相生

「あー! パパっ!」
エスペリア達と話し込んでいる悠人を真っ先に見つけたオルファリルは、跳ねるように街道へと飛び出した。
「エスペリアお姉ちゃんも、たっだいまー!」
「あ、オルファ。……あら?」
「お、やっと来たな……って、うわわっ」
そしてその勢いのまま、一目散に悠人に向けて突進し、抱きつこうとする。
「へへー、パパぁ!」
「オルファちゃん、おかえりー」
「へ、あ、わわっととと」
しかし狼狽しきって硬直している悠人まであと少しという所で大柄な影に割り込まれてしまう。
今まで全くというか無意識的に視界から外していた人物の出現に、オルファリルは急制動をかけていた。
無理に踏ん張った両足から派手に土煙が舞い、拳一つの距離で危機は回避出来たものの、心臓はばくばくと激しく波打っている。
「ふー……えっと……コウインお兄ちゃん、ただいまぁ……」
「うんうん、無事で何よりだ」
「え、えへへ。あ、キョウコお姉ちゃんも、ファーレーンお姉ちゃんも、ニムもただいま」
「おかえり。もう、心配したのよ」
「怪我はありませんね」
「……ふん。勝手に居なくなったくせに」
「こら、ニム」
「まぁまぁ。こうして無事だったんだし」
「それはいいのですが……オルファ、それは?」
俄かに騒がしくなった周囲に、結局抱いたまま連れてきてしまったエヒグゥがぴんと耳を立て、そちらを向く。
それまでは大人しかったのだが、流石にオルファリルの胸でもぞもぞと動き始めた。皆の視線が一斉にそちらに集中する。

「先程森の中で発見し、オルファリルが保護したのです」
「うわ、びっくりしたっ! ナナルゥ、いつの間に」
「ふっ。ユート様、無事任務完了しました」
「そ、そうか。……それはいいんだが、不意打ちみたいに背後に立つのは止めてくれないか」
「……申し訳ありませぬ。ユート殿が背を向けられておられたので手前としても致し方なく」
「うわわっ、ウ、ウルカもいたのか」
「悠、そんな言い方は無いでしょ。おかえり、ウルカ。ご苦労様」
「痛み入ります」
「はぁはぁ待って下さいよぉ~」
「お、ヘリオンちゃーん、おかえりー!」
「ふぇ……きゃ、いゃあぁぁぁぁ!!」
「ごっ、ちょ、痛っ! 四連撃、痛っ!」
「あの、キョウコ様……心中お察し申し上げます」
「はは、ありがとエスペリア。……はぁ」
「ばっかじゃないの」
「もう、ニムったら……それはそうとオルファ、それをどうするのですか?」
「うん、オルファ、この子のママになるんだよ!」
「ママ?」
「ママ?」
悠人達の頭の上に、先程のウルカ達のような疑問符が次々と並んでいく。

「あ、エスペリア」
「そちらも終わったようね……って、何やってるの?」
ややあって森の中から現れたセリア達は、なんだか難しそうな顔をして唸っているエスペリアに声をかける。
「アセリア、セリア、それにヒミカもハリオンも。お疲れ様。……はぁ」
「どうしたの? 何だか顔色が悪いようだけど」
「エスペリア、面白い顔」
「面白くなんかありませんっ! ……あ、こほん」
「あらあら、どうかしましたかぁ~」
「どうしたもこうしたも……ハリオン、わたくし達の大切な香草が……ごにょごにょ」
「ふんふん~」

