相生

Delphinium×belladonna Ⅶ

「……はれ?」
「あ、気がついた?」
額に乗せられる冷たい感覚に、目を覚ます。丁度シアーが取り替えたばかりの温くなったタオルを絞っている所。
ネリーは自分がどこに居るのか、一瞬わからなかった。ぼんやりと辺りを見回す。繋ぎの良くない壁板、その隙間から毀れる光。
「……ケムセラウトだよ」
「あ、そっか」
「ネリー、凄い熱だったんだよ。心配したんだよ?」
「ふーん……なんも覚えてないや」
他人事のように呟きながら、起き上がろうとする。しかし両手でやんわりと丸い肩を押され、ネリーは再び横になってしまう。
「大丈夫だよ。もう、シアーは心配性だなぁ」
「……無理、しないで」
「はいはい、わかったから」
ふざけた口調で誤魔化してはいるが、俯いているシアーの瞳が涙で滲んでいるのは下から仰ぎ見ている形なので良くわかる。
身体の調子はもう何でもない。それでもネリーは大人しく従う。うん、と小さく頷くシアーの蒼い髪が短く揺れている。

「じゃあお水、取り替えてくるね」
「シアー、その……ごめんね」
「……うん」
目元を擦り、気を取り直したシアーが水桶を両手で持ち、ぱたぱたと出て行く。
その後ろ姿を見送った後、ネリーはこっそりと起き上がり、部屋の外を覗いてみた。日差しが明るい。太陽の位置が朝を示している。
廊下には、人気が無い。シアーの気配が遠ざかってしまうとまるで廃墟に足を踏み入れた時に直感する類の薄ら寒さが残ってしまう。
「……なんだか静かだなぁ」
元々ホームシック気味だったせいもあり、気味が悪い。じっとしていると耳鳴りが聞こえてきそうになり、若干焦りを感じながら踵を返す。
ベッドに戻り、シアーが帰ってくる前に、ともう一度寝転がる。
なんとなく膝を折り、背中になったポニーテールが引っかかるのを防ぐために軽く首を持ち上げ、

  ―――― リィィィィィン……

「……『静寂』?」
部屋の片隅に立てかけられていた細身の神剣が、薄闇にぼんやりと青白く浮かび上がっていた。
ネリーはまるで魅入られたかのようにふらふらと立ち上がり、覚束ない足取りで近づく。
「――――マナヲ」
刀身に映る彼女の瞳は、いつの間にかいつもの快活な澄んだ蒼色ではなくなっている。

「……ネリー?」
シアーが汲み直してきた水桶と慣れない炊事で作った粥を両手に抱えて部屋に戻ってきた時。
そこには既にネリーと『静寂』の姿は無かった。シアーの手元を離れた器がからん、と奇妙なほど軽い音を立て、床に転がった。