相生

Delphinium×belladonna Ⅴ

事の顛末が明らかになるにつれ、最初は五人並んでいた仲間が一人また一人と釈放されていく中、
おやつどころか昼食を挟むのですら忘れたかのようなセリアのお説教は、恐るべき事に太陽が沈みかけるまで続いた。
「いい、だから――――」
「もういいじゃんセリアぁ、結果的には勝ったんだしぃ」
「結 果 的 に 助 け ら れ た の間違いよ、ネリー。考えなさい、貴女達の熟慮に欠けた行動がどれだけ部隊に迷惑を」
「はうぅ……お腹空いたぁ」
「引いてはユート様にまで――――何か言った?」
「わっ! な、なんでもない、ませんっ」
「そう。だからいい? 人と違って、私達スピリットに負けは許されないのよ。百戦百勝しようとも、一敗地に塗れれば――――」
「……あうう」
最終的に首謀者と認識され、たった一人残されたのが丁度お昼すぎ。
ぐったりしつつネリーなりにタイミングを見計らい半端な抵抗を示しても、一蹴されて敢え無く玉砕。
もうその時点で精神的にもお腹的にもほぼグロッキー状態だったのだが、セリアの執拗さは尋常ではない。
自らも空腹だろうに一向に手、いや口を緩めようとはせず、目を瞑り人差し指を立て、延々と、且つ淡々と、且つ時折激昂しては語り続ける。
しかも朝から聞かされ続けて頭がぼーっとしているネリーにはただでさえ何を言っているのか解らなくなっているのに、
それに輪をかけてセリアの語る内容はにはどこで覚えたのかハイペリアの言い回しまで含まれ、難易度を増すばかり。
おまけに『熱病』が傍らで光りっぱなしなので居眠りすら許されない。新手の精神攻撃かと疑いたくもなってくる。
お説教などには慣れたものだったが、今回は今まででもダントツの長丁場だった。
しかしそれが『静寂』の勢力が増しているのを危惧しての事だなどとは、その間の記憶を失っているネリーには知る由も無い。

結局ネリーが解放されたのは、セリアが喉を涸らして咳き込み、そこでようやく空腹感に気がついた夕暮れ時になってからだった。
「はぁぁ、酷い目に会ったぁ~……」
朝の戦闘で所々泥が付き、雨に濡れたまま正座をさせられ、そのまま乾いたせいで皺になってしまった戦闘服のファスナーを下ろす。
「オルファやニムは真っ先にネリーのせいにして逃げ出すし、ヘリオンやシアーまで簡単に降参しちゃうし。……みんな、酷いよね」
細い紐を何本も束ねて編んだハリオンお手製の黄色い髪留めを解くと、肩口から腰の辺りまで散らばっていく綺麗なストレートヘアー。
その内の一部が肩から前へかかってきたので払うついでに、普段は頓着した事などない毛先をなんとなく指で摘みあげてみる。
「……ありゃ?」

 ―――― 鮮やかな蒼色の筈のそれはどういう訳か、いつもより所々少し黒味がかってきていた。

「泥? じゃないよね。なんだろコレ」
ぶつぶつと呟きながら浴場への扉を開くと、もわっとした湯気で視界が一瞬乳白色に変わってしまう。しかし、ネリーは気づかない。
しきりに一房の髪を弄っている。湯船に浸かってからも、首を捻ったまま。こすっても落ちないその"汚れ"が気になってしょうがない。
スラリと伸びた健康的な肢でぱしゃぱしゃと波立たせた湯面に、下ろしたままの髪が浮かび、流れている。
「敵の攻撃……じゃないよね。やだなぁ。ねぇシアー? ってそっか、居ないんだっけ」
ネリーは丸い肩を軽く竦め、ほぅ、と寂しそうな吐息で湯気を追いながら二の腕をさすり、お湯を馴染ませる。
別に、肌の手入れとかを意識している訳ではない。ただ、密かに憧れているセリアの癖を真似ているだけの仕草。
しかしその効果なのか、僅かに日焼けした腕を含むネリーの全身はつるつると滑らかさを保ち続けている。
「うーん……シアーが危なかったから飛び込んで……あ、あれぇ?」
気がつくと、アセリアとセリアがいた。それから怒られた。その間の記憶が無い。確か強い相手とも戦っていたような。
指を折りながら今朝の一件を思い出そうと頑張っているうちに、顔が真っ赤に染まっていく。慣れない思考作業に、弊害として起こる知恵熱。
「うーんううーん……ぶくぶくぶくぶく―――――」
既に小一時間は湯船に浸り続けていた。