相生

Delphinium×belladonna Ⅳ

ぺちぺち。
「ん。起きろ」
「……んんん」
頬を軽く叩かれ、遠い淡々とした声に導かれるようにネリーの意識は浮上する。
「ん~ふぁぁ~。ヤシュウゥ……」
「ヤシュウゥじゃないわよ」
げし。
「あうっ! もう、いったいなぁセリア。……って、アレ?」
目を開くと、見下ろしたセリアがもう一度足を振り上げた所。あまりなアングルに色々な意味で目を丸くする。
手にひんやりとした土の感触がして、ようやく自分が地面に仰向けに転がっているのに気が付いた。
のろのろと身を起こし、手の泥を払う。後ろ髪が少し気になったが取りあえず見えている部分に目立った汚れは無い。
そして周囲を見渡すと、知らない間にメンバーの数が増えている。
「ありゃ? ヒミカにハリオン、それにシアーも。どしたの?」
アセリアを除くその場にいた全員が溜息を付く。
「取りあえず~、二人目無事確保ですねぇ~」
ハリオンの天然で皮肉な一言にヒミカとセリアは顔を見合わせ、そしてもう一度盛大な溜息を付いてみせた。

「本当に、大変だったんだからね~」
「ごめんってば。ね? シアー、もうそんなに拗ねないでよ~」
あれほど心配した上"どしたの"扱いされ大層へそを曲げてしまったシアーを、ネリーは懸命に宥めている。
「……ぷんっ」
「判った! 今日のおやつ一個あげるから。ね、それで許して?」
「……二個」
「ゔ。う~ん」
「ゔう~~」
「わわっ、その涙目反則! も~、了解っ。敵わないなぁ、シアーには」
「えへへ~。うん、じゃあ許して上げるね」
「……盛り上がっている所悪いんだけど、貴女達今日おやつなんて無いわよ」
「はうっ」
「あうっ」
腕を組んだまま不機嫌そうに空の様子を確かめていたセリアがぼそっと口を挟み、
楽しそうにじゃれあっていた二人は喉から搾り出すような悲鳴を上げ、しょんぼりと絶句してしまう。
そして更にそこへ心持ちハイロゥリングを強めに輝かせたハリオンが振り向き、のんびりとした口調で止めを刺す。
「今日はぁ、おやつの代わりにぃ~、セリアさんのお説教をたぁっぷり頂きましょうねぇ~」
「あ゙あ゙ぅ~」
「……やぁん」
がっくりと項垂れる時でさえも息がぴったりな二人である。

「それはそうとウルカが『失望』を持っていったから」
一方ヒミカは周囲を警戒しつつ、隣にいるアセリアに話しかけている。
「ん。多分、ヘリオンも捕まった」
「捕まったって。何だか犯罪者みたいね」
「違うのか?」
「……違わない、か」
表現が面白く、ついからかってしまったヒミカだが、どうやら少し怒っているらしいアセリアには内心で驚く。
しかし当のアセリアはそんなヒミカに顔を向ける事も無く、あらぬ方向をぼんやりと見つめながらぼそぼそと呟き続けている。
「ここは敵地だから。だから……うん、簡単に来ては駄目。それは悪い事」
「……そうね。みんなに心配かけるからね」
「ん」
「……ふふ」
「ん?」
「なんでもない」
最後にきっぱりと頷いたアセリアの背中を、ヒミカは優しい眼差しで見つめる。
「さて、そろそろ他のみんなとも合流しないと。もう敵の気配もこの一帯には無いわ」
ぱんぱんと戦闘服のスカート部分を軽く払いながら締めくくったセリアが街道の方へと歩き出していた。