早朝の朝靄が嘘のように澄み切った、よく晴れたケムセラウトの古びた城壁。
所々黒く焦げ付いた跡が生々しい半分崩れかかった瓦礫の一隅、その中でも一際大きな塊の上で。
ニムントールは膝を畳み、その上に顎を乗せ、両腕で太腿を抱え込んだ窮屈な姿勢のまま、じっと法皇の壁の方角を睨んでいた。
ケムセラウトは戦略的に小高い丘を選び造られ、ぐるりと分厚い石の壁に取り囲まれた城塞都市なだけに、見通しはかなり良い。
正面には広大な森、やや右手にはそれを貫く一本の街道、そして更に先には水平線を覆い尽くすようにどこまでも続く灰色の壁。
壁は細長い帯のようにも見え、その両端はそれぞれ龍の爪痕に聳える山並、そしてダスカトロン大砂漠の蜃気楼の中へと吸い込まれていく。
「よ、こんな所に居たのかい?」
「……なんだコウインか。あっちいけ」
ダーツィ大公国との戦いに、ニムントールは参加してはいない。だが傷跡もまだ生々しいいわば新戦場で、感慨に耽る位の戦歴はある。
なんにせよここは一年前敵味方が入り混じり、死線を潜り抜けた仲間達が将来帝国への足掛かりともなるべき拠点を遂に勝ち得た場所。
イースペリアからサルドバルト、マロリガン、そしてサーギオス。
転々と大陸中を巡った争乱は今またここへと舞い戻り、そしてその中にニムントールは参加している。
「はは、相変わらずだな。……よっ、と」
「……」
人一人分のスペースという微妙な距離で手頃な大きさの岩を見つけそれに座り込む光陰に対し、ニムントールは完璧に無視だけで押し通す。
普段なら、拒絶反応から一蹴してしまう位置。しかし今のニムントールにはその気も無い。ちらっと一瞥しただけで視線を元に戻してしまう。
「おー、いい天気だ。空は青いし空気も美味い」
光陰も、そんな彼女を特別気にした風も無く巨大な『因果』を無造作に放り出し、生あくびを噛み殺している。
ファンタズマゴリアに来てからは伸ばしっぱなしの顎鬚をそよ風に嬲らせるまま空を見上げると、透明な空が目に眩しい。
「目の前には大自然が広がり、そして隣には可愛い女の子。こりゃ、絶好のハイキング日和だなぁ」
「……」
「あ、ハイキングっていうのはだな、気の合う仲間同士で弁当とかを作って森や高原に遊びに行く娯楽の一種だ。楽しいもんだぞ」
「聞いてない」
「お、聞いててくれたのか?」
「……」
ニムントールはちっ、と小さく聞こえない程度の舌打ちをする。どうして接近を許してしまったのか、自分でも理解出来ない。
ただ漠然と感じる憂鬱さ――もし知っていれば感傷とでも表現出来た気分を――――もう少し味わっていたかっただけに過ぎない。
今更ながら微かに後悔を感じ、左手に『曙光』を握り直す。光陰からは死角になっているので見つかる心配はない。