相生

Nerium indicum Mill Ⅳ

ニムントールは朝露に湿った重い葉を慎重に掻き分けながら、一人街道に向けて歩いていた。
「あのままだと、またお小言が始まっちゃうしね」
つまりエトランジェによる圧倒的な掃討戦がほぼ終了した頃合を見計らい、こっそりと抜け出していた。
足は街道に向かっている。戦闘の直前にファーレーンが呟いていた事が気になり始めていた。
「強い……敵」
正直、戻るのは面倒臭い。しかし、エスペリアでも敵わない、というのが気になる。
「もしニムが勝ったら……そうしたら、お姉ちゃんだって喜んでくれる」
蒸れたような樹木の匂いが緑の加護を活性化させているのか、どっどっ、と高揚してくる胸。
先程切り裂かれた服にそっと手を当てると、零れて迸る癒しのマナがみるみるそれを塞いでいく。
自然と早くなっていく歩み。弾みで蹴飛ばした小さな石が転がった先が、大きく開けた。
気配は二つ。エスペリアと、もう一つ大きなもの。恐らくは……敵。『曙光』にマナを送り込み、臨戦態勢を整える。
もう、日差しはかなりある。ニムントールは急に眩しくなった周囲に目を細め、勢い良く街道へと踊り出す。
「よ。無事だったかニム。久し振りだな」
「……へ?」
不意を突こうと両足を大きく開いて踏ん張り、肩の上で『曙光』を翻したニムントールを待ち受けていたのは、
白い羽織りに黒いハリガネ頭を乗せたもう一人のエトランジェ、『求め』の悠人の笑顔だった。

「……」
「はは、なんだそんな所で神剣構えたまま固まって。相変わらずぶっそうな奴だなぁ」
苦笑いを浮かべながら近づいてくる悠人に対して、ニムントールは口をぱくぱくとさせたまま何も出来ない。
遂にはぽん、と髪まで撫でられてしまい、そこでようやく我に返る。
そして我に返ると今度は恥ずかしさで顔中に血液が集中してくるのが判ってしまい、慌てて手を振りほどき、睨み返してしまっていた。
「な、なんでここにユートがいるのよ!」
「は? いや、何でって言われても。なぁ、エスペリア?」
「はい。ニムントール、そもそも貴女達が居ない事に最初に気付いたのはユート様なのですよ?」
「まぁ正確には光陰が騒ぎ始めて探したんだけど」
「くすくす……コウイン様は本当にわたくし達の事を気にかけて下さっています」
「その気の遣い方が極一部限定なんだよな……ん? どうした、ニム」
「……ニ」
「ニ?」
「ニムって呼ぶなぁーーー!!!」
「ぶべらっ!」
ニムントールは悠人の足の爪先を思いっ切り踏み抜くと同時に、仰け反った顎にも『曙光』をかち上げる。
「ユ、ユート様?」
突然の事態にエスペリアが慌てて駆け寄り、倒れかけた悠人を支える。そしてそれも面白くない。
「お、お前なぁ~~」
「……ふんっ。ユートが悪いんだからねっ」
そっぽを向きながら、ニムントールはやり場の無い怒りを意味不明の罵倒に置き換えていた。

丁度、追いついてきたファーレーン達が森の中から現れる。
「ニム! もぅ、居ないと思ったら、ユート様になんて失礼を」
「ああ、ファーレーン。いいって、いつもの事だし」
「で、ですが」
「そうだぞ。男子たるもの、この程度の愛情表現はがっしりと受け止めるべきだ。な、ニムントールちゃ~……んぐぉっ!」
「……アンタも懲りないわねぇ」
「コ、コウインは苦手!!」
「こらニム! すみませんすみません、コウイン様」
ニムントールは襲撃してきた光陰に足蹴りを食らわし、身を隠すようにファーレーンの後ろに隠れる。
視線からも遁れる為だったが、しかしその仕草にも光陰はにやにやと嬉しそうにしていた。脛に手を当て擦ってはいるが。
「いやいや気にするな。それにしてもニムントールちゃんは照れ屋だなぁ」
「お前、本気で一度脳を調べてもらった方がいいぞ?」
「今更だってば。それより悠、敵は?」
「ああ、俺が着いた時にはもう撤退しようとしていた。何だか慌ててたみたいだったな」
「はい。どうやらこの付近での戦闘は諦めたようですね」
「お。すると今回のお手柄はニムントールちゃん達だな。な、悠人よ」
「ん? あ、ああ、そうだな。そういう事になるのかな」
「そうなるの。良かったわね、ファーレーン」
「ふぇ? え、あ、はい?」
「なんだ、知らないのか? こういう時、姉としては妹の活躍を褒めるべきなんだぜ?」
「え? あ、あの……ユート様?」
「うん、ニムは良く頑張ったと思う。いいんじゃないか?」
「は、はい、ありがとうございます。……頑張ったわね、ニム」
「? お姉ちゃん?……え、えへへ」
良く判らない会話の後に待っていたのはお小言では無く、優しく髪を撫でてくる手。ニムントールは戸惑いながらも悪い気はしない。
むしろ照れ臭さだけが込み上げてきて、ファーレーンの服の裾をぎゅっと強く握り締めてしまう。