「ね、ね、あの二人、どうしたの?」
「どうしたの~?」
「あ、あはははは」
「……知らない。ニムに聞かないで」
「もぅケチんぼ! いいもん、オルファに聞くから」
事情を掴めないまま近づいてきて囁くネリーにヘリオンが苦笑いをし、ニムントールが冷たい反応を返す。
「あ、ユートさまぁ」
「お、シアー、無事だったか。とと」
「えへへぇ」
目聡く真っ先に悠人の姿を見つけたシアーはとてとてと近づき、白い羽織の裾をぎゅっと掴む。
「あっ、ずるいシアー! ネリーもネリーも」
「うわ、危ないから体当たりするなって。よしよし、ネリーもお疲れ」
「うん、ユートさま、いつヒエレン・シレタから帰ってきたの?」
「今朝だけどな。驚いたぞ、帰ったらネリー達がごっそりいないもんだから」
「ゔ……ごめんなさ~い」
「ごめんなさ~い」
「まぁ無事だったから、俺はいいんだけどな。……後で、知らないぞ」
「ゔ」
「ゔ……おやつ、抜き」
二人は再びがっくりと項垂れ、深い溜息と共に悠人から離れる。
「ユユユユートさま!」
「お、ヘリオン。コウインはもういいのか?」
「ふぇ、その話はもういいですよぅ。……それより、あの」
「ん?」
「ス、スエゼンクワネバオトコノハジって今度私に教えて下さい!」
「……へ?」
ぴしっ、と森の朝の清々しい空気にささやかな亀裂が走る。

「おいおい、なんだか穏かじゃないな悠人よ」
「ちょっとゆ~う?」
「痛っ! ちょ、今日子、耳を引っ張るなって光陰、痛い、痛いって! 知らん、俺は何も知らないっ」
「ヘリオン、それでは順番が逆なのでは」
「え、え? そうなんですか?」
今日子と光陰に両脇を抱えられて護送される悠人を見送りながら、淡々と説明するナナルゥにおろおろと首を傾げるヘリオンである。

一方ハリオンは、エヒグゥを抱えたオルファリルをじりじりと追い詰めている。
「んふふ~、だめですよぉ、ミコーネの葉は一苗しかないんですからぁ」
「だ、だからちゃんとオルファが見て、そんな悪さはさせないよぅ」
「そうですかぁ~?」
顔は笑ってはいるが、目が笑っていない。ハリオンはふいに『大樹』を取り出し、いとおしそうにその槍身を撫でる。
「そうですねぇ~、今晩のおかずにもう一品欲しかった所ですしぃ」
「――――ヒィッ」
とんでもない一言に、一人と一匹の総身は同時に粟立ち、毛も逆立つ。
オルファリルはまるでハリネズミみたいになって怯えるエヒグゥを慌てて逃がすように手放した。
途端、風を巻くようにして近くの草叢へと消えていくエヒグゥ。一目散、といった感じだった。
「あららぁ~? 一体どうなされたのでしょう~」
「どうなされたって、貴女ねぇ。ほら、オルファ。大丈夫?」
「……ひっ。ひっく。ふぇぇぇ、ヒミカお姉ちゃ~ん」
野生の厳しさを一つ知ってしまったオルファリルである。

「ふぅ、付き合ってられないわ。先に帰」
ごき。
「~~~~っ」
「セリア、駄目。みんなで帰る」
「わ、わかったから! 髪を離しなさい!」
「セリア、首が変な方向に曲がっているようですが」
「ふむ、面妖な。痛くはありませぬか?」
「痛いに決まってるでしょう!」
斜めに曲がってしまっている風景の中で感心しきりに頷くナナルゥとウルカへ、セリアは涙声で訴えていた。

「さて、全員揃ったことだしすっきりもした所で、帰って朝飯と行こうぜ」
「そうね、雷撃放ちすぎてお腹も空いたし」
黒こげになった悠人を軽く肩に担いだ光陰が歩き出し、今日子が後に続く。
「はい、コウイン様キョウコ様。……スピリット隊は任務完了、これより全員帰還します!」
エスペリアの一言に整列した一行は法皇の壁に背を向け、ケムセラウトへと後退を始めた。


こうして、どの記録にも残らない早朝の小競り合いは終了する。