相生

Anthurium scherzerianum Ⅲ

「オルファこんな所に……って、何をしているのですか?」
「え?」
声に振り返るオルファリルは、エヒグゥを指で突付いて遊んでいる真っ最中だった。
白い小動物は不穏な気配を察したのか、草叢の奥で小さくなって身を固くしたまま動かない。
その、突付くとぴくぴくと鼻が動く仕草が面白く、オルファリルはつい夢中になっていた。
とても戦闘区域にいるスピリットとは思えない程緩みきった表情を見せている。
「まったく……しょうがないですね」
「だってぇ~。ほらほら、この子」
そうして、またつんつんと白い毛並みを突っついてみせる。
怯えたエヒグゥは一瞬ぴくっと反応したが、それ以上は逃げる気配も見せない。
「可愛い~。えへへ、連れて帰りたいなぁ」
「駄目ですよ。……ふぅ」
エスペリアは呆れて肩を竦め、改めて周囲の気配を探る。
先程まで追跡していた3人の敵は、やはり移動速度を急速に上げ、ある地点を目指しているようだった。
そしてそこには仲間の気配も複数窺える。
しかしそちらは互いの力量をおおよそ考慮に入れてみると、さほど危険な状況とも思えない。
『献身』が小刻みに震えて知らせているのは、それとはまた別の方角からの敵だった。街道を真っ直ぐに進んでくる。
「みんなと合流して……いえ、それでは間に合いません、か」
ちら、とオルファリルの背中を見る。赤いお下げの髪が楽しそうに揺れ、歳相応の無邪気さを見せていた。
「えい、えい。あのね、オルファはオルファっていうんだよ~」
「……」
エスペリアは一応周辺の安全を確認してから、悟られぬようそっとその場を離れ、街道へと引き返し始めた。

「……あれ? エスペリアお姉ちゃん?」
そんな訳で、オルファリルがふと気づいた時には、隣に居る筈のエスペリアの姿はもうどこにも無かった。
すっかり泥んこになった膝を伸ばし、立ち上がってみる。
無意識に頬を籠手越しに拭ったせいで、手の泥が顔にも付いてしまった。
朱色のスカートの皺を指先だけで慎重に摘み、整えながらきょろきょろと辺りを見渡してみる。
「ん~、どこ行っちゃったんだろ? オルファ、どうすればいいのかな?」
握ったままの『理念』に話しかける。すると『理念』は即座に淡く光り、現在の状況を知らせてきた。
「……うん、わかったよ。あっちの方が楽しそうなんだねっ」
オルファリルは大きく頷くと、湿地帯をぴょこんと飛び跳ねて抜け、
目の前に続く小高い丘を飛び越え、そしてそこで、ぷーと大きく頬を膨らませる。
「む~、オルファ、こんな高い所飛べないよう」
『理念』が困ったような気配を示す。目の前に切り立った巨大な崖の、ごつごつと固そうな岩肌があった。

「……ありゃ?」
仕方なく崖の壁を『理念』で退屈そうにこつこつと軽く叩きながらその細長い窪地を歩いていたオルファリルは、
何かが聞こえたような気がしてふと空を見上げた。しかし晴れかかっているとはいえ、まだ霧のせいで視界が悪い。
目を細めていると、からんと何か小さなものが降ってくる。
「?」
足元に、小指程の大きさの石ころが転がっていた。
暫く訝しげにそれを眺め、そしてもう一度見上げてみる。
すると今度は、灰色の空の中に何か黒い米粒みたいな点がぽつんとひとつ浮かんでいた。
「……???」
更に目を細め、じっと凝視してみる。すると。
『はわわわわわわ~~~!』
「――――はいっ?!!」
それはみるみるうちに接近し、大きくなりつつ迫ってくる。
漫画のように渦を巻いた瞳からだばだばと涙を垂れ流しつつ落ちてくる黒い塊は、良く見ると見知ったブラックスピリット。
「わっ、わわわっ!」
「どいてどいてどいてどいてドイテドイテドイテドイテドイテクダサーイッ!!!!」
ヘリオンは完全にテンぱっているのか、ウイングハイロゥも開いていない。
「ちょ、来ないでぇ~~!」
このままでは自分の身が危ない。
オルファリルも動揺はしているものの、反射的に『理念』の両刃を振りかざし、スフィアハイロゥを展開する。
しかしその咄嗟の判断を嘲笑うかのように、翳した『理念』の向こう、ヘリオンの後ろに何か赤く光るものが目に飛び込んできた。
「……へ?」
オルファリルは戦慄し、思わず間抜けな声を漏らした。そしてその瞬間崖の上からは、巨大な火の玉が炸裂していた。