃっ、と音をたてて血しぶきと共に瞬の右腕が食いちぎられる。

「ぐっっっっッ…あぁぁぐッ…がっ、あっ…、ぐぬあうぅぅぅぅッ!」

一気に食いちぎられた勢いで床に転がり、そしてまた激痛で転がりまわる血塗れの瞬。
狼は、そんな瞬を見下ろしながら、じっくりと今食べた瞬の腕を咀嚼している。
やがて、ごくんと飲み込むと、瞬に対する眼差しが不意に物憂げな視線になった。

「ぐっ…あっ…うっ…う! …おい、試練の合否はどうなんだ…!」

汗と血に塗れ無様に転がりながらなんとかオーラフォトンで癒そうとするが、傷は塞がらない。

「…小僧。残念なことに、お前は俺の持ち主として合格だ。
 詳しくは語らんし、語るつもりもないが…お前と俺は似た者同士なんだよ」

そう言うと、狼はゆっくり立ち上がり、瞬の側によりそうと身体が金色のマナと散り始める。

「俺は、永遠神剣第三位…【薫り】だ。…が、わけあって別の名を名乗る事にしている。
 あるロウエターナルと、ちょいと因縁があってな…それで、こう名乗る事にしている。
 よく覚えておけ、小僧…俺がこれから名乗る名は…」

【薫り】は、金色のマナの粒子となり、瞬の食いちぎられた肩に集まって形を成し始める。

「俺は、永遠神剣第三位…【赦し】だ」

それは、血のように赤い錆びだらけの青銅のような金属感のネジとボルト剥き出しの不気味な義手。
肩から手の甲にかけて苦悶に歪む人面がびっしりと彫り込まれているのが禍々しい。
無骨で四角い三本指、親指と人差し指は四角く、中指と薬指と小指が一体化している。

「お前は今日からエターナル・シュン…魔狼のシュンだ。
 この俺を携えて、永遠に償いきれないその罪業を、永遠に償い続けるがいい」

やがて食われた肩の痛みもひいてきた頃、瞬は【誓い】を左手にもって立ち上がって。
目の前に放り投げた【誓い】を、自らの意思で【赦し】で殴って粉々に砕いた。
砕かれた【誓い】は、乾いた金属音の断末魔と共に金色のマナ粒子となって【赦し】に喰い尽された。

         -時の迷宮の保管庫・【静寂】のネリー-

「ネリーは、シアーの盾になる」

無限に広がる荒野のような空間で、ネリーは自分に呼びかけるように強くそう言う。

「ずっと昔から、そうだったんだから。ネリーは、シアーとシアーの大事なものを守る盾になる」

ネリーの前に、小さめのサイズの盾が浮かんでいる。

「…どうやら、我が主としては充分に合格点なようね。
 ネリー、私を手に取りなさい。そして、エターナルになりなさい」

こくりと頷いて、ウィングハイロゥを羽ばたかせて目の前の盾に近づいて手に取ろうとする。

「改めて、私は永遠神剣第三位【戦車】…!そして、今日からこう名乗りなさい。
 エターナル・ネリー…爆音叫び陰謀蹴散らすネリー、と」

さっ、と左腕に盾を装着してから、ネリーはしれっとのたまいはじめる。

「長い、暑苦しい、くーるじゃない。だから却下!」

そのとたん、【戦車】が思わず腕に装着されたまま器用にずっこける。

「ネリー的に、くーるな奴にする!んーと…そうだ、守るんだから騎士でいこうっ!
 エターナル・ネリー…ダイヤモンドの騎士ネリー!…うーん、くーるっ♪」

        -時の迷宮の保管庫・【孤独】のシアー-

長い、長い迷宮だった。
時々、ふらりと何も無い無限に広がる夜空に吸い込まれる感覚をこらえながら進んだ。

ぽりぽり。

やはり、不思議と眠くもならなければ空腹も疲労も全くない。
それでも、体感でもう幾数日は過ぎたように感じられて焦りが募る。

もぐもぐ。

もっと不思議なのは、こっそり隠し持っていたお菓子がまだ充分に残ってる事だったが。

「お腹がすかなくても、甘い物は欲しくなる…不思議だなぁ」

それ以前に、こんな重大な場面でお菓子を隠し持ってる事実について自分ではどうも思わないのかと。
初めのうちこそ、【孤独】を構えておっかなびっくりで進んでいたものの、長いこと何もなかった。
そのうち緊張がすっかり緩んで、ついには手持ちのお菓子を食べながらのんびり進むようになった。
ネリーなど周りに引っ張られて影に隠れがちだけれど、案外こういう風に根が図太いのかもしれない。

