相生

Delphinium×belladonna Ⅱ

「う~んてててて……はれ?」
ヘリオンとシアーに挟まれるような格好で派手に地面へと激突したネリーは、そのショックで我に返った。
頭の後ろに出来た大きなコブをさすりながら起き上がると、誰も居ない。
どうやら斜面を派手に転がってきたようで、身体中が泥だらけになってしまっている。
「えっと……うわっわわわっ!」

 ―――― ギンッ! ガッガガガガッ!

そしてその次の瞬間には、現れたグリーンスピリットの槍を懸命に捌かなければならなくなっていた。
「よっ! とっ! はっ!」
ネリーと同じ髪形のやや背の低い敵の繰り出す槍は、
丁寧に手元で折り畳まれた瞬間一気に伸びてきてはネリーの防御が甘そうな部位を的確に狙ってくる。
その度に穂先から迸る緑色のマナが『静寂』の刀身から出る蒼色のマナと交じり合って周囲を照らす。
繰り出される速度を持て余し、ネリーは機を窺って後方に跳躍した。
すると同じだけ距離を詰め、再度突き出されてくる銀色に鋭い穂先。完璧に間合いを制され、反撃に移る暇が無い。
「ととっ! う、わわ! 痛ッ!」
そうこうしているうちに、切先が首の皮を一枚薄く切り裂いていった。
更に今まで突きのみだった攻撃が唐突に変化を起こし、避ける首を追いかけるように薙ぎが入る。
ネリーは泳いでいた『静寂』を反射だけで摺り上げると同時に首を引っ込め、前屈みになりながら自ら横に転がった。
「うわったたたっ……あたっ!――――な?」
そしてそれが失敗だった。
すぐ隣には、いつの間にか急勾配の崖が聳え立っている。斜面に塞がれ、引っかかって止まるお尻。
逆立ちしながら膝を曲げた変な格好のまま、上下逆さに映る敵が槍を構え直すのを馬鹿みたいに眺める。
「ちょ、ちょっとタンマ――――」
「ハァァァッ!」
そしてそんな間抜けな隙を見逃して貰える筈も無い。ネリーの懇願は受け入れられず、少女は止めの一突きを放った。

ガッ!と火花が散る。
しかしネリーの目前に迫った槍をそれ以上のスピードで叩き、退けたのは当のネリーではなかった。
受け止めたブルースピリットの長く伸ばした蒼い後ろ髪が急激な空気の流れの中で舞い上がる。
「……チィッ!」
と同時に、神剣を跳ね返されたグリーンスピリットの少女は大きく後方へと間合いを取った。
一度宙に向かって伸びきった腕を畳み、神剣を手元に手繰り寄せ、片膝を立てて体勢を整える。
表情に、明らかな警戒の色が浮かんでいた。対峙したスピリットを強敵と判断したようだった。
「―――― 楽しそうね」
「セリアぁ! ナイスタイミング!」
「……いいから早く起きなさい。いつまでそんな格好でいるつもり?」
崖の上から急降下して間に割って入ったセリアは、
戦闘服のスカート部分が大きく捲くれ上がったまま転がっているネリーを殊更冷たい口調で突き放した。
ちらと一瞥をくれただけで、後は正面で神剣を構え直す敵の挙動を油断無く窺っている。
「へ……わわっ!」
ネリーは慌ててぴょこんと立ち上がり、裾を神経質に伸ばす。
そして上目遣いになると、敵を牽制しているセリアの背中に今もっとも気になっている事についておずおずと尋ねる。
「あの、さ……見た?」
「 な に を ? 」
「ななななんでもないよっ……ませんっ!」
途端、物凄い圧力を伴った答えが返ってきて、ネリーの声は裏返った。
軽い冗談のつもりだったのだが、セリアの全身からは青白いマナが火山のように噴き出し始めている。
少なくとも、ネリーにはそう見えた。目を合わせずに済んだのは、ある意味幸運と言っても良いのかもしれない。
「話は後よ。片付いたらこの状況、じっくり説明してもらうからね」
「は、はぃぃ……」
ネリーは今度こそ全身を萎縮させたまま、辛うじて首だけをかくかくと動かし答えていた。
心当たりが多すぎる。特に、内緒で出撃してしまったこととか。