相生

Lemma Ⅳ

少女は指を当てられ、軽く上げさせられている自分の顎を知覚する。
暗く湿り、マナだけは豊富に感じられるこの空間には今、雨と呼ばれる水滴の自然落下運動が頻繁に行われている事も認識している。
指が、彼女の顎をゆっくりとさする。指は硬く、冷たい。冷たいのは雨のせいだろうかと、胡乱な頭で考える。硬いのは……
「……ふむ、そろそろ頃合、ですかね」
少女は今、森の入り口に立っている。
大量に水分を含んだ泥の中へ、踵で踏み潰した腐った落ち葉がずぶずぶと沈んでいくことでも分かる。
声に反応したこぶしは反射的に強く握り締められる。それで、自分が何かを保有していると知覚する。
「さあ、行きなさい」
命令口調と共に、ぽんと軽く肩を叩かれる。
そしてそれを合図に、どこか遠くの景色のように眺めていた自分と身体が急速に近づいていく。
曖昧になっていく境界線。さーっと視界から霧が晴れたように感じたのは現実なのか、それとも幻なのか。
しかしその設問は、当然ながら今の少女にとって如何程の意味も持たない。ただ、視界が広がった時、手にする神剣から迸ったマナ。
爆発的に放出されたその余熱が、刀身を細かく濡らす水滴を一気に水蒸気と化し、けぶる霧を吹き払った事だけは確実だった。
「……集ウ……誓イノ、モトヘ……」
自ら逃げ込んだ殻の中で、僅かに生じた亀裂の隙間から声を漏らす。しかしそれは煩わしい疼痛としてしか成立しない。
慎重に裂け目を塞ぎ、神剣の支配する閉じられたまどろみの中へと再び沈み込んでゆく。深く、そしてゆっくりと。
慌てることは無い。獲物は大量に、それも好き好んで自ら飛び込んでくる。我が剣(つるぎ)の空腹を満たす為に。
濁った瞳に飛び込んでくる雨粒を、少女は認識しない。勿論それを、戦闘への障害としては。
濁った瞳に飛び込んでくる雨粒を、少女は知覚しない。勿論それが、化身としての神剣の意思。