「お姉ちゃん!」
「ニム!」
前方斜め左やや上空からの巨大な爆発を感知したニムントールと
右街道方面からの新たな敵の出現を察知したファーレーンは同時に叫び、向き合った。
しかし互いが悟った緊急事態について齟齬をきたしている事には気が付かないまま頷き合い、飛び出そうとする。
当然ニムントールは左手、ファーレーンは右手へと。
「え? あれ、ちょっとお姉ちゃん?」
「? どうしたのニム、背中なんて向けて」
「お姉ちゃんこそ、どうしてそっちに行こうとするの?」
「え、だって……え?」
「……」
「……」
訝しげに、互いの顔を見合わせる。ニムントールは真っ直ぐに、ファーレーンは落ち着き無く。
そして『曙光』を地面に突き立て首を傾げるニムントールに、ファーレーンの中からはどんどん自信が失われていく。
開きかけた翼をしおしおと畳み、何だか気まずそうにもじもじと窺うような視線で、
「その、ね。街道の方で強い敵の気配がしました……よね?」
何故か疑問形だった。
「ううん。ニムはあっちから炎の気配がしたから」
「……ああ。あちらは大丈夫。ナナルゥですよ」
「ナナルゥ? 来てるの?」
「ええ、みんな来てますよ。心配かけたのですから、後でちゃんと謝らないとね」
「……めんどくさい」
「こら。そんな事を言ってはだめ。それより」
ファーレーンはようやく普段のペースに戻り、再び街道の方へと目を向け、そっと気配を探ってみる。
「エスペリア一人では辛い相手。そう……ニム、いい?」
「? 敵? 強いの?」
「そうですね。……あ」
「え?」
まだ実戦経験の浅いニムントールには、気配だけで敵の強さまでは覚れない。
また、実際に戦って自分より強い相手にも今まで遭遇したためしが無かったので、必要を感じてもいなかった。
だがこうやって自分だけが状況を把握していないのは何だか面白くない。矢継ぎ早に質問を重ねる。
「どうしたの? 沢山いるの? ニムも行くよ?」
「……もう大丈夫。さ、行きましょう」
「あ、ちょ、ちょっと待ってよお姉ちゃん!」
「くすくす。ニム、置いて行きますよ」
「……もうっ!」
微妙に相手にされていない。
ニムントールは地団駄を踏み、それからしぶしぶ黒い戦闘服に包まれた華奢な背中を追いかける。
何が起きているのか判らない以上、付いて行くしかなかった。
「お待たせしました」
結局ファーレーンは最初にニムントールがもたれかかっていた樹の側まで戻ってきた。そしてそこには二人組の男女が待っている。
「よ。遅かったな」
「げっ」
振り向いた男の姿を確認し、ニムントールは心底嫌そうな声で唸った。既に腰を低くして、すっかり警戒態勢である。
マロリガンとの戦いで、散々強敵として立ち塞がってきたエトランジェ『因果のコウイン』。
彼は国の敗北と共に生き残りの部隊とあっけなく投降し、驚くべき速さでこちらの生活に順応した。
元々ラキオスにいたエトランジェと親友同士の間柄という下地もあったせいか妙にスピリットに対しても馴れ馴れしく、
特にオルファリルやニムントールには事あるごとに"構って"くる。そしてそれがニムントールには苦痛以外の何物でもなかった。
いつも全力で撃退しているのだが、拙い事に彼の持つ『因果』は永遠神剣第五位。
実際に剣を合わせて戦ったことは無いが、『曙光』を遥かに上回る戦闘能力を持っているのは間違いが無い。
「心配したぜ、ニムントールちゃん。無事で何よりだ」
「……う」
じりっ、と微妙な間合いが二人を包む。
光陰と接触する度に、敵として対峙していた時とはまた別の身の危険をニムントールは感じてしまう。
「ほらニム。ちゃんと挨拶しなさい」
しかしファーレーンに背中を軽く押され、折角離れかけた間合いが縮まってしまう。
「すみません、この娘ったらいつもこうで」
「ああいいさ。照れてるんだよな。この位の歳じゃ、ま、当然だ」
「~~~~」
ニムントールはますます身を固くして"襲撃"に備え、両脚を踏ん張った。
光陰はファーレーンに対してはあくまで爽やかな笑顔で受け答えしながらも、気のせいか手をわきわきと握っている。
こういう機微には本当に疎いファーレーンが、少しだけ恨めしいニムントールである。
「ほら、アンタは下がってなさいって。怯えちゃってるじゃない」
「ちょっと待て。俺は心配して声をかけただけだぜ。どうしてそれでニムントールちゃんが怯えるんだ」
「はいはい、いいからあっち行ってなさいってば。ごめんねー、怖かったよね」
「お、おいおい今日子そりゃないぜ」
「……ふぅ」
細身のレイピアを腰に吊るしたもう一人の女性が呆れたような声で光陰を牽制した所で、ようやく空気は軽くなった。
「怪我もないようね。うんうん」
「……うん」
気さくに髪をぽむぽむと撫でながら、納得気に頷いてくる。
光陰と同時期に加入したこのエトランジェの女性がニムントールは嫌いではない。
ただ、ファーレーン以外に触れられるのには慣れていないので、ついぶっきらぼうに答えてしまう。
それでも彼女 ――『空虚のキョウコ』は気にした風も見せず、ニムントールの髪に手を置いたままファーレーンと向き合った。
自然、一人だけ背の低いニムントールは見上げる形で交互に三人の顔を見比べることになる。
「それで? この辺りの敵はもう大体掃討し終わったようだけど」
「あ、はい、そうですね。後は主力……と言えるかどうか、数名街道に残っています」
「ああ、そっちは大丈夫だろ。森の中に散らばっていられるよりはよっぽど戦いやすいしな」
「そうね。ま、悠はちまちましたのは苦手だから、こっちはあたし達で片付けましょ」
「だからといって今日子が細かい作業に向いているとはとても思えんが……ぐがっ!」
手加減されているとはいえ、『空虚』の力を一部借りたハリセンが光陰の頭上に直撃する。
そしてこういう余計な一言を言うたびに、ニムントールの中では評価がどんどん下がっていく。
「……ばかじゃないの?」
「こらニム! コ、コウイン様? 大丈夫ですか?」
「平気よ平気。それに……ね? 光陰?」
「あ、ああ。ちょいと派手に痺れたが、その甲斐はあったようだな」
「え?」
「ほら、おいでなさったぜ。雷に気付いてくれたらしい」
「他の子達の所に行かれるよりは、ね。この方が手っ取り早いでしょ」
「……なるほど、了解しました。ニム、下がって」
「そうだな。ニムントールちゃんは安心して俺の背中に隠れ」
どかっ
「ぬおっ!」
「~~コウインは苦手っ!!」
ニムントールはお望み通りにとばかりに無防備な背中を思い切り蹴飛ばすと、光陰を敵の真っ只中へと放り込む。
「おいおいそりゃないぜ~~っ」
「こ、こらニム!」
「あはは、ほら光陰、しっかりやんなさいっ!」
「コウイン様! 援護いたしますっ」
続いて今日子、ファーレーンがそれぞれの神剣を抜き放ち、斬り込んでいく。
「……ふん。マナよ、守りの衣となりて我らを包め――――」
このパーティーの中では、自分の役割などせいぜい後方からの神剣魔法による支援しかない。
いくら何でもその位は理解が出来、そしてそれに漠然と不満を感じるニムントールだった。