相生

Anthurium scherzerianum Ⅳ

「ナナルゥさん、やっぱり拙いんじゃ」
「何故ですか? この場合最適と思われる救助措置だと判断したのですが」
「でも気絶しているだけですし……女の子同士ですよ? は、恥ずかしくないんですか?」
「何を赤くなっているのですか?」
「う、うう~ん」
「あ、ほ、ほら。目を覚ましたようです!」
「……逃がしません」
「んん?――――」
ぱちくり。
唐突に意識が戻ったオルファリルが最初に見たのは爛々と瞳を輝かせ、猛禽類のように急速に迫ってくるナナルゥの顔のズームだった。

「わっ! なになにっ?!」
身を起こしつつ、慌てて身を捻る。捻るのはもちろん接触しかけた唇を避けるため。
すれ違う瞬間ナナルゥの端整な横顔が微かに悔しそうな表情をしていたようにも見えたが見なかった事にする。
耳元で微かに舌打ちのような音も聞こえたかもしれないが、気にしない事にする。
ぴょん、と半歩飛び退くと、ヘリオンが両手を胸に当てながら心配そうにこちらを窺っていた。
中途半端に開きかけたままのウイングハイロゥをしょんぼりと折り畳み、いきなり謝ってくる。
「ごごご、ごめんなさいっ」
「え? あれ? あ、あはは~。えっとオルファ……なんだっけ?」
「気絶していたのです。ですから口腔経由でマナを送ろうとしたのですが」
「コウクウ?」
「あああなんでもありませんっ。ナナルゥさん、それはもういいですからっ!」
「ルゥ。ですがそもそもヘリオンの石頭のせいでこうなったのでは」
「うわああん! 石頭って言わないで下さいよぉ!」
「……気絶? あ、そっか」
オルファリルはそこでようやく事情を思い出し、ぽん、と小さな手を叩く。傍らに『理念』が落ちている。
拾おうと屈んだ拍子に額がずきんとしたのでそっと手を当ててみると少し腫れているようだった。
そして目の前ではヘリオンとナナルゥが何かを言い争い続けている。

「そりゃちょっぴりおでこ広くて硬いかなって思うこともありますけど……」
「自覚はあるのですか」
「じゃなくて、大体ナナルゥさんが私ごと攻撃するからいけないんじゃないですかぁ」
「問題ありません。ヘリオンの回避能力は把握しています」
「そういう問題じゃないです! あんなとこから落ちたら危ないじゃないですか!」
「飛べば良いのでは?」
「ゔ」
「えっと、いいかな? まだ敵さんがいると思うんだけど」
被害者である筈のオルファリルは心ならずもまず二人の仲介に入らなければならなかった。
このまま放って置いたらどこまで続くのか判ったものではない。

「ところでナナルゥお姉ちゃんがいるって事は……みんなも来てるんだよ、ね?」
一応周囲の気配を探りながら、恐る恐る尋ねてみる。するとナナルゥは軽く頷き何故か僅かに笑みまで浮かべて見せた。
一瞬のことだったが、その妖絶な口元がかえって後ろ暗い所のあるオルファリルやヘリオンを反射的かつ本能的に身震いさせる。
「不思議ですね。この後の事を考えると何故かこう、むやみに胸が高揚してきます。この感じは一体何なのでしょうか」
「さ、さあ~。あははは~」
「お、おほほほほ~」
「……へっへっへ」
「ふむ、何やら楽しそうなご様子」
「わっ!」
「はわっ!」
唐突に背中から聞こえた声に、大粒の汗を浮かべた二人のお下げは揃ってぴょん、と飛び跳ねる。
いつの間にか気配も感じさせず背後に立っていたのは、銀色の髪を靡かせた『冥加』のウルカだった。
「ヘリオン殿、戦場で半身たる神剣を手放すなどは、正直感心致しませぬ」
「あっ! 『失望』!」
「先程回収してきました。オルファリル殿、ナナルゥ殿も御無事でなにより」
ウルカはにっこりと微笑みながら、『失望』を主へと差し出していた。