やがて、開けた場所に出て、そこには扉があって。
扉を開いた先には、何処までも無限に広がる草原と星空があった。

シアーが足を踏み入れると、後ろで扉がふっと消えてしまった。

「よーこそっ」

聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはネリーがいた。

「ネリー…?あれぇ…どうして、ここにいるの?」

シアーが駆け寄ると、ネリーはシアーに首をふって見せる。

「ううん、ネリーじゃないよ。
 永遠神剣第三位【星光】…たまたま、そっちの望む姿をとってるだけだよ」

パチクリとまばたきするシアーに、【星光】は本物のネリーと寸分も違わない表情で微笑む。

「【星光】はね…今はただのマナの塊で、まだ形が出来てないの。
 だから、今はね…そっちがもし今側にいてくれたらいいなって人の姿をとってるだけなの」

そう語る【星光】の声も仕草も、シアーの知っているネリーと本当に全く同じだった。

「ね、ね、名前は?」

【星光】がシアーの手をひいて、ちょうど人が座れる形の岩に自分と並んで座らせる。

「シ、シアーはシアー・ブルースピリット…この子は永遠神剣第八位【孤独】だよ」

シアーの自己紹介にふんふんと頷く【星光】は何故か嬉しそう。

「自分の神剣、大事にしてるんだね…いいなぁ、そういう人にこそ持ち主になって欲しいな」

その台詞で、シアーはようやく、ここに来た目的を思い出す。

「あ、あのね。シアーに…シアーに力を貸して欲しいの。エターナルにして欲しいの…お願い」

じっと真剣に見つめてくるシアーを、【星光】は一瞬キョトンとしたもののすぐ真面目な表情になる。

「…そっか、ここに来たからには試練をふっかけなきゃ、だったね」

そう言って、【星光】はゆっくりと立ち上がる。

「じゃあ、何かシアーの事とかわかるものってある?まず、シアーの事を知らなきゃ、だから」

その言葉にシアーは頷いて、懐から日記帳を取り出して【星光】に渡す。

「これって、日記…?それも、交換日記じゃん。…これ、読んじゃっていーの?」

驚いて訊ねる【星光】に、シアーはいつもにもまして真面目な表情で強く頷く。

「…ふむ…ふむむ………ん? シアー、これ…忘れられていない、の?」

先ほどにもまして驚く【星光に】にシアーは頷いて答える。

「うん…。シアーにもどうしてそうなってるのかわからないけど、なんだかそうみたいなの。
 本当なら、時の迷宮の扉に触れた時点で、その日記の内容もかなり変わるはずだったんだけど。
 でも、ここに来る途中で試しに読んでみたら、どの内容も全く変わってなかったの」

そのシアーの言葉に、【星光】は絶句したのか口をあんぐり開けてまばたきを繰り返している。

「それって…奇跡にも程があるよ~?なんというか、出来すぎというか都合良すぎというか…」

はーっ…とため息をつきながら、【星光】は改めてシアーの隣に座りなおして日記を読み進める。
【星光】がじっと詠み進めている間、シアーはずっと星空を眺めていた。

 -ここにも、あの赤い星と…小さな青い星があるんだなぁ。

そんな事を思いながら、ただずっと【星光】が読み終えるまで待ち続けた。

「…シアーは、ユート様って人の事、大好きで助けになりたいと思ってるんだね」

やがて読み終えて、日記をそっと返してくる【星光】にシアーは少し頬を染めながら頷く。

「まあ確かに日記を読む限り、不器用で頑固者で優しすぎて困ったちゃんな人みたいだねー。
 …でも、その人個人の大事な思い出と決別してまで世界を守ろうだなんて…嫌いじゃないかな」

そう言って、ふぅ、と目を閉じて【星光】はじっと考える。

「…うん、いいよ。シアーの力になったげる。これからずっと、シアーの事を助けてあげる!」

【星光】がそう言った途端、【星光】が淡い金色のマナの粒子に包まれて輝きながら散り始める。
金色の、【星光】の粒子がシアーをぐるりと包み込んで、シアーの身体に吸い込まれていく。

「シアー、ちょっと【孤独】を抜いてもらえる~?」

【星光】の言葉に導かれるままに、慌てて立って【孤独】を鞘から抜いて真上に掲げる。
真上に高々と掲げられた【孤独】にも、【星光】のマナ粒子がどんどん吸い込まれていく。
やがて、【星光】のマナが全てシアーと【孤独】に吸い込まれた時、それは異変として起きた。

