相生

Lemma Ⅱ

再び呼び出された夜。
不思議に独りしか居なかった居間で軽い夜食を摂った少女は、その違和感を微かに感じながらも男の部屋をノックする。
「……入りなさい」
「失礼しま……ヴッ」
ノブに手を当てたまま、開かれた扉の向こうから漂ってきた異臭に、少女は一瞬顔を顰める。
生臭い、何か血のような匂い。それに混じる、青臭い匂い。室内にはくまなく、それらが織り重なって充溢している。
部屋の中央で椅子に座り、平気でにやにやとこちらを見つめている男の嗅覚が信じられない。
「おや、どうかしましたか? ク、クク……」
「あ、い、いえ。なんでもありません」
少女は本能的な危険を感じ、それ以上は一歩も進めずその場で取り繕う。
しかし今は彼女達の指揮官であるこの男に対してそれ以上の抵抗は許されない。
泳いだ視線が部屋の隅に設置されているベッドの上で皺だらけになったままのシーツへと自然に向けられていく。
『ウ……アア……』
「?」
誰も、居ない、ハズ。霞んで霧がかかったかのような頭のどこかで鳴り響く警鐘。
盛り上がったシーツの中で、微かに波打つモノ。そこから目を離せなくなってしまう。脚が勝手に震えだすのをどうしても止められない。

「……ふむ、これが気になるのですか?」
視線に気づいた男が面白そうに立ち上がり、ベッドに近づく。
少女は無意識に頷きながら、その動きをまるでスローモーションのように追う。
「いいでしょう、自分の行く末を知る権利位は貴女達にもあるのでしょうから……ねっ!」
男は勢い良くシーツを捲る。ふわり、と意外と軽く舞い上がる白い布。その奥から見えてくる褐色の肌。
それは、見慣れた顔。つい半刻前、哨戒を交代した時に声を掛け合った、同じ部隊の仲間。
散り散りに乱れた黒髪と汗。むっとするような熱気。全裸。肢の付け根から滲み出ている鮮血。ときおりぴくっと反応する肩。
それら全てが一度に飛び込み、現実感を失わせしめる。いつの間にか蹲っていた。震える頬を抑える両手もまた震えている。
「怖がることは何もありません。貴女にもすぐに、悦びと強さを与えて差し上げます。……クッ、ククク……」
ベッドの上で、瞼が開く。しかしその虚ろな瞳は何も映し出してはいない。深く、沈んだ目尻から、つつーと一筋流れ落ちる涙。
こつ、こつ、こつ。杖を突く音が近づいてくる。最早隠しもしない男の笑い声が部屋中に甲高く響く。迫る、無骨な手。
戻らなきゃ。外で、交代を待っている仲間がいる。ここは、違う。こんなのは、私のいる場所じゃ。違う。違いますよね、隊長――――
「さて。始めましょうか」
「――――ッッッ!!」
未だべっとりと生臭い粘液に塗れたままの男の手が頬に触れてきた時。少女は、声にならない叫びを上げていた。