相生

Anthurium scherzerianum Ⅱ

いきなり駆けて行ったニムントールの後をしぶしぶ追いかけようとしたオルファリルは、
丁度街道から森の中へと片足を踏み入れたところで背中から声をかけられている。
「オルファ?! ああ、良かった。無事でしたか」
「あ、エスペリアお姉ちゃん!」
たたた……と駆けてくる姿にオルファリルは満面の笑みを浮かべ、手を振って応えた。

傍に来たエスペリアはようやく胸に手を当て、呼吸を整えるように一度俯き、そしてまた顔を上げる。
「もう……一時はどうしたものかと」
「オルファね、敵さん達い~っぱい殺したんだよ~! う~んとね、う~んと……」
オルファリルは、まるで待ち構えていたかのように倒した敵の数を指折り数えて説明し始める。
報告する事によって褒められる事を期待しているのが手に取るように判る満面の笑みを浮かべながら。
「オルファ……」
しかし“殺す”という単語を平気で使いこなすオルファリルに、エスペリアの心は自然と曇っていく。
当惑した表情を悟られまいと、髪の毛を指先で弄るふりをして適当な言葉を捜す胸が痛い。
「……よく、頑張りましたね」
「えへへへ~」
無理矢理笑顔を作り、オルファリルの髪を撫でてやる。
無邪気に微笑む彼女を眺めながら、自分の中にあるもやもやを持て余しつつ。
「それで、他のみんなは?」
「あ、忘れてた! えっとね、こっちだよ!」
「え、あ、ちょっと! ……もうっ」
一応街道の周辺に敵の気配が無い事を確認する為に『献身』の刀身を翳す。
気忙しげに見渡すと、少し昇りかけた太陽が霧を散らしつつあった。
極端に濃密なマナは陽光と共に微妙に変化を示し、大地の加護が既にかなり強くなってきている。
エスペリアは『献身』を強く握り締めると、森の奥へと駆け出している小さな背中を追い始めた。

一方駆け出したオルファリルはすぐに周囲の異常に気が付き、歩を進めるのを躊躇っていた。
自分を中心にしてかなり離れた位置にいる敵の気配が、ある一点へと集中して動いている。
そしてその内の一群が、森の斜面の丁度右手、盛り上がった地面のすぐ向こうから強く感じられた。
「ん~~……」
小高い丘が障害物となっており、直接神剣魔法を浴びせかけることが出来ない。
フレイムシャワーなどを上空から降らせるという手段もあるが、この神剣魔法は的確に敵を捕捉出来ない限り、
うかつに打ち出そうものなら自分の居場所を知らせてしまい、取りこぼした敵の反撃に会うのが"オチ"だった。
当然、ウイングハイロゥが使える訳でも無いので上空からの攻撃も不可能。
「……」
オルファリルは唇に指を当て、少し考え、左手の少し窪んだ地点へと後退した。
するとそこは丁度湿地帯だった為、柔らかい泥に足を取られ思うような動きが取れない。
足元を見ると、紅色の短いブーツは金色の靴紐までもが茶色く汚れてしまっていた。

悪戦苦闘をしていると、追いついてきたエスペリアが耳元に顔を寄せ、押し殺した声で囁く。
「……敵、ですね。……3人」
「うん。エスペリアお姉ちゃん、どうやってやっつける?」
「……」
エスペリアは一瞬押し黙り、素早く計算を始めた。
後続の仲間達は既に自分同様、森に入った筈。気配を探ると近くにはいないものの、強いそれが点在しているのが判る。
そしてそれぞれは、自分達を囲んで移動している敵が向かう先と同じ箇所を目指しているようにも思えた。目の前の敵は、3体。
水と闇を感じさせる彼女達はいずれも恐らくブルースピリットとブラックスピリットで、地形的にも分が悪い。
「……ゆっくりと、移動しましょう。こちらです」
結局戦いは避け、仲間達と合流することを選び、オルファリルを促す。
「え~……」
物音を立てないように慎重に動き出すエスペリアを、オルファリルは不承不承で追いかける。
3人位自分一人でも簡単に殺す事が出来る、彼女はそう考えていた。
実際に先程纏めて倒してしまっているので、余計、必要以上に警戒する理由が判らない。
「……は~い」
それでもオルファリルは、エスペリアがこれまでに誤った指示を出した事など全く無い、という事も知っている。
そして何より昔から姉のように慕っていたエスペリアには全く頭が上がらず、よって逆らえもしなかった。
しぶしぶといった感じでフリルのついたメイド服の背中を見つめる。相変わらず足元は泥に嵌って重く、鬱陶しかった。