光陰は、尚も視線を合わせず飄々と話し続けている。
警戒しつつそれでも耳を欹てているニムントールの気配を背中に感じながら。
「それでだな、美味い空気を吸いながら旨い弁当を食べる。鳥の囀り、草の匂い。生きとし生けるもの、これまた自然に還るべし」
「……」
「年中ギスギスと凝り固まった頭から生まれてくる思考なんざ、ろくなものが無いぜ。時には癒しも必要なんだ」
「……」
「まぁでもグリーンスピリットであるニムントールちゃんには今更というか釈迦に説法なんだけどな」
「……ちゃんとか言うな」
「でもな、いるんだよ。俺達の世界でも、わざわざそういうのを壊したがる奴は、さ」
「……」
「中途半端に切り倒した生木の棘で怪我をした馬鹿もいたっけか。徒(いたずら)に傷つけて、奴らは一体何を求めてるんだろうな?」
「……」
「せっかくありのままで気持ちよくハイキングも出来る恵まれた状況を捨ててまで、さ」
「……」
ニムントールは、聡い。
光陰がわざと混ぜて使うハイペリアの喩えなどはさっぱり解らないが、それが自分の何かを揶揄しているのだとは既に悟ってしまっている。
しかしその遠回しさ加減が理解の速い彼女にしてみれば逆に面白くない。
いつでも『曙光』を使えるように腕を折り畳んでから吐き捨てるように問い返す。
「……それで?」
「ん?」
「だか――――ぁ」
光陰は、傍らに咲いていた白く小さな花の群れから一房だけを摘み取り、茎を指で転がしながら眺め、話している。
どこか遠く、何か見えないものに語りかけているような優しい目で。それでいて、ちゃんと心の中で温められた言葉を使って。
つい睨みつけてしまったが、その表情が酷く寂しそうに見えてしまったのに驚き、肩透かしを食らったような気分にされてしまう。
「~~だから、ニムはそう見えるってことなんでしょ? いけない? 戦うのがスピリッ」
「ニムントールちゃんはあれだな、いわゆる天才肌ってやつなんだ」
「……え?」
「何でもこなしちまうもんだから、かえってつまらない訓練じゃ熱くなれないんだろ?」
「あ、ちょ、ちょっと」
光陰はいきなりにっと笑い、綺麗に刈り揃えられていた緑柚色の髪をがしがしと撫でてくる。いきなりのことで、ニムントールは抵抗が出来ない。
目を白黒させながら、折角用心にと引きつけておいた『曙光』を振るう事も忘れ、ただされるがままになってしまう。
「がむしゃらなのは、嫌いじゃないぜ。自信を持つのも悪くない。たださ、俺達はニムントールちゃんが大好きなんだってのは忘れないでくれよ」
「う、あぅ」
いつもの憎まれ口も上手く出てこない。ニムントールの頬は、いつの間にか真っ赤に染まってしまっている。
しかしそれが憤りからではなく照れからなのは、くすぐったさを誤魔化した困ったような表情からも見て取れる。
「何かを守りたいって奴は、えてして自分の背中には無頓着なものだけどな。たまには振り返ってみるのも一興だとは思わないか?」
「あう、あうぅ~……」
ふきぬけていく清々しい風が、押し殺した唸り声ですらも運んで行ってしまう。
やがて光陰は手を離し、ゆっくりと立ち上がる。
よっ、と軽く『因果』を肩に乗せた時には踵を返しているので座ったままのニムントールからは丁度見上げるような形になった。
「ファーレーンだけじゃないぜ。ま、俺に言えるのはこんなとこだ。良かったら、ちょっとは考えてみてくれよ」
「……うん」
ぼーっとした緑柚色の瞳が立ち去ろうとする背中を追いかける。ゆっくりと揺れ、小さくなっていく肩。
「……あ」
ふと、我に返ったニムントールは不思議な行動を取った。
『曙光』も放り出したまま、ぴょんと身軽に瓦礫から飛び降り駆け寄ると、光陰の服の裾を遠慮がちに掴む。
いきなりくいっと引っ張られて振り向いた光陰の表情は、流石に驚きの色を完全には隠しきれていない。
「ん? どした?」
「あの、さ」
「ん?」
「あのさ、ニム……どうしたら、いい?」
「……ああ、良い子だ。……そうだな。とりあえずは俺達にも守らせてくれると助かるかな。ファーレーンと一緒に、さ」
「……うん。わかった」
地面を見つめたまま蚊の鳴くような声で囁くニムントールの髪を、光陰はもう一度優しく撫でてやる。
さらさらと気持ちよく流れる髪の下で、必死に服の裾を握ってきている小さな白い指が緊張で震えているのが見えた。