ひっそりとした街並みの中を、シアーは当ても無くふらふらと歩いていた。
丁度一年程前まではダーツィ大公国という亡びた国の版図に組み込まれていたこの小都市は、
今はサーギオス帝国への唯一の足掛かりとしてラキオスの軍部により占拠されてしまっている。
レスティーナ女王の指示により住民の疎開措置も既に完了しているので、人気というものがまるでない。
ダーツィの時代から帝国との接点だったせいかその産業も農耕や畜産といった地に根付いたものでは無く、
貿易に加え、それを生業としている者達への慰撫、すなわち宿場を中心とした観光業が主だったせいか、
主人に見放されてしかたなく野生に帰った家畜などの類も一切姿を見せないという状況が今は歪な光景を生み出していた。
おおよそ人の手により創り出された建造物は考えられる限りのものが揃っているのに、生命の息吹だけは全く感じ取れない。
そんな無機質な街のはずれに、僅かに憩いの場所として設置されていたのか小さな公園がある。
そしてそこだけには慰め程度に緑が映え、貧弱ながらも数本残った木の枝からは野鳥の囀りも聞こえてくる。
シアーはこの、唯一マナらしいマナを感じられる場所の、柔らかい芝生が繁る一角に尻餅をつくように腰を下ろすと、
普段は感じない重さを手放そうとするかのようにどさっと『孤独』を投げ出し、すぐに深い溜息を漏らす。
「はぁ~。……どうしてなのかなぁ」
今まで散々絞られてしまったセリアの小言に対してではない。
少なからずダメージはあるが、抜かれてしまったおやつへの恨み言でもなかった。
それよりもっとずっと重く圧し掛かるものが、シアーの声を一層憂鬱なものに変えてしまっている。
俯き、ふと視線を落とすと、明るい日差しをまんべんなく受けた『孤独』の刀身が白銀に輝いていて眩しい。
浴びている陽光は同じなのに、時折陰を作り出す小枝の影響でくるくると微妙に色が変わる。
シアーは暫くの間、見るとも無しに『孤独』が生み出す色彩の鮮やかさをぼんやりと眺め続けた。
「……どうかしましたか? そんな所にうずくまって」
「……」
そんな訳で、シアーは最初、その声が自分にかけられたものだとは気づかなかった。
声色に覚えが無い上、一応耳には届いてはいるものの、頭の殆どは別の思考で一杯になってしまっている。
生来の反応の鈍さも相まって、気配を感じてもどこかうわの空な感覚で彷徨っていたというのが正直な所。
「ええっと……あの、おじゃまでしたか?」
「……え? あ」
ふいに目の前が翳り、それがどうやら正面に立った人影のせいだと気づいた時、シアーは初めて顔を上げた。
すると、ラキオスでは見慣れない不思議な衣装を身に纏った女性が覗き込むように屈んでいる。
緩く纏め上げた髪から顔の両脇へと自然に垂らした前髪が特徴的で、美しい。
屈んだ体勢のせいか、皮のライトアーマーに包まれた胸の膨らみがやや強調されて見える。
膝に当てた両腕も同じく皮製の籠手に包まれ、その先で細く伸びる指先は膝の上で綺麗に揃えられていた。
髪の色と同じ緑の瞳にはややきつそうな線が浮かぶものの、包み込むような柔らかい微笑みがかえって知性を際立たせ、
スピリットの証ともいえるハイロゥリングの穏かな輝きが慎ましい大人の女性の落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「あ、えっと……ううん。そんなことないよ?」
「そう、よかった。あの、初めまして、ですよね?」
女性は一度姿勢を正し、空いた両手で大きくスリットの入ったスカートの裾を庇うように膝を折り畳み、
シアーとの目線の高さを合わせてその場にゆっくりと正座をする。全ての挙措が折り目正しく、優雅に躾けられた動きだった。
座る時に脇に置いた鎌のような巨大な神剣とハイロゥリングが無ければ、上層階級の人間と錯覚してしまうかもしれない。
「ん……ふふ、気持ちいい。……あ、私はクォーリンと申します。よろしくね」
そうして軽く首を傾げる元マロリガン稲妻部隊副隊長はいかにもグリーンスピリットらしい立ち居振る舞いで、
年下であるシアーに向かっても何の衒いも無く優しく微笑みかけていた。