「あっ…!」

シアーが、びくん、と身体をのけぞらせる。
身体が熱い、身体中を何かが物凄い速さで駆け巡っている。
スピリットからエターナルへと変化する際の個体の存在に関する情報が書き換えられているのだ。
やがて、シアーの身体が【孤独】ごと、ひときわ黄金色に強く輝いて…ゆっくりおさまっていく。
シアーはふと、手に持っている【孤独】がそれまでよりも重くなっているのに気づく。
鞘から抜いて、抜き身のはずの【孤独】に清らかな青地に銀のラインが走る金属製の鞘がはまっている。
両手で、【孤独】ごと、その真新しい鞘を両手で抱えて眺める。

「これが…上位永遠神剣………せ、【星光】…なの?」

そう呟きながら、ふと何とはなしに【孤独】を【星光】から引き抜いてみる。
その途端、再び【星光】が金色のマナ粒子に散って、シアーの両腕を包み込む。
やがて、金色の輝きがおさまると、シアーの両腕を金属製の腕鎧が包んでいた。

「これ…アセリアがつけているのと、全く同じデザイン…」

驚いているシアーの頭に、【星光】の声が直接響く。

 -うん、そうだよ。以前に砕かれてから随分と形がなかったんだけど、ようやく形を成すことが出来たよ。
 -シアーの心の中の願望とかそういうのにあわせたら、こんなふうになったんだけどね。
 -もともとは【星光】は鞘の形の永遠神剣で、その腕鎧はシアーの願望の一つの形なんだけどねー。

シアーは頷きながら、【孤独】を振り回しつつ【星光】を動かして感触を確かめる。

 -シアーは今日からエターナル・シアー!…寄り添う青い星のシアー、だよ!

         -時の迷宮入り口の広間-

いつの間にかそこにあった扉を開けると、そこは最初の時の迷宮の扉の前の広間だった。

「シアー!…シアー…良かった、シアーも試練に受かって戻ってこれたんだな…良かった…」

ちょうど目があった悠人が、涙目になってその場にへなへなとへたりこむ。

「んもー、だからネリーが絶対に大丈夫だってさっきからずっと言ってたじゃん!」

へたりこむ悠人にネリーが走り寄ってきて、ぽかぽかと悠人を叩きはじめる。

「た、ただいま…もしかして、シアーが一番最後…?」

シアーが周囲を見渡すと、悠人とネリーだけでなくエスペリアと瞬もそこにいた。

「ええ、一番最初がユート様で、その次がわたくしで、それからネリー、シュン様の順番でした。
 おかえりなさい、シアー。本当によく頑張りましたね。心からおめでとうございます」

にっこりといつもの調子で優しく微笑んで髪を撫でてくるエスペリアに、シアーはえへへと嬉しそうに笑う。

「みなさん、全員で見事に上位永遠神剣の試練に打ち勝って戻ってこれた事、おめでとうございます」

声に振り向くと、時深がいつの間にかそこにいた。
時深は、す、と【時詠】を取り出して、その真下の床をコツンと軽く叩く。

すると、床全面に信じられない映像が一気に広がった。それは、戦場だった。

「ファンタズマゴリアは、今や完全に全土が戦場となっています」

映像がたびたび切り替わるごとに、傷ついていく仲間たちの姿が次々に映し出される。

「ロウエターナル…テムオリン陣営は、莫大なマナを一気に得るために暴挙に出ました。
 それはすなわち、各所のエーテル変換システムを襲い暴走させて全土にマナ消失をおこさせる事。
 ファンタズマゴリア全土で、あのイースペリアのマナ消失クラスのマナ消失を同時に起させる事。
 世界の破壊はもとより、全ての生ある者の命の断末魔を再生の剣に取り込ませて暴走させるのです。
 ファンタズマゴリアでそんな事が起きれば、その影響で悠人さんたちの世界もただではすみません」

時深が緊張した面持ちで説明を続けている間も、仲間たちが傷つき倒れていく。

「もはや一刻の猶予もありません。これからみなさんを一人ずつ各地に飛ばします。
 飛んだ先には、ミニオンの軍勢とロウエターナルの幹部がいます。…事実上、タイマンになるでしょう。
 エスペリアを、ラースに。サルドバルドにネリーを。サモドアにシアーを。
 マロリガンのタキオスには悠人さんと瞬さんを。ラキオスにはテムオリンがおりますので、私が。
 以上、いきなり苦しい戦いですがよろしいですね?覚悟は出来ていますか?」

全員が同時にこくりと頷いたのを確認して、時深は【時詠】を青く強く輝かせた。

「いきます!」

…全員が同時に転移した後、【聖賢】が安置されていた場所で【求め】が静かに煌いていた。