「……なに遊んでるんだか」
少し予想よりも離れた場所だったが、確かに仲間の"塊"が落下した。
ニムントールはもたれていた樹の幹から離れ、呆れながらも様子を確認するために歩み寄ろうとして、
「――――ハァッ!!」
「ッ!!」
密生している丈の長い草叢の一群から飛び出してきたブラックスピリットの重い一撃を辛うじて受け止めていた。
交わった敵の神剣と『曙光』がギンッ、と激しく火花を散らす。
体重に加速度を加えた勢いで吹き飛ばされ、足元がいつまでも地面に付かない。
相手も小柄だが、ニムントールはもっと軽かった。
まるで運ばれるように後方へと弾かれ、周囲の景色が恐ろしいほどの勢いで前方へと流れていく。
「っ……いいかげんにっ」
身を捩り、踏ん張りも利かないまま膝を折り畳み、敵の細い鳩尾に、そのまま押し付けるように蹴りをめり込ませる。
「ッッグッ!」
空中での予想外の反撃に、ブラックスピリットは苦しげに身体をくの字に曲げてしまう。
ニムントールはそこでようやく手の平に圧縮させたシールドハイロゥをぎゅっと握り締め、
「――――ハアッ!」
その無防備に差し出された頭部を思いっきり“殴りつけた”。
ざざざざっ。ようやく届いた地面を足場にやや膝を曲げた格好で着地する。
慣性でまだ後方に引っ張られる身体を支えるために踏み込んだ地面が湿った土煙を上げた。
直後、どんと後方で鈍い音がする。
大木に激突しそうになったニムントールが咄嗟に『曙光』を突き刺して勢いを相殺した音だった。
「……ムカつく」
ずぼっと無造作に『曙光』を引っこ抜きながら、また同じ台詞を繰り返す。
先程仲間を確認した際に一瞬油断して周囲の警戒を怠ったこと。その隙を突かれたこと。
そしてそれ以上に、戦闘服がすっかり土まみれになっており、破れた胸の部分にまでかかって身体が汚れてしまっていたのが腹立たしい。
身長より遥かに長い『曙光』をひゅんひゅんと軽く旋回させて、ニムントールは敵に近づく。
「ナメないでよね。って聞こえてないか」
さっきの攻撃で首があらぬ方向へと折れ曲がってしまったブラックスピリットの少女は
四肢をだらしなく地面に投げ出し、うつ伏した状態で痙攣を繰り返している。
「ァ……ァゥァ……」
「……弱いくせに」
既にウイングハイロゥも消えうせ、全身が細かい金色の粒子に囲まれようとしている敵の少女に、
ニムントールは吐き出すようにそう呟き、止めを刺そうと『曙光』を振りかざす。色々な事が面倒臭く、そして不愉快だった。
「ニム、もういいわ」
後ろから、静かな制止の声がかかる。
「! お姉ちゃん?」
「この子はもう戦えません。それにもう……手遅れ、です」
『曙光』を握るニムントールの手を片手でそっと抑えながら、ファーレーンは哀しそうに敵を見つめていた。
「もう……いないと思ったら、こんな所で戦ってるなんて」
「だって、弱かったから。ニム達だけでも全然平気」
「……そういう事じゃないの。ニム、もし包囲でもされたらどうするの?」
「大丈夫。ニムに任せて。そんなの絶対にありえないから」
咎めようとするファーレーンに、ニムントールは自分の胸を叩くことで返す。
最近同じようなやり取りばかりが繰り返されているので、そろそろ慣れてきてしまっている。
ニムントールはファーレーンが自分を心配してくれていることが嬉しかった。
ただその一方やや過保護な面に僅かながらも不満があり、こうして実力を示せるような機会があれば進んで飛び込むようにしている。
「ニム……そうじゃないの」
「……お姉ちゃん? なんでそんな顔するの?」
しかし予想に反して、ファーレーンはいつも少し辛そうな表情を浮かべるばかりだった。
そしてそれは今日も変わらない。何故なのか、今のニムントールには理解出来ないでいる。