「はふぅ。びっくりしたぁ」
ヘリオンに介抱され、どうやら溺死からは免れたものの、まだ頭はぼーっとしたまま。
彼女と別れた後、ネリーはふらふらと蛇行しながら仮設詰所の廊下を歩き続けている。
傍らに携えた『静寂』の細身が窓から差し込む月の光を浴びて一層輝きを増し、きらきらと美しい。
リィィィィィン――――
「ネリー」
「んぁ? あ、アセリア」
声をかけられ、夢見心地の感覚が途切れる。
その余韻を残したまま振り向くと、少し離れた先にアセリア立っていた。だが影になっているのか、その表情はよく見えない。
「少し、いいか?」
「へ? 何……うんっっっ?!」
キンッ!
覚束無く返事をする前に、アセリアは距離を一気に詰め、いきなり『存在』を振るってくる。ネリーは危うく『静寂』で受けた。
そして受けてから、いつの間にか自分が腰に吊るしていた筈の『静寂』を強く握り締めていた事に驚く。
更に続いて、甲高い金属音と共に頭に流れ込んでくる別の意識。侵食してくるそれがネリーの混乱に拍車をかける。
「あ、あれ、何で? え、う、うわあアァァっっ!!」
「ん。ちょっとだけ……我慢、する」
「アア、ア、ァ――――」
十字に交わり白く輝きを帯びる神剣の向こうで、アセリアの紫がかった瞳がじっと見つめてくる。
誘うようなその色に惹き込まれているのか、霧がかった頭の中、ネリーの意識はそこでぷっつりと途切れてしまった。
糸が切れたようにぐったりとなったネリーの身体を支えながら、アセリアは呟く。
「……ふぅ。もう、大丈夫」
「お疲れ、アセリア。これで暫くは"抑えられる"筈。……後は俺が運ぶよ」
「ん」
廊下の影で見守っていた悠人が現れ、ネリーの傍に膝をつく。
神剣同士の共鳴は本人にも強い負担を強いる。それは悠人にとっては嫌というほど知らされている事実。
苦しかったのだろう、額に浮かんだ汗と張り付いた前髪をそっと拭ってやり、それから悠人は小柄な身体を優しく抱き上げてやった。